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第648話 南の商業国家連合、そして竜人族と北方帝国のことなど

「ずいぶんと遠くから来られたんですね。ミラジェス王国の更に南ですか。どんなところなんですか?」

「カァカァ」


 クロウちゃんもミラジェス王国までしか飛んだことがないので、興味津々だ。


「そうですね、1年中暖かいというか、いまのこの時期はとても暑いですよ」

「冬でも、こちらの春ぐらいですね」


 ヒセラさんとマレナさんがそう答えた。

 亜熱帯といった感じなのだろうか。この冬に行ったニンフル大陸の東の果て、エルフの母なる地は地中海気候みたいな地域だったが、あそこに似ているのかな。


「確かミラジェス王国の南の地域は、商業国がたくさんあるんでしたよね」

「はい。西のティアマ海と南側のメリディオ海に面しておりまして、商業国家連合を組んでいます」

「わたしたちは、そのうちのひとつから」


 学院の地理学の講義でも教わったが、その地域には規模の小さな小国家がいくつかあり、ひとつの国の規模としては、例えばセルティア王国の貴族の領地ぐらいのものらしい。

 しかしヒセラさんの言うように、各国が西のティアマ海と南側のメリディオ海のどちらかに面しており、どの国も港湾都市を主都にしている。


 その港湾都市を主軸に貿易船による商業活動を国家単位で盛んに行い、所謂商業国家を形成している。

 商業国家連合とは、そういった小さな商業国が集まった連合ということらしい。

 それぞれの国の規模は小さくても、その点で裕福な地域と言えるのだろうね。


 カァカァ。ああ、初期的な重商主義ね。国家単位で強力な経済政策を行っている訳か。

 貿易に連動して製造業も盛んにする必要があるし、貿易船の建造や運用とか経済活動を支える支出も大きく、おそらく常備軍もあるだろうから、結構実力はあるんだろうな。カァ。



「なあ、ザック君。いま気づいたんだが、そのカラスじゃなかったクロウちゃんと君は、まるで会話をしているような気がするんだけど」


「あ、すみません。クロウちゃんは人間の言葉が理解出来るんですよ。それで、彼の言っていることは、僕はもちろんですけど、うちの何人かはわかります」

「ほぉ」

「あら」


 クロウちゃんを膝の上に乗せていたマレナさんが、驚いたように声を出した。

 ヒセラさんも隣からじっとクロウちゃんを見ている。


「それより、ヒセラさんとマレナさんはどうしてセルティア王国の王宮に? と言いますか、どうしてセオさんのもとへ?」

「ザック君、種明かしはひとつずつだって、さっき君が言ったんだぜ」


 あ、これは一本取られましたな。

 でもひとつだけとは言ったけど、ひとつずつとは言いませんでしたよ。セオさんは、まだ続けたいのかな。


 でも、ヒセラさんとマレナさんがどうして王太子の侍女をしているのか、それから何らかの武技や戦闘能力を有しているのではないかとか、俺も少々関心があるんだよね。

 なんとなく、ファータの探索者に近い匂いもするし。ましてや南の商業国家連合から来たと聞くと。



「すみません、ザックさま」

「お、ユディちゃんか。なに? もうお昼?」

「カァカァ」


「はい、ザックさま。そろそろお昼のご用意が出来ますので、王太子様には食堂の方へお越しいただきたいと、エステルさまより」

「わかった、直ぐ行くよ。ところで、今日ユディちゃんはこっちなんだね」

「はい、兄と手分けして。わたしはお屋敷の方なんですよ」


 ユディちゃんは新調した従騎士見習いの制服ではなく、王都屋敷でいつも着ている魔法侍女制服姿だね。

 母さんとコーデリアさん、リーザさんがヴァニー姉さんに付いてエールデシュタットに行っちゃったし、午後に到着のお客様を迎えての晩餐会の準備もあるので、兄妹で手分けをした訳か。


「それでは、昼食の用意が出来るそうですので、そろそろ食堂へ行きましょうか」


「すまないね。ところでつかぬことを聞くけど、いまの侍女の子って、人族じゃないでしょ。竜人族じゃないかって、ヒセラとマレナに教えて貰ったんだが。それに、侍女さんがもうひとり。あと、アル殿もそうだよね。俺はこれまで、竜人族って出会ったことがないんだけど、王都だとほとんどいないって話を聞いたことがある。それがここにはどうして」


「それも種明かししてほしいですか?」

「あ、そうなるか」


「ははは。いまのユディタと、それからフォルタって兄がいるんですけど、この兄妹のことは特別にお話しましょう。でもまずはお昼をいただいてから」

「まずはお昼だな」




 昼食の席には皆が揃っていた。


 いまここにいるのは、父さんに俺とエステルちゃん、カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃん。王太子とランドルフ王宮騎士団長、ブランドン王宮内務部長官。ソフィちゃんとドミニク爺さん。ジルベール男爵お爺ちゃんとフランカお婆ちゃんにエルネスト伯父さんとエリアーヌさん。

 それからクレイグ騎士団長も加わって、あとはシルフェ様、シフォニナさん、アルさんの人外の3人だね。もちろんクロウちゃんもいますよ。


 カリちゃんは、この夏休みにグリフィニアに来てからはエディットちゃんたちと食事をすることが多いので、ここにはいない。まあドラゴン女子高生の場合、自由にさせています。

 ユリアナさんとセリヤさんもそちらと一緒らしい。

 あと、姉さんたちがいないということもあり、なんだか食事の席の年齢層が一気に高くなったよな。


 食事をしながらの会話ではヴァネッサ館のことが話題に出たが、皆で見学に行ってたんだね。


「おお、それは俺も見学させて貰わないとな。でもエールデシュタットから戻ったあとでも、ゆっくり見学出来るか」


 おい、敢えてこちらから触れてないけど、この王太子はやっぱり姉さんの結婚式のあと、ここに戻って滞在するつもりだな。


「さっき、こちらの屋敷にいるドラゴニュートの双子の兄妹についての話題が出てね。ザック君から彼らについての話が聞けるそうなんだ」

「ほう、ドラゴニュートの双子の兄妹ですか」

「たしか、王都のお屋敷にいらっしゃる子らでしたかな」


 あー、ほんとブランドンさんは良くご存知ですねえ。王宮内務部では、うちのことをどこまで把握しているのでしょうか。


「失礼ながら、アル殿も竜人族の方ではと、以前にお会いしたときから気になっていたんだが、あの兄妹とはご関係が?」


 王太子は、昨年の学院祭で初めてアルさんと会ったときに、もう気になっていたんだな。

 シルフェ様ばかり見ていたのかと思っていたけど、かなりの時間を総合競技場の同じ貴賓席で、うちの皆に混ざって一緒にいたからね。


「直接の関係はないのじゃがの、まあ広い意味では同じ一族じゃて。どちらかというとわしは、カリオペの方が親戚関係じゃの」

「ああ、いまここにはいらっしゃらないが、同じくあの侍女をされている方ですか。王都のお屋敷の方にもおられましたかな」


 さずがにこの春から王都に来たカリちゃんのことまでは、ブランドンさんは知らないのかな。


「あの子は、ザックさまにお預け申しておるのでな。行儀見習いとか、そんな感じじゃな」

「なるほど、そういうことですか」


 本当は、人間の社会に慣れるためなんですけどね。



 そんな話題もあり、食後の時間はお客様用ラウンジに皆で移動してフォルくんとユディちゃんの話をすることにした。

 せっかくだし、なんとなくいい機会かなと俺は思ったのだ。


 ちなみにエステルちゃんは、護衛の皆さんたちの昼食会場になっている大広間の方を見に行き、そのあとフラヴィさんら侍女さんたちやレジナルド料理長と午後以降の打合せだと出て行った。

 とにかく今日は、エステルちゃんがいちばん忙しいんだよね。


「いえ、うちにというか、僕のところにこの王国では珍しい竜人族が4人もいるのは、本当に偶然なんですよ。アルさんはシルフェ様との関係で、それからカリちゃんはアルさんの親戚で僕が預かることになっているんですけどね。フォルタとユディタの場合は……」


 それから俺は、もう6年も前のことですがと前置きをして、港町アプサラであの子たちを預かった経緯や彼らから聞いた話の概略を皆に話した。


 この大陸の遥か北方にある竜人族の村が、北方帝国軍の突然の強要に抵抗して、あげく襲撃と人狩りに遭い、おそらくは壊滅してしまったこと。

 その襲撃の前に、まだ魔法の出来ない8歳未満の子供たちだけで村を脱出し、フォルくんとユディちゃんは父母の言いつけに従って一緒に逃げた子たちと別れ、ふたりで着の身着のままに旅をしたこと。


 帝国の船に密航し、船内でバレてはしまったのだがアプサラに着いたところで逃亡。

 そして港で連れ戻されそうになったところを、駆けつけた俺たちが助け、交渉の結果、俺が預かることになったというストーリーだ。


 なお、その際に出会った北方帝国のクラースさんのことは、向うの船長らしき人という風に誤摩化しておいた。

 もちろん、リガニア地方のファータの隠れ里の近隣、都市ヴィリムルに攻め寄せたボドツ公国部隊に彼のグループがいて再会したこともだけどね。



「これはなんとも、大変な出来事の話だったんだな。そうか、大陸の北の竜人族の村を、北方帝国軍が襲撃して、それで人狩りを行ったのか」

「人狩りはあくまでも、あの子たちから聞いた話からの推測ですけどね。もしかしたら、全滅させられたのかも知れませんし、そこは確かめようがないんです」


「しかし、少なくとも彼ら兄妹は僅か6歳で、北方帝国を歩いて縦断し、わが王国を目指して港から船に密航するという旅を為したのだな。それだけでも、なんとも言葉が無いよ」

「おまけに、アプサラでよくぞザカリー様と出会ったというところですぞ。これは神様か精霊様の采配か」


 たぶんアマラ様かヨムヘル様の采配という気がしますよ、ランドルフさん。

 シルフェ様は、本件は知らなかったからね。


「6年前の出来事というと、そのときザック君は?」

「こいつはまだ8歳だったんですよ、王太子様。それが、市場や港の方に遊びに行ったと思ったら、あの子たちを連れて戻って来たものですから。それは吃驚したものです」


「ふうむ、ザック君はまだ8歳か。それで、その北方帝国の船の船長とやらと交渉したとか、その当時から異才を発揮していたのだな」

「後生畏るべしというやつですな、まさに」


「いやあ、エステルちゃんやジェルさんとかも一緒でしたしね。それに、あのときは、子供が子供を預かったって、あとから良く言われたものですよ」


 初めて俺と同行したジェルさんは、余計なことを言わないようにライナさんに後ろから口を塞がれていたんだけどね。

 なんだか懐かしい想い出ですなぁ。



「竜人族の子ふたりが、ザック君の手元にいる経緯は良くわかったよ。しかし、15年戦争の終結後、もはや30年以上。戦争状態にないとはいえ、いまだに外交的交流の少ない北方帝国だが、いまの話を聞くと、あの国のことをもっと知らないといけないよな、ランドルフ」


「そうですな。外交的には細々とした接触があるとはいえ、現在の内情などを我らももっと知る必要がありますな、王太子様」


「だから、それが遅いと言うんじゃよ。王宮はあまりにも、周囲の国に関心が低すぎるのじゃ。ましてや、かつて激しいいくさをした北方帝国じゃ」


「そうは言ってもジルベール殿。我らには手段が限られておるし」

「ふん、その辺は王宮が知恵を絞らんかい」


 ああ、こういう感じで一昨日に男爵家でも、ジルベール男爵お爺ちゃんとランドルフ王宮騎士団長は話していたんだね。まあまあ、ふたりとも興奮とかしないように。


「そこはやはり、北辺の貴族家とうまく連携する必要があるのだろうな。我らの王家と連携していただけるのなら、だが」


「王太子様よ。わしら北辺の貴族家は、あれからも常にいくさに備えておる。王家の方に危機感が薄すぎるのじゃて。とは言え、王宮側で勝手に動かれても、国境くにざかいの近くにおる北辺には迷惑な話じゃがな。王宮がつまらぬ権威意識を脇において、わしらに歩み寄ることが先決じゃて。のう、そうは思わんかカート、ヴィンス」


「わしは引退して久しいので、なんとも発言はしにくいが。まあ、王太子様がいるこの場ですからな。敢えて言わせていただければ、それは王太子様と、そしてヴァニーの旦那になるヴィクティム殿、それからうちのザックなどの、これからを担う若い世代の者たちが相談すれば良いことですぞ。わしら年寄りは、求められればそれを助ければ良いのだ」


「ヴィクティム殿とうちのザックが明後日、義兄弟きょうだいになります。そこに、ご友人の王太子様がいらっしゃる。きっと、このことが善き将来に繋がるのだと思いますよ」


「おお、ヴィンスはいいことを言ったわい。わしもカートの意見に賛成じゃ。わしら北辺の無骨者の年寄りは、ザックたちが求めるのならいくらでも助けましょうぞ」


 うちのお爺ちゃんたちと父さんの発言を聞いて、王太子はニコリと微笑んだ。

 しかし、もともと友人関係の王太子とヴィクティムさんに俺が加わると、いろいろ勘ぐる者が出るだろうという観測も以前に聞いている。


 その辺はどうなんだろうね。

 特にこの場で黙ってやりとりを聞いている、内務部長官のブランドンさんなどはどう思うのだろうか。



 そのとき、エステルちゃんがラウンジに顔を覗かせた。


「お父さま、みなさま、お客さま方が間もなくグリフィニアの南門にご到着とのことです。また北西門にも、モーリスさんの馬車とおそらくオデアン男爵さまの馬車のご一行が到着との連絡が入りました」

「おお、そうか。それでは出迎えの準備をしないとな」


 領都警備部隊とたぶん調査探索部から連絡が来たのだろう。

 さあ、本日うちに来られるお客さまたちが、いよいよ到着されますよ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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