第670話 夏休みの想い出づくりと提案
翌朝、ドミニクさんとグスマン伯爵家の騎士さんたちが出発して行った。
見送りには独立小隊のお姉さん方も来ている。
「ブルーノさんたちは?」
「男衆はザカリーさまのご指示でと言って、朝早くから大森林に入って行きましたぞ」
ああ、そうか。
グリフィニアにいる間は、冒険者の活動エリアをカバーするアラストル大森林の地図づくりをブルーノさんたちに頼んでいるが、それと併せてあの群れがどうなったかも含め、森オオカミの縄張り争いの動向などを探って貰うお願いをしていたんだった。
まあ、狩りもして来るのだろうけどね。
「ところで、ソフィちゃんは居残りなのー?」
「えへへ。わたし、居残りさんになりました」
ソフィちゃんは昨日の涙もすっかり収まって、笑顔でドミニクさんたちを送り出したところだ。
居残りさんて良く分かりませんが、嬉しそうだからまあいいか。
「ジェルさんたちの今日これからの予定は?」
「わたしとオネルは、騎士団見習いの子たちがまだ訓練をしていたら、それを少し見てあげて、あとはフォルとユディと訓練ですな。ライナはカリちゃんと魔法か?」
「うん、まあそんなところかしらねー」
「そうか。ねえ、ちょっと上でお茶でも飲んで行かない? フォルくんとユディちゃんも一緒に。ねえ、エステルちゃん」
「そうですね。いいでしょ? ジェルさん」
「あ、はい。ザカリーさまとエステルさまの仰せであれば」
「でしたら、ザック様のお言葉ですが、騎士団見習いの訓練の方は僕らがサポートして来ます。なあ、ユディ」
「まだやっていると思うから、ふたりで行ってきますよ、ジェル姉さん」
「そうか。ではそちらが終わったら来てくれ」
「わかりました」
レイヴンメンバーにアルポさんとエルノさん、そしてフォルくんとユディちゃんを加えた独立小隊になってから、小隊長は騎士のジェルさんで男衆のリーダーはブルーノさんという風に自然に役割分担が出来ている。
従騎士見習いのフォルくんとユディちゃんはジェルさんたちの指導のもとで、現在はうち関係の馬の世話などの日常業務のほか、主に戦闘力強化に勤しんでいるという感じだ。
「われらがここでお茶をいただいていて、よろしいのでしょうか」
「ザカリーさまとエステルさまがいいって言うのなら、いいんじゃないのー」
「なんだか、王都屋敷のラウンジと変わらない感じですよね」
お姉さん方3人を、屋敷2階のお客様用ラウンジに連れて行って座らせた。
ドミニクさんが帰ってしまったこともあり、オネルさんが言うようにますます王都屋敷のラウンジと変わりなくなった。
普通にシルフェ様とシフォニナさんにアルさんがのんびりしていて、カリちゃんも居るからね。
エディットちゃんとシモーネちゃんが紅茶を淹れて持って来てくれた。
彼女らふたりも、グリフィニアの屋敷にずいぶんと馴染んでいるよな。
「そう言えば、朝食のあとからクロウちゃんがいないなぁ」
「大森林ですよ。食べたら直ぐに飛んで行きました」
「ああ、ブルーノさんたちの手伝いか」
ちょっと通信を繋げて、視覚も同期させてみる。
ここ、どこ? 冒険者活動エリアのいちばん深い場所か。オオカミっている? いないんだね。もっと奥地まで戻ったんだな。取りあえずひと安心か。
シルフェ様に頼まれてるから、水の精霊さんたちがいるところまで飛んで、様子を見てからブルーノさんたちに合流するんだね。わかった。
「ザックさま。ザックさまったら、お話があるでしょ。どこ見てたんですか?」
「え? ああ、いちばん深いエリア」
「クロウちゃんですか? そっちはあの子に任せて。ほら」
俺とエステルちゃんの謎のやりとりを、直ぐ側でソフィちゃんがきょとんとした表情で聞いていた。
「ザックさまとクロウちゃんは、目が繋がってるですよ」
「目が繋がってる?? って何ですか、カリ姉さん」
「あのふたりは、すっごく離れていても話が出来ちゃうのよねー」
「ライナ姉さん。それって、魔法なんですか」
「魔法とは違うみたいよー。ねえ、カリちゃん」
「みたいですよねぇ」
「謎能力が多いのよー」
「謎能力??」
ソフィちゃんが加わって、何やらヒソヒソ話している。
おい、そこの姉妹弟子のふたり。あんまりバラすんじゃないですよ。
「いや、あのですな。ソフィちゃんだけ、ひとり残ることになりましてですな」
「それはもう、さっきからわかってるわよー」
「まあ、ザカリーさまの話を聞け、ライナ」
「理由は、まあいいか。ともかく、王都に戻って、グスマン伯爵領まで帰ってまた王都だと、ソフィちゃんもいろいろ大変なので、今年の夏休みはこちらに滞在していることになったのでありますよ。なので、王都に戻るときは僕らと一緒ね」
「そうなりましたぁ。えへへ」
ソフィちゃんはもの凄く嬉しそうだ。と言うか、いろいろ嫌なことを頭から消してしまうように、そんな態度をしているのかも知れない。
学院でもいつも前向きで朗い性格なんだけど、務めてそうしているようにも思える時がある。
自分の架空の役割設定をするロールプレイングが好きだったり、それで他者との架空の関係性の設定をして会話を楽しんだり。
もしかしたら、家族ではない大人たちの間で育って来たことに関係しているのかな。
周囲の役目や役割を持つ大人と、自分も何か役目役割を持っている者としての関係性を持とうとして。
それはそれで、遊びとして楽しんでいるのならいいけれど。だけどいまは、少女が少女であることを楽しんでいてもいいんだよ。
「それでですな。例年通り来月の8日にここを出立して王都に戻るとすると、グリフィニアでの夏休みは、今日を入れてあと12日ばかりとなったのでありますが」
「もうそうなりますか」
「今年も、いろいろありましたからね」
「それでそれで?」
「それででありますな、せっかくソフィちゃんもいることでありますから、残りの日数の中で、想い出づくりをしようと思うのであります」
ラウンジがシーンとしてしまった。
エステルちゃん以外は、どういうこと? という表情だ。
少し離れたソファから、話を聞いていたシルフェ様の「ふふふ」と楽しそうに笑う声が聞こえて来る。
ライナさんが何か言おうとしたが、ジェルさんが「まあ待て」と小さな声でそれを制した。
「ということで、ソフィちゃん」
「はい? わたしですか、ザック部長」
「うん。想い出づくりには、ソフィちゃんは何をすればいいと思う? と言うか、何がしたい?」
「え、わたしが? 想い出づくり? あ、ああーっ」
「昨晩に、あのあとエステルちゃんと相談したんだ。ソフィちゃんとみんなとで、夏休みの残りを使って、想い出づくりをしたらどうかってね。これ、エステルちゃんの発案なんだ」
「あー、ふぁー、エステルさまぁー。ひゃぁー、ふぇーん」
ソフィちゃんはまた泣き出してしまった。
昨日は必死に堪えるような泣き方だったが、いまは堰を切ったような大泣きだ。
背も高く美人で、見た目は大人びているけれど、中身はまだ13歳の女の子なんだよな。
エステルちゃんとカリちゃんが、昨日と同じように背中をさすったりハンカチで涙を拭いてあげたりしている。
一方で事情の分からないお姉さん3人は、いささか吃驚していた。
「どういうことなんだ? ザカリーさま」
「うん、今回ソフィちゃんだけここに残った本当の理由なんだけど。ジェルさんたちには話していいかな? ソフィちゃん」
「ぐひゅん。うん、はい、ザック部長。お願い、します」
それで、彼女に縁談が来ている件をざっと話した。
それを聞いて、お姉さんたちの表情がみるみる変化して行く。特にジェルさん、殺気が漏れてますから、抑えてください。
「貴族家とは、そういうものだが……。だが、赦せん」
「なんで末っ子のソフィちゃんなんですか?」
「そもそも、そんなのとか考えてないんじゃないの。ほんと勝手よねー」
かつて望まぬお見合い話に翻弄された経験のあるジェルさんはもちろんのこと、お姉さんたちは怒り心頭という感じになった。
しかし、赦せないと口に出したジェルさんも伯爵家のこととなると、自分たちにはどうすることも出来ないというのも分かってはいるのだ。
「それで、この夏休みを有効に使って、想い出づくりということですか。ならば、わたしたちもその想い出に是非とも参加せんといけませんな」
暫く口々に怒りを発していたお姉さん方もようやく落ち着いて、ジェルさんがそう言葉にした。
「そしたら、ソフィちゃんは何がしたいかなー? なんでもザカリーさまが叶えてくれるわよー、きっと」
「そうですよ。多少の無理は承知でも、したいことを言っちゃいましょう」
おい、内容にもよるが、何でもは難しいですぞ。出来ることだけですよ。
「わたしは……。うーんと、グリフィニアに来られて、ヴァネッサさまの結婚式にも出席出来て、大森林で剣術の稽古が出来て、オオカミとも闘って。あとは魔法の練習はしたいですけど。うーんと、したいことですよね。想い出になること……。もう、たくさんの想い出が貯まって来てますけど……」
「魔法の練習は、ここでも王都でも出来るでしょー。カリちゃんもわたしも、アル師匠もいるんだし。それもするとしてもぉ、もっと、ソフィちゃんがしてみたいことよー」
「もっと、わたしがしたいこと……」
すっかり泣き止んだソフィちゃんだが、こんどは学院ではあまり見せることのない13歳の少女の表情になって、うーんうーんと首を傾げながら、それでも真剣に考えていた。
しかし、このぐらいの貴族の女の子って、何がしたいのかなぁ。
俺の身近で言うと、ヴァニー姉さんはダンスが好きだったけど、それ以外はわりと堅実な人だし、アビー姉ちゃんは剣とかの刃物と大量の食事を与えておけば、それで満足する娘だからなぁ。
「あ、はいっ、はいっ」
「はい、そこで手を挙げてるカリちゃん。何か良いアイデアが浮かびましたか?」
かなり発言内容が心配な気もするが、いちおう見た目は16、7歳の可愛らしい女の子として、それっぽいアイデアでも浮かんだかな。
「わたし、ソフィちゃんの想い出づくりになること、浮かびましたよ。想い出になるということは、普段の暮らしではなかなか出来ないもの、ってことですよね」
おお、言っていることは一見まともそうですぞ。彼女もだいぶ人間の暮らしに慣れて来ていますからな。
「そうだね」
「そしたら、お空を飛ぶってどうでしょう。それって、人間の普段の暮らしだと、なかなか出来ませんよね」
ジェルさんたちが「あー」という困った顔をしている。
確かにそれは夏休みの経験としては、かなり特別感があるけどさ。それって、カリちゃんがソフィちゃんを背中に乗せるとかして、空を飛ぶってことだよね。
つまり、ドラゴンってことをバラす訳で、だいたい本体を見せただけでもかなりのインパクトがあると思うのだけど。
「空を? 飛ぶですか? そんなこと、出来るんですか? カリ姉さん」
「食い付きましたね、ソフィちゃん。そこは、このカリお姉さんに任せておきなさい」
「でも、どうやって? 魔法?」
まあ魔法に繋がると言えばそうなんだけど、固有能力と言えばそうなんだよな。
「あーっとだな、ソフィちゃん。それは、やめておいた方がいいかも知れんぞ」
「ちょっと、人生が変わるぐらい怖いかもですよ」
「覚悟はいるわよねー」
「え? ジェルお姉さんたちは何か知ってるんですか? もう体験済みとか」
「それはだなぁ……」
何をどこまで話して良いやら、ジェルさんは判断がつかないのだろう、俺の顔を見た。
ふーむ、どうしましょうかね。
「なんか拙いこと、わたし言っちゃったですかね、エステルさま」
「んー、言っちゃったのは仕方ないとして、カリちゃんはちょっと大人しくしてましょうね」
「あ、はーい」
「うふふ。そうしたら、わたしから提案しても良いかしら」
こちらの話は聞いていたが、いままで黙っていたシルフェ様がそう声を出した。
なんだか不穏な予感がしますが、精霊様の発言を制止することは出来ない。
「あの、シルフェ様、穏便にお願いします」
「ですよ、お姉ちゃん」
「あら、なによザックさんもエステルも。夏休みの想い出に残るようなことでしょ。それもソフィちゃんの。想い出づくりと言えば、やっぱり旅よね。あなたは、このグリフィニアまで旅して来た訳だけど、もう1段階先なんてどうかしら。カリちゃんの空を飛ぶ体験という提案もなかなかいいけど、もう少し先に進めて」
あー、もう諦めましょう。カリちゃんが言い出して、シルフェ様まで口を開いたら、もう俺たちは諦めるしかありませんぞ。
「ソフィちゃんを、わたしの家にご招待するわ」
シルフェ様は満面の笑みを浮かべてそう宣言し、どう? どう? と俺たちを見回した。
「(いいんですか? シフォニナさん)」
「(おひいさまが口に出しちゃいましたからねぇ。真性の風の精霊のお言葉ですので)」
「(はあ)」
「(わたしの提案に、なにか文句でもあるの? ザックさん)」
「(いえ、文句ということではないのですが)」
これはソフィちゃんを加えてみんなで、風の精霊の妖精の森に行くってことですかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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