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第640話 奇跡の万能薬とは

 アルさんが参加したので、内装壁の仕上げは夕方までに完了した。

 60室の部屋に加えて、2棟それぞれの玄関ホールやバス、トイレの個室も仕上げましたよ。

 ドラゴンふたりに土魔法の達人ふたりがいると、母さんじゃないけど建設関係で商売が出来そうだよね。


 今日の工事を終え、夕食をいただいたあと、シモーネちゃんを除く人外メンバーと俺とエステルちゃんとクロウちゃんは、シルフェ様が宿泊する客室に集合した。

 うちの家族には結婚式関係で打合せと言ってある。

 2階の家族用ラウンジの隣にあるお客様用ラウンジでも良かったのだが、不意に母さんとかが来るとなにかと拙いので、シルフェ様の部屋にした訳だ。


 この部屋は、全部で9室ある屋敷の客室のなかで第1客室と呼んでいるいちばん広い部屋で、室内にベッドルームが2部屋とリビングが付いている。

 それぞれのベッドルームにはベッドがふたつずつあるので、4人様までお泊まりが可能というお部屋ですな。


 この客室と隣の第2客室がほぼ同じ広さで、たぶん第2客室は王太子が来たときに提供する筈だ。

 王太子が第2客室というのは貴族的に変かも知れないけど、真性の風の精霊様よりも上ということはないからね。


 それで、グリフィニアにシルフェ様が来た際には、この第1客室をシルフェ様とシフォニナさんのふたりで使って貰うことにしている。

 ちなみにアルさんはこの部屋よりも狭い客室を、ひとりで使っているんだね。



 それで、シルフェさまの部屋のリビングに6人と1羽が腰を落ち着けた。

 このリビングもゆったりとしているので、広さ的には充分だ。まあ前々世の世界で言う、ホテルのスウィートルームといったところでしょうか。


「それで、こうして集まったのは何なの? ザックさん」

「それがシルフェさんよ。エリクサーじゃ、エリクサー」

「エリクサー? ってなあに、アル」


「おそらく、奇跡の万能薬のことですよ、おひいさま」

「奇跡の万能薬? ああ、カリちゃんの曾お婆ちゃんが作ることの出来る、何でも治せるお薬のことね」


 奇跡の万能薬ってシフォニナさんが言ったけど、やはりそういうものなんだね。

 シルフェ様もようやく思い出したみたいだけど、カリちゃんの曾お婆ちゃん、つまり天界から地上に降りた五色竜のひとり、ホワイトドラゴンのクバウナさんが作る奇跡の薬ということか。


「そうじゃ、そうじゃ、その薬じゃよ。それをザックさまが作ったと言うのじゃ」

「あら、まあ」

「それはなんと。なるほど、そういうことですか」

「シフォニナさんは、腑に落ちることがあるのかしら?」


「それは、ここにクバウナさまの曾孫さんがいらして、ザックさまは世界樹の樹液の原液をお持ちで、そして聖なる光魔法をザックさまとエステルさまがお遣いになられるんですよ、おひいさま」


「それらが揃えば、そのお薬が作れるの? ねえ、カリちゃん」

「はいぃー。曾お婆ちゃんから、以前にそう教わって」

「ここからは僕が説明しますよ。どうしてその薬を作ったのか、なのですけど」



 それから、ヴァニー姉さんへの結婚のお祝いをどうしようという話になって、カリちゃんから教えて貰ってその奇跡の万能薬? エリクサー? 世界樹ポーション(仮)? を作成してみたという経緯を話した。

 いちおう成功したらしく、刀傷で試し済みというのも話しましたよ。


「ザックさまよ、早く出すのじゃ。ここに出してくだされや」

「アルったら、そう急かさないのよ。でも、わたしも凄く興味があるわ。出してくださるかしら、ザックさん」

「はい」


 それで俺は、無限インベントリに収納保管してある世界樹ポーション(仮)の入った小瓶を1本取り出して、テーブルの上に置いた。

 そのガラス製の小瓶は透明に近いので、中に緑色の液体が入っているのが見える。

 およそ100ミリリットル入りですな。


「これなのね。ふーん」と言いながら、シルフェ様はその小瓶を手に取り、蓋を開けて鼻に近づけ中の液体の匂いを嗅いだ。

 風の精霊様って、わりと直ぐに匂いを嗅ごうとするよね。エステルちゃんもだけど。


「あら、世界樹の良い香りがするわ。でも、それだけじゃない。うーん、なにかしら。ちょっとシフォニナさんも嗅いでみて」

「ええ」


 シフォニナさんは、シルフェ様と違ってやたら何でも直ぐには匂いを嗅がないが、今回は世界樹の良い香りと聞いて直ぐに試してみる。


「これは、暖かで爽やかな日向の香りがします。お陽様の光をいっぱいに浴びた世界樹の香り、とでも言うのでしょうか」

「そうそう、それ」


 ふーん、そういう香りって表現が出来るんだね。日向の世界樹の香りか、なるほどね。


「わしにも、わしにも嗅がせてくだされ」と、シフォニナさんから渡されたその小瓶を手にして、アルさんが同じように鼻に近づける。


「ふうむ。確かに世界樹の香りはする。太陽の陽射しを浴びた世界樹の香り、ですかの。わしは風の精霊ほど匂いに敏感ではないが、そう言われると、なにやらそういう気がしますの」


 それからエステルちゃん、カリちゃん、クロウちゃん、俺と、小瓶を廻してあらためて嗅いでみた。


「そうです。そういう香りですよ」

「言われてみると、わたしもそう思います」

「カァカァ」


 原液を直接嗅いだのとは少し違う香りの感覚。暖かく爽やかな香りというシフォニナさんの表現は、なんとなく分かる気がする。



「この液が、聖なる光魔法で加工された世界樹の樹液だということは、香りからも確かじゃ。10倍に薄めて、聖なる光魔法を当てたのじゃな」


「10倍ぐらいに薄めるというのは、曾お婆ちゃんから聞いていて。でも、聖なる光魔法をどんな強さでどのぐらいの時間当てるのかとか、詳しいことは教えてくれなかったんですよ。それでザックさまとエステルさまが、おふたりで当てて。そしたら、薄めた液から光が沸き立って来て。ザックさまが、ここでと言って、当てるのを止めました」


「ふうむ。その照射の強さや長さの感覚は、おそらくクバウナさんやザックさまでのうては、わからんのじゃろうな。クバウナさんがここにいても、その感覚は誰にも教えることは出来なかろうて」


 そうなのかなぁ。

 あのとき、俺の心の中で何かがもう充分ですよと言った気がしたんだよね。

 アマラ様の声とかじゃないし、俺は直感的に世界樹の声かと思ったりもした。


「そうなのね。その辺のところがわかるのは、クバウナさんかたぶんドリュアさんじゃないとよね。ふたりとも遠くだから、直ぐに確かめるのは難しいけど」

「曾お婆ちゃんにこのお薬を見せれば、直ぐにわかると思います」


 ドリュア様は大陸の反対側、東の果てだし、一方でクバウナさんはどこに棲んでいるのかな。

 カリちゃんを預かっていることもあるから、クバウナさんにはいちどお会いしたいよね。



「それで問題は、この液体の効果効能ね」

「ザックさまは、確かめたのじゃな」

「うん。もういちどやってみましょうか?」

「ダメですぅ」


 だってエステルちゃん。それがいちばん早いし、それにクロウちゃんを除いてここにいる全員が、回復魔法が出来るんだしさ。


「このお部屋で、そんなことしなくていいわよ。ザックさんがご自分の腕に刃を当てて血を出して、それでこのお薬が効くって確かめたんでしょ」

「わたしも見てましたよ。1滴で直ぐに傷が塞がってました」


「そうなら、少なくとも傷とか怪我の治癒効果は、もの凄くあるってことよね。あとはやまいの治癒に効能があるのか。それから部位欠損なんかに対して復元効果があるのか、とかだけど。そういうのって、アルはわからないの?」

「僕が心配なのは、何か悪い副作用とか、人間には危険だとか、そういう部分なんですけど」


「副作用って、なんですか? エステルさま」

「わたしに聞かないで、カリちゃん」


「ザックさまが言っているのは、良い効果効能があっても、悪い効果も付随していないかということじゃろて。そうじゃのう。まずはわしが飲んでみるか。シルフェさんやシフォニナさんが飲んでも、精霊は怪我も病気もせんから意味無いしの」


 えー、アルさんが飲むの? そんな、いきなり飲んで大丈夫なのかなぁ。

 人間じゃないから大丈夫なのか。それで飲んで、何か分かるのだろうか。

 精霊様が怪我も病気もしないから、飲んでも意味が無いというのは何となく納得だけど。


 俺がそんなことを考えている間に、アルさんは無造作に小瓶を口に添えると、ゴクゴクっと一気に飲んでしまった。

 おいおい、ぜんぶ一気に飲むんかい。前々世でおっさんが栄養ドリンクを一気飲みしている姿みたいだよな。



「ふぅーっ」

「アルさん、大丈夫? おなか、痛くならない?」

「ふむ。大丈夫じゃて、エステルちゃん。おお、なにやら身体が熱く火照って来て心地よいぞ。みるみる活力が漲って来るようじゃ」


 ほんとですかぁ? なんだか、高価な栄養ドリンクか強い精力増強ドリンクなんかを一気飲みしたおっさんが、飲み終わったあとに口にするみたいな発言をしてるけどさ。


「それで、飲んでみたら、何かわかったのかな、アルさん」

「そうじゃな。どうやら、わしの体内のキ素を猛烈に活性化させておる。これなら、どんなやまいでも治りそうじゃ。それに危険な感じは何もせんて」


 正確には良く分からないのだが、ドラゴンの身体の成分はかなりの割合でキ素で出来ているらしい。

 人間の身体の60パーセントが水であるように。これはクロウちゃんも同じだよね。カァ。

 その体内に大量にあるキ素を、猛烈に活性化させたということなのだろうか。


 この辺の作用は、回復魔法や人間が薬草から作る治癒薬が免疫力や自己治癒機能を活性化させて、怪我や軽い病気に対しては治癒回復効果があると同様ということだろう。

 しかし、人間が用いる回復魔法や治癒薬は、重傷や部位欠損、重篤な病気を治癒回復させるまでの能力はない。


 それに対して、以前にユニコーンのアリュバスさんに施したように回復魔法と聖なる光魔法を併用すると、重傷の治療ばかりでなく削ぎ取られた欠損部分の復元までが行えた。


 つまり聖なる光魔法が、通常の回復魔法と複合して別の作用をもたらしたということだ。

 それはドラゴンほどではないにせよ、ユニコーンの体内にあるキ素がその治癒や復元に大きな要件となったらしいことが想像され、そこに直接的に作用するのが聖なる光魔法であると考えられる。


 人間の身体の中にも、おそらくある程度の量のキ素があるのだろう。

 この世界樹の樹液を薄めて聖なる光魔法を照射して作った薬は、あのときのように精霊様の純度の極めて高い回復魔法と、それに聖なる光魔法を同時併用して施すのと同じような効果効能があると想像出来るのだろうか。


 あと、俺が刀傷を治したときに見鬼の力で観察した際には、聖なる光とキ素力が活発に働き、加えてなんだか知らない力も働いていたのが見えたのだけど、それは世界樹自体の力ということなのかな。



「そんなことを考えたんですけど、どう思いますか」

「ザックさまが考えたことは、おそらく当たっていますぞ。世界樹の樹液そのものには、生命を正しいものとしてより豊かに増幅する力があるのじゃが、同時にその力が強過ぎて、人間や他の動物の生命力を騒がせ過ぎてしまうのじゃ」


「生命力を騒がせ過ぎるって?」

「ああ、それはじゃな、エステルちゃん。急激に元気にし過ぎて、つまり暴発させてしまう可能性が高いのじゃよ。だから、世界樹ドリンクはかなり薄めておるし、クバウナさんのレシピによるエリクサーでも10倍程度に薄めるということじゃろうて」


 なるほど、生命力を暴発させるのか。世界樹の樹液の原液って、やっぱり人間にとっては危険物だったんだね。

 そんな危険物を、ひょいっとお土産に持たせないで欲しいよな、ドリュア様は。


「その薄めた樹液に、聖なる光魔法を照射して溶け込ませることで、おそらくはキ素力に働きかける力を融合させ、同時に薬としての浄化と安定化をもたらすということじゃろうな。いま、わしが飲んだ感じでは、これはエリクサーとして完成しておる、と思う」


「ほぉー。たった1回だけ試しに初めて作ったのに、ザックさまは凄いですよぉ。これはクバウナ曾お婆ちゃんへの報告案件です」


「それは、わたしの義弟おとうとだから、当たり前よね」

「そうですね」


 そこでシルフェ様とシフォニナさんが妙な理屈で納得して胸を反らしているけど、俺自身にもなぜ出来たのか良く分からないんだよね。



「で、ザックさまが試しに作ったお薬は、いまアルが飲んじゃったという訳なのかしら」

「いえ、それがまだありまして」


 俺は無限インベントリから残りの9本を取り出してテーブルに並べた。


「あらあら、まだこんなにあるのね」

「それで、このお薬を、ヴァニーさんへの結婚祝いに贈りたいって、そういうお話でしたよね」


 そうなんですよ、シフォニナさん。危うく本来の目的を忘れてしまうところでした。

 では本題なんですけど、このエリクサー? 奇跡の万能薬? 世界樹ポーション(仮)? をヴァニー姉さんに贈呈しても良いものですかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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