第645話 ソフィちゃん、グリフィニアに来訪する
王太子一行ほか、他のお客様を迎える予定がほぼ出揃った。
まず王太子関係では予定通り、セオドリック王太子に王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵と王宮騎士団長のランドルフ・ウォーロック準男爵。
お付きは王太子に侍女がふたりだけで、あと護衛として王宮騎士団員が8名ということだ。
侍女さんはあのふたりだよね。おそらく陰護衛も兼ねている、言ってみれば戦闘メイドみたいなものですかね。
それと王宮騎士団員が8名というのは、王太子の護衛としては少ない気もする。
ブランドンさんは精鋭を付けるとか言っていたよな。
王太子には第2客室を使って貰うのだが、この部屋は第1客室と広さや構造がほぼ同じなので、室内にそれぞれ2台のベッドを備えたベッドルームがふたつある。
先方が良ければ侍女さんはこちらに一緒に泊まって貰う予定だ。
あと貴族関係では、まずエイデン伯爵家からは伯爵ご本人が来られなくなったとの連絡が届いた。
なんでも体調を崩されているとのことだが、これが事実なのかどうかは多少疑問ではある。
ミルカさんにそれを聞くと、「まあ、先様がそうおっしゃるのですから、そういうことにしておきましょう」と彼は言った。
調査探索部としては何かを掴んでいるのかも知れないが、ここは取りあえず深く追求はしない構えらしい。
それで代理として、コルネリオ・アマディ準男爵が来ることになった。
大森林近くの町ケルボを治めている、そうルアちゃんのお父上ですな。
奥様とふたりで来るのだろうか。ルアちゃんはどうなったのだろう。
確認連絡が必要な場合にはクロウちゃんを飛ばすつもりだったが、ご両親がいらっしゃるのなら直接聞いてみることに取りあえずした。
あ、カシュくんのことも忘れてはいませんよ。
デルクセン子爵家からは、フェルディナント・デルクセン子爵夫妻がいらっしゃる予定だ。
あとはマクシム・オデアン男爵ご夫妻が、予定通りうちの領の港町アプサラに立ち寄ったあと、モーリスさんたちと来る予定だ。
それからもちろん、ジルベール男爵お爺ちゃんとフランカお婆ちゃんの一行だね。
このふたりは王太子たちと一緒に来る予定。
貴族の爵位を持っているお客様で、グリフィニアに立ち寄られるのは以上の方々だ。
あとの領主貴族家はすべて代理出席で、貴族ではないようです。
なので、グリフィニアで事前1泊される場合は、街の中で確保している宿屋の客室に宿泊いただくことになった。
そのほか、船で直接に辺境伯領に到着される方もいるようだ。
そんな感じでお客様の予定が出揃って来た頃、やはりというか何というか、もうひとり、領主貴族関係者が来訪する連絡が届いた。
えーと、グスマン伯爵家四女ソフィーナ・グスマン嬢と、お供に王都屋敷執事のドミニクさんです。
「結婚式の正式な出席者として、来ちゃうんですなぁ、あのドミニクさんと」
「だから、ソフィちゃんは絶対に来るって思ってましたよ」
「カァカァ」
最後に届いたこの連絡によって、うちでは少々問題が生じてしまった。
というのも屋敷の客室が足りないのだ。
うちの屋敷には、2階の正面から見て右側のウィングに9部屋の客室がある。
そのうちの第1客室はシルフェ様とシフォニナさんの部屋で、あとアルさんが小振りの部屋を使っている。
つまり現状で空いているのは7部屋ということだね。
王太子と侍女さんふたりで第2客室が決定なので、残りの6部屋を振り分けることになるのだが、貴族関係のお客様はあと、王家からブランドン・アーチボルド準男爵とランドルフ・ウォーロック準男爵、エイディ伯爵家からコルネリオ・アマディ準男爵夫妻、フェルディナント・デルクセン子爵夫妻、マクシム・オデアン男爵夫妻、ジルベール・ブライアント男爵夫妻とエルネスト夫妻の7組。そしてアプサラのモーリス・オルティス準男爵夫妻だ。
ここにソフィちゃんとドミニクさんが加わったので、合計は王太子以外で9組となってしまった。
単純に振り分けると3部屋分が足りないですなぁ。
「兄たちは、私の家を使って貰いますから、それで大丈夫です」
父さんの執務室での対策会議で、ウォルターさんがそう発言した。
ウォルターさんは家令として基本的には屋敷内の自室で寝起きをしているのだが、その部屋とは別にグリフィニアの街中に自分の家を持っている。
まあ、グリフィン子爵家家臣で実質的にナンバー1の重鎮なのだから、当たり前と言えば当たり前ですが。
「急ぎ用意をさせますが、まあ1泊だけですし、兄たちも良く知っている家ですからね」
もともとは、長年に渡ってアプサラの町の代官を務めているオルティス準男爵家のグリフィニアにおける家で、モーリスさんも良く馴染んだ屋敷ということらしい。
さて問題はあと2部屋。
ソフィちゃんは四女とはいえ伯爵家令嬢なので、今回のお客様のラインナップからすると王太子の次の部屋を提供すべきだというのが、父さん母さんやウォルターさん、クレイグさんたちの意見だった。
まあそうなんだろうね。ソフィちゃん本人的には、俺の秘書だからどこでもいいですとか言うだろうけど。
「とは言っても2部屋足りないから、第3客室を男爵お爺ちゃんとエルネストさんたちの4人で使って貰って、ユリアナお母さんとセリヤ叔母さんは予定通りエステルちゃんの部屋にベッドを足して。あとはうーん、そうしたらアルさんに移動して貰うかな。カリちゃんとエディットちゃんが使っている部屋の隣が空いてたよね」
「それでいいのかしら、ザック」
「うん母さん、ソフィちゃんの方は問題ないと思う。アルさんも文句とか言わないよ。そういう人間みたいな感覚はないだろうし」
なにせ、本来はドラゴンだからね。
「ならばわしは、大森林で1泊しますぞ」とか言いそうだよな。
狭苦しいと嫌がるが、本来は家族用のあの部屋なら今回建設したヴァネッサ館の部屋よりもずっと広い。
第3客室は第1や第2よりも少々狭いが、4人で泊まるのは問題ないだろう。
ソフィちゃんはその次の小さめの部屋でたぶん大丈夫。
あと、ドミニクさんはどうしようかな。
爺さんの執事とはいえ、さすがに同室は拙いだろう。
ドミニクさんはヴァネッサ館の部屋に泊まって貰う方向で、来たらお願いするか。
「それで、カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんは、父さんたちの部屋でいいのかな?」
「おう、大丈夫だ」
「たまには親子で一緒の部屋でもいいでしょ。結婚式が終わってお客様が帰られたら、移っていただけばいいしね」
たまにはって、何十年ぶりなのか、もしかしたら父さんたちが結婚してから初めてのことじゃないのかな。
だいいち親子で同じ部屋と言っても、俺も今世でそんな経験はほぼない。前世でもだけどね。
尤も父さんたちの自室はかなり広いので、余裕は充分にある。
こうして最終的な調整も終わった翌12日、いよいよお客様が到着した。
と言ってもまず最初に来たのは、ソフィちゃんだったんだけどね。
「南門にグスマン伯爵家ご息女ソフィーナ・グスマン様がご到着、間もなくこちらに来られます。馬車は1台。騎馬の護衛が2名」
領都警備隊経由でそう連絡が入る。まだお昼前なのにずいぶんと早いな。護衛の数も少ない。
そう思いながら、父さんたちと出迎えるために屋敷の正面玄関前に出た。
程なくして2騎に護られた馬車がやって来る。騎乗は、なかなかに精悍そうな騎士さんという感じだね。
馬車寄せに到着し、やはりグスマン伯爵家の騎士団員らしい御者さんが馬車のドアを開くと、中からソフィちゃんが満面の笑みで降りて来て、続いて執事のドミニクさんが多少緊張した面持ちで続いた。
ソフィちゃんは玄関前で待っているこちらを見て、俺とエステルちゃんの姿を見つけるとたたたっと走って来た。
ほらほら、伯爵家のお姫様が他家に初めて来て走るんじゃありませんよ。
「ザック部長、エステルさまぁ、来ちゃいましたよぉ。あ、クロウちゃん、来ちゃったです、えへへ」
「いらっしゃい、ソフィちゃん。遠かったでしょ」
「よく来られましたね、ソフィちゃん」
「カァカァ」
「それが、ソフィお嬢様と我らは王都から来ましたのでな。いちど地元に帰ったら、往復の日にちが無駄になると、お嬢様が強く主張しよりましての、はっはっは」
後ろから追いついたドミニクさんがそう説明してくれた。
なるほど。ソフィちゃんは自分の中で行くことを決めていて、王都で待機していたということか。
まあとにかく、詳しい話は腰を落ち着けてから聞くとして、いささか唖然としている父さんたちに紹介することにした。
「ヴァネッサ様、このたびはご結婚、誠にお目出度うございます。また、子爵さま、奥さま、初めてお目に掛かります。ザック部長の秘書を拝命しております、ソフィーナ・グスマンでございます。どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします」
ん? 丁寧なご挨拶をありがとうって、ソフィくん。ひとつ何か混ぜましたね。
「おいザック。ザックの秘書を拝命してるって、何だ?」と、父さんが小さな声で聞いて来る。
「まあまあ、とにかく屋敷のなかへずずいっと。ウォルターさん、ソフィちゃんのお荷物と、それから騎士さんたちの宿舎とか馬車や馬とか、よろしくお願いします。フォルくんとユディちゃん、頼むよ。あ、ジェルさんたち、来てくれたんだ。お願いします」
ソフィちゃんは、慌てて駆けつけて来たジェルさんたちお姉さん方にも、丁寧な挨拶をしている。剣と魔法の教官殿たちだからね。
2階のお客様用ラウンジにふたりを案内して、ひとまず休憩して貰いましょう。
エディットちゃんたちがお茶を運んで来てくれる。特にエディットちゃんは王都で顔馴染みなので挨拶をさせた。
ついでにお昼前なので、ふたりの昼食の用意をお願いします。騎士さんたちにもね。
「遠路遥々、と言いますか、王都から来られたそうで。このたびはヴァネッサの結婚の儀のために、ありがとうございました」
「いえ、子爵さま。わたくしは日頃よりザック部長とエステルさまをはじめ、グリフィン子爵家の皆さまに大変にお世話になっている身でございます。このたびはお姉さまのヴァネッサさまのご結婚のご披露に、わがグスマン家がご招待をいただいたということで、ここは是非ともわたくしが出席せねばと。そのうえこうして、グリフィニアを訪れることが出来まして、わたくしにとっても望外の喜びでございます」
ソフィちゃんも貴族らしい余所行きのご挨拶で、まだ13歳なのになかなかしっかりしてるよね。
と思ったら、アビー姉ちゃんがラウンジに飛び込んで来た。こらこら、騎士が屋敷内を走るんじゃありませんよ。
それから続いて、シルフェ様たち人外メンバーもやって来る。
「ソフィちゃん、久し振りだね。元気そうだ」
「よくいらしたわね、ソフィちゃん。対抗戦でお会いしたとき振りかしら」
「おお、ドミニク殿も来たか。重畳重畳」
「あ、アビーさま、お久し振りです。グリフィニアまでとうとう来ちゃいました、シルフェさま」
「これはアル殿。いやはや、うちのお嬢様の我侭に付きおうてしまいましての」
「もう爺やったら。我侭とかじゃないです。あ、すみません」
対抗戦で一緒に観戦した際に、本当の執事と執事を自称する爺さんふたりはなんとなく仲良くなっていたようだ。
そんな王都屋敷の面々も来たので、余所行きの雰囲気からいつものソフィちゃんにあっという間に戻っている。
「で、さっきの話だけど、王都から来たって、夏休みに入ってもずっと王都にいたってこと?」
「聞いてください、ザック部長。ご招待状をいただいて、爺やが直ぐに実家に送って打診したんですけど、どうも代理を出すか欠席かで揉めて結論がなかなか出なくて。だから、わたしが行きます。帰省はそのあとにします、場合によってはこの夏は帰りませんって、わたしが手紙を書いて送って」
「この爺も、お嬢様がザカリー様に日頃からお世話になっていることと、王都から行けばそれほど日数がかからんので一石二鳥と、そんなことを主家に申し伝えましてな」
一石二鳥って。でもまあそれで、伯爵家もしぶしぶ了承したらしい。
と言うか、場合によってはこの夏は帰りませんとか、大丈夫なのかな。
ともかくも、それで結論がぎりぎりのついこの間になって、王都屋敷に常駐しているグスマン伯爵家の騎士さんと従騎士さんのふたりに、御者をして来た従士さんの3人だけを護衛に駆けつけたということのようだ。
「まあ、あの者たちもこの爺の弟子ですによって、腕は確かでありますぞ」
そうなんだね。ジェルさんとかが言っていたけどこのドミニク爺さん、いまは執事に納まっているが、やはり剣術の先生か何かだよな。
「さて、ザック部長、エステルさま。秘書のこのわたくしめは、何をお手伝いすればよろしいですか?」
「おおそうそう。ザカリー様よ、この爺にも何なりとご命令くだされよ」
「おいザック、どうなってるんだ?」と、再び父さんが小さな声で聞いて来る。
どうなってるって、もともと秘書とかはソフィちゃんお気に入りのロールプレイというか、遊びみたいなものだったんだけどさ。
それから、ドミニク爺さんもそれに乗っかっているのは、どうしたことやら俺の方でも聞きたいですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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