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第654話 今年の夏の最大イベントが終わりました

 翌日、俺たちはグリフィニアに戻る。

 午前中遅めの出発ということで、朝は多少ゆっくり出来ることになっていた。


 それでうちの家族はヴィクティムさんに案内されて、姉さんとの新居を見せて貰うことになった。

 1日早く来ていた母さんとアビー姉ちゃんは、一昨日にもう行ってるんだよね。

 そこは冬にいちど訪れた城の直ぐ側にある庭園の隣、というか庭園の中に屋敷が建てられていた。


 俺たちが来たというので、屋敷の中からヴァニー姉さんが出て迎えてくれる。

 ふうむ。初々しいが、ひと晩過ぎるともう若奥さんに見えるのだから不思議だ。女性というのは不思議だ。カァ。


「なにをジロジロわたしのこと見てるの、ザック。父さんも」

「え、あ、いえ、この世の神秘と言いますか」

「お、いや、おう」


「男どもはほっといていいから、姉さん案内して」

「楽しみですぅ」

「ここは、広いお庭を通って良い風が流れているわよ」

「お庭が綺麗ですね。お花に囲まれたお屋敷ですか」

「ほら、ザカリーさま、入らせていただくわよー。子爵さまもー」


 要するに、シルフェ様たちやうちのお姉さん方ら王都屋敷の女性たち、それからソフィちゃんやルアちゃん、カロちゃんも見学に付いて来ています。


 屋敷はふたりだけの住まいということだが、ラウンジと応接室、厨房や食堂、お世話をする侍女さんたちの部屋、夫婦の部屋に将来の子供部屋まであり、なかなかの規模だ。

 どの部屋にも新築の香りが漂い、シンプルで清潔そうで、屋敷そのものが初々しい。


「正直言って、城よりこっちの方が快適なんだよね。妹なんか、わたしもこちらに住みたいって言い出す始末でさ」

「そのエルネスティーネさんは?」

「エルネは、セオさんのお相手をして城の中を案内していると思うよ」


 そう言えば、冬に来たときにエルネと呼んでくださいと言われたよな。

 王太子の案内役としては、エルネさんが相応しいといえばそうなのだけど、彼女はヴァニー姉さんよりふたつ歳上だからもう20歳か。

 大丈夫かな。って色んな意味でね。セオさん、美人に目がないし。



 俺たちがヴィクティムさんと姉さんの新居を見学していると、その王太子がエルネさんに案内されてやって来た。

 もちろん。侍女のヒセラさんとマレナさんが従っているので、変なことはしてないでしょうが。


「ここが、ヴィックとヴァニーさんの新居か。おい、いいな。羨ましいぞ」

「セオさん」

「王太子さまは、王宮とかお城とかよりも、こういうお屋敷に住みたいんですって。子爵さまのお屋敷にお泊まりになって、そう思われたのですってよ。わたしも羨ましいですわ」


「おお、エルネさんの言う通りだぞ。まだ、ザック君の王都の屋敷には行ってないが、そちらもなかなか居心地が良さそうじゃないか」

「ザカリーさまとエステルさまのお屋敷、わたしもいちど行ってみたいですわ」


「そうしたら、この秋の学院祭の頃に、王都にいらっしゃるのはどうです? それで一緒に、学院とザックくんの屋敷と、行きましょう」

「まあ、それは素敵なお考えですわよ」


 おい、大丈夫かなこのふたり。たぶん一昨日に初めて会った筈だけど、もうずいぶんと仲良くなって意気投合してるぞ。

 俺はふと、フェリシア・フォレスト公爵令嬢の顔を思い浮かべる。

 そう言えば、王太子のお嫁さん候補第一位のフェリさんとは、いまはどうなっているのだろうか。




 昨日の招待客の方々はもう疾うに出発されていて、エールデシュタット城の宿泊客ではうちの家族や関係者と、ブライアント男爵家はじめ先日にうちに1泊した貴族たちが最後だ。

 もちろん王太子一行も含まれる。


 そして、コルネリオ・アマディ準男爵とルアちゃんの乗る馬車にはブルクくんが同乗させて貰っていた。

 そもそもが結婚式後に彼をグリフィニアに招待して、それに他の部員たちが乗っかったものだからね。


 これまで結婚の儀の準備、そして昨日の本番と大忙しだったブルクくんの父上のベンヤミンさんは、すべてをやり切って満足した表情でルアちゃんの父上と何か話している。

 共に国境を抱える辺境伯家と伯爵家の準男爵同士。立場や役目は違うが、何か通じるところもあるのだろう。


 そうして、辺境伯家の皆さんに見送られて馬車列は出発する。


 見送る側のヴィクティムさんの隣にヴァニー姉さんが立っているのが、なんだか不思議な感覚だ。

 朝に感じた若奥様オーラの不思議とは違いますよ。

 姉さんが他家にお嫁に行ったんだという実感。まだそれに馴染めなくて、何故そこに立っているの? という奇妙な疑問に包まれた感覚。


 父さんと母さん、カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんが、そのヴァニー姉さんたちと言葉を交わし、父さんは振り切るように自分たちが乗る馬車へと急いだ。


「姉さん、落ち着いたら王都にも来てよ。ヴィックさん、連れて来てください」

「そうですよ、姉さま。お待ちしてます」

「うんザック、エステルちゃん。そうする」

「セオさんではないけど、僕もザック君とエステルさんのところには行きたいし。ヴァニーとふたりで行くよ」


 そう短く言葉を交わし、俺たちも馬車に乗る。

 帰りは乗る馬車を組み替えて、父さんたち4人が子爵専用の馬車。

 俺とエステルちゃんとクロウちゃんは、王都屋敷で使っている言わば俺専用の馬車だ。

 シルフェ様たちは、行きが大型馬車とはいえ少し窮屈だったので、その馬車にゆったりと乗って貰う。



「終わりましたね」

「終わったね。エステルちゃんもご苦労さま」

「わたしは何も。ザックさまもいろいろご苦労さまでした」


 こうしてエステルちゃんと、それから俺の分身であるクロウちゃんとふたりと1羽だけで馬車に乗るのは久し振りだ。というか、近ごろはほとんど無かったよな。

 御者はアルポさんとフォルくんで、エルノさんとユディちゃんがシルフェ様たちの乗る馬車の御者を務めている。


 クロウちゃんは珍しくエステルちゃんの膝の上でなく、俺の膝の上に座っている。もう居眠りしてるけど。

 彼は、何かがあると必ず俺にくっついた場所にいるんだよね。

 俺の魂と繋がっているからそうなんだけど、今回は姉さんがお嫁に行った寂しさなのかな。


 それは長年一緒にいるエステルちゃんも良く分かっていて、そんなクロウちゃんには何も言わない。


「ヴァニー姉さま、お綺麗でしたよね。昨日も素敵でしたけど、今朝もとってもお綺麗でした」

「この王国の人族でいちばんの美人だからさ」

「あら、人族でいちばん、なんですか? そしたら、それ以外の種族も含めたら?」


「エステルちゃん」

「まあ。そいうこと、ザックさまから初めて聞きましたよ。うふふ。でも、わたしとお姉ちゃんは同じ顔だから、ふたりでいちばんなんですか?」

「精霊様は、いちおう含めておりませんですので、はい」


 夏の陽射しが眩しい街道を、車中でそんな他愛もない会話を交わしながら馬車は進んで行く。




 行きと同じく途中オウルフォード村で休憩し、夕方にはグリフィニアに着いた。

 馬車から降りて大きく伸びをする。


 騎士団員のお世話係や留守番組の侍女さんたちが出迎えてくれている。

 父さんたちやエステルちゃんは直ぐに屋敷に入って行ったが、俺はなんとなく玄関前にいた。クロウちゃんは久し振りに俺の頭の上なんだね。


 王太子やランドルフさん、ブランドンさんが到着し、本日はうちに1泊して明日それぞれに帰るフェルディナント・デルクセン子爵やマクシム・オデアン男爵、ジルベール男爵お爺ちゃんやエルネストさんたちも次々の到着して、俺に声を掛けて行く。


 ソフィちゃんとドミニクさんの乗った馬車も到着した。


「ザック部長、着いたそうそうでお出迎えなんですか。そうしたら秘書のわたしも」


 いや、別に到着する人たちを出迎えるために、ここにいた訳じゃないんだけどね。

 屋敷に入るタイミングを逃したら次々に馬車が着いて、皆さん俺に声を掛けて行くものだから。


 などと話していたらアマディ準男爵の馬車が到着して、中からコルネリオさんに続いてルアちゃんとブルクくんも降りて来た。

 御者助手のカシュくんは馬車のお片づけね。しっかり働いてください。


「準男爵様、ありがとうございました」

「いやいや、ブルクハルト君が一緒で楽しかったよ。娘とふたりの馬車旅では、もう会話の種が尽きていたところだったのでな」


 どうやら、ずっと剣術の話をしていたらしい。

 それにしてもルアちゃんのお父上と馬車に同乗していたので、なにやら神妙な雰囲気ですな、ブルクくん。


「あと、ザカリー様の学院でのお話もお聞きしましたよ。ルアからも聞いてはいたのだが、この子はあまり多くは話してくれないものだから」

「そんなことないと思うけどさ」


 このぐらいの歳の娘と父親との会話って、どこの世界でも難しいものなんだろうな。

 うちの場合は父さんが娘大好きだから、父親側から懇願してでも会話をしてたけど。

 その娘も、ひとりはお嫁に行き、もうひとりは騎士団に入って昼間はとても忙しい。

 なんとか立ち直ってくださいよ、うちの父さん。



「それよりさ、明日からはいよいよ訓練だよね、部長」

「ブルクも昨日までは忙しくて、今日こちらに来たばかりなんだから、明日はお休みにしたらどうかな、ルアちゃん」


「そんなんじゃ、鈍っちゃうよ。あたしだって、もうずいぶんと練習をお休みにしてるんだから。ブルクくんなら大丈夫」

「あの、僕は、はははは」

「ルア、せっかくザカリー様にそうおっしゃっていただいているのだし」


「総合武術部のことなんだから、父さんは口を出さないの」

「しかしだな」

「準男爵殿、我らはお屋敷に入ってひと休みさせていただきましょうぞ。さあさ」


 ソフィちゃんの側で控えていたドミニクさんがそう声を掛けて、彼とコルネリオさんは屋敷の中に入って行った。さすが年の功ですな。


「なに、みんなで集まってる、ですか」


 入れ替わりにギルド長たちの乗る馬車が2台続けて到着し、カロちゃんがこちらに来た。

 俺がギルド長たちの挨拶を受けている間に、部員たちが玄関前で何やら盛り上がっている。


「ザカリー様の課外部の皆さんがお揃いですね。明日からよろしくお願いします」

「お、なんだ、王立学院の課外部か。ところで、課外部ってなんだっけ」

「講義以外に学院生だけで行う活動よ、ジェラード。ザカリーさまのは、総合武術部という課外部でしたよね」


 カロちゃんのお父さんのグエルリーノさんは当然として、エルミさんも良くご存知だよね。


「要するに、パーティを組んでるみたいなものか。ところで、総合武術部ってなんですかな、ザカリー様よ」

「あー、剣術と魔法の両方を中心に、いろいろ闘うすべを扱うのが主旨なんだよね。それまでは、剣術は剣術、魔法は魔法って分かれてたから」

「なんだ。つまりは冒険者パーティと同じだよな。さすがはザカリー様だぜ」


 何がさすがなんだかは良く分からないが、確かに剣士、戦士、魔法職、斥候職などと、いろいろな専門職の技やすべを活かしながら、各自が持っている能力を組み合せて活動するのが冒険者パーティだ。

 まあ、近いと言えば近いし、その点では俺のレイヴン=独立小隊もそれに近い。



「で、学院生を連れて大森林に入るって? 俺らからザカリー様に言うのはおこがましいが、気をつけてくれよな。最近は森オオカミが増えているしよ」

「そうなの?」


「はい。複数の群れが、わりと浅い場所まで出て来ているようでして。どうやら、縄張り争いが激しくなっているみたいで、うちの連中にも注意を促しているところなんです」

「どうせブルーノやライナたちも一緒だろうから、心配はしないがな」


「ザカリー様が大森林に入るんじゃったら、オオカミどもを追い払ってくれんかのう」

「そのせいで、薬草の採取量が減っちゃってるのよね」


 ふーん。この冬にも、若い冒険者パーティがはぐれオオカミに襲われていたところに出会したが、今度は複数の群れですか。

 アラストル大森林の管理者で護り主であるフェンリルのルーさんは、そういう獣や下位の魔獣なんかは自由にさせているからね。


 ともかくも、冒険者ギルド長とエルミさんから情報を聞いておいて良かったな。

 いちおう騎士団の方にも確認しておかないとだよね。

 って、錬金術ギルドのおふたりさん。僕らは課外部の訓練で大森林を体験するために入るんだから、オオカミを追い払うとかダメですよ。



 さてさて、この夏前半の最大イベントであるヴァニー姉さんの結婚式も終了した。

 明日からは、全員が揃わなかったけど、気心の知れた総合武術部員たちと夏休みを楽しみましょう。

 あ、王太子がまだいるんだった。彼のお世話もしないといけませんな。


「ほらあなたたち、そろそろお屋敷に入ってくださいな。もう少ししたら夕ご飯ですし。ザックさま、みなさんを屋敷の中にお連れしてくださいよ。ギルド長さんたちもどうぞ。夕ご飯を食べて行ってくださいね」

「はーい、エステルさま」

「すみません、エステルさま」


 俺たちがいつまで経っても玄関前にいて屋敷の中に入って来ないので、エステルちゃんが顔を覗かせてそう声を掛けて来た。

 さあみなさん、早く入らないと叱られますから、行きますよ。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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