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第659話 第1地点で剣術訓練

 大森林の中の細い道を24人の隊列が進む。

 道を逸れて森の中を行くティモさんたち3人の姿は見えない。

 騎士団の第1地点までは、入口からおよそ3キロメートル。

 歩く速度は決して遅くはなく、40分から45分ぐらいで到着する予定だ。


 先頭を引っ張るブルーノさん。そしてジェルさんとフォルくん、ユディちゃんが続き、その後ろを総合武術部員の5人が追う。

 彼らを先頭近くに置いたのは、そのペースを確認し調整しながら進むためだ。


 一方で他の参加者は騎士団員などの大人であり、日頃の訓練で足腰を鍛えているだろうと想定している。

 その辺のところは、昨日の剣術訓練の各自の動きでも確認しておいた。


 とは言っても、うちの部員たちも足腰は鍛えているし、王都近くのナイアの森でとはいえ森林の中での行動の経験はあるので、大きく劣るといった心配はしてないんだけどね。

 心配をするとすればソフィちゃんのところのドミニク爺さんだけど、歩き始めたばかりだし、いまのところ問題はないようだ。



 部員たちの後ろにカリちゃんがいて、俺はその後ろ、そしてそのまた後ろには王太子が歩いている。

 カリちゃんは鼻歌を唄いながら楽しそうだ。

 このドラゴン女子高生も、って別に女子高生ではないのでイメージですが、この子も人化魔法がずいぶんと上達安定化して来て、自分の人間の足で長く歩くのも問題が無さそうだ。


 今日のカリちゃんは、もちろんいつも着ている侍女服ではなく、野外戦闘用の装備を身に付けている。

 それって、ファータの装備だよね。


 どうやらエステルちゃんから借りたか貰ったかをしたようだが、上半身は軽装の革鎧仕立てで、下半身はさすがに短いショートパンツではないが、身体にぴったりフィットしたロングパンツだ。

 ファータ特製の森大蜘蛛の糸から作られたものだろうな。極めて強靭で伸縮性が高い。

 そんなぴったりパンツを履いた彼女のお尻が、歩を進める度にぷりぷり動いている。


 と思ったら、カリちゃんの足が地面からほんの僅かに浮いていた。

 ああ、それってドラゴンの姿のときに地上を進むやり方だよね。足は歩く歩幅でちゃんと動かしてるけど。しかし器用だよな。


「カリちゃん、カリちゃん」

「なんですかぁ、ザックさま」


 俺は歩きながら、彼女の直ぐ斜め後ろに近寄って小声で話し掛ける。


「バレないようにね」

「なにがですかぁ?」

「浮いてるの」

「あー、これいい練習になるんですよ。それに楽だし。ちゃんと足も動かしてるから、大丈夫ですよぉ」


 そうかなぁ。俺の後ろを行く王太子は気づいてないとは思うけど。

 あと、ドラゴンの存在感を抑える練習の方はどうなんだろう。

 いちおう後ろから見鬼の力で彼女を見てみたが、身体から溢れ出るキ素力量はかなり抑制されているようだ。人間よりはまだだいぶ多いけどね。



 こんどは後ろの王太子の様子を伺う。

 まだ歩き始めたばかりなので、問題は無さそうだな。

 彼も昨日の剣術の訓練では、素振りから打ち込みとしっかりこなしていたので、体力に問題はないだろう。

 確かヴィック義兄にいさんのひとつ上でまだ26歳と、バリバリに動ける年齢だしな。


「ザック君、大森林て意外と静かなんだな」


 俺が後ろを伺っている気配に気づいたのか、その王太子が声を掛けて来た。


「ええ、こんなものですよ。もっと奥に行ってムゥリークの群れなんかがいると、鳴き声が聞こえてきますけどね」

「ムゥリークとは、確か猿だったよな。群れでいるのか」


「小型の猿ですけど、大きな群れを作っているそうです。ただし、人間を警戒して近づいては来ないそうで、じつは僕も見たことはないんです」

「なるほどな。大森林の奥か」


 王太子はそう口にして黙った。まあ、せっかく大森林に入ったのだから、なにか普段は見たことのない獣とかも見たいのだろう。


「この辺りだと、何がいるのかな。オオカミや熊やリンクスと君は話していたが、そのほかには」

「森ネズミや森ウサギなどの小動物のほかは鹿、あとはボアとかファングボアですね」

「魔獣や魔物は出るのか?」


「魔獣や魔物はもっとずっと奥地ですけど、オオカミやファングボアが魔獣化していたりすると、かなり危険ですね。あと魔物だとゴブリンやコボルトですか。でも、そういった比較的弱い二足歩行の魔物は、この大森林には少ないんですよ。普通の獣の方が強かったりしますから」


「そうなんだな。弱い魔物より、普通の獣の方が強いとは、いかにもアラストル大森林らしいよな」


 人間にとっていちばん厄介なのは、森オオカミを率いる魔獣のハイウルフや魔獣化したファングボアなんかだよね。

 その上のランクとなると、例えば俺が5歳のときに出会したヘルボアなどは災害と言うしかない。



「ドラゴンとかは、この大森林にはいないのかな」

「あ」


 ドラゴンさんは、あなたの前方でお尻をぷりぷりさせながら、滑るように進んでおりますが。

 あと屋敷には、たぶんいま頃ぐうたらしているドラゴンの爺さんがいます。


「ドラゴン、ですか。この大森林にいるという話は聞いたことがないですね。ドラゴンというのは、人間が近づくことの出来ない場所に棲んでいると聞いていますし、こういった森にはいないんじゃないですかね」

「確かにな。ドラゴンを見たという者は、とても少ないと俺も聞いている」


「(ねえねえ、ザックさま。ドラゴンがどうしたんですって?)」

「(いや、たいした話じゃないよ。この大森林にはドラゴンはいないのかって、王太子が聞いて来たものだから)」


「(あー、ここはルーノラスさまの管理地だから、ドラゴン族は誰もいないですよぉ。勝手に棲みつくと、叱られるらしいですし)」


 そうなんだね。ルーさんはそういうの厳しそうだからな。

 ドラゴンだとルーさんも管理し辛いだろうし、と言って配下にする訳にもいかないのだろうね。



 それから第1地点に続くルートを黙々と進み、出発から1時間は掛からずに目的地に到着した。


 ここで小休止ですね。

 それぞれが持って来ている水などを補給する。

 今回は甘露のチカラ水は出しませんよ。王宮や他領の人が多いからね。

 それに、みんなが持っている水も元は大森林から湧き出たものなので、充分に美味しいです。


「では、打合せ通りチーム分けをして、少し森に入って剣術の訓練ということでいいですな、ザカリーさま」

「うん、いいよ」


 今日のチーム分けは、うちの者たちを除いた参加者のうち総合武術部員5名で1チーム。

 王宮騎士団員4名とグスマン伯爵家の騎士2名の計6名が、もう1チームだ。

 王太子と侍女のヒセラさんとマレナさん、ランドルフ王宮騎士団長、ドミニク爺さんは含めていない。


 彼らはどちらかのチームと同行するか、それともこの第1地点で待機して貰っていても構わない。

 まあ、各自の希望を聞いてからということにした訳だね。


 総合武術部チームには、本来の剣術指導教官であるジェルさんとオネルさんにライナさんが付き、騎士チームの方は指導ではなく、案内かつ監視役としてブルーノさんとティモさんに付いて貰う。


 フォルくんとユディちゃんは冬の狩りのときと同じように、アルポさんとエルノさんとそれぞれバディを組み、4人で森の中に入って周辺監視を兼ねて森の中での行動を教わることになっていた。


「それで、カリちゃんは?」

「わたしはぁ、なるべくザックさまの側にいるようにと、エステルさまから言われてます」

「カァカァ」


 さいですか。

 クロウちゃんは自由行動ね。いちおう空から警戒監視をしていてくださいな。



「ということで訓練を始めますが、セオさんはどうします?」

「ザック君は部員たちとだろ。そうしたら俺もそちらに混ぜて貰おうかな」

「ヒセラさんとマレナさんも一緒ですよね」

「はい、お願いします」


「ランドルフさんは?」

「ああ、私も職務上は王太子様の側におらんといかんのだが、この大森林ではザカリー様たちにお任せして、せっかくなので騎士団員たちと訓練をしますぞ」


「ドミニクさんは?」

「わしもソフィお嬢様の側、というのも野暮なのでな。うちの騎士の訓練を指導することにしましょうぞ」

「そうしたらドミニク殿。うちの騎士たちにもお願いします」

「おお、ええですぞ」


 ここ数日は、ランドルフさんとドミニク爺さんも話す機会が結構あったのだろう。

 爺さんが執事とは別に剣術の先生だということもあり、指導をお願いした訳だ。


「では、本日はそういう組み分けで。でも、2チームに分かれると言っても、あまり離れないようにしてください。ブルーノさんとティモさんが騎士チームに付きますから、その辺は彼らの言うことに従ってくださいね。それから、周辺をアルポさんたち4人と、あとクロウちゃんも空から監視しています。もし、何か不測の事態が起きたら直ぐに連絡を取り合い、指示に従ってください。よろしいですか?」

「おう」「はい」


「そうしたら、ジェルさん」

「はい、ザカリーさま。まずはここで、全員で素振りを行う。その後、ふた組に分かれて森の中に入る。では間隔を取って。よろしいかな。では、始めっ」



 まだまだ浅い場所とはいえ、大森林の一角。その中で、ひゅんひゅんと木剣が振られる音だけが響く。


 王太子にヒセラさんとマレナさんも、うちから貸与した木剣を振っている。

 なんとなくそちらの様子を伺うと、3人ともなかなかにしっかりとした素振りを行っている。


 王太子が木剣を振る姿は昨日見ているが、初めて見たヒセラさんとマレナさんも、あれは相当に戦闘訓練を積んで来ている感じだよな。

 彼女らは、カリちゃんが身につけているようなファータの装備とは少し違うが、今日はやはり動きやすい軽装の装備姿だ。


 それでカリちゃんも木剣を振っているのかなと周囲をそれとなく探ると、彼女はいつの間にか樹木のかなり高い枝の上にいて、幹に身を寄せながら周囲を伺っていた。

 俺ですら直ぐに気が付かなかったのだから、おそらくは誰も彼女があんな高さの場所にいるなどとは思わないだろう。

 重力を操り空を飛べる存在って、やっぱり違うよな。



 素振りを終え、第1地点を囲む森の中に足を踏み入れる。

 いちおう探査の力を発動させて周囲を確認した。小動物はそこらかしこで動いているが、大型の獣は周辺にはいない。


 今日の訓練は、この密度の濃い樹木の間での打ち込みだ。

 部員たちはふたりと3人の組に分かれ、うちのお姉さん教官に複数人数で打ち込みを行う。

 ブルクくんとカシュくんのふたりが組んで、相手をするのはジェルさん。

 ルアちゃんとカロちゃん、ソフィちゃんの3人は、オネルさんとライナさんのふたりが相手だね。


 こういった視界や足場の悪い環境での複数戦闘訓練は、より実戦に近い感覚を育てることが出来る。

 戦乱の前世のときには、俺も森の中で良くこうした訓練を密かにしたよな。

 主に相手は忍び連中だったので、訓練は空中戦を交えた立体的なものだったけどね。


「それじゃ、僕らもやりますか」

「おう、頼む。いや、お願いする、ザック君」

「お願いします」


 俺は王太子とヒセラさんとマレナさんの3人を相手にした、同じく非対称の複数人戦闘訓練を行う。

 カリちゃんはどうするの?

「周辺監視をしときます」という言葉を残して、彼女は消えた。


「あの、あのカリオペさんという方は、やはりミルカ殿の部下の方で?」


 ヒセラさんがそんなことを聞いて来た。


「いえ、違いますよ。ただ、ああ見えても魔法に優れていて。まあ出身とかはご勘弁ください」

「そうですか。人並み外れた動きで、わたくしどもにも良くわかりませんでした」


 人並みどころか、人ではないですからね。



 それから樹木の間を少しずつ移動しながら、王太子たちが打ち込んで来る木剣を受けた。

 王太子はとても力強く素直な剣筋で、学院を卒業してからも普段から良く剣を振っているのが分かる。

 ただ素直過ぎるところがあって、俺が時折トリッキーな動きをすると上手く打ち込んで来られなかったりもした。


 とは言え、決して弱くは無い。

 立場的には、直接に誰かと剣を合わせて闘うことは将来的にもそれほどないだろうが、もしそういうことが起きた場合、簡単にはやられない強さは持っていると思う。


 一方でヒセラさんとマレナさんは、やっぱり前世で言う忍びだよな。

 ふたりともショートソードサイズの短めの木剣を選んでいたが、その得物を身体と一体化させて激しく躍動しながら不意打ちを狙って襲って来る。

 高く跳ぼうと思えば、枝の上ぐらいには跳べるんじゃないかな。さすがにそこまではして来なかったけどね。


 大森林の樹木の間を、ガンガンガンと木剣が打合わされる音がいくつも響いて来る。

 こんな音が響いていると、大森林の獣たちは距離を取るのか、それとも誘われて近寄って来るのか。

 まあ、来るなら来いというところでしょ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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