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第664話 迎え撃ち、闘い、追い払う

 そう言えば俺の前世の世界では、ごく一般的な戦闘の方法として印地撃ちというのがあったよな。

 印地とはすなわち投石のことで、そのつぶてを飛礫とも書く。


 身近で手軽にある石ころを用いたこの戦闘方法は、古くは弥生時代からあったそうで、やがて投石による戦闘技術に熟達した者も出て来る。

 それらは印地撃ちや印地使いと呼ばれ、13世紀の京ではそれを職能にする印地の党なども出現したそうだ。


 実際の戦闘で長く用いられて来た方法だから、効果はかなりあったのだと思う。


 また妖怪譚としては、この飛礫がどこからともなく突然に空から振って来ることを天狗礫てんぐつぶてと言い、天狗つまり人外の者の仕業とされた。


 襲撃のタイミングを狙って第3地点の周囲を走り回っている森オオカミにすれば、俺たち3人の石礫つぶて攻撃は、まさにその天狗礫のようだよな。

 それも横殴りで大量だ。


 高速で周回運動をし始めていたオオカミどもは、いきなり横殴りの石礫つぶて攻撃に見舞われ、そこに自ら突っ込んで行く格好となった。

 身体に大量の石礫つぶてを当てられたオオカミはキャンキャンと泣き叫び、さすがにそれだけでは倒れないものの足止めを食う。



 一方で俺たちとは反対側では、エステルちゃんとティモさんにクロウちゃんが同時に強風を吹かせ始めていた。

 ティモさんとクロウちゃんは風の精霊様の加護を貰っているし、エステルちゃんはなにせ風の精霊化が進行しているらしいので、その発動させた風は強風と言うよりも暴風に近い。


 もろに当てられてしまったオオカミは吹き飛ばされ、他のオオカミは突然の暴風に退避を始めているようだ。


「ねえザカリーさまぁ。そろそろ、ジャベリンとかに変えましょうよー?」

「ダガー程度に小さくして、数を増やした方がいいですよ、ライナ姉さん」

「そうだなぁ。それじゃ、ストーンダガー撃ちに変えようか。えいっ」

「あ、先にやられたー」


 俺はファータの者たちがダガー撃ちの戦闘で良く使用する小型のダガーをイメージして、それを土魔法で硬化させた石のダガーとして次々に撃ち出す。

 さっきまでの大量の石礫つぶて攻撃を受けて足が止まったオオカミどもに、それを撃ち当てて行く。


 対象が森の木々の向うで動いているので当てるのが難しいのだが、そこは探査と数で補いますよ。

 発動方法としては、以前に開発した火球の機関砲に近い。

 ライナさんも「あ、そんな感じねー」とストーンダガーの機関砲を撃ち始めた。

 カリちゃんも直ぐに出来てるよね。



 それで何頭かのオオカミを負傷させただろうか。

 向うではエステルちゃんたちがまだ暴風を吹かせ、ブルーノさんたちも動きが鈍くなって射線が通る位置にいるオオカミに、矢を射掛け始めている。


 そろそろ突っ込んで来る頃合いだな、と思ったところでいくつもの吠え声が上がった。


「来るぞ」と俺が声を出したのと同時に、1頭の森オオカミが森の中からこちらの開けた空間に飛び込んで来た。

 そいつは運が悪かったのか、ちょうどジェルさんが剣を構えていた場所に突っ込んで来て、「むん」と一撃で倒される。いや見事です。


 しかしそれを合図としたかのように、第3地点の周囲からオオカミどもが次々に飛び込んで来た。

 どうやら、俺たちの魔法による足止め攻撃でいったん引くなどはせず、突っ込む選択をしたようだ。


 いちばん外側にいる剣士であるジェルさんに、3頭が襲い掛かる。

 彼女はそれを見て素早く位置を移動させ躱したところに、ランドルフさんとニコラス王宮騎士が「うぉーっ」と声を上げて突っ込んだ。


 反対側ではオネルさんが既に闘っている。

 その近くにはフォルくんとユディちゃんがいて、ふたりでもう1頭に相対していた。


 続けて周囲から5頭ほどが飛び込んで来た。

 ドミニク爺さんと騎士たちやうちの部員たちが、ふたりか3人でひと組になって対する。

 これは先ほど事前に、なるべく複数人で闘うことと指示を出したからだ。

 剣士組の中でひとりで1頭を倒せるのは、ジェルさんとオネルさんぐらいと思ったしね。


 ジェルさんの助けに入ったランドルフさんとニコラスさんには更にふたりが加わり、4対2で乱戦になっている。

 とにかく森オオカミは凶暴で動きが速い。

 だが2頭目を早々と倒したジェルさんは後退して、残った女性従騎士のコニーさんと薄くなっている王太子の守りに入った。


 しかし一気に乱戦になった闘いの場を擦り抜けて、更に2頭がそこに突っ込んで行く。

 それにジェルさんとコニーさんが1頭を、もう1頭にはヒセラさんとマレナさんに王太子も剣を抜いて加わり、3人で立ち向かっていた。



 これで13頭かな。俺たちの魔法やブルーノさんたちの弓矢で、倒せてないまでも森の中で傷ついているオオカミがいるだろうけど、何しろ相手は40頭だ。

 俺はストーンダガー機関砲を放ちながら、そんな第3地点内の戦況を伺う。


 うちの部員たちが心配だが、なんとか闘っている。

 そこに1頭をひとりで倒したオネルさんがフォローに廻っていた。

 フォルくんとユディちゃんももう少しで倒しそうなので、加われるだろう。


 すると更に続けて2頭が、弓矢を擦り抜けて飛び込んで来た。

 乱戦状態となった状況を察して、アルポさんとエルノさんが直ぐさま愛用のファータの腰鉈こしなたを抜いて迎撃する。

 百発百中のブルーノさんはまだ矢を射掛けているが、そろそろ矢切れになるだろうから彼もショートソードを抜く筈だ。


「ねえねえ、ザカリーさまー。そろそろ、わたしたちもる?」

「森の中で走ってるの、まだ10頭以上はいますよ」


 ライナさんとカリちゃんの声が聞こえたところで、突っ込んで来るオオカミが更に3頭増えた。

 ここで突入の波を切らないと、剣士たちの手に負えなくなるな。


「(エステルちゃん、森の中に入って残りを始末しよう。そっちからティモさんと出来る?)」

「(え、あ、はい。頃合いですね。いったん木の上に跳んで、そこから森の中のをります)」


 エステルちゃんも戦況をちゃんと測っていた。

 彼女は直ぐにティモさんに合図を送ると、樹上へとふたりで跳び上がった。


「ライナさん、カリちゃん、森に入って片付けちゃうよ」

「おっけー」

「はいです」


 返事をしながら木々の間に向かって駆け出していたライナさんは、出会い頭の1頭のオオカミの胴体に拳をぶち当てて、離れた樹木の太い幹までその身体を吹き飛ばしている。

 要するに、彼女は重力可変の手袋を装着しておるのですな。


 それでなくても、キ素力を込めた拳でぶちのめすのが得意なライナさんが、あの手袋を装着して近接戦闘を行えば、もうほとんど無双状態です。


 一方でカリちゃんの方は、怖れを知らず彼女に跳び掛かって来たオオカミの鼻面にビンタを見舞った。

 するとそのオオカミが吹っ飛んで行く。なぜビンタ一発で、カリちゃんよりも大きなオオカミが吹っ飛ぶですかね。


 どうやらこの魔法の姉妹弟子ふたりは、こんどは格闘姉妹になったようだが、その威力は人間の常識を遥かに超えている。

 ひとりはドラゴンですけど、ライナさんは人間だよね。

 これは第3地点内で闘っているみなさんには、やはり見せられないよな。森の中に入ってで良かった。


 それで俺はというと、無限インベントリから本赤樫の木刀を出した。常寸サイズなので、森の中でも取り回しが良い。

 さてさて撲殺はちょっと無慈悲だが、襲って来たのは君たちなのだから仕方がないよね。



 これから第3地点内に飛び込んで行こうとするオオカミに超高速で接近、間合いに入った瞬間に脳天を一撃して行き、4頭ほど倒しただろうか。


 ほかの場所ではライナさんとカリちゃんが吹き飛ばし、向こう側でもエステルちゃんとティモさんが組んで片付けている。

 俺たちがこの闘いに移行したので、クロウちゃんは上空に上がって全体の戦況を俯瞰していた。


 程なくして、俺の周囲には1頭のオオカミもいなくなった。

 どうやら敗走したか様子を伺っている個体も出ているようだな。

 クロウちゃんを通じた上空からの視野では、そろそろ人間側の勝利で闘いが終わりそうだ。

 王太子たちも1頭をなんとか倒したね。


 すると木々の間から、のっそりと大型の森オオカミが俺の前方に姿を現した。

 ああ、こいつはボスだ。

 体長は2メートル近くもあるだろうか。他のオオカミどもよりもひと際大きい。

 グレーの毛並みが逆立つように波打ち、鋭い眼がギラギラと光っている。

 なかなか良い面構えだな、おまえ。


 俺は本赤樫の木刀を片手で握ったまま剣先を下に降ろし、そのボスと対峙する。

 双方の距離はおよそ5メートル。互いに一瞬の間合いだろう。

 しかしボスは俺を鋭い眼光で突き刺しながらも、その場で停止したまま動かない。

 さてどうするんだ。闘うかね?


 俺の方から先に突っ込む気も魔法を撃つ気もないが、魔獣の咆哮のようにキ素力を込めた闘気のインパクトでも撃ち当てるか。

 いや、俺は大森林の住人ではないので、ここでこいつを屈服させて従わせるような行為をする必要はないだろう。



 睨み合いの対峙がどの程度経過したのか、ほんの僅かな時間の中だったのかも知れない。

 しかしその時の流れを噛み締めたかのように、森オオカミのボスの眼の輝きは変化して行き、悔しそうに、だがボスとしての威厳を保ちながらも俺に対して頭を少々低くした。


 それから直ぐさま頭を高く上げて、「ウォオオーン」と大きく吠え声を上げる。

 それが撤退の指令だと、俺は直ぐに了解した。


 森オオカミたちが、負傷した者は足を引き摺り、よろよろとよろけながらも引いて行く。

 第3地点内に飛び込んでいた個体の多くは倒されていたが、残った僅かなオオカミも素早く森の中に駈けて行った。

 人間の方はその逃げ足の早さに多少呆気に取られながらも、追撃するなという俺の指示を守って動かない。


 俺はそんな様子を、クロウちゃんと同期させた視覚を通じて確認した。

 そして、まだ目の前にいるボスにひとつ頷く。


 既に戦意を消していたその森オオカミのボスは、俺の頷きをじっと見つめると、やがてゆっくりと静かに身体の向きを変えて濃い木々の向うへと消えて行った。



「ザックさまに怖れをなして、あいつ、退きましたかね。さすが、神様の御使いさまですね」


 カリちゃんは少し離れて見てたんだね。キミが来てドラゴンの抑制を開放しちゃえば、疾うに逃げていたよな。

 それから何度も言うけど、俺は神様の御使いとかじゃないからね。


「あらー、ボスオオカミは倒さなかったの?」

「ザックさまを怖れて、逃げちゃいましたよ」


 ライナさんも直ぐに姿を見せた。彼女もボスが俺と対峙していたことは把握していたんだな。

 そこにエステルちゃんとティモさんも現れる。


「どうなりました? 一斉に引揚げちゃいましたけど」

「ボスさんのやつが、ザックさまを怖れて頭を下げて、群れを撤退させたんですよ、エステルさま」

「あらあら、そうなの? あの群れは、生かしておいたということね。良かったわ、ザックさま」


「ボスを倒すと、残ったやつらが逸れオオカミになって人間を襲いますから、それは重畳です。もう、この辺りには近づかないでしょう」

「そうねー。ザカリーさまがあの群れのボスになるのなら、別だけどぉー」


 ティモさんが言うように、ボスを失った獰猛な森オオカミは、他の群れのボスに屈服して合流させて貰うか、それとも逸れオオカミとなって他の群れの縄張りの外で生きようとするだろう。

 つまりこのわりと浅いエリアに出て来て、冒険者を襲う可能性が高くなる訳だ。


 なので、俺とあのボスの互いの判断は正しかった筈だ。

 彼はおそらく群れを立て直し、再び縄張り争いに挑んで行くだろう。

 あいつだったら、この辺り一帯の森オオカミの大ボスに成れるかもしれないよな。


 でもライナさん。あいつに代って森オオカミのボスになって大森林で暮らす気は、俺にはありませんからね。



 上空から撤退する群れを監視していたクロウちゃんから、彼らが先ほどまでいた場所へとひとまず向かって行ったとの報告が入る。

 了解。これでもう大丈夫でしょ。


「さて、みんなの様子を確認しないと。怪我をした者がいるんじゃないかな」

「あ、そうです。早く手当てをしないと。行きますよライナさん、カリちゃん」

「はーい」


 エステルちゃんの号令で、3人が第3地点へと急いで戻る。

 俺とティモさんはその後ろを追いかけた。


「ボスオオカミは、ザカリー様に何か言いましたか? あ、いや、ボスでもさすがに話は出来ないか」


 俺と並んで歩きながら、ティモさんがそんなことを言う。


 おれは「うーん」と苦笑したが、じつは「(人間を侮り、無用な闘いを仕掛けてしまい申した。ここは潔く、引かせていただきましょうぞ)」といったニュアンスの、はっきりと念話にはまだなっていない思念のようなものが、俺に伝わって来た気がしたんだよね。


 近くにいたらしいカリちゃんなら、彼女にも伝わっていたんじゃないかな。

 さっきは敢えて言っていなかったけど。あとで確かめてみよう。

 おそらくは、ハイウルフに成長する一歩手前だったのかも知れない。それも理知を備えた者へと。


 だが、いまはみんなの状態の確認が先決だと、俺は頭を切り換えて第3地点内へと急ぐのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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