第667話 冒険者ギルドで懇談、それから王太子の婚姻話
王太子を連れた冒険者ギルドへの訪問では、当初は酷く驚いていたギルド長とエルミさんと懇談し、そのあと冒険者たちが屯するホールに戻って、依頼が掲げられている掲示板や仕事を受注するカウンター、半地下の訓練場などを見学した。
応接室での懇談では、やはり話題はアラストル大森林での冒険者の活動内容と、それから昨日の俺たちの森オオカミとの戦闘のことだった。
「いやあ、ザカリー様たちが森オオカミの群れと闘ったとだけは聞きましたが、それに王太子様がご参加されていたとは。驚きました」
「ザック君の課外部の特別練習で大森林に入ると聞いてね、俺も一度ぐらいは大森林を体験したかったので、無理を言って同行させて貰ったんだよ。そうしたら、2日目にそういうことになって。これには俺自身も驚いたさ」
うちの騎士団と冒険者ギルドは、大森林での出来事に関しては日常的に情報交換を行っている。
特に大きな戦闘が起きた場合には、互いにその状況や結果を報せ合う決まりだ。
なので、昨日の帰還後にジェルさんが速報的な報告書を提出し、そのあらましが今朝にはギルドに情報として入ったという訳だね。
「アラストル大森林とは怖いところだ。しかし、ザック君とその旗下の部隊の戦闘も見事だった。オオカミどもの発見、偵察、動きを予測した戦術。もちろん実際の戦闘と、それから事後の怪我人の治療や、倒したオオカミの始末なんかもね」
「それは、良い経験をされましたな。いえ、ザカリー様と一緒に闘う経験など、グリフィニアでも誰もが出来るものではありませんので。ところで、ザカリー様の魔法はご覧になられたので?」
ジェラードさんが俺の方をちらちら気にしながら、そんなことを尋ねる。
「ああ、見たぞ。ライナ殿とそれからカリオペさんだったか、そのふたりと大量の石礫を、周囲を走り回るオオカミどもに撃ち込んでな。同時にエステルさんとあとティモさんが、強烈な風を撃ち当てていた。それでオオカミどもはたまらず足を止めて、俺たちが待ち受ける場所に飛び込んで来たという訳だ」
「なるほど」
その王太子の話を聞いて、ジェラードさんは何故かほっとした表情をしていた。
大方俺が、何やら大きな魔法でも発動させたのではないかと、危惧でもしたのだろう。
どうしてみんな、そこだけ心配するかなぁ。
「ザカリー様よ。まずは全員が無事だったということで安心しましたが、20頭も倒して、それでも残りの20頭とボスは見逃したのですか? そいつらは、このあと」
「うん、ジェラードさんが心配するのはわかるけど、大丈夫だよ。あの群れは、もう浅いエリアまで出張って来て、人間を襲うことはない。たぶんまた群れを立て直して、縄張り争いの方に挑むんじゃないかな。僕らが無闇にボスを倒さない方がいいって、ブルーノさんとかうちの者たちの意見でもあるしね」
「そういうことですか。ブルーノもそう言っているのなら、間違いないでしょうな。ちなみに、ボスはどんなやつで?」
「灰色の艶やかな毛並み。2メートル近い頑強そうな体躯。精悍で鋭く、しかし賢そうに輝く眼。そんなところかな。群れに対する統率力は高く、しかも引き際の判断も早い。なかなかのボスだったよ」
「ほう」
「ザカリーさまにそれだけ認められたということは、もしかしたら将来、大ボスになるやも知れませんね」
「そうかもな」
それまで黙って聞いていたエルミさんがそんな感想を漏らして、ジェラードさんも同意した。
いや、俺が認めたとかどうとかはともかく、あの灰色オオカミはアルさんじゃないけど行く行くは魔獣のハイウルフに成長する可能性が大きいですよ。それはここでは言わないけどね。
「ところでギルド長。ひとつ伺いたいのだが」
「あ、はい、なんでしょうか、王太子様」
「その、なんだ、これはあとでザック君に聞けば良いのかも知れないのだが、どうもちゃんと答えてくれそうもないので」
「はあ」
「どうして、こちらの冒険者の者たちは、ザック君を若旦那と呼ぶのかな。あと、姐御は今日はいらしてないとかの声も聞こえた。それに、自尊心が高くて荒くれ者も多いと聞いているグリフィニアの冒険者が、ザック君にあれほど下出に丁寧に、しかも親しげに接するのはどういうことなのかとね。領主貴族家と冒険者の関係は、どこでもそういうものなのだろうか」
「あはははは」
冒険者ギルド長がわざとらしい笑い声を上げ、エルミさんは苦笑している。
そんなの俺だって、正確には知りませんよ。もう長年のことで、そういうものだって納得させられているぐらいだからさ。
「いやあ、先ほどはうちの連中があんなで、どうやら王太子様を驚かせてしまいましたようで、申し訳ありません」
「いや、驚いたのは驚いたのだが」
「冒険者というのは、強い者に憧れ、尊敬の念を抱くものなのですな。うちの連中がああなったのは、ザカリー様が初めてここに来られた、もう10年近くも前のことですか。そのとき、私もちょっとした悪戯心が湧きまして、ここの訓練場でこの御方に冒険者と向き合ってみないかと。つまり木剣でちょっとした試合と言いますか、冒険者流儀で真剣にお相手をさせてしまいました。そうしたらザカリー様は、その相手の大男を素手で手を当てただけで、吹き飛ばしましてね。そのとき一緒におられたのが、お世話をされていたエステル様で。ザカリー様もわれら冒険者も、エステル様にその場で酷く叱られました。つまり、うちの連中が姐御と呼ぶのは、そのエステル様のことでして。はははは」
「10年近く前と言うと……」
「ザカリー様はお幾つだったかな」
「確か、5歳でしたよね」
「そんなこともあり、その後もうちのトップクラスの冒険者と大森林に入ったり、ついこの冬には若手のパーティを救出され、そのあと魔法職の冒険者を集めて、回復魔法の講習会などもしていただきました」
もういいですから、ジェラードさん。
「なるほどなあ。冒険者はザック君を尊敬し、ザック君は冒険者を大切にしてるんだなぁ」
「冒険者を大切に扱っていただいているのは、グリフィン子爵家の伝統と言いますか。いえ、他領の内実は良くは知りませんが、少なくともグリフィニアの冒険者は、そういう恵まれた環境におりますので」
冒険者ギルドを出るときには、また暇そうな連中が揃って腰を折り、頭を下げて送り出してくれた。
「ザカリー様、またお越しください」
「次は姐さんもご一緒に」
「お客人も、よろしかったらまた」
「ジェルさんたちも、是非に」
「剣術の稽古も付けて欲しいです」
「おめえは、姐さん方に木剣で叩かれたいんだろ」
「あ、オレらも願いたい」
「そういうこと言ってると、ライナ姐さんに叱られっぞ」
はいはい、もう行きますよ。
「本日はお疲れさまでしたぁ」
そんな大きな声に送られて、冒険者ギルドを後にする。ホント、疲れましたよ。
それから中央広場の方まで戻り、近くのカフェで少し休憩することにした。
「あら、ザカリーさまじゃないですか。いらっしゃいませ。エステルさまとクロウちゃんさまは、ご一緒じゃないんですか?」
「今日は、こちらのお客様を案内していてね。少し休ませていただきます」
「はい、ごゆっくりどうぞ。冷たいジュースとかいかがですか」
基本的にグリフィニアのほぼ全員が、俺とエステルちゃんとクロウちゃんのことは知っているので、どこに行ってもこんな感じですな。
クロウちゃんについては、様は付けなくていいと思うんだけどね。
真夏の午後は暑く、日陰になった屋外テーブルで、果汁と大森林の湧き水がブレンドされ冷やされたジュースを4人でいただく。
何種類かの果汁が程よく混ぜられているのだが、この果物の出どころは子爵館の果樹園だったりもする。
「グリフィニアはどうでしたか? セオさん」
「おお、楽しかったぞ。俺はまだもう少し居たいのだが、ランドルフがな」
「だめですよ、王太子さま。明日ご出立されて、王都に帰着が23日。それでもう14日間も、王宮をお留守にされたことになるんですからね」
「俺は1ヶ月や2ヶ月ぐらい留守にしてもいいんだがなあ、ヒセラ」
「まあ、またそんなことを」
普段は一歩後ろに控えて言葉少なにしているヒセラさんとマレナさんも、今日は一緒にいるのが俺だけなので王太子に対して気安い雰囲気だ。
普段はこんな感じなんだろうね。
「王都に帰られたら、直ぐにご予定が控えてますし」
「そうですよ。大切なご予定が」
「あの3人と会うのか。ああ、面倒くさいな」
「このあとの予定があったんですね。そうしたら帰らないと」
「いやあ、別にすっぽかしてもいいんだぜ、ザック君。大森林でオオカミに襲われて大怪我をして、グリフィニアで療養中とかな。はっはっは」
おいおい、悪い冗談は良してくださいよ。そんな風に伝わったら、王家とグリフィン子爵家の間で大問題になりますぜ。
うちが王太子を大森林に連れ出して、森オオカミに襲われたとかさ。ここぞとばかりに、こちらの責任を追及するだろうな。
もちろん、側に控えているランドルフ王宮騎士団長も、ただでは済まないだろう。
「いやいや冗談だから、恐い顔はしないでくれよ。予定と言っても公爵たちの娘が揃って俺と面談するって、その程度のものなんだ」
「はあ」
それって、お見合いとかみたいなものですか?
いや、王太子の婚姻問題については、もうずいぶんと前からその三公爵家の娘が候補になっているから、いまさら見合いということではないのか。
「とうとう逃げ切れなくなったということなんですよ、ザカリーさま」
「そろそろ、決めろという圧力と儀式なんです」
ヒセラさんとマレナさんがそう教えてくれた。
決断を迫る圧力と儀式ですか。それで、3人のお嬢様方と会うということなのですな。
3人を並べて、さあ選べということなのかな。
「その三公爵家の、それぞれの娘が俺の嫁さん候補だってことは、ザック君も知っているだろ。なにやらずいぶんと長い間、公爵家同士が争っていたようだが、結局は決着がつかなくてだな。それで、最後は俺に決めろという、まあ勝手なやつらだ。なに、上辺はただのお茶会なんだけどね」
そういうことですか。まあ確かに貴族らしいと言えばらしい、勝手なことですな。
三つ巴の争いの末に、王太子の意向を無視して嫁さんを決められちゃうのも、それはそれで何ともだけどね。
「今回の旅だって、俺が嫁を決める前の我侭ってことで、許されたみたいなところもあるんだよ。もちろんザック君のお陰で、結婚式への出席もこの旅も、決断したのは俺だけどな。ただ、ヴィックが先に結婚したというのも、それなりに大きいんだよな」
ああ、セルティア王国で実質的な実力ナンバー1領主貴族である辺境伯家の長男が、先に結婚した訳だからね。それも王太子の親友というクレジットが付いている。
「セオさんの中では、誰にしたいとかはないんですか」
「あ、俺か? 俺は、そうだなぁ」
一見悩む様子の王太子を見て、ヒセラさんとマレナさんが可笑しそうにクスクス笑っている。
「頭にフの付く方ですよね。ふふふ」
「お名前の最後は、アで終わりましたっけ。うふ」
「俺は、決めた訳ではないんだぞ」
あー、やっぱりフェリさんで決まりですか。フェリシア、ですもんね。
しかし、あの人、大丈夫かなぁ。近ごろはどうしているんだろうかと、学院生当時に俺の前で素の一面を曝していたフェリさんの顔を、なんとなく思い浮かべるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




