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第679話 残り少なくなったグリフィニアの夏休み

 風の精霊たち全員に見送られて妖精の森を出発し、行きと同じように2時間ほどでグリフィニアの子爵館、子爵家魔法訓練場へと帰り着いた。


 行きと比べるとお姉さんたちもソフィちゃんも、空の旅にだいぶ慣れて来たようだった。

 特にソフィちゃんは勇気を奮い起こし、腹這いになってアルさんの背中にしがみつくことなく身体を起こし続けていた。


「だいぶ慣れて来たみたいだから、次はもっと長く乗ってられるよね」

「そ、そうですか、ね。そうか、なあ」

「もっと長くって、もっと遠くにってことー?」

「ジェル姉さんが大丈夫なら、わたしたちもたぶん大丈夫だと思いますよ」

「わたしは、もっと長くても平気そうです」


 ソフィちゃんが、何故かお姉さんたちと一緒に返事を返しているところが可笑しい。

 まあともかくも、たったの1泊2日だったけど、人間にとっては貴重な経験を終えて無事に帰って来ました。




 気がついてみると、今年の夏休みも7月から8月へと月が移り、予定では8日には王都に戻るために出立する。

 風の精霊の妖精の森から帰った翌日はもう月末の27日で、グリフィニアにいる日数もずいぶんと残り少なくなった。


 ソフィちゃんはもちろんそのまま滞在している訳だが、それからは毎日、俺たちと訓練の日々を過ごした。


 まず午前中は騎士団の訓練場に行って、騎士団見習いの子たちに混ざって剣術の稽古。

 俺も何回か様子を見に行ったが、ジェルさんとオネルさんが指導教官を連日続け、フォルくんとユディちゃんがそのアシスタントで、ソフィちゃんも手伝っていた。

 彼女は子供たちと剣術の稽古をするのがじつに楽しそうで、真剣な表情の中にも笑みが零れている。


 尤も俺が見学に行くと、騎士団見習いの子たち全員が俺と木剣を合わせたいとせがみ、ひとりひとりの打ち込みを受けてあげないとなので、結構大変なんですよね。


 その子たちの稽古が終了すると、引き続きジェルさんとオネルさんがフォルくんとユディちゃんの訓練を行い、そこにソフィちゃんも加わった。

 さすがにそうなると笑みを浮かべる余裕は無くなるのだが、それでも彼女は頑張って向かって行く。



 そして午後からは魔法の訓練だ。こちらの指導者はもちろんアル師匠だよね。

 場所を子爵家魔法訓練場に移し、ライナさんとカリちゃんも指導側で参加する。


 生徒はフォルくんとユディちゃんにソフィちゃんなのだが、ソフィちゃんのメインの魔法適性は火で双子と同じだ。

 ただし彼女には風と水の適性もあり、回復魔法の適性も備わっている。

 本人は学院に入るまでその自覚がなかったのだが、あらためて俺が適性判定をして指摘したんだよね。


 なので、昨年から今年に掛けては、徐々に風魔法と水魔法の練習も加えて来てはいるのだが、まだまだ初心者程度だ。

 加えてこの春には回復魔法適性も判定し、ゆっくりと練習をし始めている。しかし、まだまだ身に付くまでには至っていない。


 この辺のところは、練習が毎日あるとはいえ剣術と魔法とおまけに体力づくりまで行う、うちの総合武術部の弱点と言えば弱点だよな。

 1種類の魔法に掛ける時間が、どうしても少なくなってしまうんだよね。


 ということで、午前に剣術の訓練を集中して行い、お昼を挟んで午後はたっぷりと時間を使って魔法の訓練に充てることになった訳だ。

 これは本人の希望を入れている。



 フォルくんとユディちゃんは従騎士見習いとしての仕事もあるので、まずはこのふたりにソフィちゃんを加えた3人が、主に火の攻撃魔法の訓練を行う。

 特に集中的に取組んでいるのは、上級と言われるエクスプロージョンの広範囲に火焔爆発を起こすような魔法ではなく、例えば火球魔法の精度を高めそのバリエーションを習熟するといったことだ。


「火焔爆発なんぞ、そうそうに使わんじゃろうし、人間が出来るものなぞ、それほどたいしたものではない。それよりもザックさまのように、わりと簡単な魔法でも威力を高めたり、闘いに応じて様ざまに変化させる方が有効じゃて」


 これはアル師匠の指導方針だ。


 まあドラゴンの基準で言えば、人間の魔導士が撃つ程度のエクスプロージョンなどは、子供騙しのようなものだろう。

 それに普通の人間レベルの敵が密集していて、あまり動いていないところに撃ち込むのならまだしも、人間以外も含めて素早く分散して移動しながら攻撃して来る相手に対しては、ほとんど役に立たない。


 向かって来る多数の敵を、遠方から一挙に広域殲滅するぐらいの威力があるものを発動出来るのなら、話は別だけどね。

 なので、アルさんの方針は俺の考え方とも一致している。


 そしてソフィちゃんは、魔法訓練の初日にフォルくんとユディちゃんが放った小型の火球魔法の威力に、とても驚いていた。


 飛んで行く火球が小さくかつ速度が速いのは、魔法を凝縮させる練習をかなりして来ているからで、着弾するとそのエネルギーが一気に開放されて、硬化された土人形の的に大穴を穿つ。

 さすがに、一族的に火魔法に秀でたドラゴニュートというところだ。


 あ、ちなみに土人形の的はライナさんとカリちゃんが作っています。

 彼女らは火魔法があまり得意ではないので、この時間帯は的作り担当ですな。


 そこでソフィちゃんもアル師匠の指導のもと、魔法の素早い凝縮と発動の練習に取組んでいる。

 一方でフォルくんとユディちゃんは、より威力を高める訓練のほか、高速化や連射化などのバリエーション訓練だね。

 もちろん俺が開発した、ひとつの発動で連射を可能とする火球機関砲も練習している。



 火魔法の訓練パートが終わり、フォルくんとユディちゃんが日常業務を行うため訓練を終えたあとは、ソフィちゃんの集中練習の時間とした。

 風魔法や水魔法の能力向上という選択肢もあったのだが、ここはエステルちゃんの強い意見もあって、回復魔法を身に付ける練習を重点的に行うことになった。


 王都に向けて出発するまでの訓練日数は、たったの8日間だけ。

 その期間で、初期的な回復魔法を自分のものにする。それがエステルちゃんからのご託宣で、ソフィちゃん自身も異存はないようだ。


 なにしろ、ここには回復魔法の上級者が大勢いるからね。

 アルさんはもちろんのこと、ライナさんの能力も相当のレベルに向上している。

 そして何よりも、白魔法の本家本元であるホワイトドラゴンのカリちゃんがいて、現在では達人級のエステルちゃんがいる。


 そして、天才魔法・元少女のうちの母さんも、毎日ではないがこの訓練に参加した。

 更に言えば、シルフェ様とシフォニナさんという風の精霊様がいるのだが、この人たちは指導はせずに見学だけにしていました。



 その代わりと言ってはなんだが、シモーネちゃんが訓練に参加していますよ。


「もっとザックさまとエステルさまのお役に立つために、シモーネは一人前にならないといけないのです」


 そうですか。それでお姉ちゃんたちと一緒に回復魔法のお稽古をするんですね。シモーネちゃんは偉いね。早く一人前になれるといいよね。


「はい、頑張ります、ザックさま」

「うん、シモーネちゃんは偉いなぁ」

「シモーネはまだ一人前じゃないので、偉くないですよ」

「じゃあ、可愛いなぁ、にしましょう」

「えへへへ」


「ザック部長はどうしたんですか?」

「あ、放っといていいのよ、ソフィちゃん」


 そのシモーネちゃんと一緒に、この2年半、ずっとエステルちゃんから回復魔法を習っているエディットちゃんも練習に参加している。

 彼女もずいぶんと上達して来たよな。


 という訳でエステルちゃん的には、俺たちの関係者において魔法が出来る者は、回復魔法適性のほぼないフォルくんとユディちゃんを除いて、全員が身に付けるべきものという考え方がどうやらあるようだ。

 つまり、ソフィちゃんもその数に入れたみたいなんだよな。彼女が言うところの、魂の直感というやつなのだろうか。




 そうしてあっと言う間に8日間が過ぎて行った。

 どうやらソフィちゃんも、初歩的な回復魔法が発動出来るようになりました。

 達人級やら人外やらが、寄って集って指導していたからね。


 その8日間の終了間際には、アルポさんとエルノさんに誘われてまた大森林に入り、セルバス狩りなどもしました。


「今日の主役はフォルとユディに、ソフィーナ様ですからの」

「われらはサポート役だで、3人でセルバスを狩りますぞ」


 セルバス狩りつまり鹿狩りを、この日はソフィちゃんを加えた3人でさせようという訳だ。


 アラストル大森林で一般的なのは赤セルバスだが、大森林だけあってかなり大型で、かつ密度の濃い森の中を移動するスピードも速い。

 なので、森の中を探索してセルバスの足跡などを辿り、密かに接近するという冒険者で言うところの斥候術が重要だし、かつ狩りには弓矢も必要となる。


 ソフィちゃんに聞くと弓矢の扱いは、子供の頃からときどきドミニクさんに習っていたそうだが、もちろんじっさいの狩りで使用した経験は無い。

 しかし彼女は、この狩りの話を聞くと是非とも連れて行ってくださいと願った。


 それで当日は剣術の訓練をお休みにして、早朝から大森林に入った。

 狩りの一行はブルーノさんとティモさんも加わった男衆に、お姉さん方3人。そして俺とカリちゃんも参加した。

 クロウちゃんはこういった狩りの場合、重要な空からの斥候役なので、もちろん一緒だ。



 大森林に入ってからは、フォルくんにはティモさん、ユディちゃんにはエルノさん、そしてソフィちゃんにはアルポさんがバディを組んで、3バディでセルバスを探す。

 ブルーノさんとお姉さん方は、その後ろからのんびりと付いて行く。


「今日のブルーノさんは、お休みみたいな感じ?」

「はっはっは。ティモも、もうなかなかのものでやすから、ファータ衆に任せておけばセルバスぐらいは直ぐに見付けやすよ。クロウちゃんもいやすしね」


「ザックさま、木の上に上がっていい?」と、カリちゃんが俺に尋ねる。


「あ、僕も。いいかな、ジェルさん」

「仕方ないですな。エステルさまが、どうせ大森林に入ったらふたりで木の上を移動したがるから、許可してあげてくださいとおっしゃってましたので」


 へい、何でもお見通しです。


「ただし、ふたりであまり離れないように。特にソフィちゃんの組からは目を離さないでくださいよ」

「了解です」

「はーい」


 ジェルさんに返事をすると、ふたりであっという間に樹上の人とドラゴンになる。

 先日の妖精の森でも木の上に上がってみたかったのだが、さすがに控えておりましたのでね。

 カリちゃんは向日葵畑で、気持ち良さそうに空を飛んでいたけどさ。



 そうして高い木の上から見ていたセルバス狩りは、結果的に午前中で3頭を仕留めて終了となった。

 セルバスを発見すると、ファータの指笛で合図をし合いながら3組のバディが囲むように接近して弓矢を射掛け、最後は剣で止めを刺す。


 最初、ソフィちゃんの弓矢はあまり覚束なかったが、2頭目となる頃からずいぶんと様になって来た。

 森の中を潜みながら進む姿も、かなり堂に入って来ましたな。

 アルポさんがとても丁寧に指導している様子が伺える。


 しかし伯爵家のお姫様に、斥候術や狩りを教えていいものなのだろうか。まあいまさらだけどね。

 おまけに、仕留めたセルバスの解体処理にもちゃんと参加していた。


 先日に剣術の特別訓練で王太子たちと大森林に入ったときには、森オオカミの解体処理なども部員の皆が手伝ってくれたが、今日は率先して皮剥ぎや肉の処理、骨や内蔵の処理などを一緒に行っている。


 そして皆と頭を垂れて大森林と森の生命に感謝を捧げ、晴れ晴れとした顔を上げた。


「ほうほう。ソフィーナ様は、もうわれらの仲間よの」

「お仲間にしていただけるのなら、ソフィと呼んでくださいな、アルポさん」

「ソフィ様か。よおし、わかり申した。エルノもええな」

「おうよ」



 これも夏休みの貴重な想い出だよね、ソフィちゃん。

 ユディちゃんともすっかり仲良くなっていて、フォルくんはそんなソフィちゃんをちらちら見ながら、何故か顔を赤らめている。

 いやあ、少年少女諸君よ。夏ってなんだかいいものですなぁ。


「ほら、ザックさま。そろそろ帰るんですってよ」

「あ、はいです」

「持ちきれないお肉は、ザカリーさまが収納してねー」

「へーい」


「それにしてもザカリーさまは、今日は何もしませんでしたな」

「木の上の高いところから、ずっと見てただけですよね。それに今日は、何も変わったことは起きませんでした」

「まあ、そうそう変事が起きても困るけどねー」


 俺が大森林に入ると変わったことが起こるというのは、あくまで伝説ですからね。

 必ずそうだったら、それはもう伝説でも何でもないですよ。


 それでは今夜は、3人が仕留めたセルバスの料理を楽しんで、残り少なくなって来た今年の夏休みを惜しみましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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