第639話 白い内装壁づくり
世界樹ポーション(仮)は取りあえず俺の無限インベントリに収納して、ヴァニー姉さんへの結婚祝いとしてプレゼントするかどうかは、あらためて考えることにした。
刀傷を治した実験でかなり素晴らしい効果効能はあることが分かったが、果たして本当に危険性はないのか、もし飲んだ場合どうなるのか、などがまだ分からないからだ。
夏至が過ぎればシルフェ様たちが来るので、あの人たちなら知っているだろうと、まずは彼女らに見て貰うことで俺たちの相談がまとまった。
そうして7月に入った3日、シルフェ様からエステルちゃんのもとに風の便りが届き、本日にこちらに到着するという。
思ったより早いね。いまさらだけど、風の精霊の妖精の森の方は大丈夫なのだろうか。
俺はそんなことを頭に浮かべながら、ダレルさんたちと仮設宿舎の建築工事を再開している。
現在の進捗状況としては、まずは木材関係の材料が届いたことから、アルポさんとエルノさんがドアや窓枠の製作に取り掛かっている。
製作に用いる道具類はダレルさんの作業小屋にあるので、彼らはそこで作業中だ。
あ、ティモさんも手伝わされていますよ。ブルーノさんは自主的に手伝っているみたいだ。
ティモさんはもちろんファータの男衆なので、子供のときからこういう作業の手伝いをさせられていたそうだし、ブルーノさんは木工仕事が得意だからね。
ダレルさん、ライナさん、カリちゃんと俺の4人は、現在は内装工事に取り掛かっている。
「またあの地下のお屋敷みたく、古代遺跡の壁にするですか?」
「いやカリちゃん。あれは工事の関係上、掘り出した土を土魔法で石壁のブロックに加工して積み上げたものだから、今回はそうしないよ」
「それじゃ、どんな壁にするのー?」
現在は部屋のユニットを連結させた状態で、床壁はコンクリートの打ちっぱなしのようになっている。土魔法での硬化しっぱなし、ですな。
前々世の感覚からすると、これでもまあいいかとも思うのだがなんだか少々寂しい。
薄い木の板を貼付けて、木材の温かい感触を出すことも考えたが、その製作までアルポさんたちにやって貰うと彼らの作業が増え過ぎてしまう。
ここは俺たち土魔法組だけでということで、白壁の内装にすることにした。
ヴァニー姉さんの嫁入りのための建物だから、白無垢ということほどでもないけどさ。
そう考えた俺は、ウォルターさん経由でソルディーニ商会に消石灰を大量に発注してあり、それが今日届いたのだ。
「それで消石灰なんですね。漆喰壁ですか、坊ちゃん」
「うん、その通り。漆喰を作って、塗るんじゃなくてそれを薄い壁板にして、圧着しようかと思うんだ」
「なるほど、それなら私らにも出来ますね」
今回作るのは、消石灰と砂と水を混ぜただけの所謂、西洋漆喰で、俺の前世で良く使われていた有機物が混ぜられた日本の漆喰ではない。
これを直接に壁に塗るのではなく、土魔法で薄板に加工して既に出来ているユニット壁に圧着して貼付けるというのが俺の考えだ。
尤も圧着して貼付けると言っても、じっさいには土魔法で貼付け面を融合させ一体化させてしまうので、剥がれるとかの心配はない。
もうひと手間掛けるという感じですな。
それで俺は建設現場の一角に、漆喰壁の薄板製作の作業場を仮設した、
つまり、漆喰を作る小型のプールと、薄板を作る作業テーブルだね。
作業テーブルは、口を空けている部屋のドア口から中に入れられるサイズを想定し、このテーブルの大きさに合わせて薄板を製作すれば良い訳だ。
それで、部屋壁で半端な大きさになってしまった部分は、圧着貼付け作業時に土魔法で調整する。
それではまず俺が作ってみましょう。
土魔法で作って内側を硬化させた大きなバスタブのような漆喰製作プールに、材料を入れて水魔法で少しずつ水を加えながら、だいたいの感じの硬さにする。
それで出来上がった漆喰から、そのまま板にする分の量を土魔法で塊にしながら取り出し、
プールの隣にある作業テーブルの上で薄板へと引き延ばした。
全体に厚みとサイズを整えて、まあこんなもんでしょうかね。多少のデコボコがあっても、それは味わいというものですよ。
「おおーっ」
「出ました、ザカリーさまの謎知識からの謎技術ねー」
「これはなんとも」
「白い板が出来て、これを壁に貼るのよねー。それは分かったし、すっごいなーと思ったけど。でもさー、いまザカリーさまって、結構な割合で重力魔法を使ってるわよねー」
ああ、そうでした。材料をかき混ぜてから、プールから浮かせるかたちで出来た漆喰の塊を作ったり、それを作業テーブルに空中移動させたり、確かに随分と重力魔法を使用している。
「これは、私には難しそうですね、坊ちゃん。私は貼付け作業の方に廻りましょう」
「出来たものを現場に運ぶのは、わたしが手袋と重力魔法で出来るから、この板作りはザカリーさまとカリちゃんでやってー。だいたい、わたしは水魔法の制御が下手だしさー」
「板がある程度作れたら、わたしも貼付けに廻りますから、そのあとはザカリーさまだけで板作りをお願いしまーす」
ああ、そういうことですか。そうですよね。わかりました。
えーと、いったい何枚ぐらい作ればいいんだっけ。とにかく大量ですな。
みんなで作ればあっと言う間かなと思ってたけど。ですよね。
それでまずは、漆喰プールと作業テーブルをそれぞれふたつに増やして、カリちゃんと俺で漆喰の薄板作りの作業を始める。
そして、ある程度の枚数が出来上がると、それをライナさんが運んでダレルさんと貼付け工事に取り掛かった。
そんな感じで作業を進めていると、シルフェ様、シフォニナさん、アルさんの3人が、シモーネちゃんと手を繋いだエステルちゃんとクロウちゃんと一緒にやって来た。
ああ、到着したんですね。
「カリちゃんと、なんだか面白いことしてるのね、ザックさん」
「ほほう、この建物を造ったのですかの。それでその白い板は、なるほど漆喰の板じゃな」
「ザックさまは、夏休みだというのに働き者ですね」
「いらっしゃい、みなさん。早かったですね」
「ザックさまとわたしは、人間の職人さんになったですよ」
「うふふ。カリちゃんも、ザックさんといると色んなことさせられちゃうのね」
「ザックさま、ダレルさんとライナさんは?」
「ああ、建物の中で壁の仕上げ作業中。そしたら、ちょっと見に行きますか」
父さんたちにはもう会って来たそうだ。
ヴァニー姉さんからの挨拶や結婚式出席のお礼も受け、俺たちがここで仮宿舎の建設工事をしているというので見に来たという訳だね。
建物の中に入り、ダレルさんとライナさんが漆喰壁の貼付け作業をしている部屋に行く。
「あっ、これは。ご無沙汰しております」
「シルフェさまたち、いらしたのねー」
「ダレルさん、お久し振りね。いつもザックさんの面倒を見ていただいて、ありがとうございます」
「久し振りじゃの、ダレルさん。ほうほう、なかなかに美しい内壁じゃて」
「いえ。私がザカリー坊ちゃんの面倒を見るなど。この白壁のアイデアは、坊ちゃんなんですよ」
現在作業中の部屋は、もうすべての壁が貼り終わるというところで、白い漆喰板が継ぎ目も分からないぐらいにぴっちりと貼られ、明るく美しい部屋に仕上がっていた。
普通の塗り壁とは違って、まるで白いタイルを貼ったような雰囲気にも思えるが、漆喰を土魔法で加工したものなので、光沢はそれほど無く妙に素朴な味わいもある。
「アルさんには、お仕事が待ってるわよー」
「これで、更に捗りますよね」
「こらこら、ふたりとも。アルさんは、さっき到着したばかりなんだからさ」
「なんじゃなんじゃ。わしも一緒にやらせて貰えるのかの。何をすれば良い」
ライナさんとカリちゃんはアルさんの魔法の弟子なのだが、おねだりが上手い。
そしてこのドラゴン爺さんは、弟子にとても甘い。
「まずは、さっき僕とカリちゃんがやっていた漆喰の薄板作りをなんだけど。あとお願いしたいのは、窓ガラスの作成をね」
「おお、窓ガラスか。この窓じゃな。窓枠はどうするんじゃ」
「ドアと窓枠は、いまダレルさんの作業場で、アルポさんとエルノさんにブルーノさんとティモさんが手伝って作製中なんだ」
「そうかそうか。またそのメンバーじゃな。わしらで造るふたつめの建物という訳じゃの」
まあドラゴンの場合、空を何百キロも飛んで来て疲れたとかの感覚はないようなので、早速にも作業に参加するという。
「アルさん、お着替えしないと。その執事服が汚れちゃいますよ。アルさんのお洋服もお部屋に運んで来てありますから、作業の出来る服装に着替えてくださいな」
「おおそうか。それは助かる、エステルちゃん。それでは早速に」
「はいはい。では一緒にお部屋に行きましょうね」
アルさんは、エステルちゃんとシモーネちゃんと一緒にまずは屋敷の方へ着替えに行く。
人外の方々の着替え用の人間の衣装は、エステルちゃんが忘れずに帰省時の荷物の中に入れてグリフィニアまで運んで来ているんだね。
「わたしたちも普段着に着替えようかしら、シフォニナさん」
「そうですね、おひいさま」
「あ、あの、侍女服はやめといてくださいね」
「あら、どうして? ザックさん」
「どうしてって、ここは王都屋敷と違って人も多いし、ほら、屋敷の外に出るといろんな人がいるでしょ。それに、今日はまだですけど、これから外部からいろんなお客様が来ますから。シルフェ様たちは、うちの大切な身内ということになってますし」
「ここはちゃんと、ザックさまの言うことを、はいって素直に聞いておかないとダメですよ、おひいさま」
「そうね、わかったわ。はい、ザックさん」
放っておくと、平気でお気に入りの侍女服、つまり自分用の魔法侍女服を着ちゃうからな、この精霊様の場合。
見た目年齢がカリちゃんと同じ17歳か18歳ぐらいなので、美人度や精霊様ならではのオーラは別としてもとても紛らわしい。
ここは王都屋敷ではないので、ホントお願いしますよ。
暫くしてアルさんが着替えて建築現場にやって来たので、カリちゃんとアルさんが交替して、彼女は壁への貼付け作業の方に廻った。
「ほうほう。これは面白いの。どんどん造りますぞ」
このドラゴン爺さんはガラス作りも堪能だし、さすがというか細かい重力操作に一日どころか何百何千年の長があるので、製作作業がじつに速い。
着替えては来たけど、まあすべて遠隔操作で行うので服は汚れないんだけどね。
「ねえ、アルさん」
「ん? なんじゃの、ザックさま」
ふたりで作業をしながら、彼に話し掛ける。
「アルさんは、ヴァニー姉さんの結婚祝いに、何か持って来てくれたの?」
「むふふ。宝物庫を探索しましての。持って来ましたぞ」
「武器とかじゃないよね」
「結婚祝いに武器なんぞは野暮ですわい」
「え、それじゃなに?」
「ふふふ。ヴァニー嬢ちゃんに贈るまで、秘密じゃよ」
「さいですか」
何を持って来てくれたんだろうね。
それにしても自分の宝物庫を探索とか。まああそこじゃ、探索も必要になるか。
「ところでさ、アルさん」
「次はなんじゃな?」
「アルさんて、世界樹の樹液から薬が作れるって、知ってた?」
「これはまた唐突な。世界樹の樹液ですかの。そもそも、世界樹の樹液自体が薬じゃがの」
「ああ、そうなのか。でもカリちゃんが言うには、樹液の原液だと、人間には強過ぎるって」
「そうですのう。確かに人間には強過ぎますかの。だいたい、人間が世界樹の樹液の原液を薬として使った試しは、天地創造以来無いとは思いますがの。というかザックさまは、あれで何か作ろうと?」
「いや、それがね。もう作っちゃったんだよ」
俺はカリちゃんから教わった方法で、世界樹ポーション(仮)を作ってみたことを話した。
「ほほう。クバウナさんに教わったことなら、間違いはなかろうて。しかし、万能薬とな。世界樹の樹液を原料に、聖なる光魔法を用いるとなると、それはエリクサーじゃな」
「えーっ。やっぱり、エリクサーって言うんだ」
「ザックさまは、エリクサーをご承知か。さすがはザックさまじゃのう」
この世界でも、エリクサーって言うんだ。
結構な割合で、特殊なものでも前世の世界での用語や名称と同じものが出て来るのは、昔から勘づいてはいたんだよな。
転生するときに向うの神サマのサクヤが、言葉が分かたれなかった世界って何気なく漏らしてたけど、それと同時にこちらと向うでは何かの関係性があるのではないかな。
「たしか、この地上でエリクサーを作れるのは、クバウナさんぐらいしかわしは知らんが、ふーむ、ザックさまが作ったか」
だいたい、聖なる光魔法を発動出来る者がそうそういない筈だし、ましてや世界樹の樹液の原液を入手することなど、極めて稀なのだろう。
その稀なことがふたつ揃わないと、エリクサーは作れない訳だ。
「ドリュアさんから土産に貰った原液があって、ザックさまは聖なる光魔法が可能で、かつクバウナさんの曾孫娘から作り方を教わった。なるほどなるほど、条件が揃ったか」
「あとで、作ったのを見てくれるかな、アルさん」
「それはもちろんじゃて。シルフェさんとシフォニナさんにも見て貰わんとじゃな。そういうことなら、さっさと作業を終わらせてしまいましょうぞ」
それからアルさんは、もの凄いスピードで漆喰の薄板を大量生産し、それを内装工事現場まで運ぶと自らも貼付け仕上げ工事に取り掛かった。
「アルさんがいると、工事が捗るんだけどー。でも、どうしてあんなに頑張ってるのー?」
「いやあ、どうしてでありましょうかねぇ」
「ザカリーさまはー、また何か隠してない?」
「いやいや、何も隠してなぞ、おりませんですぞ」
「あ、アルさんに……」
「カリちゃん、作業の手が止まってますよ。集中しましょうね」
「なんだか怪しいわ。いま言えなくても、あとでちゃんと白状するのよー」
どうも、ライナさんには直ぐに勘づかれちゃうんだよなぁ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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