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第636話 ヴァニー姉さんのグリフィニア最後の夏至祭

 お昼はレジナルド料理長とトビーくんが大量のサンドイッチを作ってくれたので、みんなで建築現場で昼食をいただく。

 やっぱり、レジナルドさん特製のサンドイッチは美味しいよね。


 そして午後はアルポさんとエルノさんも加わり、このあとの仕上げ作業に向けた確認だ。

 特に各部屋のドアと窓のサイズはそれぞれ同じにしておかなければいけないので、目盛りを刻んだ紐を無限インベントリから見学の人たちに見えないように何本か出した。

 それを皆に渡して、手分けして出来上がっているドアと窓の口部分を測る。


「この紐って、去年の地下拠点建設のときに、ザカリーさまが作ったものかしらー。相変わらず、物持ちがいいわよねー」

「エステルさまが、歩く雑貨屋さんって言ってましたけど、その通りなんですね」


 まあいいから、測って行きますよ。

 サイズが違う場合は、ちゃんと調整してね。


 それぞれの部屋にドアがひとつと窓がひとつだけだから、すべて同じサイズとして製作して貰う予定だ。


「了解ですぞ、ザカリー様」

「材料は大丈夫なのかな?」


「昨日のうちに、ウォルターさんに木材や板を発注していただきました、あと蝶番などの金物類も購入していただいていますので、夏至祭明けには届くと思いますよ、坊ちゃん」


 その辺は、何ごとも仕事の早いウォルターさんならではだ。

 それでドアと窓枠の製作と設置は、夏至祭が終わった翌日から作業を始めて貰うことになった。


「それからザカリー様よ」

「うん? なんですか、アルポさん」

「雨の通り道と、窓にはひさしを取付けた方が良かろうぞ」

「そうだな、アルポ。良いところに気づいた」


 ああ、雨の通り道とは雨樋あまどい関係か。それと各部屋の窓のところには、確かに雨除けにひさしを取付けた方が良いよね。



 それで、60室の窓の上部分に手分けしてひさしを取付け加工する作業を行い。屋根部分の雨水に関しては平面になっているユニット上部に僅かに傾斜を付けて、建物の四方の隅から地上に水を落とす雨樋あまどいを造って設置した。


 グリフィニアの夏はそれほど雨が多くはないが、降ると結構集中的に降る場合があるからね。


 あとこういった雨水を集めて下水に流したり、トイレや浴室から下水へ流すパイプなんかも作って敷設しないとだよな。

 それから上水の配管とか湯沸かしの設備か。


 この世界では、前世のローマ時代から後の西洋世界のように全身入浴が宗教的な理由での禁忌とはされていないので、浴室には湯船を作る予定だ。

 湯を沸かす湯釜つまりボイラーは、手配して購入して貰うかな。

 俺がいちいち魔法でお湯を沸かす訳にもいかないしね。


 そんな風に、その場で出来ることは手直しや加工を行い、今後の作業をチェックしてその日を終えた。




 そして翌日は夏至祭。

 毎年の恒例行事なので子爵館の誰もが慣れたものだが、父さんとヴァニー姉さんは朝から落ち着かない。


 そう。今日の夏至祭開始の宣言のときには、姉さんがグリフィニアの皆さんにお嫁入りとお別れの挨拶をしなければいけないのだ。

 それで姉さんは、朝からお化粧やら今日着て行くドレスや身に着ける飾りの準備やらで忙しい。

 一方で父さんは、ただそわそわしているだけだけどね。


「ザックは、今日は何を着て行くんだ」

「何をって、女性たちはドレスで、父さんと僕は準礼装って、昨晩に決めたでしょ。あ、アビー姉ちゃんは騎士の準礼装か」

「お、おう、そうだったな」


「子爵様。そろそろお着替えを。ザック様もお願いします」


 フォルくんが父さんと俺を呼びに来た。


「ほら、このラウンジでうろうろしていてもしょうがないんだから、行くよ、父さん」

「お、おう」

「カァ」


 今日が結婚式の当日ではないのだけど、父さん的にはほぼそんな気持ちなのかも知れない。



 着替えを終えて玄関ロビーで待っていると、2階から母さんとエステルちゃん、そしてヴァニー姉さんが、リーザさんやエディットちゃんたちを従えて下りて来た。

 姉さんは夏らしい明るい色彩のドレスで、それはとても美しい。

 王都で良く耳にする王国一の美女というのも、あながち大袈裟ではないですな。


「凄く奇麗だよ、姉さん」

「ザックはなに言ってるのよ。この子も女性を褒められるようになったのね、エステルちゃん」

「ふふふ。ザックさまでなくても、ヴァニー姉さまを見たら、誰でもそう言いますよ」


「ほら、父さん」

「お、おう。き、奇麗だ、ヴァニー」

「あなた。ここで泣くんじゃないわよ」

「お、おう」


 そんなこんだで玄関前に出ると、アビー姉ちゃんが騎士の準礼装の姿で愛馬の栗影の手綱を手にして待っていた。

 あと、ジェルさんたち独立小隊、つまりレイヴンの皆も本日の護衛部隊として同じく準礼装を身に着けて控えている。


「お、栗影、久し振りだね」


 栗影はヒヒンとひと声鳴いて応えた。


「ねえねえ、エステルさま。ザックさまは馬ともお話し出来るんでしたっけ」

「それはないと思うけど、カリちゃん」


「みんな、遅いわよ。さあ、出発よ」

「待たせてゴメンね、アビー。さあ行きましょうか、父さん」

「あなた、早く馬車に乗りなさいな」

「お、おう」


 今日は姉さんはじめ女性陣はドレス姿なので、家族用の馬車は2台用意されている。

 前の子爵専用馬車には父さん母さんとヴァニー姉さんにリーザさんが乗り、後ろの俺の馬車には俺とエステルちゃんにカリちゃんとエディットちゃんが乗る。

 御者役は、フォルくんとユディちゃんが務めてくれ、アビー姉ちゃんたちは騎乗だ。



 正門からグリフィン大通りに出ると、道の両端にはたくさんの領都民の皆さんが待っていてくれた。

 誰もが思い思いに着飾り、特に女性たちは花の冠を冠って籠を手にしている。


 その籠にはたくさんの花びらが入っていて、ヴァニー姉さんが手を振る馬車が通ると、その色とりどりの花びらを馬車に向けて撒いた。

 通りの両側の建物の2階の窓からも、花びらが舞い降りて来る。


「ザックさま、カリちゃん」

「うん」

「はい、行きますよ」


 後ろに従う俺たちの乗った馬車の左右両側の窓から、夏の暑さを爽やかにする風が前の馬車を目掛けて吹き始める。

 すると、グリフィニアのみなさんが撒いて落ちて行った花びらがその風に再び舞い上がって、空中を踊り始めた。


 この風魔法は、昨日にエステルちゃんの提案で考えたものだ。

 かつて母さんが嫁入りでグリフィニアに来たときに、そのパレードで馬車が何処に行ってもやはり花びらが舞い上がって美しかったと、この前ブルーノさんが話してくれたのを彼女は覚えていたんだよね。


 たぶんそれは、シルフェ様やシフォニナさんの仕業ではなかったのではと睨んでいるが、今日は風の精霊様が誰もいないので、エステルちゃんとカリちゃんと俺の3人の風魔法でその演出を行おうというのが、エステルちゃんの提案だった。


 まあ、エステルちゃんの場合はシルフェ様の妹で半分は風の精霊みたいなものだから、代役としては充分だろう。

 またカリちゃんは高位ドラゴンの曾孫娘なので、祝福役としては充分過ぎるよね。


 そのふたりが馬車の左右の窓から風を吹かせ、俺はその風に舞う花びらが前の馬車にうまく舞い落ちるように、別の風でコントロールする役目です。


 このときのことは後に、グリフィン大通りの花びらの奇跡とか巷で言われるようになったらしいけど、それはまたあとの話ですな。




 夏至祭のメイン会場である中央広場に到着し、例年通り仮設されたステージ上に俺たち家族が上がる。


「それでは、ただいまより、子爵様のご挨拶をいただきます。子爵様、お願いします」


 これもいつも通り、司会のオスニエルさんの声が中央広場に響いた。

 じつはこの冬に、アルさんが自分の宝物庫から拡声の魔導具を探して持って来てくれたので、今回から使用しています。


「お、おう。あーあー、聞こえるか。なるほどこれは、声を張らなくていいから便利だな」


 出した声は全部、魔導具を通して聞こえちゃいますからね。気をつけてくださいよ。


「あー、うーむ、その、なんだ、ヴァニー、隣に来てくれ」

「はい、父さん」


「えー、あー、その、皆も知っている通り、この7月15日に、ヴァニーは嫁に行く……」


 そこで、父さんの言葉が止まってしまった。

 なぜ止まったのかは、グリフィニア中の全員が分かっているので、中央広場に集まった皆さんは父さんと姉さんを見ながらじっと待っていてくれている。


「あー、あの、ヴァニーは……。なあ、ザック、代りに喋って貰えんか」

「父さん」

「あなた」


「ダメですよ、父さん。いやヴィンセント・グリフィン子爵殿。これは父さんのお役目です」

「わ、わかった。すまん、ザック」



「ゴホン。ヴァニーはこの7月15日。目出たくキースリング辺境伯家ご長男のヴィクティム・キースリング殿との婚礼を行う。このグリフィニアを出立するのが7月13日。そして本日が、ヴァネッサ・グリフィンとしてのグリフィニアでの最後の夏至祭だ」


 広場はしわぶきひとつない静けさに包まれた。


「だが、想い出してくれ。後ろにいるアン、アナスタシアがこのグリフィニアに来たとき、皆はこぞって歓迎し、そしてそれ以降はグリフィン子爵家のアナスタシアとして、皆から慕われ愛されて来た。だから……。だから、ヴァニーもエールデシュタットに行ったら、ヴァネッサ・キースリングとして、エールデシュタットや辺境伯領の誰もに慕われ愛される筈だ。皆もそう思うだろ。俺はそうだと確信している。なので、この娘の美しい姿を皆も目に焼き付け、そしてエールデシュタットで愛され、幸せに暮らすことを信じて祈ってくれ。俺からは以上だ。ヴァニー」


 大きな拍手が沸き起こり、そしてヴァニー姉さんが一歩前に出た。


「ありがとう、父さん。そして、グリフィニアの皆さん、ありがとうございます。わたしは、もう直ぐお嫁に行きます。このグリフィニアで生まれて、今年で18歳だから、年月にしたらたった18年。でも凄く、すごく大切な18年でした。わたしはこのグリフィニアが大好き。グリフィニアの皆さんが大好き。アラストル大森林の清浄なお水を湧かした産湯につかり、大森林から流れる水を飲んで育ち、そして大森林に抱かれたこのグリフィニアで成長しました。そんなグリフィニアに別れを告げるのはとても寂しいけど。でも、グリフィニアから伸びる道はエールデシュタットと繋がり、大森林も辺境伯領に繋がっています。だから、わたしはいつでもグリフィニアと繋がっているし、皆さんとも繋がっているの。そう考えたら、もう寂しくないです。どうかわたしのこれからを、変わらず見守っていただければと思います。これまで、本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」


 大歓声と大拍手。涙を流している人もいる。

 ヴァニー姉さんは単に美しいというだけでなく、その優しい人柄で本当に多くの人たちから愛されているんだよね。


 さて、夏至祭開始の宣言ですけど、父さん。

 ああ、今日のすべての仕事を終えた顔をして、ぐったりしておりますな。

 そして俺の顔を見ると、「ザック、頼む」とぽつりと声を出して母さんのところに行ってしまった。

 その母さんは、「お願い、ザック」と目で言っている。仕方ないなぁ。


 まだ頭を下げ続けている姉さんの隣に俺は進んで、「姉さん、良い挨拶だったよ、ご苦労さま」と小さく声を掛けた。


「えー、うちの父さんがあんな感じですので、不肖、息子のこの私めが。今年の豊かな実りと、皆が幸せに暮らせていることを、アマラ様とそれからヨムヘル様にも感謝し、ただいまより本年の夏至祭を開始します。みなさん、飲んで食べて踊って、この2日間を充分に楽しんでください」


「うわーっ」「おーっ」「はーい」


 いろいろな声が飛び交い、音楽が奏でられ夏至祭が始まった。



 さて最初は、父さんと母さんが踊るんだけど。

 父さんは本部席のテントで、椅子に腰掛け燃え尽きたようにぐったりしている。

 そのまえに母さんがしゃがんで、父さんの手を握りながら何か話し掛けていた。


 ああ、このシーン、昨年末の冬至祭でも見ましたな。

 そんな俺の視線に気が付いたのか、母さんがこちらに振り返って「お願い、ザック」と唇を動かした。

 お願いと言われてもですね。


「ねえザック、わたしと踊りましょ。エステルちゃん、ちょっとザックを借りるわね」

「ええ、持って行ってください。暫く自由にしていいですよ、ヴァニー姉さま」


 ダンスの名人の姉さんと踊るですか、この俺が。ダンスとか、ほとんどしたことがないんですけど。


「わたしと合わせて動けばいいのよ。ほら」と姉さんに手を取られ、中央広場の真ん中に引っ張って行かれた。

 例年は父さんと母さんが踊り始めてから、皆さんが踊り出すのが恒例となっているので、まだ誰も踊っていない。


 その開けた空間、領都の皆さんが注目している中で、俺はヴァニー姉さんにリードされながら踊り始めた。



「あら、意外と上手じゃない。これからは、踊る機会も出来るんだからね」

「はいです」

「エステルちゃんとも踊ってあげなさいね」

「はいです」


「ザック、ありがとう」

「もうお礼の言葉は充分だよ、姉さん」


「でも、ふたりだけのときに言いたかったの。あと、父さんと母さんとアビーを頼むね。それから、エステルちゃんを幸せにしてあげるのよ」

「うん、わかった。姉さんも、幸せになってね」

「うふふ。大丈夫よ」


 それからはふたりとも無言で暫く踊る。気が付いてみると、周りをたくさんの人たちが踊っていた。

 それで、何か言おうかと目の前の顔を見たら、姉さんは笑顔で踊りながらも涙が静かに頬を伝わっている。


「姉さん……」

「…………」


 ヴァニー姉さんは、その涙を隠すように俺の胸に顔を埋めた。


「いつの間にかあなたも、わたしよりもずっと背が伸びてたのね。これなら安心してお嫁に行けるわ」


 そう小さな声で囁くと微笑みに満ちた美しい顔を上げ、取っている俺の手にほんの少しだけ力を込めて、先ほどまでよりもいっそう優雅に踊るのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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