第665話 森オオカミの群れと闘い終えて
俺とティモさんが第3地点の開けた空間に入ると、既にエステルちゃんとライナさん、カリちゃんの3人が救護活動を始めていて、カロちゃんもそれを手伝っていた。
うちの母さんに次ぐ、人間としては達人クラスの回復魔法遣いになっているエステルちゃん。重傷だったユニコーンのアリュバスさんの治療にも、精霊様と一緒に参加したことのあるライナさん。そして、本来は白魔法が専門であるホワイトドラゴンのカリちゃん。
この3人が揃っているので、おそらくはこの世界で最高の救護チームだろう。
俺の出番はないかな。
「ザックさま。ぼーっと見てないで、軽傷者が多いんですから治療してくださいよ。怪我してない人も、いちおう診察してあげてくださいね」
「へーい」
重傷を負った者はいないようだが、ニコラスさんら王宮騎士たちはかなり果敢に闘ったらしく、皆それぞれに怪我をしていた。
主に鋭い牙による噛み付きと爪による傷。装備が裂かれ深手を負わされる。あとは打撲のようだ。
そちらは救護チームが治療にあたっているので、俺の方は軽傷者の巡回治療だね。
俺はまず王太子を診察する。
爪が掠った程度の傷ですな。はい、治りました。いちおう全身を診察したが、あとは問題ない。
「おう、すまない、ザック君。どうやら勝ったようだな」
「はい。森オオカミどもは退却しました。もう攻めては来ないでしょう」
「そうか。良かった」
王太子はまだ話したそうだったが、まずは全員の診察と治療ですね。
「ザカリー様。わたしたちも診察、お願いします。うふふ」
「全身、診てくださいね。ふふふ」
えーと、ヒセラさんとマレナさん。公衆の面前ですからね。その笑みがおかしいですよ。
それに装備を脱がなくても診察出来ますので、はい。
あ、コニー従騎士もね。
次に、カロちゃん以外のうちの部員たちだな。
「みんな、大丈夫か? 怪我は?」
「ああ、ザック。1頭、倒したぞ」
「こっちも、1頭やったよ」
「でも、大変だったすよ」
フォルくんとユディちゃんもサポートで付いていたので、なんとか彼らだけで2頭を倒せたようだ。
これは大きな経験になったのではないかな。
幸いに誰も大きな怪我はしていないようだが、やはり爪による傷や打撲程度は負ったみたいだ。
双子の兄妹はまったく怪我をしていなかったが、俺はさくっとみんなを診察し、回復魔法を掛けて行く。
あ、ソフィちゃんは装備を脱がなくていいからね。
「秘書としては、ザック部長に良く診て貰えるようにと思って」
その調子なら、まったく問題ないですな。
ドミニク爺さんと騎士たちは、既に救護チームが治療済みだった。
「いやあ、良い闘いじゃったの。して、事の結末は教えて貰えますのかな」
「そうですね。彼らは撤退しました。詳細は子爵館に帰ってから。まずは治療と片付けです」
診察と治療が終わったら、次は戦場の片付けだ。
第3地点内には倒したオオカミの死体があるし、周囲の森の中にもあるからね。
治療を終えたとはいえ、森オオカミとの慣れない戦闘で疲労困憊のゲストのみなさんは休ませておいて、俺の独立小隊だけでさくっと片付けちゃいますよ。
「ザカリー様よ。オオカミどもは、毛皮ぐらい剥いどきましょうかの」
「だね、アルポさん。勿体ないし」
「よおし、聞いた通りだ。まずは集めるぞい」
「おうよ」
うちの連中は元気だよな。独立小隊は誰も掠り傷ひとつ負っていない。
「ライナさんとカリちゃん。周囲の森の中のをお願いできるかな」
「えー、それってか弱い女の子のお仕事ぉー?」
「だって、それがちゃっちゃと出来るのって……」
ライナさんは重力可変の手袋をしてるし、カリちゃんはね。
「だったら、ザカリー様もでしょぉー。さあ、やっちゃうわよ」
「へーい」
周囲の木々の間にあったオオカミの死骸を、ライナさんが両手に1頭ずつ掴んでずるずると引っ張って来る。
俺とカリちゃんは、重力魔法で浮かして運びます。
取りあえずは、第3地点の中で皆が集めている場所近くの森の中の1ヵ所に持って来て、そこからライナさんがぽいぽい投げ入れる。
うちの者たち以外は、それを誰がどういう風にやっているか分からない筈だが、魔法でということにしておきましょう。
森オオカミの死骸は、全部で20体ほどあった。つまり俺たちが、群れを半減させてしまったことになる。
ボスには申し訳ないことをしたな。
でも、彼の思念が言っていた通り、無用の闘いだった。統率者として反省してくれ。
「大森林の掟に従い、闘いの跡を鎮め、その失われた大切な命と血肉を大森林の大地に還します。ありがとうございます。そしてお疲れさまでした」
20頭もの命を奪ってしまったので、俺は鎮護の祈りを捧げて聖なる光魔法でこの場を鎮めた。
うちの独立小隊のメンバーも頭を下げて祈る。
それから、エステルちゃん以下メンバー全員で皮剥ぎだ。
昨日はわたしも手伝いたいと言っていたソフィちゃんをはじめ、うちの部員たちもやって来て手伝ってくれている。
身体と精神を休めていた騎士たちも、見よう見真似で手伝い始めた。
ヒセラさんとマレナさんも皮を剥いでいたが、なかなか上手いというか彼女らは経験者だよね。
俺は相変わらず水魔法で皮を洗いますよ。数が多いけど。カロちゃんも一緒に水を出してくれているので助かります。
最後はいつものようにライナさんが巨大な穴を一気に開けて、皮を剥ぎ取られた死骸を埋めて終了だ。
「どうされました? 皆様方のこの様子は……。戦闘がありましたか」
「本部の方には、あとで報告書を提出するが、第3地点で、40頭の森オオカミの群れの襲撃を受けた。撃退したがな。戦果は20頭だ」
「ジェルメール騎士殿、それはさすがですね。しかし、40頭の群れとは大きい。ザカリー様は、その……」
「ああ大丈夫だ。どでかい魔法などは、遣われてはいない。ライナらと土魔法で攻撃しただけだ」
「それはよろしゅうございました。第3地点のその後の状況は?」
「群れを半減させ、やつらは森の奥へと撤退した。もう戻って来ることはないと、ザカリーさまも断言されている」
「なるほど。了解しました」
東門を警護し出入りを管理する当番の騎士団員と、ジェルさんが会話をしている。
20頭の森オオカミを倒したということで、俺が何か大きな魔法を使用したのではないかと心配したのだろう。
アラストル大森林では、過大な魔法が使用されると連鎖的な影響が出ることがあるからね。
以前に、ルーさんから聖なる光魔法を教えて貰った際に、俺がやらかしたときとか。
それから子爵館の敷地に入り、ジェルさんの指示で騎士団本部と屋敷の両方にまずは同程度の連絡を入れに、うちの小隊の者が走った。
俺たちは、朝に集合出発したヴァネッサ館のロビーラウンジへと一旦帰還する。
そして全員がそこに腰を落ち着けると、程なくして屋敷からウォルターさんがエディットちゃんとシモーネちゃんと共に来て、まずは紅茶を淹れさせ甘いものも添えて配ってくれた。
これはエステルちゃんの伝言と指示によるものだね。
父さんたちも間もなく来て、報告を聞きたいそうだ。
騎士団本部の方からは、クレイグ騎士団長とアビー姉ちゃん騎士、そしてミルカさんが直ぐにやって来た。
「ランドルフさんよ、おぬしも闘ったそうじゃないか。ビビらずに足はちゃんと動いたか? 肩や腰は大丈夫か? 1頭ぐらいは倒したんだろうな」
クレイグさんがランドルフ王宮騎士団長にそんな軽口を叩く。
「ふん。ちゃんと1頭はひとりで倒したわい。肩とか腰は、先ほどエステル様に回復魔法を掛けていただいたので、王都を出たときよりも調子がいいくらいだ」
「それは重畳。良いグリフィニア土産となったではないか」
「そうよな。久し振りに真剣に戦闘をして、おまけに体調が良くなったんだからな。はっはっは」
「王太子様も、お怪我も無く。いかがでしたかな」
「ああ、クレイグ騎士団長。ザック君のお陰で、なんとも貴重な経験をさせていただいた。ひとりでではないが、俺も森オオカミを1頭、倒したぞ」
「それはそれは。よろしゅうございました」
「しかし、アラストル大森林とは話には聞いてはいたが、あらためて体験するとなんとも怖い森なのだな」
「ええ、これが大森林です。しかし、40頭もの大きな群れに襲われるなぞは、そう滅多にあることではありませんぞ」
「そうなのだろうな」
「ザカリー様が大森林に入れば何かが起きる。これは、我が騎士団では誰でも知っている伝説と言いますか、常識でありますので。まあ、そういうことですな。はっはっは」
クレイグ騎士団長は、ランドルフさんや王太子とそんな軽めの会話を交わしている。
常識とか、それってなんですかねえ。
そんなのがホントに常識なら、うちの小隊メンバー以外は誰も俺と大森林に入りたくないですよ。
アビー姉ちゃんはエステルちゃんに話を聞いたあと、うちの部員たちのところに行って何か話をしていた。
彼らもいまは落ち着いたとはいえ、代わる代わるに喋る様子からは再びあのときの興奮が蘇っていたように見えた。
間もなく、父さんと母さんにシルフェ様とシフォニナさんとアルさん、そしてカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんにセリヤさんもやって来た。
カートお爺ちゃんなんかは、なんだか嬉しそうな笑顔で話を聞く前から楽しそうだよね。
本来訓練とはいえ、臨時で孫が引き連れた部隊が戦闘をしたと聞いて、話を聞きたいのだろう。
一方でシルフェ様たちは、やっぱりねという感じだ。
「王太子様、皆さん、ご無事で良かった。ザックと大森林で訓練ということで、多少心配はしておりましたが。ではジェルメール騎士。ざっと経緯と状況のあらましを説明して貰えるか」
「はい、子爵さま」
俺と大森林でだと心配とか、父さんもひと言余計ですよ。
それはともかく、ジェルさんが順を追ってきちんと報告をする。
昔から俺絡みの出来事の報告はジェルさんの大切な業務のひとつなので、もう慣れたものですな。
多少はオネルさんやライナさんに確認はしていたが、いやあ要点を決して抜け落とさないところはさすがであります。クロウちゃんもそう思うよね。カァ。
しかし、最後の結末部分。俺たちが森の中の戦闘に移行してからジェルさんは直接見ておらず、特に俺と森オオカミのあの群れのボスとの対峙は、カリちゃんとライナさんしか知らない。
また同時に、俺たちの本当の戦闘力については、彼女もあからさまに語りたくなかったのだろう。そこは言葉を濁していた。
「ありがとう。ご苦労だった。それでつまり、最後はその群れのボスとザックが相対して、結果的にザックは討伐せずにボスは引揚げたと、そういうことだな」
「然様です、子爵さま」
「(ザックさんに怖れをなしたとかなの?)」
「(そうなんですよぉ、シルフェさま。ちゃんと頭を下げて帰って行きました。それになんか、ザックさまに言っていました)」
「(ほう、そのオオカミ、喋りおったのかいな。魔獣ではないんじゃろ?)」
「(うーん、念話にはまだなってなかったですねぇ、師匠。でも、丁寧な思念でしたよ。ザックさまに謝ってましたもの)」
ああ、やっぱりカリちゃんにも届いていたんだね。謝ったというか、彼自身が反省していた感じが俺にはしたよな。
「(それは、魔獣に上がるひとつ手前というところだの。ザックさまに謝ったということは、もう悪さはせんじゃろ)」
「(そういう理性を備えた者もいるんですね)」
「(シフォニナさんよ。そこはほれ、曲がりなりにもあのルーノラスが管理している大森林じゃからな)」
「(この森は特別なのよね。キ素がやたら濃くて、祝福もいただいてるから。暴れ者も出るけど、そんな子も出て来るのね)」
アルさんたちが念話でそんなことを話している。
そういうことなんですね。やっぱり高位の人外の方々の話は為になりますなぁ。
キ素が濃いのは実感してるけど、祝福もいただいている森なんだ。
しかし、シルフェ様にすれば大きな群れのボスも、そんな子って扱いだけどね。
「激しい縄張り争いをしている森オオカミのボスを、そのままにして良かったのか?」
「ブルーノさんやティモさんらとも、ここはボスと群れを生かしておくのが正解だという意見で一致しました。この場合、ボスを人間が始末してしまうと、大森林のオオカミ社会の秩序に介入し過ぎることになり、また群れが解散して、一層凶暴になった逸れオオカミが冒険者などを襲う可能性も増えますので」
「なるほどな。そういうことですか、ブルーノさん」
「はい。森オオカミのボスは別のボスが倒してこそ、きちんとした新たな秩序が生まれやすし、それが大森林での自然な有り様でやす。なので、ザカリー様のご判断は正しいものでやした」
「わかりました。ブルーノさんがそう言ってくれるのなら、俺からは何も無い。それでは、王太子様をはじめ、皆さんの武勇伝は夕餉のときにでもまた伺いましょうかな。いまはゆっくりと身体を休めてください。お疲れさまでした。あと最後になりましたが、王太子様がわれらグリフィン子爵家のためにも、御自ら闘っていただきましたこと、深く感謝いたします」
父さんがそう言って、この臨時の事情聴取会を終了させた。
父さんはじめ、うちの重鎮たちもそうだが、ブルーノさんに対しては彼の従士時代から必ず尊重してさん付で呼ぶ。
それだけこの大森林の専門家には、敬意を払ってくれている。
あと、さり気なく最後に、王太子がうちのためにもという言い方で、自ら闘ったという点を感謝しながら強調していたな。
本人も戦闘開始の前にそのようなことを言ったのは確かだが、つまりオオカミ相手とはいえ、王太子がグリフィン子爵家に味方したというところを、あらためて領主として言葉にしたということだ。
王太子本人には今回の体験における自覚として、それからランドルフ王宮騎士団長や他の騎士たちにも、しっかりとそう記憶に残す意味合いがあるというのは、ちょっと穿ち過ぎかな。
しかしまあ、この辺はさすが領主貴族の子爵様というところですな、父さんも。
ともかくも、大森林に入るのは今回これで終了だ。
でもさ、あらためて言っておきますけど、これは学院生の総合武術部の特別練習の一環だったんですからね。そこんとこ、忘れないように。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




