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第677話 運命の風の送り手

 昼食後は、妖精の森の中を案内して貰いながら散歩をするなどして過ごした。

 シルフェ様の館を中央に置いて、精霊さんたちの家があるこの中心地を囲む森は本当に清浄かつ静かで、歩いていると心が洗われる。


 真夏だけど爽やかな風が流れ、とても心地が良い。標高がある程度高い森の中の別荘地みたいな感じだろうか。

 冬や春先に来ると、グリフィニアよりも南の地方なのでかなり暖かいと感じるのだが、そこはやはり妖精の森というところかな。


 シルフェ様とシフォニナさんも一緒なのだが、案内は巡回部隊当番の精霊さんたちがしてくれた。

 今日のそのリーダーはシニッカさんという精霊さんで、エステルちゃんも俺も以前から良く知っている。

 不在であることが多いシルフェ様とシフォニナさんにここを任されていて、留守を護っているナンバー3的な立場だよね。



「シニッカさんも巡回部隊に入るんだね」

「はい、ザックさま。うちは皆、若い精霊ばかりですから、全員が交替であたります。あ、おひいさまとシフォニナさんはもちろん別ですよ」


 若い精霊と言っても、もちろん人族の年齢の尺度では判断が難しいのだろうけど、そうなんだね。


「金竜さまのとこと同じですよ」

「そうなんですね」


 カリちゃんがいた金竜さんの本拠地の宮殿には、若い竜たちが預けられて集まっていたよな。

 独り立ちするまでは、統領が預かって育てるというところだろうか。

 ニュムペ様もまずは若い水の精霊さんを手元に連れて来たし、まあうちでも、騎士団見習いの子たちを預かっている。


「ということは、ベテランの精霊さんは?」

「それは風ですから、世界各地に散っていますよ」

「ああ、そういうことか」


 シフォニナさんがそう教えてくれた。


 俺たちの前を、エステルちゃんがソフィちゃんと手を繋いで歩いている。

 ソフィちゃんは恥ずかしがっていたようだが、でも嬉しそうでもある。

 もしかしたら誰かと手を繋いで歩くなんて、生まれて初めての経験なのかも知れない。


「ザックさんもわたしと手を繋ぐ?」

「え? シルフェ様とですか?」

「ふふふ、冗談よ。なに慌ててるの。でもわたしとじゃ、エステルと変わりないわよね」


「ザックさまは、それじゃあ、わたしと」とカリちゃんが言って、返事も聞かずに俺の手を取った。


「いいでしょ? エステルさま」

「カリちゃんならいいわよ」

「ほら、お許しが出ましたぁ」


 エステルちゃんは、そういうことはあまり気にしないからね。相手がドラゴン娘だし。

 王都では俺もシモーネちゃんと良く手を繋いでるし、最近は減ったが昔からユディちゃんが俺と手を繋ぎたがったよな。


 シルフェ様が少々不満そうだが、あなたは真性の精霊様ですからね。

「ザカリーさまー、わたしはー?」という声が後ろから聞こえるけど、騒がしいですよライナさん。

 風の精霊さんたちの笑い声が、風に乗って森の中を流れて行く。



 森の中には小径こみちが伸びていて、それを辿って行くと急に森が開けて、一面に花が咲く場所に出た。


「あー、ひまわりです。満開ですぅ。ずっとずっと向うまで、ひまわりのお花がたくさん咲いてますよー」


 それは見事な向日葵のお花畑だった。そしてとても広い。

 いつの間にかクロウちゃんが、その上を気持ち良さそうに飛んでいる。


「わたしも、わたしも飛んでいいですか? シルフェさま」

「あなた、小さく成れるのよね。それならいいわよ」

「はーい」


 カリちゃんは俺の手から離れると、「むむむ」とか少し息を漏らしたと思うと、あっと言う間に白い雲に包まれて空中に上がり、その雲の中から頭から尻尾の先までが2メートルくらいの小型のドラゴンに変化へんげして飛んで行った。


 ここのところ小型化もかなり練習してたから、なかなか上達したようだな。

 クロウちゃんの方に近づき、咲き誇る向日葵の花の上をふわふわとゆっくり飛んでいる姿がなんとも優美だ。


「ふわぁー」と、それを見ていたソフィちゃんが声を漏らした。



「それにしても、凄く広いお花畑ですね。見事だ」

「ここは向日葵だけど、ほかにも何ヶ所かあるのよ。菜の花とか、あとなんだっけ」

「レンゲとかクローバーとかラベンダーとかミントとか、いろいろあるんですよ」

「蜂さんがその都度、ハチミツを届けてくれます」


 要するにハチミツ畑なのか。

 そう言えば前に来たときも、いろいろな種類の香りの良いハチミツを食べさせてくれたよな。

 しかし蜂が届けてくれるとか、シルフェ様は女王蜂ですか。


「風の精霊は、実りと豊穣を助けるお役目もあるからのう」

「ほう、そうなんですな、アルさん」

「風が吹くと、花粉が運ばれるんですよね。蜂も運ぶから、つまりシルフェ様の配下みたいなものなんですか?」


「あら、オネルちゃんは良く知ってるのね。そうそう、蜂は花粉を運んで、それで植物がまた育って行くの。風と同じお役目よ」

「蜂には巣ごとにそれぞれ女王がいますけど、うちのおひいさまは、その上の大女王みたいなものですね。ほほほ」


 蜂などの花粉を運んで植物の受粉を手助けする役割を持つ者はポリネーター(送粉者)と呼ばれるそうだが、風の精霊さんはそれを司る立場にあって、シルフェ様はその大女王という訳だ。


「シルフェさまってつまり、花の雌しべと雄しべを取り持つ大女王さまよねー。そうしたら、人間の男性と女性の間も取り持つのかしらー」

「こら、ライナ。何を言う」


「ふふふ。そうねぇ、まずはジェルちゃんと、誰か良い男の人とを取り持たないとよねぇ」

「な、なにをおっしゃるのですか、シルフェさまは」


 とんだとばっちりを受けたジェルさんだが、でも確かにそろそろだよなぁ。

 俺も学院生でいるのはあと1年半となって来たし。

 うちの母さんとかも、考えてくれてはいるみたいだけど。




 シルフェ様の館に戻ってそのあとは、今日俺たちが泊まる部屋、アルさんが増築したというその部屋に案内して貰った。

 なるほど、俺とエステルちゃん用の部屋だというのがあって、それから客室という部屋が3つもあった。

 どの部屋もアルさんが造ったものなので広い。


「まだ、敷物が敷いてあるだけなんです。すみません」


 案内してくれたシニッカさんがそう申し訳無さそうに言ったが、大丈夫ですよ。

 今回はお泊まりでそういうこともあろうかと、夏用の薄い掛け布団を無限インベントリに何枚も入れて持って来ている。


「そうしたら、ここに3人分出してくださいな。ザックさま」

「3人分?」


 俺とエステルちゃん用だというその部屋で、エステルちゃんがそんなことを言った。

 3人分て、あと誰を泊めるんだ? 広いので3人が寝るのは余裕だが。クロウちゃんはお布団はいらないしなぁ。カァ。


「今日はソフィちゃんとカリちゃんとわたしとで、ここで3人でお泊まりしましょうね。隣の客室にはジェルさんたちのを3人分、お願いしますよ」

「はーい。エステルさま」


「あのぉ、僕はどこに」

「ザックさまは、わしのところでええじゃろ」


 ああ、アルさんの部屋ね。

 さすがに本体のドラゴンの姿用の広さはないが、かなり広い部屋だったな。


 それじゃ、クロウちゃんと男3人で泊まりますか。カァカァ。

 え? クロウちゃんはエステルちゃんのとこか、それかシフォニナさんの部屋で泊まるんですか。そうですか。いつもだけど、キミは自由で良いよな。カァ。



 そのあと、グリフィニアから持って来て昼前に作った冷蔵庫に保管していた料理を温め直したり、加えて俺がストックしている食材も出すように言われて、女性たちと何人かの精霊さんで夕飯の支度をわいわいやっていた。


 ソフィちゃんはあまり料理とかしたことがないのだろうけど、とても張り切っていて楽しそうだ。

 シルフェ様の館の厨房なのでちょっと趣きが違うが、雰囲気はキャンプか野営の料理の風景だよな。

 こういうときにはエステルちゃんと、あと元冒険者で慣れているライナさんの指揮で料理作りが進む。


 そちらは彼女らに任せて、大広間のリビングにはシルフェ様とシフォニナさんとアルさんに俺の4人とクロウちゃんだけだ。


「ありがとうございます、シルフェ様」

「どうしたの、ザックさん。あらたまって」


「いえ、こうしてお招きいただくなんて。本当は人間がここに来るとか、あまりよろしくはない筈なのに」

「なにをいまさら言ってるのかしら。ジェルちゃんたちは何回も、ニュムペさんのところに行ってるじゃない」


「そうなんですが、ソフィちゃんは」

「だって、エステルが発案した想い出づくりでしょ。それに姉が手伝っただけ。それでいいのよ」


 この際だから、気になっていたことをちょっと尋ねてみますか。



「あの、ソフィちゃんて、もしかしたら特別な子なんですか? 僕と同じような、だとか」

「そのことね。お母さまやファルティナさまならちゃんとご存知かもだけど、わたしには少し感じるとだけ言っておきましょうか」


 ファルティナ様というのは、運命を司る女神だよね。シルフェ様とは、深い関係があると以前に聞いた気がする。


「ファルティナ様とシルフェ様は、どういうご関係なんですか?」

「あの方と? そうねえ」


 そこでシルフェ様は少し口ごもった。この人、自分のことはあまり話したがらないんだよね。


「シルフェさんはちょっと言い辛いのかもじゃが、簡単に言うとシルフェーダ家の初代の名付け親、つまり後見人じゃな」

「え、そうなの? アルさん」

「初代シルフェーダの名付け親ということは、つまりじゃな、シルフェさんの子の名付け親ということじゃ」


「もう、アルったら。直ぐに何でも話すんだから。ええ、そうなのよ。シルフェーダというのは、いまはエステルのところの家名だけど、もとは名前なの。それでその子が生まれたときに、ファルティナさまが名前と運命を授けたって訳ね」


「名前と、運命ですか」

「そう、名前と運命。それは精霊族ファータの祖となる運命。要するに、定命の者としてこの地上に生きる運命ね」

「風の精霊ではなく?」


「父親が神で母親が精霊じゃからの。半神半精霊は神でも精霊でも、そのどちらでもない。それはエルフの祖と同じじゃよ」


 精霊族エルフの祖は、光の神と樹木の精霊ドリュア様との間の子で、確かアルヴァというお名前だったよな。

 あちらも半神半精霊で定命となって命の年数の限界が定められ、そして人間である精霊族エルフの祖となった訳か。


 ということは、シルフェ様のお子様であるシルフェーダ様は、もう亡くなられてしまったということなんだね。

 それがいつのことなのかは、ただの人間の人族である俺には思いも寄らないけど。



「まあ要するに、アマラさまがわたしのお母さんだとすると、ファルティナさまは簡単に言うと親戚の叔母さんみたいなもので、子供の名付け親で後見人だったということなのね。風を司るということは、運命の変転に関係があるって、前にお話したかしら」


 昼間に向日葵のお花畑で話していた蜂の話ではないが、シルフェ様はポリネーター(送粉者)の言ってみれば大女王だ。

 ヴァニー姉さんが結婚祝いとして加護をいただいたときに合わせて授けられた、豊かな恵みの母たる者への加護というのも、その一環だよね。


 そして風は、この地上に恵みをもたらすと同時に、ときには暴風ともなって大きな変化をもたらす。

 良く人生の風向きが変わるとかの言い回しがあるように、それはまさしく運命の変転に関係するものと言える訳だ。


 そしてそれは、別の世界からのファータで伝えられるところの流転人るてんびとである、俺とシルフェ様との関わりでもある。



「夕食のご用意が出来ましたよぉ。いまから運びますからね」


 厨房の方からエステルちゃんが来て、そう俺たちに声を掛けた。

 するとソフィちゃんたちと精霊さんたちが一緒になって、次々に料理を運んで来る。

 外にいた他の精霊さんたちも集まって来た。


「ソフィちゃんがどういう子なのかは、あなたとエステルが確かめなさい」


 俄に賑やかになった様子をニコニコと見ながら、シルフェ様が最後にそんな言葉を口にした。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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