第661話 2日目は第3地点に向かいます
アラストル大森林での特別練習2日目。
今日は、昨日に行った騎士団の第1地点から、更に第3地点へと足を伸ばす予定だ。
これは昨日に子爵館に戻ったあと、ジェルさんやブルーノさんたちと相談済みだ。
騎士団が大森林内を巡回するルートの中継地点は第1から第4と4ヶ所があるが、その位置は冒険者の活動エリアでいうところの浅いエリア、または二段階目のやや深いエリアにあたる。
そのなかで、第1地点が基点としていちばん浅く、第2、第3、第4と方角は異なるが徐々に深くなって行く。
第4地点はこの冬の熊狩りの際に行った場所で、冒険者ルートに最も近い位置にある。
レイモンドくんやブランカさんたちの若いパーティを助けた場所は、この第4地点から冒険者の活動エリア内に入った場所だよね。
それで本日行く予定の第3地点は、そこよりも北方向に離れた位置、第1地点からは北東方向に足を伸ばすことになる。
なぜ第3地点にしたかというと、まずは参加人数が多いので冒険者の活動エリアにあまり近づいて、その活動を邪魔したくないということだ。
冒険者は4人とか5人の少人数パーティで分散して大森林に入っており、基本的には互いに干渉しないし、そもそも近づかない。
これは採取にしても狩りにしても、取り合いになることを防ぐためだが、その分、もしも危険が降り掛かった場合は、自分たちのパーティだけで何とかしなければならないということだ。
そういった冒険者の仕事場に27人、今日はエステルちゃんも加わるから28人ですが、そんな多人数が近づくのはよろしくないということですな。
一方で第2地点は冒険者ルートから最も離れているが、エリア的には第1地点とそれほど変わらない浅いエリアなので、せっかくならもう少し深く入った第3地点にしよう、ということになった訳だ。
本日も朝食後、装備を整えて昨日と同じくヴァネッサ館のロビーラウンジに集合し、簡単なブリーフィングを行ったあと東門へと向かった。
「本日は、第3地点まで足を伸ばすと。総勢は昨日と同じ27名ですか?」
「今日は28名だ。エステルさまが参加されている」
「あ、これは。充分にお気をつけください。エステルさまなら、何の問題もないとは思いますが」
「それはもちろんだ。どんなことがあってもわれらがお護りするし、そうでなくとも、あの方は誰よりもお強い」
「はい、そうですね。ザカリー様も言うことを聞きますしね。ある意味、ザカリー様よりもお強い。それではお気をつけて、行ってらっしゃい」
東門を守備する騎士団員とジェルさんの会話が聞こえる。
エステルちゃんが強いことは、うちの騎士団員なら誰でも何となく承知していることだが、何か余分な発言がありましたよね。
俺は今回の訓練に関しては、自制の塊ですよ。昨晩も言ったけど今朝も言いますよ、口には出さないけど。カァ。
そのエステルちゃんは、うちの部員のルアちゃんやカロちゃん、ソフィちゃんにくっつかれて一緒に歩いている。
カリちゃんも一緒だから、女子高生がお出掛けするみたいだよな。衣装は戦闘装備だけど。
今日のエステルちゃんは本格的な黒い戦闘装備ではなくカリちゃんとお揃いで、革の軽装鎧の上半身に森大蜘蛛の糸で作られたぴったりフィットロングパンツのファータ装備だ。
昨晩に聞いてみたら、カリちゃんにひと揃いあげたのだそうですと。
それで今日は、同い歳のように見えるふたりが可愛いお尻をぷりぷりさせている。
ソフィちゃんやルアちゃんなども欲しがっていたが、ファータの特殊装備なのでダメですよ。
一方で王太子や王宮騎士団とグスマン伯爵家の若い騎士などはちら見しているが、さすがに凝視するのは控えているようだ。
昨日と同じ隊列で大森林に入り、まずは第1地点を目指す。
今日は俺の直ぐ前にエステルちゃん。そしてその前をカリちゃんが進んでいる。
「(さすがにこれだけの人数がいると、隊列が長くなりますよねぇ)」
「(だね。でも、殿をライナさんとオネルさんが取ってくれてるし、わりとスムーズに進めてるよ)」
「(ねえねえ、エステルさま。わたしもティモさんたちみたいに、森の中を行くの、ダメですか?)」
「(ダメよ、カリちゃん。昨日も我慢したんでしょ)」
「(第1地点から第3地点に行くときは、少し横に広がって進めようと思ってるからさ。そこだったらいいよ)」
「(そうなんですね。わかりましたぁ)」
3人でそんな念話を交わしながら、朝の静けさに包まれた大森林の細いルートを歩く。
ザッザッと隊列が地を踏みしめて歩く音だけが聞こえる。
カリちゃんは浮いてるからまったく足音がしないし、エステルちゃんはファータの歩法で俺は前世で訓練して来た忍びの歩法なので、ほとんど音がないけどね。
そう言えば、俺の後ろの王太子を挟んで、そのあとに従うヒセラさんとマレナさんも、あまり足音を立てていないよな。
まあそういった訓練もして来ているのだろうね。
第1地点から第3地点に至るルートはこの道よりも更に獣道のようになっていて、注意しないとルートとしては見分けがつかない。
なので俺がいま話したように、森を探索しながら進む訓練も兼ねて、少し横に広がって進んでみるつもりだ。
この辺のことはブルーノさんと相談し、ジェルさんにも了解を貰っている。
第1地点に到着して小休止し、ここから昨日と同じように組分けを行う。
総合武術部組と騎士組だね。ただし、このふた組は大きく離れるのではなく、これから少し横に広がって進んで行くための右翼側と左翼側とするためだ。
つまり、ふたつの分隊として行動する。
指導教官側は昨日と基本はだいたい同じだが、アルポさんとフォルくん、エルノさんとユディちゃんもそれぞれに加わる。
そして双方の分隊に指導教官とサポートメンバーも加わり、更にふたつのチームに分ける。前々世の現代的な軍隊で言うファイアチームみたいなものですな。
総合武術部組分隊のアルファチームは、ジェルさん、ライナさん、ティモさん、エルノさんとユディちゃん。
ブラボーチームは、ブルクくん、ルアちゃん、カロちゃん、ソフィちゃん、カシュくんだね。これで分隊は10名。
騎士組分隊のチャーリーチームは、ブルーノさん、オネルさん、アルポさん、フォルくん。
デルタチームは、ニコラス騎士以下王宮騎士団の4人とグスマン伯爵家の騎士ふたりの6人だ。なので、こちらの分隊も10名とした。
あ、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタは、俺の中だけの呼び名ですよ。この世界では良く分かりませんから。通じるのはクロウちゃんだけだね。カァ。
オネルさんとティモさんを入替えたのは、バランス的なものです。
右翼側の総合武術部組分隊はアルファチームが前で、その後ろに分隊長を挟んでブラボーチーム。
左翼側の騎士組分隊はチャーリーチームが前で、やはり分隊長を挟んでデルタチームという訳だ。
こういった場合、前を進むファイアチームはベテラン中心で構成し、後ろは経験の浅い分隊員のチームとなるのだが、それに倣ったということだね。
そして、総合武術部組分隊の分隊長には王太子を、騎士組分隊の分隊長にはランドルフ王宮騎士団長を俺は指名した。
王太子にはヒセラさんとマレナさん、ランドルフさんにはドミニク爺さんがサポートで付く。
俺とエステルちゃんとカリちゃんを分隊に入れていないのは、3人でその更に後ろにいて後詰めとするからだ。
まあ、全体の進み具合を見るためだね。クロウちゃんは空から警戒監視です。
「俺が分隊長か。皆に迷惑を掛けないようにしないといけないな」
謙虚にそんなことをセオさんが言ったが、あなたはそもそも王太子ですから。
あと、王宮騎士団長のランドルフさんが分隊長というのも変な話だが、この場だけのこととしてくださいな。
気分を害するかと思ったら、「はっはっは。分隊長とは懐かしいぞ。昔を思い出しますなぁ」と、却ってなんだか嬉しそうだ。
「分隊長は、前を行くチームと後ろのチームとの間隔やバランスを取りながら、横のもうひとつの分隊と離れ過ぎないように常時気を配り、分隊を統率する役目です。まあ、訓練の一環と思ってください」
「ザカリー様は面白いことを考えますなぁ。いやはや、参考になります」
「まるで、戦経験の豊富な教官みたいですのう」
おっと、うろ覚えの前々世の軍隊行動と前世での戦での経験を踏まえたものだったが、ドミニク爺さんには何かを疑われてしまったかな。まあいいか。
「あと、総合武術部組分隊の後ろのチームのリーダーはブルク。騎士組分隊の後ろのチームリーダーは、ニコラスさんお願いします」
「わかった」
「承知しました」
「前を行くチームのリーダーは、ジェルさんと、それからブルーノさんだからね。特に分隊長と後ろのチームリーダーは、ジェルさんとブルーノさんの動きや合図などに注意するように」
「おう」「了解です」
今回の参加者には、念のためにレイヴンでいつも使っているハンドサインもいくつか教えてある。
進め、停止、屈め、待機、前方に注意、とかぐらいのものだけどね。
それでは出発しましょうか。森の中に入りますよ。
第1地点を出発して、第3地点に続く獣道を中央に置きながら左右に横に広がった分隊が進む。
左右双方とも5人から6人分の幅を取り、それほど大きく離れないようにさせた。
散開隊形ほど各自が距離を取ってしまうと、大森林の中では周囲と自分の位置関係を見失ってしまう危険性があるからね。
ちなみに前々世の歩兵行動における散開隊形は、各自が10メートル以上の間隔を保つのが基本なのだそうだが、これは敵の火砲での一撃全滅を防ぐ意味合いがあるとのこと。
この世界この時代には機関銃や迫撃砲などの対歩兵用の火砲は存在しないが、攻撃魔法がそれに該当したりするよね。カァ。
それでも2分隊が、幅20メートル近くで前後二列になって慎重に歩を進めて行く。
上空のクロウちゃん、どうですか? カァカァ。
今のところは問題無いが、少し先に進んで周囲を伺って来るって? わかった。
クロウちゃんは大森林の樹上からそれほど高度を取らずに、前方へと飛んで行った。
偵察ドローンみたいだな。そんなのがあるのは、この世界で俺ぐらいのものだよなとか、つまらないことを考えたりする。
「クロウちゃん、先行しましたか。なら、わたしは横方向に」と言って、カリちゃんが音も無く消えて行った。
こういう隊形になったら、離れて進んでいいって言っちゃったからね。
それで後詰めは、俺とエステルちゃんのふたりだけになった。
「(大森林の中は、涼しくて静かでいいですねぇ。気持ちが洗われますよ)」
「(なんだか静か過ぎるのが、ちょっと気になるけどね)」
彼女とは横に少し間隔を取って進んでいるので、念話で会話をする。
昨日は、大森林は意外と静かだという話を王太子としたのだが、第1地点を越えて大森林の縁から4キロほども離れると、そろそろ鳥や動物の鳴き声などが聞こえて来てもいいんだけどな。
「(これだけの人数と、あとカリちゃんがいるからじゃないですか)」
「(そうなら、それでいいんだけどね)」
「(何か予感がしますか?)
「(うん、少し)」
探査を使って、前方方向に半円形の範囲で様子を伺う。
俺の探査の力は、魔法の探査と異なり探査魔法を飛ばすアクティブなものではないから、キ素力に敏感な獣や魔獣とかを刺激したりはしない。
ただ、それほど距離や範囲は稼げないんだよね。
空中をクロウちゃんが飛んで行って、探査の範囲外に出た。
一方で分隊の右側を少し離れて、カリちゃんらしき姿が前進している。
キ素力が漏れ出るのをかなり抑え、ちょうど昨日の大型のボア程度の存在感ぐらいになっていた。
そうやってカリちゃん独自の訓練をしているんだな。
あれならば、少々大きめの動物が移動しているぐらいにしか感じないだろう。
身体が地面から浮いていて動きが滑るようだから、獣にしてはちょっと変ですが。
そのカリちゃん以外で探査に引っ掛かるのは、あとは小動物だけだよな。
「(どうですかぁ?)」
俺が暫く黙って探っている様子だったので、それに勘づいたエステルちゃんが聞いて来た。
「(うん、何も無さそうだよね)」
「(それなら、安心ですね)」
カァカァ。そのとき、かなり前方まで先行していたクロウちゃんから通信が入った。
念話だと届かない距離だ。
なになに? 第3地点の少し奥の方にオオカミの群れを発見、でありますか。
もうすぐ、その上空に到着か。どのぐらいの群れなのかな。
現在、群れの上空を、高度を取って旋回中。数は、カァカァカァ。
なになに、40頭はいるんですね。なかなか大きな群れだな。ハイウルフとかはいない?
魔獣は確認出来ず、か。
そのオオカミたちは、いまは何してるの? 狩りか縄張り争いの合間での休憩中という感じで、その場に留まっているですか。
どうして、そう見えるの? 休憩してはいるけど、群れ全体が少々興奮している感じがするんだな。それはあまりよろしくないですぞ。
リーダーらしきオオカミが中央にいて、群れの周囲を数頭のオオカミが警戒するように動いているんだね。
俺はクロウちゃんとの交信内容を逐次、念話に変換してエステルちゃんに伝えた。
彼女にも緊張が走る。
「(どうしますか? 第1地点に引き返します?)」
「(第3地点から、3キロ、あ、いや10,000ポード以上はまだ離れているみたいだから、第3地点に到着後、様子を見て判断しよう。もうすぐ到着だし。奴らがそのまま奥地に帰って行くのなら、それでいいしね)」
「(了解)」
こちらの世界の長さの単位である1ポードは30センチ弱だ。
さてさて、どうしたものか。
森オオカミは、大森林の中を時速50キロ以上で走る能力を持っているから、3キロぐらいの距離はあっと言う間だ。
まずは、ブルーノさんとジェルさんに伝えないとだな。
大森林での訓練2日目にして、森オオカミの群れと遭遇でありますかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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