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第655話 夏の特別訓練のミーティングをしますよ

今話から第十七章です。

 ヴァニー姉さんの結婚の儀が無事に終了し、グリフィニアで1泊したお客様たちもそれぞれに帰って行った。

 ジルベールお爺ちゃんらブライアント男爵家の人たちも帰った。


「もう少し滞在していたいところだけど、留守番させている息子が待っているからね」

「ザックさん、エステルさん、またラウモにいらしてくださいね」

「あと、親父を残しておくといつまでも帰らないから、連れてくよ。このあと、ラウモに一緒に行く予定なんだ」


 エルネストさんとエリアーヌさんは、そう言って言葉通りお爺ちゃんを引っ張って馬車に乗り込んだ。

 未来の男爵である、ひとり息子のジョスランくんが待っているからね。


「お爺ちゃん、また王都に戻るとき寄るから、よろしくね」

「ふん、どうせ王太子が帰りに立ち寄るときには、家に戻っておらんといかんで、その間だけ孫の相手をしに行くんじゃよ」

「はいはい、帰りますよ。それじゃザック、エステル、またね」


 王太子の予定は未定だが、少なくとも3、4日はグリフィニアに滞在するだろうということで、その間はラウモにいるそうだ。

 帰りがけにはまた、王太子一行はブライアント男爵家に寄るだろうからね。


 ユリアナお母さんも「ではね、ザックさま、エステル」と、苦笑しながらお爺ちゃんに手を貸して馬車に乗せると、一緒の馬車に乗って帰って行った。


 セリヤ叔母さんがカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんのお世話をしているように、ユリアナさんも探索者ではなくて、なんだか男爵お爺ちゃんのお世話係になってしまったみたいだよな。

 少数ながら、ブライアント男爵家の調査探索チームを束ねているんだけどね。


 一方で、カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんはもう少しこちらに滞在する予定なので、セリヤさん共々残っている。

 父さんたちやお爺ちゃんたちにそのセリヤさんとミルカさんも来て、ブライアント男爵一家を見送った。



 これで本日帰る人たちは全員出発した。

 ルアちゃんのお父上であるコルネリオ・アマディ準男爵の一行も、ルアちゃんとカシュくんを残して朝早く出立している。


 それから、王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵も、少数の王宮騎士団員を護衛にして王都に戻って行った。

 王宮での仕事が多忙だそうだし、なによりも今回の結婚の儀の様子や王太子のこちらでの行動を国王以下に報告しなければならないらしいからね。


 グリフィニアに残ったのは、セオドリック・フォルサイス王太子に王宮騎士団長のランドルフ・ウォーロック準男爵。そして王宮騎士団員が5名だ。

 それから王太子の侍女を務めている、遥か南の商業国連合の地からやって来たヒセラさんとマレナさんももちろん残っている。


 王宮騎士団員のうち1名は馬車の御者を務める従士さんで、あと2名が騎士、2名が従騎士だそうだ。従騎士のひとりは若い女性だったよね。

 彼らは王宮騎士団の中でも精鋭とブランドンさんが言っていたが、そう言えば騎士のひとりは昨年の学院祭で王太子の護衛に付いていたひとりだよな。

 所謂、日々真面目に鍛錬し職務に励んでいる派の王宮騎士団員ということでしょう。


 あのときは護衛がふたりいて、ひとりはヴィクティムさん、いやヴィック義兄にいさんの護衛をしていた辺境伯家騎士団のエルンスト・ホイス騎士で、もうひとりが王太子側の護衛のこの人だった。

 見た目が老けているので中年のおじさんかと思ったが、どうやらまだ30歳代後半らしい。


 あと残っているのは、ソフィちゃんとグスマン伯爵家王都屋敷執事のドミニクさんに、護衛の騎士ふたりと御者さん。それからルアちゃんとカシュくん。そして昨日にこちらに来たブルクくんだ。




「それではただいまより、総合武術部の夏期特別訓練に向けたミーティングを行う訳なのですが」


 と、昼食のあと、お客様用ラウンジに集まった人たちに俺は顔を向ける。

 て言うか、おい、人数が多いな。


 カロちゃんも屋敷に来たので、うちの部員たちが5人。

 エステルちゃんとクロウちゃんがいて、アビー姉ちゃんも顔を見せている。

 ここまではなんの不思議もない。

 ソフィちゃんにくっ付いてドミニクさんがいるのも、まあいいだろう。元凄腕の剣士らしいしね。


 シルフェ様にシフォニナさん、アルさんとカリちゃんがいるのも、まあ王都屋敷なら普通のことだ。

 父さんと母さん、ウォルターさんにクレイグ騎士団長も揃っているのもいいでしょう。

 かつての15年戦争を先頭に立って闘ったカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃん、それからセリヤさんにミルカさんがいるのも何となく分かります。


 問題は、王太子にヒセラさんとマレナさん、ランドルフ王宮騎士団長と王宮騎士と従騎士の4人も顔を揃えているのはどうしてなのだろう。

 ここに居ないのはソフィちゃんとこの騎士さんふたりと、それぞれの御者を務めているふたりぐらいのものですよ。

 えーと、俺を含めて29人と1羽ですかね。広いとはいえ、ラウンジが窮屈なんですけど。



 その28人を前にして俺が口を開くと、何故か王太子が満面の笑顔でパチパチと拍手をした。

 仕方がない様子で他の人たちも拍手をする。


「あー、ミーティングなので拍手はいらないです。お静かに」

「あ、すまん」

「お静かに」

「はい」


「えーと、あらためて。セルティア王立学院の、課外部の、総合武術部の、夏期特別訓練に向けたミーティングですからね。いいですか?」

「はーい」

「既に社会人の姉ちゃんはお静かに」

「はい」


「アビーさまって、人族じゃなかったの?」

「社会・人ていう種族は初めて聞きました」

「アビーさま、昔から人族、です」


「お静かに」

「はーい」


 話がちっとも進まない。カァ。


「えーとですね。明日からと思っていたのでありますが、部員からの要望もあり、本日から訓練を開始したいと思います。それで、カロちゃんもこちらに泊まりがけでいいんだよね?」


「はい、です、ザックさま。ルアちゃんのお部屋に、一緒に泊まります、です」

「きゃっ、よろしくね、カロちゃん」

「よろしく、です」


「はいはいお静かに。いちおう3泊4日ぐらいの予定でいいですね」

「はい、です。延長可、です」


「コホン。それで、訓練内容ですが。本日は初日でもあり、もう午後なので、このあと騎士団の訓練場を借りて剣術の稽古をいたします。まあ軽く素振りと打ち込みぐらいだね。そして明日は、これも要望に応えまして朝からアラストル大森林に入り、森の中での探索を含めた訓練を行います」


「やったー」

「うん、いよいよだ」

「おう、楽しみだぞ」


 最後の声は、王太子だよな。あなた、いっしょに行く気満々ですよね。



「それで訓練指導ですが、夏合宿と同じように、うちのジェルさんとオネルさんにライナさんが剣術と魔法の指導教官となります。あと、ブルーノさんとティモさんにもサポートして貰います。特に大森林においては、ブルーノさんは最高の専門家ですのでね。それとアルポさんとエルノさんも来るかな。あのふたりも、森の狩人としても戦士としても大ベテランですからね。それから、うちのフォルくんとユディちゃんのふたりも訓練に参加します。なお、このふたりは先だってより、従騎士見習いという立場になっています」


 つまり、俺の独立小隊は全員参加だ。


「あと、カリちゃんも大森林には同行するんだよね」

「はーい」


 手を挙げなくていいですよ。

 王宮騎士たちは、何で侍女姿の彼女が大森林での訓練に参加するのかと、不審顔というか疑問の表情だ。


 これについては、彼女自身が「わたしも」と言ったのもあるが、人化魔法の安定化の訓練の一環として、ドラゴンの気配を極力抑えるというのが課題としてあるそうだ。

 今朝方に師匠のアルさんと連れ立って、俺にそう申し入れて来たんだよね。

 でもさ、アルさんだってあまり抑えられてないよね。え? あれで相当に抑えている結果なの。


 ドラゴンが森に入ると、それを察した獣や魔獣たちが畏れて森は途端に静かになる。

 人間にはそういった感度がほとんどないが、森の住人たちは極めて敏感なのだ。

 なので、ドラゴン自体のオーラというか、その存在の恐怖や圧力が漏れ出るのを抑える訓練をするのだという。


 まあ単純に、俺たちが大森林に入るから、まだちゃんと入ったことのないカリちゃんも一緒に行きたいということだと思うけどね。


 それから、そこで若い侍女さんが同行して大丈夫なのかという顔をしている王宮騎士さんたち。

 はっきり言って、俺はともかくとして参加メンバーの中でカリちゃんは、人間とは比較出来ないほど強いというか、なにしろドラゴンですからね。これ言えないけど。

 あと、ホワイトドラゴンなので白魔法、特に回復魔法が素晴らしいのも心強いよね。



「えーと、それで部員たちと、うち関係以外の参加メンバーなのですけど」

「はいっ」


 こんどは王太子が手を挙げなくていいですから。

 ヒセラさんとマレナさんがクスクス笑っていますよ。


「俺が行くのは前からの約束だろ、ザック君。それから、ヒセラとマレナもお願いするよ」


 と言うのは分かっておりましたよ、セオさん。


「あー、ザカリー殿。わたしやうちの騎士たちも、王太子様の警護の関係上と言うか、その王都への土産話にと言うか、大森林に同行させて貰えんかな」

「わしも、ソフィーナ嬢さまのお供で頼みまする。ついでにうちの騎士ふたりも」


 ランドルフさんにドミニク爺さんがそう発言する。いちいち手を挙げなくていいですからね。

 はいはい、あなたたちがそう言い出すのも分かっておりましたよ。

 しかし、そうするとずいぶんと人数が膨れるよなぁ。


 総合武術部の部員が俺を含めて6名。教官とサポート役の独立小隊員にカリちゃんで10名。王太子関係が8名に、ドミニク爺さんとグスマン伯爵家の騎士で3名。これで合計27名だ。


「エステルちゃんはどうする?」

「クロウちゃんは行くでしょ。人数が多くなりそうですから、わたしは遠慮しておきますよ」

「カァ」


「アビー姉ちゃんは?」

「わたしも参加したいところだけど、お仕事もあるし、まあやめとくわよ」


「アルさんたちは?」

「カリ嬢ちゃんだけ連れて行ってくれれば良いですぞ」

「わたしたちが行っても、ほら」


 ですね。そうしたら、この27名で決まりですか。ふーむ。

 俺は、にこにこしながらこのミーティングの様子を見守っているウォルターさんとクレイグ騎士団長の顔を見た。

 ああ、その件ですね。はい、いま話します。



「それでは、いま参加を申し出た人たちも加えて、大森林に入ることにしますが、いちおう日程的には明日と明後日の2日間。それぞれ日帰りとします。なにしろうちの屋敷の裏の門を出れば、もう大森林ですからね。ルートについては、人数も増えたことですし、ブルーノさんたち教官と相談しておきます。それで、ひとつ注意事項なんですが、普段でもアラストル大森林というところは、他の森などと違ってとても危険な場所であることは、みなさんご存知ですよね」


 俺がそう話し出すと、うちの部員たちや参加を申し出た人たちは一様に表情を引き締めた。


「日帰りでも行ける、ごく浅いエリアでも危険な獣と出会します。例えばこの冬に、僕らが森大熊の狩りで入ったときも、普段は滅多に出会わない筈の場所で、大型のリンクスと遭遇し、また群れから逸れた森オオカミが4頭、そして森大熊ももちろん狩りました。これが日帰りでのたった1日でのことです」


 ドミニク爺さんやランドルフさんなどが、ほぉっという声を漏らした。

 リンクスは危険な肉食獣であるオオヤマネコ。そして森オオカミも危険だし、森大熊は更に危険だ。


「それらをすべて狩ったのかの、ザカリー様」

「ええ、もちろんですよ。ただし4頭の森オオカミは、不用意に手を出してしまった、まだ経験の少ない若い冒険者パーティを襲っていたところでしてね。その彼らを救出しながらでしたけど」

「ふうむ」


「これは、この冬に僕が居合わせたひとつの例ですが、大森林ではこんなことが日常的にあります。ご存知かも知れませんが、アラストル大森林の獣は、決して人間を怖れません。こちらの人数などには関係なくです。まあ、それが当たり前と思って貰えればいいのですが、じつは昨日に冒険者ギルド長から得た情報ですと、近ごろ浅いエリアに、いくつかの森オオカミの群れが出没しているそうなのです。そうですよね、クレイグ騎士団長」


「じつはそうなのだ、皆さん。うちの巡回部隊も、何回か群れの姿を目撃しております。本来は、そんなときに学院生や王太子様、他領の人らを大森林に入れるのは、我が騎士団としては承認しないのですがな。だが、ザカリー様が率いて、ザカリー様の独立小隊が同行するとなると話は別になります。ただし、参加する皆さんにはくれぐれもご注意いただきたい。それと、グリフィン子爵家騎士団が今回の訓練を認める条件となりますが、どんなことがあってもザカリー様の指示に従っていただきたい。これは王太子様、そして王宮騎士団の方々もそうしていただきます」


「それはっ」と、王宮騎士のひとりが思わず声を出した。

 騎士ばかりか王宮騎士団長、更には王太子でさえ俺の指示に従えというのは、それは思わず声も出すだろう。


「待て待て、これは長年に渡り大森林と共に歩んで来た、グリフィン子爵家騎士団長の言葉だ。軽々に否定は出来ん。それに、まずは王太子様のご意見をお聞きせねば」


 ランドルフさんが至極まともなことを言った。そして俺は、王太子の顔を見る。


「大森林に行きたいと無理を言って、ザック君に頼んだのはこの俺だ。だから俺は、すべてザック君の指示に従おうと思う。ましてや、危険が増えているのならなおさらだな。危険に満ちた場所では、経験があり、最も的確に指示が出せて、最も強い者に従う。そんなことは常識だ」


 この王太子の発言で、この場の全員がいちおうは納得した。

 王宮騎士団員らはランドルフさんの表情を伺っているが、王太子の言葉で引っ掛かっているのは、最も強い者に従う、というところだろうな。


 しかしさ、いまさらなんだけど。このミーティングってさっきも言いましたけど、セルティア王立学院の、課外部の、総合武術部の、夏期特別訓練に向けたものなんですからね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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