第653話 結婚式が終了し、もうひとつのセレモニー
馬車パレードもそろそろ終了する頃合いで、そのあと新郎新婦は暫し休憩の予定だ。
俺とエステルちゃんはアビー姉ちゃんも加わって、王都屋敷メンバーと中庭で過ごしている。
ブルクくんはパレードでご両親と馬車に乗って連なっていたようだが、ソフィちゃんと執事のドミニクさんやルアちゃん、カシュくんも俺たちのところにやって来ていた。
父さんと母さんはお爺ちゃん方と一緒に、どうやら北辺の貴族たちと歓談しているようだ。
王太子やブランドン内務部長官、ランドルフ王宮騎士団長は大広間に残って、各領主貴族家から出席された人たちの挨拶を順番に受け歓談を行っている。
そんな様子を中庭から眺めながら、外交活動も大変だよな、なんて思ったりする。
「トビーくんは?」
「デザートを出し終えたあと、厨房の廊下で椅子に座ってぐったりしてましたから、たぶんリーザさんか他の誰かが見ていてくれてると思いますよ」
エディットちゃんがそう教えてくれた。
まあ今回は頑張ったからね。新デザート開発と準備、グリフィニアの屋敷でのお客様方への料理長との料理づくり、そしてここに来ての本番と、かなり大変な日々だったろう。
この結婚式にあたって、中心になってヴァニー姉さんの世話をしてきたリーザさんも、馬車パレードから帰って来た姉さんの最後の着替えを終えれば、それでお役御免となる。
それ以降は、次期辺境伯と若奥様付きのこちらの侍女さんにバトンタッチをするのだ。
そういう意味では、今回の姉さんの結婚式を陰から支えたのは、そのふたりだよな。
「あのふたりって、いつ式を挙げるのかな。エステルちゃんは何か知ってる?」
「おそらくですけど、こんどの冬、年越しが終わってからじゃないですかね。ねえ、エディットちゃん」
「はい。リーザさんが、今年いっぱいは頑張るみたいなことを言ってましたから」
年明けか。これは盛大にお祝いしてあげないといかんですぞ。カァ。
「なになに、リーザさん、いよいよ結婚するのぉー」
「ようやくですね。この冬ですか?」
「リーザさんも、ずいぶんと待たされたからな」
そういう話が好物のうちのお姉さん方が加わって来た。
だけど、どちらかというと問題なのは貴女たちの方ですからね。
たしかリーザさんはエステルちゃんよりひとつ歳下だから、ということはジェルさんとライナさんよりもひとつ歳下ということですよ。
オネルさんはそのリーザさんのひとつ下だから、彼女だっていつの間にかもう22歳だ。
うちみたいに歳頃の働く女性が多いと、こういう問題って重要だよね。
「ザックさま、何か考えごとですか? 今日はにこにこ、ですよ」
「はい、そうですねシモーネちゃん。ダイジョウブ、にこにこですから」
シモーネちゃんは精霊っ子だから、表情に出ない感情の動きとかにも敏感だよな。
「ヴィクティム様、ヴァネッサ様が皆様をお送りいたします。どうぞこちらにお集りください」
馬車パレードを終え、休憩と着替えを済ませたふたりが再び大広間に現れた。
俺も含めたうちの家族、辺境伯家の家族もその横に並ぶ。
ヴァニー姉さんは本日4着目のドレスだよね。
結婚の誓いの儀のときの、白をベースに色とりどりに刺繍が施されたドレス。
結婚披露の宴では、太陽を思わせる赤をベースにした華やかなドレスと、大森林の緑を感じさせるシックなドレスの2着を、途中でお色直しを入れて披露した。
そしていまは、青空と透明な空気を感じさせる、爽やかな青をベースに白の刺繍が施された落ち着いた色合いのドレスだ。
無垢な白と華やかな様々の色、アマラ様の夏の陽光の赤、大森林の緑、そしてシルフェ様たち風の精霊のドレスも想起させる爽やかな青。
4着のドレスにそんな連想をするのは、俺だけだろうか。
「(うふふ。ザックさんも女性のドレスに、そういう感想を持てるようになったのね)」
「(なるほどですぅ。どのお衣装も、なんだかうちらしい華やかさだなって思ってましたけど、言われてみるとそうですね)」
「(きっと自然自然に、ザックさまが言われる色合いのドレスに出来上がったんですよ)」
大広間がとても静かになったので、なんとなく思ったことを念話で言ってみたら、シルフェ様とエステルちゃん、シフォニナさんからそんな反応が返って来た。
そうこうしているうちに、王太子とそれに続くブランドン内務部長官、ランドルフ王宮騎士団長を先頭にして見送られる列が流れて行く。
「今日はご苦労さま。でも楽しかったな。明日からも頼むぜ、ザック君」
「あ、はい。セオさんもお疲れさまでした」
王太子は俺の前でそんなことを言って、大広間を出て行った。
「とっても素敵な1日でしたぁ。明日からはまたグリフィニアですね。よろしくお願いします、ザック部長」
「ヴァネッサさま、ほんとにキレイだったぁ。大森林、行くよね、部長」
「ルアちゃんは、もうドレス脱ぎたい、ですって。可愛いのに」
ソフィちゃんとルアちゃん、カロちゃんも一緒にやって来る。
大森林だね。はいはい、考えてますよ。
そうして正規出席者の皆さんが大広間を出て行き、ようやく1日をかけた結婚の儀が終了した。
お客様たちが誰もいなくなった大広間。中庭の方もみな引揚げたようだ。
「シルフェさま、シフォニナさま、アルさん、今日はありがとうございました」
ヴィクティムさんとヴァニー姉さんがふたりでこちらに来て、シルフェ様たちにそうお礼を言った。
「あらあら、ふたりして頭なんか下げなくていいのよ。今日は疲れたでしょう、ヴァニーちゃん。ご苦労さまでした。この世界でいちばんの美人さんだったわよ。ヴィクティムさんもお疲れさま。これから、ヴァニーちゃんをよろしくお願いしますね」
世界を旅して来た嘘の言えないシルフェ様がそうおっしゃるのだから、今日の姉さんは世界一の美人だったのだろうね。弟ながら俺もそう思いますよ。
「なあ、ザック君」
「ザック、午前のことだけど」
午前中の結婚の誓いの儀でのことが、どうやらふたりの中にずっとあったみたいだね。
「あのときのことは、ふたりの心のなかだけに留めておいてください。見たことを夢とか幻とか思うのでもいいし、真実だと思うのもいいですよ。ただ、おふたりが祝福されたのは本当です。それは姉さんがわかるよね」
「あ、うん。はい」
「ふたりだけのときに、姉さんがシルフェさまやアルさんからいただいたものも含めて、今日のこともゆっくりと話してください。それでいいですよね、シルフェ様」
「それでいいわ。ザックさんのおっしゃる通りよ。あなたたちがいただいた祝福に、まやかしなどありませんから」
「わかりました、シルフェさま。ありがとう、ザック」
ヴィクティムさんはもっと聞きたそうな表情だったが、姉さんが彼を引っ張って行った。
双方の両親、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちと、ちゃんと言葉を交わさないとだからね。
俺とエステルちゃんもモーリッツ辺境伯やご家族に挨拶をして、シルフェ様たちと大広間をあとにする。
アビー姉ちゃんはクレイグ騎士団長らと明日の帰りの打合せがあると言って、先に出て行っていた。
彼女は騎士団長付き騎士であり、かつ今回の護衛部隊の筆頭の立場でもあるからね。
その打合せには、俺の独立小隊からはジェルさんが参加している筈だ。
大広間の出口にはリーザさんたちが待っていて、俺たちはエディットちゃんとカリちゃん、シモーネちゃんを連れてその場をあとにした。
リーザさんやフラヴィさんらは、まだ残っている父さんと母さんたちが退出するのを待つ。
現在はもう夕方だが、今日は昼からの宴でたらふく食べたので、夜に少し夜食をいただくぐらいでいいかな、などと話しながら城の廊下を進んで行く。
するとそこに、ミルカさんとティモさん、それからエルメルさんとユリアナさんのお父さんお母さんやセリヤ叔母さん、そして以前に王都に来たマイラさんが揃って待っていた。
要するにファータの人たちですな。
「ザックさま、少しよろしいですか?」
「うん? 大丈夫だけど、みんな揃ってどうしたの?」
エルメルさんが代表して声を掛けて来た。
「あの、それがですね。畏れながら、このたびのシルフェさま方のエールデシュタットご来臨に、ただいまこちらにいるファータの者どもからご挨拶させねばと。もし少しお時間をいただければ、幸いなのですが」
ああ、そういうことですか。
前に王都屋敷で、シルフェ様たちがエールデシュタットに行くと聞いたマイラさんなどは、「これはえらいことですよ」とか呟いていたよな。
「あらたまって挨拶なんかいいのに。でもここに来て、うちの子たちに会わないのもないわよね。いいわよ。どこかに集まっていらっしゃるのかしら。案内をお願いね、エルメルさん」
それでエルメルさんに先導されて、ファータの探索者たちが集まっているだろう場所へと行くことになった。
「あの、それではわたしは」と、ひとり人族の、あ、俺も人族ですけど、そのエディットちゃんが遠慮しようとしたが、「エディットちゃんも来なさい」とシルフェ様から言われて、無理矢理混ぜられてしまっていた。
エルメルさんが案内してくれたのは、城に隣接する建物のひとつ。辺境伯家の調査探索局の本部がある建物だった。
うちの調査探索部は騎士団本部に同居しているけど、こちらは独立した本部になっているんだね。
エルメルさんに聞くと、ファータから来ている探索者だけでなく、他の種族の職員なども在籍していてそれなりの所帯なのだそうだ。
彼はここの副局長だが、実質的にトップの立場にある。
その本部の広い会議室風の部屋に案内された。
そこには、ファータの人たちが集まっている。他の種族の職員さんたちは、今日は婚礼の日ということでもう退勤して誰もいないのだそうだ。
その部屋にシルフェ様を先頭にして入ると、部屋で待機していた全員が片膝を床に突いて畏まった。
一緒に歩いて来たエルメルさんたちも同じようにするので、エステルちゃんはどうしようかとまごまごしていたら、シルフェ様に手を取られてしまい隣に立たされた。
エディットちゃんは部屋には入ったけど、隠れるように小さくなっている。
カリちゃんは、ああ普通にアルさんの横にいます。
シモーネちゃんは精霊さんなので、ここにいましょうね。「はい、ザックさま」と俺と手を繋いでますよ。
それにしてもずいぶんと人数がいるんだなと思って見ると、ミルカさんの下で働いているアッツォさんやヘンリクさんらうちの調査探索部員も7人ほどいました。陰護衛で来てたんだね。
その彼ら以外に20人近くがいるから、ファータとしては辺境伯家が最大の顧客というのも頷ける。
「このたびは、シルフェ様はじめ皆様には、エールデシュタットにご来臨いただき、またご尊顔を拝することが出来まして、誠に恐悦至極、感激の至りでございます。ここに、キースリング辺境伯家並びにグリフィン子爵家に派遣されております、ファータの者ども一同が顔を揃えております。どうぞ今後とも、よろしくお願いいたしまする」
「お願いいたします」
「あらあら、堅苦しいご挨拶なんかいいのよ。皆さん、お顔を上げてくださいな」
「ははっ」
「あなたたちは、わたしの子孫、眷属。そしてわたしは、あなたたちの先祖であり、母親でありお婆ちゃん。だから、いつもあなたたちのことを見護っていますし、大切なたいせつな子供たちなのよ。こうして、お顔を合わせる機会が出来たことを、とても幸せに思いますよ」
「なんとも勿体なきお言葉。畏れ多いことであります」
「せっかくこうして揃ったのだから、あらためてこちらの紹介をして、そのあと皆さんのお名前も教えてくださいね。まずは、いつもわたしの側にいてくれるシフォニナさん。この地上での風の精霊の筆頭よ。それから、こっちは紹介する必要はないけど、エステル。エルメルさんとユリアナさんのお子であり、ザックさんの婚約者であり、わたしの大切な妹。そしてザックさん。この方も紹介は必要ないわよね。わたしの義弟よ。それからその隣はシモーネと言って、風の精霊の見習いね。エステルに預けてあります。そしてあっちのお爺さまは、アルと言って、この世界に5人しかいない古い古いドラゴンのおひとりよ。彼はブラックドラゴンね。それからそのお隣はカリちゃん。この子は5人のドラゴンのうちのもうひとりのクバウナさんの曾孫さんで、ホワイトドラゴン。いまはザックさんが預かっています。カリちゃんが抱いているのは、クロウちゃんね。あの子もみなさん、良く知ってるでしょ。ザックさんの分身みたいなものですよ。それから、エディットちゃんはどこ? ああ、そこにいたのね。あの子もザックさんとエステルのもとに居る子で、人族だけどわたしたちの身内よ」
シルフェ様がこちらの紹介をすると言って話し出しちゃったから、大丈夫かなと思って聞いていたのだが、思い切りぶっちゃけていました。精霊様だからね。
わたしたちの身内とか言われたエディットちゃんは、慌てて首を横にぶんぶん振っています。
それと、初めてその紹介を聞いた人は、エステルちゃんが妹だのドラゴンがふたりもいるだので、ほぼ全員が固まっておりました。
「どうぞ皆さん、よろしくお願いしますね。でもここだけの内緒ですからね」
それからエルメルさんとミルカさんが、集まったファータの人たちをひとりずつ紹介した。
ティモさんの場合、「どうしてあなたはそっちにいるの? こちらでしょ」とか言われておりましたが。
そして最後に、シルフェ様たちによる祝福をいただいて、急遽行われたこの対面のセレモニーは終了した。
今日はこれで、もう何も無いよね。朝からいろいろあったから、ちょっと疲れましたです。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




