第646話 王太子ご一行様、ご到着
その日の午後、いよいよ王太子一行がやって来た。
「馬車が4台、騎馬10騎。南門より入門し子爵館に向かっています。なお、馬車のうち2台はブライアント男爵様ご一行。先代様と大奥様もご同乗されています」と領都警備隊からの連絡が入る。
カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんは先に男爵お爺ちゃんのところに寄って、一緒に来たんだな。
俺たちは出迎えに屋敷の玄関前へと向かう。
出迎えには俺たち家族のほか、ウォルターさんとクレイグ騎士団長以下、屋敷や騎士団の主立った者やオスニエルさんたち内政官事務所の者、そしてジェルさんたち俺の独立小隊のメンバーも控えていた。
あ、ソフィちゃんとドミニクさんもいますよ。というか、何故か俺とエステルちゃんの後ろにカリちゃんやエディットちゃんなどと一緒に控えている。
おまけに彼女はクロウちゃんを抱いていたりする。
あなたたちは伯爵家からのお客様なんだから、前に出なさい。
あとシルフェ様たち人外の面々も面白がって屋敷から出て来た。
屋敷の中にいていいと言ったんだけどね。それに到着しただけなので、別に面白くないですから。
という訳で、かなりの大人数による出迎えとなったのだが、そのみんながガヤガヤしているうちにご一行様の到着となった。
まずは先頭の馬車。フォルサイス王家の紋章が入っている。
馬車寄せに着くと直ぐにドアが開かれ、セオドリック王太子がゆっくりと降りて来た。やはり、あの侍女さんたちふたりが付き従っているね。
馬車は直ぐに、うちの騎士団員の誘導で馬車置き場へと廻される。
ちなみに、ヴァネッサ館の近くに馬車置き場と馬小屋も俺たちが仮設しましたよ。
ひとり少し前に出ていた俺のところに王太子は直ぐに歩み寄ると、右手を差し出して俺とがっちり握手をした。
「やあザック君。やっと来られたよ。今日からよろしく頼むな」
「久し振りの馬車旅で、疲れませんでしたか」
「なあに、馬車を2台にして、あのふたりとは別々にしたからね。楽だったよ」
後ろに控える侍女さんふたりが、「ふふふ」と軽やかに笑った。
その次に王宮騎士団のものらしき馬車がもう停車していて、ランドルフ王宮騎士団長とブランドン王宮内務部長官が出て来て王太子に加わった。
おじさんふたりの馬車道中か。まあご苦労さまです。
「いやはや、ザカリー様は酷い」
「こらこら、到着した早々で言葉を控えろよ、ブランドン」
「はっはっは。先だってより、この男はこればっかりでな。まあ、わからんでもないが」
ブランドンさんの言葉は、俺が王太子出席工作の張本人と言っているのだろう。
そうと言えば、結果的にそうなんだけどさ。
それよりも俺の後ろから落ち着かない気配が漂って来るので、父さんたちに挨拶させますよ。
彼らを父さんたちに引き渡し、俺は次の馬車が停止するのを待つ。
そして馬車から降りて来たのは、ジルベール男爵お爺ちゃんにフランカお婆ちゃん、そしてカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんの祖父祖母4人だった。
男爵家の騎士が護衛しているので、10騎のうち6騎が王宮騎士団で残りは男爵家騎士団ですな。
「やあザック、元気か? 元気だな」
「また来ましたよ、ザック」
「1年半振りですね。おふたりとも、お元気そうで何よりです。それから、そっちのジルベールお爺ちゃんは、ご機嫌斜めですか?」
「ふん、斜めなどではないわい。そそり立つ垂直の壁じゃ」
「このお爺ちゃん、昨晩からこんな感じなのよ。ほら、あちらの王宮の騎士団長さんと3人で戦争の話とかになってね」
「こんな爺さんは放っておいて、ヴァニーの顔を見に行くぞ」
「うるさいわ、ジジイ。ヴァニーはどこじゃ」
15年戦争に従軍した人たちは、王家の軍関係者とはいろいろあるだろうからな。
カートお爺ちゃんとジルベールお爺ちゃんは、当時の北辺の貴族軍の大将たちだし、一方でランドルフさんは当時はまだ若手だったにしろ、現在は王宮の軍関係のトップだ。
これまで聞いて来た話を思い起こすと、ジルベールお爺ちゃん機嫌がよろしくないのも分かるけど、いまは目出たい場なんだからさ。
祖父祖母たちは直ぐにヴァニー姉さんのところに行ったので、俺は最後の馬車のドアが開くのを待つ。
乗っていたのはエルネスト伯父さんと奥さんのエリアーヌさん。そして、ユリアナお母さんとセリヤ叔母さんの姉妹ふたりだった。
なるほど、そういう組み合わせなんだね。
「昨年の夏以来だね、ザック」
「お久し振りです、伯父さん、エリアーヌさん。ジョスラン君はお留守番ですか?」
「ええ、あの子も来たがったのですけど。ザックお兄ちゃんとエステルお姉ちゃんに会いたいって泣いて。でも今回は我慢させたんです」
「そうですか。また会いに行きますよ」
「是非にな、ザック。今度はゆっくりと。一緒に大森林にも入りたいし」
「ええ、そうしましょう」
「セリヤさんも、ご苦労さまでした。最近はずっとミラジェス王国ですか?」
「ご苦労さまだなんて、わたしが好きでしてるんですよ。はい、この冬からはあちらで腰を落ち着けていました。今回の旅がありましたのでね」
ヴァニー姉さんの婚約が決まって、この夏には結婚と予測してお爺ちゃんたちも旅を控えていたんだな。
ライナさんたちみんなとミラジェス王国に行く話もあるし、ユリアナさんとセリヤさんの実家があるファータの西の里にも行ってみたいよね。
それはともかく、これで本日来訪の全員が無事到着しました。
ところで王太子以外初対面のシルフェ様たちは大丈夫かなと、俺はエルネスト伯父さんとエリアーヌさんとともに父さんたちのところに行く。
あーっと、早速にユリアナさんとセリヤさんがシルフェ様とシフォニナさんの前で跪いておりました。
エルネスト伯父さんがどういうことだと俺の方に疑問の表情を向けているし、お爺ちゃんたちも何ごとかと見ている。
うーん、まずは来客用ラウンジにずずいっとご案内ですよ。ほらほら、みんな動いて動いて。
「えーとですね。あらためてご紹介しますが、こちらがシルフェ様で、それからシフォニナさんとアルさんです。シルフェ様はエステルのお姉様ということになっていますが、じつはエステルの一族にとってはとても高貴な立場の御方でして。シフォニナさんはその従姉妹さんで、アルさんは遠い親戚? だっけ? コホン、親戚のお爺ちゃんです」
「なあ、ザック君。昨年に学院でエステルさんのお姉さんとご紹介いただいたが、シルフェさんは、実際には血が繋がった姉妹ではないのかい?」
ともかくもお客様たちを2階の来客用ラウンジにご案内して、腰を落ち着けていただいた。
そこまでも少々大変でありました。
それでセオドリック王太子は、シルフェ様がいるのに気が付くとずっと彼女を気にしていたご様子。
他の人たちも、玄関前でユリアナさんとセリヤさんが跪いて最大限の礼をしながら挨拶していたので、あれはどなたたちなんだと少々ざわざわした。
父さんと母さんが「ザック、頼む」「お願い」と言うので、ラウンジで皆に座っていただいてから、あらためてのご紹介となった次第でありますよ。
リーザさんたち侍女陣が、紅茶とお茶受けにグリフィンマカロンを皆さんにサーブしてくれたので、まあ甘い物でもお口に入れて。
ちなみにこのグリフィンマカロンは、市販のものではなくトビーくん謹製だったりする。
あちらから「シルフェ様にさん付とは不敬です」「まあまあセリヤ」などという姉妹の会話が聞こえて来たりするが、ここは穏便にお願いしますよ。
「これ以上詳しくは、エステルの一族の極秘事項に触れることなので、詳しくはお話出来ませんが、深い繋がりはあります。ですが、本当の姉妹ではないということです」
そういう意味では、直系と言われるシルフェーダ家だけじゃなくて、ファータの一族全員になんらかの繋がりがあるんだけどね。
「それは、ユリアナの娘はエステルひとりじゃからな。それ以上は、わしらが聞いても教えてはくれんのじゃろうな」
「申し訳ありませんが」
「まあエステルやユリアナの一族のことは、わしらもわかっておるからの」
「うむ、そうだな。これ以上は聞かずにおいておこうか」
ジルベールお爺ちゃんとカートお爺ちゃんの祖父ふたりが、そう意見を揃えた。
これは王太子たちにももう聞くなという、言葉を変えたプレッシャーを与えたということだろう。
男爵と元子爵ではあるが、先の戦争で英雄とも讃えられた爺さんふたりの言葉には、さすがの王太子や王宮騎士団長たちもそれ以上は何も言わずに口を噤んだ。
ありがとうございます、お爺ちゃんたち。
でもおそらくは、真相を話せと後でこっそり聞いて来るんだろうなぁ。
「ゴ、ゴホン。ともかくも、エステルさんのお姉さんとご親戚とで、グリフィン子爵家のごく身近な方々ということですね。尤も、こうして久し振りにお会いして、あらためてお顔がそっくりですので、他人と言われた方が不思議ではあるけど」
「そういうことでしょうな、王太子様。シルフェ様はエステルのお姉様で、シフォニナさんは従姉妹さん。そして、アルさんもご親戚と。ザックが身内というのなら、そうなのだな、ヴィンス」
「ええ、父上。そういうことです。そしてわたしたちも、親しくさせていただいております」
「わかった」
カートお爺ちゃんはもういちど「わかった」と頷いて、それからシルフェ様たちの方に身体を向け、座ったままであったが深々と頭を下げた。
それを見て、ジルベールお爺ちゃんやエリお婆ちゃんとフランカお婆ちゃんのふたりの祖母も同じようにする。
こういう老練のご夫婦ふた組には、それぞれに何か通じるものがあるのかも知れないな。
あと何度も言うけど、って直接は言ってないけどセオさん、シルフェ様に女性としての関心を抱いても、絶対に無理ですからね。
もしも失礼なこととかしたら、フォルサイス王家は消え去りますからね。
意外というか身近な人はみんな知ってるけど、この精霊様はわりと短気で怒りっぽいんですよ。
「あと、少し気になっているのだが、ザック君とエステルさんの側にいる君は、確かグスマン伯爵家の方だよね」
「グスマン伯爵家四女のソフィーナ・グスマン様です、王太子様」
「ああ、ブランドンありがとう。それで君は、どうしてそちらの子爵ご家族の中に自然に混ざっているのだろうか」
さすが、各貴族家との窓口部署でもある王宮内務部の長官のブランドンさんは、先ほど挨拶を交わしたのかそれとも元から知っていたのか、ソフィちゃんのことをちゃんと把握していた。
「ソフィちゃん、王太子さまにちゃんとご挨拶に行きなさい」
「はい、エステルさま」
ソフィちゃんはエステルちゃんの隣の席にちょこんと座っていて、王太子が目敏く見つけて言ったようにヴァニー姉さんやアビー姉ちゃんと混ざるようにしていたんだよね。
でも彼女は肌の色は白いが、前世の世界で言うなんとなく南欧風の目鼻立ちの美少女だし、背も高いので良く目立つ。
でもエステルちゃんにそう言われておずおずと席を立つと、王太子の前で美しくカーテシーをしてあらためてご挨拶をした。
「ソフィーナ様は、ザカリー様の1年後輩で同じ課外部の部員でございますよ」
「ああ、そういうことか。それでザック君と親しいのだな」
ここでもブランドンさんが捕捉の情報を王太子に入れる。貴族関係のことは、まあ良く知っておるのですな。
「はい、学院ではザック部長に、それからエステルさまにも大変にお世話になっております。このたびは、ザック部長のひ……あ、親しくさせていただいておりますことから、グスマン伯爵家からはわたくしと執事が、ヴァニーさまのご結婚の儀に出席させていただくこととなりました」
いま、秘書って言いかけたよね、ソフィちゃん。
さすがに王太子への挨拶の場で思い留まったのは、取りあえず心の中で褒めてあげましょう。
「そうか、それはご苦労だった。ヴィックの友人としてもお礼を言うよ。ありがとう」
「いえ、とんでもございません。ザック部長の秘書として当然のことでございます」
「ザック君の秘書?」
あー、やっぱり言っちゃったよ。さっき褒めたのは撤回。
「あーっと、セオさん。ソフィちゃんは僕らの課外部で、秘書的な役割をしてくれていましてね」
「秘書的な役割、ねえ。それって、エステルさんとかもご存知なのかい」
「エステルさまから、正式に拝命しておりますです」
ソフィちゃんの発言について、どう応じていいのかなんだか微妙な空気になってしまいましたが、明日以降のこともあるからソフィちゃんには少し言っておかないとだよなぁ。
まあともかくも本日はこの面子で過ごして、明日は更にお客様が増える。
そしてヴァニー姉さんはいよいよ明日、エールデシュタットに向けて出発だ。
本当は家族だけでグリフィニア最後の夜を過ごして貰いたい気もするけど、領主貴族家としては我慢するしかないかな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




