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第658話 大森林にしゅっぱーつ

 翌日の朝、いよいよアラストル大森林に入るにあたって、まずは直前ブリーフィングを行った。


 場所はヴァネッサ館の東館のロビーラウンジ。

 ここはヴァニー姉さんの結婚式の際、当家を訪れたお客様の護衛の方などの宿泊用に俺やダレルさんたちグリフィン建設(仮)が建てた施設で、東館と西館の2棟がある。

 東館は騎士団本部の建物の正面に相対していて、その東館の奥に西館が並んでいる。


 貴族家関係のお客様ももう帰られ、現在このヴァネッサ館に宿泊しているのは王宮騎士団員の従士の御者さんを含めた5人と、ソフィちゃんのところのグスマン伯爵家の騎士さんに御者さんの3人。それからカシュくんとブルクくんだ。

 1棟に30室あるから、宿泊者が10人だけだとちょっと寂しいよね。


 屋敷の客室が空いたのでブルクくんはそちらにとも思ったのだが、「エイデン伯爵家からカシュだけ残ったから、寂しいだろ」と、本人がヴァネッサ館を宿舎に希望した。


「ブルク先輩は、部長と違って優しいっす」

「おい」


 彼がこちらに来てからあまり構ってあげられていないけど、俺だって何かと忙しいんだからさ。


 伯爵家ご令嬢のソフィちゃんと執事のドミニク爺さんは、そのまま屋敷の客室をそれぞれ使って貰っていて、お父さんが帰ったルアちゃんの部屋には、特別訓練の間だけカロちゃんが同室で泊まっている。


 ともかくも、アラストル大森林に入る特別訓練の参加者が、指導教官やサポート役の俺の独立小隊メンバーも含めて27名もの人数に膨れてしまったので、まずは本日の予定のブリーフィングをということになった。

 それで、このヴァネッサ館の東館のロビーラウンジに集合させたという訳だ。



 昨日、騎士団訓練場で軽く剣術訓練を行ったあと、大森林に入っていたブルーノさんたちが帰って来たので、その下調べ結果を聞いた。


「森オオカミの群れとかは、どうだったのかな?」

「残念ながら、今日は見かけやせんでしたが、多数のオオカミが移動した痕はありやした」


「あれは、20頭以上の群れですぞ」

「ふたつの群れが争った痕跡もあり申した」

「ただ、それはだいぶ奥地でしたけど」


 ライナさんが言うところのうちの男衆、つまりブルーノさんとティモさんにアルポさんとエルノさんという、森や探索のプロフェッショナルたちが言うのだからそうなのだろう。


 この男衆4人は、この冬の森大熊狩りでも行った騎士団の第4地点から、さらに5キロメートル以上は奥に入ったらしい。

 そこは冒険者が日帰りの活動で入れる最奥の、いちばん深いエリアに相当する。

 大森林の入口からは、およそ10キロといったところだよね。


 森オオカミの大きな群れが移動したり争ったりした痕跡があったのは、この10キロは奥の場所ということか。

 まあ今回の訓練では、そんな奥には行かないので大丈夫だとは思うけど。


 それで初日の行動予定としては、ブルーノさんやジェルさんたちと相談した結果、まずは第1地点を目指すこととした。

 ここは騎士団ルートの基点になる場所で、わりと広めの空間も開けている。


 何よりも、俺が5歳のときに騎士団見習いの特別訓練で初めて大森林に入ったときの目的地だよね。

 そのときばかりでなく、騎士団見習いが行う特別訓練はほぼ必ずここを目指す。



「それにしても、27人でやすか。騎士小隊ひとつ半の人数となると、これは要注意でやすな」

「勝手な行動をする者が出ぬよう、我らがしっかり注意せんとですの」


「うちの部員たち5人以外は、騎士と従騎士で6人。あとはドミニクさんと王太子と王太子の侍女さんふたりだけど、あのふたりってただの侍女じゃないみたいだし、戦闘や探索も出来そうなんだよね」


「ファータじゃないけど、昔のエステルさまみたいな感じなのよねー」

「ほう、それはそれは」

「ファータでないとすると、どこの者ですかの」


 ライナさんの言う昔のエステルちゃんみたいな感じとは、俺の護衛兼侍女兼監視役をしていた頃のことだよね。

 5歳のときにそのエステルちゃんも一緒で、ブルーノさんとライナさんもいて、初めて大森林に入ったんだよな。懐かしいよね。


「あのふたり、南の商業国家連合から来てるらしいよ。ちなみに人族だけど」

「ふうむ。あそこの国々は、独自に探索要員を各地に派遣しておるからの」

「たいていは、商売絡みが主な目的ですがな。それで、王宮への潜入探索の者ではないのですかいの」


「王太子も一緒の場で僕にそう明かしたから、秘密の潜入や探索ではないみたいだけどね。でもそれを知っているのが王太子だけなのか、公然のことなのかは僕にもわからないな」


 さすがは元ベテラン探索者で、ファータの特別戦闘工作部隊を率いていたアルポさんとエルノさんだ。

 商業国家連合の探索要員の存在もちゃんと把握していた。


 彼女らがどういう目的で、また王宮や王太子とどのような関わりで護衛兼任の侍女をしているのかは、またあらためて調べるなり、直接聞けるものなら聞くなりしておいた方がいいよな。




「えー、みなさん、朝早くからお集りいただき、ありがとうございます。個々の準備は大丈夫ですよね」

「おう」

「はーい」


 朝から良いお返事ですね。体調も良さそうですね。


「それでは、これからアラストル大森林に入ることになりますが、その前に本日の行動予定について、簡単に説明を行います」

「おう」

「はーい」


 みなさん、少し昂揚してますよね。でも、訓練ですから平常心も大切ですよ。


 ヴァネッサ館東館のロビーラウンジの壁には、アラストル大森林の簡単なルート図を描いた大きな紙が貼り出されていた。

 これは、グリフィニアに帰った際に合間を見て、ブルーノさんが中心となって独立小隊の男衆が作成している大森林地図をごくごく簡略化したものだ。


 子爵館と東門が記され、その目の前の大森林への入口から半径でおよそ12、3キロメートルほどのエリアと、騎士団ルート及び冒険者ルート、そして騎士団の巡回中継地点である第1から第4までのポイントが示されている。

 このルートマップ作成には、クロウちゃんも参加して上空から確認しているので、位置関係は正確だ。


 ブルーノさんたちは、更に奥の冒険者が到達した最奥地点。以前に俺やレイヴンも参加した奥地探索の際の、ベースキャンプ地点までのルートが記されたものを既に作成済みだが、もちろんここではそこまで見せない。


 詳細な地図はどこでも秘匿物だし、ましてや大森林の地図など知られてはいけないものだ。

 なので掲出したのは、三段階に分かれた冒険者の活動エリアがおおまかに描かれ、主要ルートとポイントが示されただけのものですよ。



「このように、うちの冒険者が活動するエリアは、実力や経験に即して三段階に区分されていますが、今日、僕たちが行くのはそのいちばん浅いエリアに該当する、騎士団ルートの第1地点です。ちなみにあらかじめ言っておきますが、グリフィニアの冒険者ギルドでは、冒険者になっても2年から3年の経験を積まないと、大森林に入る許可を出しません。本日目指すのは、それで許可を得た彼らがまず活動するエリアに相当します」


 うちのライナさんみたいに、12歳で冒険者になって僅か4ヶ月で大森林に入り始めた特例もあるけどね。


「つまりアラストル大森林というのは、ごく浅いエリアでも危険な場所であるということですし、グリフィン子爵家騎士団とグリフィニアの冒険者ギルドは、連携してそれだけ慎重に活動を行っているということです。このことは、みなさんの頭の中にしっかりと入れてください。よろしいですか?」

「おう」「はい」


 はい、皆の表情が少し引き締まりましたね。

 このグリフィニアを拠点として大森林で活動している冒険者は、王国内でも最強と言われているぐらいは皆さんも知っていますよね。

 その最強の冒険者たちを抱えるグリフィニアのギルドでも、これだけ慎重にルールを決めているのですな。


「この第1地点までは、入口からだいたい40分から45分で到着します。ここまでは一気に進む予定です。ルートはいちおう道になっていますが、道幅がたいへん細くて基本は1列縦隊となります」


 うちの騎士団では敢えて、ルートの道幅を拡張するなどの整備は行っていない。

 まず、往来する人数や頻度が極めて少ないということと、何よりも少しぐらい整備の手を入れたとしてもその整備部分を浸食する森の植物の成長速度がやたら早いからだ。

 この辺のことは、キ素量の濃度が濃いアラストル大森林ならではでもある。



 ところで、昨日のブルーノさんたちとの事前打合せで問題となったのは、この1列縦隊ということだった。

 なにせ27人と人数が多い。小学校の遠足じゃないんだから、ダラダラと長い列を作りたくないしね。


「クロウちゃんは空を飛んで、ティモさんと僕とカリちゃんは樹木の上を猿飛で跳んで、アルポさんとエルノさんはルート外の森の中を進むとかどうかなぁ。それで5人は列から減るし」


「あ、わたし、木の上を伝って行くの、出来ます」

「ダメですよ、カリちゃん。それにザックさまは、王太子さまの近くにいないと」

「カァカァ」


 カリちゃんとエディットちゃんとシモーネちゃんを連れて、打合せに遅れてやって来たエステルちゃんにダメと言われました。

 それで結局、隊列はブルーノさんが引っ張り、俺はなるべく王太子の近くのポジション。

 ただしティモさんとアルポさん、エルノさんのファータの男衆3人は、ルートを進む隊列を左右から見ながら周囲に気を配りつつ森の中を進むことになった。



「ですので、きちんと隊列を組み、前後の間隔を空け過ぎず、ルートを進んで行くことが必要です。ここまではいいですね」

「おう」「はい」


「隊列の順番は、まずは第1地点までは、うちのブルーノさんとジェルさんが先頭で、その後ろにフォルくんとユディちゃん、そして学院生の5人。僕とカリちゃんはたぶんその後ろにいます。そして王太子様たちと王宮騎士団の8人、その後ろをグスマン伯爵家の3人。最後尾は、ライナさんとオネルさんです。ただし、うちの者たちは必要に応じて動きますので、そこはご了承ください」


「はいっ」

「はい、ソフィちゃん。質問かな?」

「あの、いまのご説明に、ティモさんとアルポさんとエルノさんが含まれていないですけど」


 うん、ほんとソフィちゃんは賢くて注意深いよね。

「言われてみるとそうっすね」とか言ってるカシュくんも見習いなさい。


「うん、その3人は念のために、ルートの道を外れて森の中を左右から進みます。周囲の警戒だね」

「あ、なるほどです。さすが、森のプロです」



「それで、第1地点に到着したら、いくつかのグループに分けて森林の中に足を踏み入れる予定です。なお、今回は魔法の訓練は行いません。大森林は他の一般の森と違って樹木の密度も濃いので、これは事故を防ぐためです」


 樹木の密度が濃いのはその通りだが、実際にはキ素濃度が濃く、魔法が暴発する怖れが全く無い訳ではないのと、それから不用意に魔法を発動させて森オオカミなどの獣たちに刺激を与えないようにするためだ。


「途中、昼食を挟んで、それほど遅くならないように子爵館まで戻る予定としています。本日の予定は以上ですが、なにかご質問は?」


 俺は参加者の全員の顔を見る。

 いつも必ず何か発言する王太子も、今日は口を挟まずに大人しく黙って話を聞いていた。


「いいですか? いいですね? 大森林のことについて何か質問があるようでしたら、途中うちの者に聞いていただいて結構です。では、気を引き締めて、出発します」

「おう」「はい」


「みなさん、教官たちの指示に従って、無事に戻って来てくださいね」

「はい、エステルさま」


 ブリーフィングの様子を見守っていたエステルちゃんが、うちの部員たちにそう声を掛ける。

 えーと、近くにいた王宮騎士団員も一緒に、良いお返事をしてますね。まあいいでしょう。



 それからヴァネッサ館を出て屋敷と騎士団本部との間の通路を進み、子爵館の敷地から続くグリフィニアの都市城壁の東門を潜る。


「ジェルメール騎士殿、ザカリー様以下総員27名の一行ですね」

「そうだ。門を通らせていただく。何か変わったことはないな?」

「はい、特にありません。あの、ザカリー様はどちらに?」

「うん? 後ろだ」


「ああ、ちゃんと隊列の中にいるんですね。では大丈夫か。いえ、なんでもありません。どうぞ、お通りください」


 いまだにうちの騎士団員は、俺が何か直ぐに勝手な行動をすると思っている節があるよな。

 これだけの人数がいるし王太子も混ざっているんだから、心配はご無用ですよ。

 最近、俺が心配性だってみんな言うけど、その俺に対しては相変わらず誰もが心配性なんだよな。


 特に俺が大森林に入ると、必ず普段と異なる変事が起きるというのは、うちの騎士団のなかでは伝説になっているらしい。

 変事なんて、そうそう起きませんからね。


 そうして東門を通り抜けると、もう目の前にはアラストル大森林の分厚い樹木が、濃い緑の巨大な壁のように広がっている。

 それでは大森林に入りますよ。ブルーノさん、しゅっぱーつ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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