第666話 王太子にグリフィニアをご案内
2日間続けてアラストル大森林に入り、森オオカミの大きな群れとの戦闘も経験して総合武術部の特別練習は終了とした。
一方で王太子一行は、明日には王都に帰ることとなった。
振り返ってみれば彼が王都を出立したのが今月の10日で、グリフィニアに来訪したのは12日。そして今日は、もう20日だ。
王太子本人はまだ帰りたくないみたいだが、ランドルフ王宮騎士団長から「もうそろそろ」と言われたようだね。
ランドルフさん自身もやはり、10日以上も王宮から離れているのは拙いのだろう。
それで本日、うちの部員たちは午後から、カロちゃんの案内でグリフィニアの街の散策に出掛けている。
「ルアちゃんは、ブルクくんがちゃんとエスコートする、です。わたしは、ソフィちゃんと。カシュくんも付いて来ていい、ですよ。一緒に行く、ですか?」
「えー、なんだか僕の扱いが雑っすよぉ、カロ先輩」
「ザック部長は、行かないんですか?」
「うん、ソフィちゃん。僕も一緒に行きたいところだけど、ほら、王太子様が明日帰るからさ。いちおう、お相手をね」
「では、秘書のわたしもお屋敷に残って」
「ソフィちゃん、いいから、行きますよ。それにザックさまが一緒だと、ヒマな冒険者さんとかが大勢、寄って来て大変、です」
「そうなんですか」
そんな感じで5人は出掛けて行った。
今日は女の子が3人とも、可愛らしいお出掛け用の衣装だ。
ブルクくんの言葉数がなぜか少ないが、修行と思ってちゃんとルアちゃんに付き合って、カロちゃんの言う通りエスコートしなさい。
あと、伯爵家のお姫様には警護を付けなくていいんですか? ドミニクさん。
「グリフィニアなら、必要ありませんでしょうが」だそうです。
ドミニク爺さんも昨日はさすがに疲れたのか、本日は休養を取るらしい。
そんな感じで、まあ俺も王太子の相手でもして過ごそうかなと思っていたら、彼の方からグリフィニアの街を視察したいという話が来た。
「ということだそうなので、ザック、頼む」
「王宮騎士団の警護は付けずに、お忍びで行きたいそうなのよ。だから、ザックにご指名。ランドルフさんからもお願いされてるの」
父さんと母さんが俺に伝えて来たけど、そういうことですか。
エステルちゃんは? ああ、シルフェ様とシフォニナさんと過ごすんですね。
アルさんは、カリちゃんとライナさんの姉妹弟子の魔法指導で、もう魔法訓練場に行っちゃったのか。
ジェルさんとオネルさんは、フォルくんとユディちゃんと訓練ね。昨日の今日でご苦労さまです。
うちの小隊の男衆は? どこかに行ったみたいですか。
クロウちゃんがいないけど。ああ、エステルちゃんのとこね。
そうですか。さいですか。俺だけですか。
「男の俺と街歩きで悪かったな。ヒセラとマレナがいるからそこは勘弁してくれ。はははは」
屋敷の玄関ホールで待っていたら、王太子がそのふたりを従えてやって来た。
まあいいですけどね。
さて、どこに行きたいんですか。
「特にどこ、ということはないんだけどな。ほら、王都じゃ街なんか歩けないから。まあ、ブラブラ出来るならそれでいいんだ」
確かに王都では、街なんか気軽に歩けないだろうな。
ヴィック義兄さんと学院祭にお忍びで来たときでさえ、馬車で学院まで乗り付けて、学院内ではニコラス王宮騎士が辺境伯家側のエルンスト騎士と一緒に警護で従っていた。
それにどうやら、ランドルフさんも王宮騎士団員を何人か連れて学院内にいたらしいしね。
尤も、ヒセラさんとマレナさんがいれば、大抵のことは対処出来そうだよな。
その彼女たちは、王太子の後ろで微笑んでいる。
あと、おそらくはミルカさんが調査探索部員の誰かに密かに見張らせているだろうし、領都警備隊も目立たないかたちで厳戒態勢を敷いている筈だ。
「歩きで行こう」ということで、子爵館を出て中央広場に徒歩で向かい、そこで常時出ている屋台などを素見して歩く。
「昨日は、大森林の中で森オオカミと闘って、今日は街の中をのんびり歩く。グリフィニアって本当に不思議なところだよな」
そんなものですかね。
確かに、王国内でも格別に危険な地であるアラストル大森林の縁に街があって、その都市城壁内はまた格別に安全でのんびりしているからなぁ。
俺は生まれたときからここにいるので、それが当たり前になっているけど。
「それに、ザック君が歩いていると、誰でも声を掛けて来るんだな」
「ええ、うちの領都の人たちには、それがいつものことなんですよね」
子爵館の門を出てグリフィン大通りに入れば、早速に軒を並べるお店の人や、通りを歩く人たちから声が掛かる。
「おや、ザカリー様じゃないか。今日はお散歩ですかね」
「今朝方は街中を走って、午後はお散歩とは。ザカリー様もご苦労さまだなぁ」
「エステルさまがご一緒ではないんですかぁ? クロウちゃんもいないし」
「代りに知らない男性連れとは、珍しいわね」
「でも、別嬪さんをふたりもお連れだよ」
「あら、ジェルさんたちじゃないんですねぇ。あちらも知らない方だわ」
「でもさぁ、お連れの男性は、よく見れば結構な男前だよ」
「ほらほら、色目を遣うならザカリーさまだけにしときなさいよ。あははは」
まあこんな感じだけど、いつものことだ。
エステルちゃんやクロウちゃんだけでなく、ジェルさんたちお姉さん方も誰もが良く知っている。
方々で声を掛けられるというそんなことでも、王太子にとっては珍しい体験なんだろうな。
それから、ソルディーニ商会のグリフィニア本店やブリサさんのお店を覗いたりする。
どちらの店でもどうやら事前に連絡が入っていたのか、それぞれにグエルリーノさん、テオドゥロさんとブリサさんが、王太子へのご挨拶のために待っていた。
そのふたつの店には行くと、ウォルターさんに伝えておいたからね。
王太子たちは、なかでもソルディーニ商会の一角にあるお菓子売場には興味をそそられたようだ。
ここのトップ商品はもちろんグリフィンマカロンとグリフィンプディングで、その他にもトビーくん監修の様々なお菓子が並んでいる。
ちなみにグリフィンプディングが売られているのは、まだこの店だけですよ。
「いまや、グリフィン子爵家の紋章が入れられた箱に入った菓子類は、王都でも有名らしいからなぁ」
「そうですよ、王太子さま。グリフィンマカロンのことは、王都の女の子ならみんな知ってます」
「このグリフィンプディングも、早く王都で販売してほしいですよね」
「ようやく王都でも数を作れる目処が立ちそうでして、この秋から販売を始める予定でございます」
グエルリーノさんが案内と説明をしながら、そう話してくれた。
グリフィニアで販売を始めて次は王都支店という流れだが、特にプディングは日持ちが悪いし冷やさないといけないからね。
「セルティア王国の外でもお売りになる、というお考えはないのですか?」
「国外ですか。そうですねぇ。多少は日持ちがする乾菓子関係でしたら可能でしょうが、マカロンやプディングはやはり現地で製造しませんと。まあ、準備はかなり必要になりますね」
「レシピをご提供いただいて、現地の商会と組んで製造、販売するという手はありませんか?」
「ほう。ヒセラさんと、マレナさんでしたか。そんな手法を良くご存知だ。そうですね。そういうお話がありましたら、前向きに検討させていただきますよ。例え遠い南の国でも」
グエルリーノさんはニコっと微笑んでそう答えた。
商業ギルド長の彼だから、もしかしたらヒセラさんとマレナさんがミラジェス王国の更に南の、商業国連合から来ているという情報を掴んでいるのかも知れないな。
しかし先方の商会と組んで製造販売か。つまり、ライセンス生産だよね。
そうでなくても先日の結婚式で、各地の貴族領の招待客からうちの領内でも販売してほしいという話がずいぶんとあったみたいなので、これからも販路が広がるのかな。
それからグリフィニアでいちばんの武器武具の店にも顔を出し、さて次はどうしましょうと、王太子に俺は尋ねた。
「そろそろ何処かで休憩でもしたいところだが、その前にもう1ヶ所、いいかな」
「ええ、いいですよ。どこに行きましょう」
「俺は、グリフィニアの冒険者ギルドというところに行ってみたいんだ。いや、王都にもギルドはあるんだが、俺は王都でも行ったことが無いし。それに、冒険者ギルドと言えばグリフィニアだろ」
ああ、そういうことですか。
この2日間の大森林行きでも冒険者という話題がずいぶんと出たし、まあ俺にも関係するグリフィニアの何かと言えば、お菓子と冒険者と言えなくもない。
変な取り合わせだけどさ。
それにこの武器武具のお店に入った途端に、店内にいた冒険者のひとりが俺に気が付いてギルドの方に走って行くのがちらっと見えたしね。
冒険者ギルドは、この店の直ぐ近くなんですよね。
王太子様のご要望でもありますし、では仕方がないので行きますか。
「若旦那、お待ちしておりやした。ところで本日は、姐御は?」
「ああ、今日は僕だけなんだ。お客様の案内役でね」
「そうでやすか。それはそれは、ご苦労なことで。ささ、お客人もご一緒に、ずずずいっと中へ」
ギルドの入口前では、中堅どころの冒険者が俺を待ち受けていた。来るのを待ってなくてもいいんですよ。
王太子が俺とその冒険者のやりとりを、不思議そうに見ているからさ。
あと、嫌な予感がする。
「いらっしゃいやし、若旦那、お客人」
「いらっしゃいませ」
「お待ちしていましたぁ」
ああ、案の定ですな。
俺たちがギルドの中に入ると、広いホールにはヒマな冒険者連中が勢揃いして横に並び、一斉に皆が腰を折り、頭を下げて出迎えてくれていた。
良いお天気の夏の午後なんだから、ギルドで屯してないで仕事に行きなさい。
「ザカリー様、ようこそです」
「ああ、ニックさんじゃない。仕事に出てないの? 相変わらずヒマそうだよな」
「ご挨拶の早々で酷いなあ、ザカリー様は」
「これでも、午前中は大森林でひと仕事して来たんですよ」
「マリカさん、エスピノさんたちもこんにちは」
「夏至祭以来でしたかね。ほら、そこの。ギルド長とエルミさんを呼んできな」
「へい、マリカさん」
ニックさんたちサンダーソードの面々が揃っていた。
彼らももう、ベテランというか一流の冒険者パーティだよね。
マリカさんがひと声掛けると、若い衆がカウンターの方に走って行った。
「ザカリー様よ、聞きましたぜ。昨日、大森林に入って、森オオカミのデッカい群れを片付けたんだってな。さすがザカリー様だぜ」
「片付けたっていうか、追い払ったんだよ。討伐は20頭ほど」
「ひょー、20頭かよ。それでも追い払ったっていうと、ぜんぶで何頭の群れなんだか」
「襲って来たのは40頭かな」
「ふわぁー、40頭ですかぁ」
「そいつは凄い」
もうそのことを知っているんだね。これを俺の口から聞いただけで、集まっていた冒険者たちは大盛り上がりだ。
「おい、騒がしいぞ。そこを少し空けろ」
「いまごろ来たかよ、ギルド長」
「出て来るのが遅いぞ」
「若旦那がいらしてるのよ。真っ先に出て来ないとダメでしょ」
「お客人も一緒なんだぜ」
「姐御は来られてないけどよ」
「おまえら、煩せぇ」
俺たちを囲んでいた冒険者の輪の一角が空いて、冒険者ギルド長のジェラードさんとエルミさんが現れた。
そして、俺の隣でいささか当惑している様子の王太子を見付けて、驚きのあまり目を見開き口をポカンと開けている。
いつも冷静なエルミさんも、今回ばかりはかなり吃驚していた。
ジェラードさんとエルミさんは、結婚式で王太子にご挨拶しているからね。
「このお客様が冒険者ギルドを見たいと言うので、お連れしたよ」
「あ」
「お忍びということで、そこんとこよろしく願いますね」
「はひゃ、ひゃい」
それはいきなり王太子が来たら、驚きますよね。
ジェラードさんの返事の声が変な風に裏返っているけど、まあ少し落ち着いてくださいな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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