第662話 森オオカミの群れ
俺とエステルちゃんは前に廻って、ジェルさんとブルーノさんに分隊を停止して貰った。
まずはこのふたりに、森オオカミの群れの件を簡潔に話す。
「なるほど。どうしますか? 第1地点に戻しますか?」
「ブルーノさん、第3地点までの距離は?」
「あともう数分で到着しやす」
「では、このまま第3地点まで行ってしまおう。そこで分隊は待機。オオカミどもの行動の様子を伺う」
「了解しました。では出発しましょう」
ジェルさんが鋭く「出発」と声を出し、分隊は歩みを再開した。
「わたしも先行して見て来ましょうか?」と、俺の側に来たカリちゃんが小声で言う。
「(うーん。それでオオカミどもが逃げちゃうのなら、まあいいんだけどさ)」
「(ザックさまは、オオカミの群れが近づいて来たら、迎え撃ってしまう魂胆なんでしょ)」
魂胆って、エステルちゃん。
この前、冒険者ギルド長のジェラードさんや錬金術ギルドのグットルムさんから、追い払ってくれないかって頼まれたんだよね。
薬草の採取量が減ってしまってるって言ってたしさ。
「(追い払うのはいいですけど、王太子様たちはどうするんですか?)」
「(何となく参加させちゃう的な?)」
「(またテキトウなことを言う)」
「(話せば参加させろって言うよね、あの人の場合。でも、黙ってる訳にはいかないし)」
「(ザックさまと、エステルさまとわたしで、ぴょいぴょいって片付けちゃえばいいんじゃないですか? そうすればわからないですよ)」
ぴょいぴょいって何ですか。まあドラゴンにすれば森オオカミの40や50ぐらい、ぴょいぴょいって感じなんだろうけど。
「(わたしたち3人が離れて森の奥に入れば、ジェルさんたちが黙ってはいないから、それはダメよ、カリちゃん)」
だよね。むしろ「われらで片付けます」とか言うだろう。
「(まあ、第3地点で一時休息、待機して、オオカミどもが近づいて来るようなら、迎え撃つって感じで。うちの部員たちには貴重な体験になるし、騎士さんたちはいちおう本職だからさ。あと、王太子は皆で護るとして)」
「(そうですかぁ? 冒険者の活動や、グリフィニアのお薬づくりの手助けになるのなら、片付けちゃうのには賛成ですけど。それで迎え撃つことになったら、作戦的にはどうします?)」
ここのオオカミの群れって、かつての奥地のベースキャンプで襲撃を受けたときもそうだったけど、囲んで周囲を高速で走り回りながら隙を見て突っ込んで来るんだよな。
第3地点は確か、第1地点ほどの広さはないけど、それなりに空間が開けている筈だ。
なので、こちらは見通しの良い空間にいて、逆にこちらからは見え辛い森の木々の中を走り回る40頭のオオカミに対処しなければならない。
「(大量の石礫を撃ち込んで、足止めをするかな。石礫なら、周囲の木は多少傷つくけど、それほど大幅には森を傷めないだろうし。ライナさんとカリちゃんと僕で、横殴りの石礫の雨を撃ち当てる。エステルちゃんとティモさんとクロウちゃんには、同じく強風をぶつけて貰うかな。それでもし、第3地点の空間にオオカミが突っ込んで来たら、個別に撃破するというのはどうだろ。ブルーノさんたちには、弓矢で数を減らして貰って)」
警戒しつつ歩きながら念話でそんな作戦を話していたら、やがて第3地点へとふたつの分隊は到着した。
俺もここに来たのは初めてだったかな。
確かに第1地点よりは狭いものの、密度の濃い樹木の中でここだけは空間が開けていて、草地になっている。
大森林の中にはこういった場所がところどころにあって、騎士団はそれを中継と休憩の地点として利用している訳だ。
「ここが第3地点だ。暫時休息する。これから、ザカリーさまよりお話があるので、皆、座ったままで良いから聞いてほしい」
ジェルさんが全員を集めて座らせながら、そう口を開いた。
参加メンバー的に勝手な行動をするような者はいないが、いちおう目の届く範囲に留まらせるためでもある。
「えー、大事なお知らせがありますので、しっかり聞いてください。ここから東北東方向、10,000ポード以上は離れていますが、森オオカミの大きな群れがいます」
「オオカミの群れがいるのかっ、ザック君」
「東北東に10,000ポード以上の距離ですと。しかしザカリー様は、どうしてそれがわかるのだ」
「クロウちゃんではないですかな。だいぶ前から姿が見えんし」
はい、お静かにね。大きな声は出さないようにしてくださいよ。
「まだ多少の距離があり、群れは現在、動きを見せていません。しかし彼らは、察知能力が高く、動きも速いですので、僕らとしては森の中にはこれ以上入らず、この場で暫く警戒待機をします。よろしいですか。決して勝手に森の中に入らないでください」
「はい、あのぉ」
「なにかな、ソフィちゃん」
「あのぉ、ザック部長。おトイレとかは……」
森の中に入っちゃいけないとなると、そこは大切だよね。特に女子の面々は。
「簡易のトイレ場所を、ライナさんが造ってくれるので、そこは大丈夫だよ」
「ザカリーさまとわたしとでね。だから大丈夫よー」
はいはい、俺とライナさんの仕事ね。あとでちゃっちゃと造っちゃいますよ。
「ザカリー様、質問なのだが」
「はいどうぞ、ランドルフさん」
「群れの大きさは、どのぐらいなのですかな。あと、移動するとかこちらに来る可能性などは」
「正直に言いますね。群れの規模は約40頭。かなり大きいです。現時点ではやつらも群れを休ませています。あと、魔獣はいないようです。大森林の森オオカミの大規模な群れの場合、ハイウルフと呼ばれるかなり大型のオオカミの魔獣が率いていることがありますが、この群れにはそんな魔獣は確認されていません」
「むかし、ザカリーさまが首をちょんぱしたやつよねー」
「こら、ライナ。余計なことは言うな」
「ザック君が首ちょんぱとは……」
はいはい、そういう話はまた機会があったらですよ。
「ごほん。それで彼らがどう移動するかですが、これは何とも言えません。もちろんそれほどの大きな群れですから、必ず移動は始めると思いますけどね。なので、暫く様子を伺うことにします。ただもし、万が一にもこちらに接近して来るようでしたら、僕らで追い払います」
そこで、話を聞いていたみんなは誰も発言することなく口を閉ざした。
一瞬、沈黙がこの場を支配する。
「俺たちも、それに加わっていいのか? ザック君」
沈黙を破って王太子がそう発言した。セオさんならそう言いますよね。予想通りです。
「ふむ。いいですよ。ただし、どんな場合でも、こちらの指示に従っていただきます。それから、オオカミどもを迎え撃ったり追い払ったりする場合、みなさんはこの第3地点から森の中に入って戦闘を行ってはいけません。密度の濃い木々の間では、彼らの方が遥かに闘い慣れていますし、人間はオオカミの動きに付いて行けませんからね。いいですか?」
「お、おう、了解した」
「王太子様は、我らから決して離れませんように」
「心配するなランドルフ。それに、獰猛なオオカミの大きな群れであっても、ザック君たちは負けない。そうだろ?」
まあそうですけど、どんなことにも必ずは無いですからね。
「ブルク、どうした?」
「その場合、僕らも闘っていいんだよな」
「あたしらも、やるよ」
「わたしたちも、闘う、です」
「本物の戦闘っすよね」
「やりますよ、ザック部長」
うちの部員たちを前面には出さないけど、オオカミの場合は不意に思わぬ位置から高速で突っ込んで来るからね。
そこのところを頭に入れて、充分に注意してくださいよ。
それから、ライナさんと俺はカリちゃんにも手伝わせて、ちゃっちゃとトイレの場所を造り、まだ昼には早いが昼食も配布した。空腹では、戦闘は出来ませんからね。
そして、うちの独立小隊メンバーだけを集めて昼食を摂りながら、先ほどエステルちゃんとカリちゃんと3人で話した戦闘になった場合の戦術を話した。
「ザカリーさまとライナとカリちゃんが石礫の魔法、エステルさまとティモさんとクロウちゃんが強風の魔法で速い動きを止める。ブルーノさんとアルポさん、エルノさんが弓矢、わたしとオネル、それにフォルタとユディタが剣ですな。わかりました。騎士たちは自由に闘わせ、学院生はわれらの目の届く範囲に置くと。王太子様は?」
「ランドルフさんと王宮騎士たちは王太子を護りながら闘う筈だから、取りあえずは彼らに任せよう。直接的には、ヒセラさんとマレナさんが護るだろうしね。ドミニクさんたち3人は、うちの部員の側で闘って貰おう。彼らはソフィちゃんからは離れないと思う」
「そうですな。了解です。それで闘い方としては、追い払う程度ですか? それとも殲滅します?」
「ここの空間に入って来たオオカミは殲滅。逃げるオオカミは追わない。そんな感じかな。僕らの魔法攻撃で逃げるのなら、それはそれでいいし」
「ザカリーさまぁ、石礫と強風以外の魔法は?」
「その辺は臨機応変でいいよ、ライナさん」
「火魔法系は厳禁ですぞ」
「そこんところは、ザカリーさまもわかってるわよねー」
はい。昔に奥地探索のとき、不用意に俺が大きな火球を撃って酷く叱られましたから。
だから火魔法が得意なフォルくんとユディちゃんは、魔法はダメですよ。
あとカリちゃんは、強大な魔法は禁止ですからね。いいですか? 「はーい」
「では、われらでちょっと探って来ましょうかの、ブルーノさん」
「でやすな。男衆で行って来やしょう」
「ザックさまは、何を手を挙げてるんですかぁ?」
「だってエステルちゃん、僕も男衆だし」
「もう」
「アルポさんとエルノさんと自分で地上を。ティモさんと、ふふふ、ザカリーさまは木の上から。それぐらいは許してあげやしょう、エステルさま。ザカリーさまがいちばん速いでやすし」
「ブルーノさんはザックさまに甘いんだから。仕方ないです、いいですよ。カリちゃんも木の上から行って、ザックさまを見張っててね」
「はーい」
お許しをいただきました。
監視役にカリちゃんも加わって、それでは偵察に行きましょうかね。
樹上で俺の動きに付いて来られるのは、精霊化が進んでいるかも知れないエステルちゃんか、ドラゴン女子高生のカリちゃんだけだからね。
「オオカミどもの様子はどうでやす? クロウちゃんは?」
「クロウちゃんは、近くの木の上から監視中。まだ動きは無いけど、群れの周囲を警戒役のオオカミが動き回っている。4、いや5頭かな」
俺はクロウちゃんと視覚を同期させながら、そう答えた。
「了解でやす。では行きやしょうか」
「おうよ」「はいな」
ブルーノさんとアルポさん、エルノさんの3人があっと言う間に森の中に消えた。
相変わらず惚れ惚れするような動きですな。
「それじゃ僕らも行きますか、ティモさん、カリちゃん。もし動きが出たら、クロウちゃんを戻すからね」
「承知」「はーい」
「了解です」
俺とティモさんとカリちゃんは、その場から一気に樹上へと跳ぶ。
おっと、こちらが打合せをしているのを気にしていた王太子たちに、跳び上がるのを見られてしまったかな。まあいいか。
クロウちゃんと通信を交わしながら、最短距離を枝から枝へと猿飛で跳んで行く。
ティモさんも俺の近くで、キ素力でブーストしながら遅れないようにペースを合わせて進む。
カリちゃんは? あなた、ほとんど重力魔法で飛んでいますよね。途中途中で枝を踏んで勢いをつけているけど、ほぼ空中を飛行だ。
あの技は練習すれば出来そうだな。まずはそこからかな。
こんど教えて貰って練習しよう、などと考えながら進んで行ったらクロウちゃんの通信の発信地が近づいて来た。
俺はいったん停止し、枝の上でティモさんとカリちゃんを呼ぶ。
「そろそろ近そうだ。クロウちゃん、来たか」
「カァ」
「動きはまだ無さそうだね」
「カァカァ」
「それほどの怪我じゃなさそうだけど、手負いのオオカミがいるんだね。やはり縄張り争いのあとか」
「では、私が先行します。この方向ですね、クロウちゃん」
「カァ、カァカァ」
「承知」
クロウちゃんは、接近するならかなり高さを取った方がいいと言ったのだが、ティモさんも言うことが解るようになってたんだっけ。謎だよなぁ。
ティモさんは小声で返事をすると同時に、音も立てずに更に高い枝へと跳んで消えて行った。
「じゃあ、僕らも見に行こうか」
「ですね」
「カァ」
さてさて、森オオカミくんたちはどんな様子なんでしょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




