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第676話 シルフェ様の家に行きますよ

 森の中の開けた場所で、先に森の中に入ったシフォニナさんが引き連れて来た、出迎えの風の精霊さんたちおよそ30人が並んで、揃って片膝を地に突いて俺たちに挨拶をしてくれる。


「シルフェさま、お早いお戻りで。エステルさま、ザックさま、アルさま、カリオペさま、クロウちゃん、ようこそお出でくださいました。人間のみなさまもようこそ、妖精の森へ」


 丁寧な挨拶だ。俺が人間の皆様の方に入れられていないのが少々気になるが、いまさらですか。

 カリちゃんはこの冬の旅の帰途でここに立ち寄っているから、そう言えば2回目だったね。


 こんなに大勢の精霊さんたちが揃って片膝を突き挨拶をされるなんて、ソフィちゃんはもちろんのことうちのお姉さんたち3人も初めてのことなので、かなり緊張しているようだ。

 取りあえず紹介はしておきましょう。


「まあ、ザックさまの配下の方々と、それから後輩の方ですか」

「お奇麗なお嬢さま方ばかりなんですね」

「配下の方々からは、風の香りがしますよ」

「シルフェさまが以前にご加護を授けられたって」

「ソフィーナさんですか。なんだか、ザックさまとエステルさまにお近い香りがします」

「あら、言われてみると微かに」

「だから、シルフェさまが連れていらしたのかしら」


 さわさわさわと、風の精霊さんたちの囁き声が聞こえて来る。

 俺とエステルちゃんの後ろにいる人間の女性4人には、もしかしたら空気を揺らす優しげな風の音ぐらいにしか思えないかな。

 念話とも違う風の精霊たちの会話の音だ。何故か俺には、それが賑やかに聞こえて来る。


「ほらほら、あなたたち。お喋りしてないで、みなさんをご案内しますよ」

「はーい」


 シフォニナさんの号令で、妖精の森の中心部へと歩いて行く。

 青い装備を身につけた巡回部隊担当の10人が先頭で、続いて俺たち、そして残りの精霊さんたちが従う。


 40人近くが森の中を移動するのだが、足音がほとんどしないよね。

 精霊とドラゴンはほぼ浮いているので、地面を踏みしめているのは人間だけだ。



「ずいぶんと静かなんですね」

「風の精霊様の本拠地だからね」

「さっきシフォニナさまが、お喋りしてないでって、そうおっしゃってましたよね。精霊さまたちがですか? 風が吹いているのは感じたけど」


 ソフィちゃんが歩きながらそう話し掛けて来た。

 この子は色んなことに良く気が付くし、好奇心も人一倍旺盛だ。

 でも精霊たちが囁いていた内容は言えないな。


「そんな感じだったかな。精霊様たちの会話というか」

「そうなんですね。でも、精霊様って、人間の言葉でも話すんですよね」

「うん、普通に話すよ。シルフェ様たちもそうでしょ」

「あ、そうでした」


 この世界に言語は基本的にひとつしかない。言葉が分かたれなかった世界。それがこの世界だ。

 なので精霊もドラゴンも、そして魔物も、人外の存在はすべて同じ言語を共有する。

 ただし伝え方はいろいろだ。音声によるもの、念話によるもの、そして先ほどの風によるものなど。他にもあるのかな。


 それでは何故俺が前にいた世界は、人間に様々な言語が存在するのだろうか。

 ある研究によると、確か6,900もの異なった言語があるそうだけど。

 元は同じ言語、同じ発音であったものが、あるとき神の怒りによってバラバラにされたという神話は有名だよね。バベルの塔の話だったっけ、クロウちゃん。カァ。


 天にも届く塔ね。バベルって名前、古代メソポタミアのアッカド語だと「神の門」という意味で、反対にヘブライ語だと混乱とかごちゃごちゃとかの意味になるのか。カァカァ。

 クロウちゃんって、やっぱり物知りだよね。


 でも、神のおわす場所と人間の世界とを繋ぐ門というのと混乱とが、言語が違うけど同じ単語で意味されるって面白いよな。

 言葉が分かたれなかった前の世界のことと、分かたれてしまったあとの世界のことのそれぞれを示しているとか? カァ。そこはクロウちゃんにも分からないか。


 だけど、天界と地上とを繋ぐのって、こちらでは世界樹だけど、そんな世界樹みたいなものを人間が人工的に造ろうとしたのかなぁ。

 単に空間的に宇宙に届く塔ってことじゃないよね、きっと。カァカァ。次元を繋ぐ問題か。神の次元と人間の次元とか? ふうむ、難しいよな。



「ザック部長、ザック部長」

「ああ、ソフィちゃん。この人、自分の世界に入っちゃうとダメなのよ。反応しなくなっちゃうときがあるから」

「そうなんですね、エステルさま。もしかして、誰かとお話とかしてるんですか?」


「それはたぶん、クロウちゃんよー」

「え、でも、クロウちゃんもザック部長の頭の上で、声を出してませんでしたよね」

「謎の関係なのよー」

「謎の関係? それってなんですか、ライナ姉さん」


 意識や思考は別のところに飛んでいるかもだけど、ちゃんと周囲の会話は聞こえてますからね。

 やたら耳が良いのは、いまさらのことですが。




 森の中を暫く進んで行き、風の精霊が棲む中心地へと到着する。


「さあ、着きました。ここがわたしたちの棲まうところですよ」

「ほぉー」


「たくさんの木が集まって塊を造っているのですな」

「それがいくつもありますよ」

「あれって、もしかしてお家なのー? シフォニナさん」


「そうですよ。ひとつひとつがわたしたちの家で、あのいちばん大きいのが、シルフェさまのお館です」


 何本もの樹木が集まる風の精霊の家の中でも、ひと際大きな塊がシルフェ様の家だ。

 それはシフォニナさんの言うように、まさにお館と呼ぶに相応しい大きなものだが、驚くのは中に入ってからですよ。


「さあ、みんな入って入って」

「おじゃましまーす」


 樹木の幹が重なり合うところに、人がひとり分だけ通れる狭い入口がある。

 初めてここを訪れたとき、アルさんはまだ人化を封印していたので、小型化したドラゴンの姿でも狭過ぎてこの入口を通れなかったんだよね。

 なので、黒い霧に変化へんげして通過していたけど。



 そして内部に入ると、そこは外側から見たら想像も出来ないほど広い大広間だ。


「ふぁー」と初めて来た4人は驚きで固まっている。


「ねえ、シルフェ様。この前、冬に来たときよりも、もしかして広くなってませんか?」

「あら、ザックさんにはわかっちゃうわよね。うふふ」


「先日、アルさんにまた少し広げて貰ったんですよ。アルさんの部屋も造りましたし」

「わしは自分の部屋なぞいらんと言ったのじゃがの、造れと言うものじゃから」

「ほら、ここ最近はアルって、うちに来て滞在することが多いでしょ。だから自分の部屋ぐらいは造りなさいって言ったの」


 要するにこの樹木の塊で構成された屋敷の内部は、魔法で持続的に拡張された空間なんだよね。

 だからその意味では、魔法によって空間を更に広げることが出来るらしい。

 もしかしたら元々、アルさんが造った屋敷なのかも知れない。ニュムペ様の水の精霊屋敷もアルさんの作だし。


 アルさんがこういったものを造ると、だいたいがドラゴンサイズの感覚で大きくなるのだが、それにしても今回の拡張では以前に増してずいぶんと広くなったですなぁ。


「ザックさまとエステルちゃんの部屋も造りましたぞ」

「えっ、そうなの?」

「また、アルさんたら」


「シルフェさまの妹夫妻の部屋が無いと、おかしいじゃろ」

「それもわたしがお願いしたのよ」

「あと、客間もいくつかの」


 それって大改造じゃないですか。

 前回に来たときはそんな改築はしてなかったから、2月の終わりにシルフェ様たちが戻って3月の終わりに王都に来るまでの間にしたってことだよな。

 ふうむ。この風の精霊の妖精の森に、俺とエステルちゃんの部屋がある訳ですか。それって良いのでしょうか。


「まだ手を付けてはおらんが、わしの家にもザックさまとエステルちゃんの部屋を造ろうと思っとるぞ」

「ええー。アルさんちは、わたしの実家から近いじゃないですかぁ」

「まあ、そうなんじゃが、わしんところは空間が余っとるからの」


「ねえ、師匠。わたしの部屋は?」

「ああ、カリ嬢ちゃんの部屋もついでに造るか」

「ついでですかぁ。でも、本体サイズでお願いしますね」

「それはそうじゃろ」


 何を言ってもどうせ造るだろうから、放っておきましょう。

 爺様が孫娘のために、自分の家に専用の部屋を用意する的なものだと思って、納得しておくしかないよな。



 大広間の床は木で出来ているが、寛げるリビング部分は厚くて座り心地の良いとても大きな敷物が敷かれている。

 これは前からそうなのだが、その部分も隋分と広がっていた。

 追加された敷物は、どうやらアルさんの宝物庫から持って来た物らしい。


「この春に、わたしとシフォニナさんでアルのところに行ってね、探し出して来たのよ」

「ということは、何かお宝的な?」


「お宝というか、わしも良く憶えておらんのじゃが、古代遺跡から持って来たものじゃの。それほど強いものではないが、温度を一定に保つ魔法が付与されておる」


 ホットカーペット的な? でも、そう言えば真夏の樹木の中なのに、なんとなく涼しいよな。

 ここはグリフィニアよりだいぶ南の地方なので、いまはかなり暑い季節ではあるが、さすがに風の精霊の妖精の森だけあって、爽やかな風がいつも通って比較的涼しいんだけどね。

 しかし、ホットだけではなくて冷やす機能も備わっている敷物ですか。やっぱりお宝じゃん。



「ザックさま。用意して来たもの、出してくださいな」

「あ、へーい」


 エステルちゃんの言う用意して来たものとは、要するに大量の料理とお菓子だ。

 今朝早く俺の無限インベントリに収納したときにも思ったのだけど、これがじつに大量なのですな。

 いやあ、レジナルド料理長とトビー選手と、それから手伝ってくれたエディットちゃんとシモーネちゃんには頑張って貰いました。


 お昼の分の大量のサンドイッチに、3時のおやつではないけど大量のお菓子。お菓子はストック出来る分も含めて殊更大量だ。

 それから、夕飯用の料理やパンも持参して来ている。

 ここに食料庫的なものはあるのかな。


 それをシフォニナさんに聞いてみると、こういうこともあろうかとアルさんに頼んで厨房も拡張整備してあるそうだ。

 見せて貰うと、火も使える土間とかまどや食料保存が出来る部屋も附設されている。



 本来、精霊さんは人間のように料理をして食べるってことは、あまり無いよね。

 尤も風の精霊の場合、長年に渡り人間の世界も旅して廻るシルフェ様の影響で、わりと昔から食べてはいるそうなのだけど。


 一方で人間の食べ物から相当長く遠ざかっていた水の精霊は、ここに来てもっぱら俺たちの影響で人間の食事大好きになってしまっています。


「ちょっと、冷やして保存できるくらを造っておきますよ」


 案内してくれていたシフォニナさんとほかの精霊さんに俺はそう言って、食料保存部屋の一角にちょっとした氷で冷す構造の大型の冷蔵庫を造った。

 冷蔵庫というかドアは無いので氷室みたいなものですけどね。


 構造は食料などを保存する部分とその最下層に氷を入れる単純な2段構造で、その下段部分に大量の氷を生成して詰めておく。


「まあ、あっと言う間にこんな庫が。氷も凄いですよ」

「エステルさまの旦那さまって、やっぱりたいしたものです」

「ふふふ。ザックさまは慣れたものですよね」


 へい。氷作りは王都屋敷でも俺の仕事だから、シフォニナさんの言うように慣れたものですな。


「誰か氷を作れる人はいますか?」


 無限インベントリから大量の料理を取り出しては冷蔵庫に詰め込みながら、彼女らにそう聞いてみたら、あまり得意ではないが風の精霊さんも作れるそうだ。

 それならこの冷蔵庫も活用出来るでしょう。



 夕飯用の料理を仕舞い終えて大広間に戻ってみると、既にテーブルの上にはランチが並んでいた。

 飲み物は、以前からエステルちゃんが王都で仕入れて、こちらに提供している紅茶が淹れられている。


 それでは全員でお昼にしましょうかね。

 でもいまあらためて気づいたんだけど、40人近くいるなかで男性って俺とアルさんとクロウちゃんだけなんですなぁ。


 まさに情景はハーレム状態だけど、精霊さんをハーレムの女性とか言うと天罰が当たっちゃいますよ。カァカァ。

 ああ、クロウちゃんはここに来るといつも甘やかされてるから、キミにとってはハーレムですな。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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