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第675話 2時間の空の旅、そして到着

 アルさんの背中に乗った空の旅は、順調に進んで行く。

 女性たち4人もだいぶ落ち着いて、言葉も出るようになった。

 ジェルさんは大丈夫? なんとか、ですか。でも普通に喋れるようになって良かった。


 ただし、北方山脈を越えるときだけは高度を上昇させて、アルさんの飛行姿勢も斜めなったので、そのときにはみんなはまた腹這いになっていたけどね。



 北方山脈を越えた。

 ここからは地上に国が無いというか、誰の領地なのかどこの国なのかが曖昧で人間の数も極めて少なくなるそうなので、やや高度を低くする。

 およそ3,000フィート、900メートル強ぐらいの高さだね。


「(途中休憩は入れんで、大丈夫そうですかの)」

「(うん、なんとか大丈夫みたいだよ。会話も出来るようになってるし)」

「(それでは残り半分。一気に行ってしまいますぞ。カリ嬢ちゃんも良いかの?)」

「(はーい。ダイジョウブでーす)」

「(カァカァ)」


 クロウちゃんは少しうつらうつらしていたみたいだが、時速500キロで飛行しているドラゴンの頭の上で良く居眠りができるよな。


「だいたい半分ぐらい来たと思うけど。あと残り半分、みんなは大丈夫かな?」


「ダイジョウブよー」

「だんだん平気になって来ましたぁ」

「わたしも、なんとか」

「へ、平気ですぞ。一気に行って、早く到着を願います」


 ライナさんとソフィちゃんはもう大丈夫そうだな。

 オネルさんもなんとか。ジェルさんは……。途中休憩を入れるより、早く着いて欲しい感じですね。



「ザック部長。いまわたしたちが飛んでるのって、もしかして外国ですか?」

「おお、いいところに気がつきましたな、ソフィちゃん。さっき、北方山脈を越えたでしょ」

「ああ、斜めになって高く上がったときですね。ちょっと怖かったです」


「あのとき、北方山脈の上空に上がったんだ。そこから緩やかに高度を下げて貰って、いまはだいたい3,000ポードぐらいの高さかな。そして、北方山脈を越えたということは、もうセルティア王国ではないのでありますよ」

「ほう」


 ソフィちゃんは座ったまま首だけ伸ばすようにして、周囲をきょろきょろと見回した。

 いくら安定した水平飛行に移っていて、アルさんの広い背中とはいえ、エステルちゃんみたいに普通に立ち上がって歩いたりはさすがに出来ないよね。


 座っている状態なので、もちろん真下の地上の様子を見ることは適わないが、それでも遠方の方はなんとなく眺められるだろう。

 北方山脈の東側は、高所がなだらかに続いて徐々に低くなり、かつ森林地帯だ。

 そういった風景が遠方まで続いているのが見える。


「いま飛んでいるこの辺は、ソフィちゃんも学院の地理学の講義で習ったかもだけど、所謂、未開拓の緩衝地帯。どこの国にも属していない場所なんだ」


 この世界では、まだ世界中の隅から隅まで国家が存在して国境で区分されている訳ではない。

 なので、いま俺が言った緩衝地帯というのは、国家間に挟まれた中立の地域や曖昧な間隔域ということではなく、あくまで周囲の国家が統治していない地域ということだ。


 なぜなら、セルティア王国の統治圏は北方山脈までだし、北のリガニア地方は都市国家が連合した都市同盟なので、ここまで勢力を及ぼすことはない。

 リガニア地方のいちばん南に位置するのは、ファータの北の隠れ里だしね。


 可能性があるとすればセルティア王国の南のミラジェス王国で、北方山脈はこの王国内で南端が終わり、王国の勢力圏もその東まで伸びているらしいが、それ以上伸長する様子はないというのが現在の情勢だ。


 そして、ここからもっと東や東南方向に行くと、冬の旅でも上空を通過したそれはそれは広大な大草原地帯となる。

 あそこの存在や名称は学院の地理学の講義でも登場しないのだが、俺は密かにユーラシアステップならぬニンフルステップと呼んでいる。


 だからもし、リガニア地方の南のこの地帯に手を伸ばす可能性があるとすれば、何年にも渡ってリガニア都市同盟との紛争が長期化させているボドツ公国とも言えるが、おそらくあの公国にそこまでの実力は無いだろう。

 まずはリガニア都市同盟に勝利しないとだしね。


 問題は、そのボドツ公国を傘下に収めているらしい北方帝国が自ら南進を始めた場合だが、まあ彼の国からだと1,000キロメートル以上は離れているし、まずはリガニア地方を併呑したうえでの話となる。

 仮にそんなことがあったら、セルティア王国とそしてミラジェス王国も黙って傍観してはいないだろう。たぶんだけど。



「ということは、わたし、外国旅行をしちゃってるってことですか? ザック部長。あの、聞いてます?」


「あ? あ、うん、聞いてるよ。そうだね。まあこうして国外に出ているという訳だ」

「たった1時間で外国旅行、ですか。ふぁー、凄いです」


「馬車で旅すると、3泊も4泊もかかるのにねー。やっぱり空を飛ぶと早いわよねー」

「え、ライナ姉さんは、外国旅行とかしたことあるんですか?」

「それは、エステルさまのとこに行くには……」

「こら、ライナ、あまり余計なことは」


 ジェルさんのライナさんへの突っ込みが戻って来ていました。


「いいのよ、ジェルさん。そうなの。わたしの実家はセルティア王国の外でね。ジェルさんとライナさんは2回。オネルさんも1回来たことがあるのよ」


「ひゃぁ。ザック部長の婚約者のエステルさまは、外国のお姫さまだって学院生の間ではもっぱらの噂でしたけど、やっぱりそうなんですね」

「だから、わたしはお姫さまでも何でもないのよ、ソフィちゃん」


 そんな噂の発信源はもちろん俺のクラスなんだろうけど、1学年下のソフィちゃんたちの間でもそんな噂が広まっているのか。

 これはウォルターさんではないけど、情報管理により一層気をつけないとだよな。


「だけどね、ソフィちゃん。今回の旅で見たこと聞いたこと話したことは、ぜんぶソフィちゃんだけの中に留めて置いてくださいね。約束してくれる?」

「はい。もちろんです、エステルさま」




 それからソフィちゃんは、「わたし、精霊様のことってあまり良く知らないんです」と言って、シルフェ様とシフォニナさんにいろいろと質問をしていた。

 まあ、旅の目的地に到着する前の事前勉強ですかな。


 何も知らないで行くのもそれはそれで一興だけど、やはり事前に最低限は知っておくのも大切ですな。

 そういえば遠足とか修学旅行とか、旅のしおり的なものがありましたなぁ。

 今回は突発的だから、そんな皆で共有する旅行計画とかを作っておりませんでした。


「この世界には、地上に5柱の精霊さまがいらっしゃるというのは、わたしでも知っていますけど、精霊さまが魔法の四元素と相対しているとすると、あともう1柱のお方は?」


「シルフェさまは、祭祀のやしろでもお祀りされている真性の精霊さまですよね。そしたら、真性の精霊さまというのは5柱だけで、でもそうすると、シフォニナさまは?」


「精霊族のファータのご先祖さまがシルフェさまとおっしゃってましたけど、すると同じ精霊族の例えばエルフにも、ご先祖さまがいらっしゃるということですか?」


 などなど。いやあ、まだ13歳とはいえ、勉強も熱心で学年首席のソフィちゃんの質問は尽きることがありませんな。



「お招きいただいて、わたしたちがこれから行くのは、シルフェさまの本当のお住まいなんですよね」

「そうよ。最近はザックさんとエステルのところにいる場合が多いけど」


 そういうこと、あまり平然と言わない方がいいと思うんですけど。うちは妖精の森じゃありませんので。

 真性の精霊様が腰を据えると、その場所が妖精の森化するとかなんとか、以前にシフォニナさんが言ってたよなぁ。


「それはどうして? とかは聞いちゃいけないんですよね。あの、ということは、ほかの精霊さまの妖精の森も、この世界の何処かにあるってことですよね」


 そこで全員が「ゴホン」とか、咳き込むんじゃありませんよ。


「あ、あー、そうね。世界の各地に散らばってありますよ、散らばって。あら、散らばってたかしら?」

「散らばってます」

「ええ、そうね、ザックさん」


 たまたま、セルティア王国の王都のわりと近くにも水の精霊の妖精の森がありますが、世界的な視点で見れば散らばっています。


「わたしたち精霊の本拠地は、一般に妖精の森って言われるけど、本当の意味での妖精の森はわたしのとこと水の精霊だけで、あとは木の上とか火山とか地下とか」

「おひいさま」


「は、はい。これ以上は人間にお話はね。あとはザックさんに聞いてね」


 おい、なんでも俺に振るんじゃありませんよ。

 まあ精霊様というのは嘘がつけないから、話し出すとどんどん真実を話してしまうからなぁ。




「(ええかの。もう少しで到着しますぞ)」


「ああっ、なんだかアルさんっぽい声が聞こえたー。あ、いけない」


 ライナさんが慌てて自分の口を抑えたが、アルさんの背中に直に乗って接触しているので、彼の念話が聞こえたのかな。

 まあそれはともかくとして、そろそろ到着ですか。


「(この先に、わしらが降りられる開けた土地があるで、カリ嬢ちゃんは先行して降りなされ。正確な場所は、クロウちゃんが知っておるでの)」

「(はーい、りょうかいしましたぁー、師匠)」

「(カァカァ)」


 ずっと並んで2竜編隊飛行をしていたカリちゃんが、速度を上げて先行して行った。


「あれ、カリ姉さんが先に行きました」

「もうすぐ到着よ。だからカリちゃんが先行して行ったのね」

「ふたり同時は難しいから、先にカリちゃんが着地するんですよ」


「もう着くんですね。わぁ、楽しみです」


 朝8時頃に子爵館を出発したから、約2時間の行程でいまは10時頃か。

 前々世の旅客機のフライトだと、羽田から沖縄の那覇空港までが確か2時間半だと思ったので、それよりも近いんだよな。


 旅客機の巡航速度はマッハ0.8から0.85ぐらい。つまり時速900キロ前後だから今回のアルさんよりはずっと速いのだが、アルさんには搭乗手続きの時間は必要ないからね。



 そのアルさんは、やがてゆっくりと旋回しながら高度を下げて行く。


 この辺りにはもう人間が誰も存在しないので、特に雲に包まれて姿を隠すこともない。

 大きく円を描きながら姿勢を地上と平行に保ったまま降りて行き、そして森林の中にぽっかりと開けた場所へと静かにランディングした。

 まさに重力魔法の為せる技ですな。


 地上では、既に人化していつもの侍女の姿になったカリちゃんとクロウちゃんが待っていて、俺が降ろした縄梯子を下から支えてくれる。


「ちょっと先に行きますね」とシフォニナさんは、もう風になって消えている。

 シルフェ様はふわりと、エステルちゃんはぴょんと自分で地上に下りていた。


「さあ、ずっと座っていたから足元に気をつけて、ゆっくりと下りてくださいよ」

「はーい」


 それから慎重に4人を地上に下ろし、最後に縄梯子を仕舞って俺も跳び下りる。

 カリちゃんが下で「2時間の空の旅、楽しめましたか? たいへんお疲れさまでしたぁ」とか声を掛けていたが、キミは空港の地上職員さんですか。


「さあみなさん、ザックさま流のいつもの準備運動で身体をほぐしましょうね」とエステルちゃんが皆にストレッチをするように促し、自分も一緒にやる。

 俺も身体を伸ばしましょう。

 カリちゃんとシルフェ様もやるんですね。ドラゴンや精霊には必要ないと思うけど。



 そうして2時間振りの地上の感触をそれぞれに確かめていると、森の中から風の精霊さんたちが出迎えにやって来た。30人ぐらいだよね。


「あ、ああーっ。女性の方ばかり、たくさんいらっしゃいましたぁ。えと、みなさん、風の精霊さまですか?」

「そうよ、ソフィちゃん。みんな、わたしの配下の風の精霊ね」


「へぇー、みなさん、お奇麗なお姉さんばかりですね。って、あれ?」

「どうしたの?」


「あの、みなさん、どうしてザック部長のお家の侍女さんと同じ制服、というか魔法侍女服を着ていらっしゃるんですか? あ、あちらの方たちは、お揃いの青い戦闘装備みたいですけど」


 早速気づいてしまいましたか。って、これだけ人数が揃っていて、着ている衣装を見れば直ぐに分かるよね。


 そうなんですな。

 現在の風の精霊のみなさんの衣装は、うちと同じディアンドル風の侍女服。つまりセルティア王立学院で言うところの、学院祭でのうちのクラスで有名な魔法侍女服なのでありますよ。

 ソフィちゃんも作って貰って持ってるんだよね。


 ただしこちらの風の精霊さん用は、爽やかな青空のような色のトーンで統一されている。

 それから10人ほどの精霊さんが着用している戦闘装備は、森を巡回する部隊のために昨年にうちで提供した制服だ。やはり青色で揃えていてなかなか華やかですな。


「うふふ。ぜんぶザックさんとエステルが揃えてくれたのよ。わたしとシフォニナさんも、少し色違いのを持ってますけどね」

「へぇー」


「なあ、われらも拝見するのは初めてだが、こうして精霊さまがみなさん着ていらっしゃるのを見ると、いいのかなと思ってしまうのだが」


「いいのよー、ジェルちゃん。ジェルちゃんだって、ちゃんと自分のを持ってるでしょ」

「最近はあまり着る機会がないですよね。今日持って来れば良かったです」

「いや、そういうことではないのだが」


 お姉さんたちも、同じく制服姿の精霊さんたちを見ながらそんな会話をしております。

 そう言えば、ここにいる女性は立場こそ違え、全員があの侍女服を持ってるんだよなぁ。


 そんな会話も聞きながら、エステルちゃんはなんだか「えへん」と胸を張って、飛びっ切り嬉しそうにしておりました。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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