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第635話 上棟式とヴァニー姉さんの銘板

 今日は夏至祭の前日だけど、俺は早朝から仕事だ。仮設宿舎造りですね。


「今日から作業を始めるとウォルターから聞いているが、頼むなザック」

「へい。お安いご用で」

「母さんたちも、あとで見学に行くわよ」

「へい。いつでもいらっしゃってくだせえ。見学は無料ただですぜ」


「おい、ザック」

「へい、なんでやしょうか」


「なあ、エステル。こいつ、大丈夫か?」

「あはは。この人、今朝は起きたときから職人さん気分なので、大目に見てください」

「自分に何か、変な魔法を掛けたとかじゃないわよね」


「いえ、お母さま。これで普通なものですから」

「カァ」


「あんた、余計なもの、造るんじゃないわよ」

「でも、ザックたちが何か造るのが見られるなんて、ちょっと楽しみね」

「へい。楽しみにしていてくだせえ。姉さん方」



 朝食を食べ終えて、作業関係者が建設現場に集合した。

 ジェルさんとオネルさんや騎士団員も見学に来ていて、あとでクレイグ騎士団長とかも見に来るそうだ。

 王都屋敷のメンバーは慣れているから気楽な感じでいるが、他の人たちは何が始まるんだと興味津々の様子だね。


「それで、建設方法だけど。昨日造ったこの1部屋分を基準にして、横に繋げて行くかたちで造ろうと思うんだ。ほぼ中央にロビーラウンジと、浴室とトイレ関係を固めて配置して、その左右に伸ばす感じね」


 実際に工事に携わるメンバーを集め、ダレルさんが作成した図をもとに施工方法を確認する。

 全体の躯体を造って部屋割りをするのではなく、1部屋分を1ユニットにして、それを連結させて行くかたちですね。


 前々世の世界で言う、コンテナハウスを連結させるみたいなものですな。

 コンテナホテルというのもあるそうだが、これは言わばコンテナアパートメントだ。

 ただし、もちろんユニットは金属製ではなく、土魔法で硬化させたほぼ石造りだけどね。


「りょうかーい」

「と言うことは、隣に繋げる壁は二重になるので、それほど厚くしなくても良いということですね、坊ちゃん」

「そうだね。部屋と部屋を圧着させて支え合うから、それほど厚くする必要はないよ。とりあえず、ひとつでも自立出来るぐらいの感じで、まあこれぐらいかな」


 俺は昨日作成したユニットに少し手を加えて、仕上がり見本を造った。


「これと同じものをぜんぶで60個造る訳よねー。なら楽勝だよね、カリちゃん」

「楽勝でーす」


 ドラゴン娘もいるので心強いよな。



「そうしたら、まず位置決めをしてしまおう。それから、建物の中央に置くロビーラウンジと浴室トイレ周りの躯体を造っちゃうよ」


 昨日に整地した場所で、ダレルさんが2棟の枠組みを地面にざっと線を引く。

 引くと言ってもダレルさんだから、頭の中でイメージし、空中で線を描くように手を少し振ると、地面に建物の平面のかたちの線が引かれた。

 まあ、墨出しというやつですな。


 1棟の大きさは、長手方向がだいたい50メートル。幅が10メートルといった感じだ。

 その枠組みが、間に少し空間を空けてふたつ並んでいる。


 その墨出しの位置や大きさを確認し、俺は中央部分に大きな躯体をそれぞれ造った。

 地面からにょきにょき立ち上がって行くように壁構造の躯体が出来て行く。

 天井と屋根部分は、あとで柱や梁を設置して造ろうかな。ただし、床は同時に造った。


 少し離れて見学している人たちから「おおーっ」という声が上がる。

 拍手をする者もいるが、まだこれからですよ。


「ちょっと大き過ぎるんじゃないのぉー、ザカリーさまー」

「ええー、こんなもんだよ」

「そーかなー」

「かなり小さめですよ、ライナ姉さん」


 ああ、カリちゃんはアルさんと同じく、人間の姿になってもドラゴンのサイズ感覚が残っているので、彼女からすればぜんぜん小さいよね。


 俺が造ったのは幅が12メートルほどで、奥行きは部屋を並べる部分よりも前後に余裕を持たせて、やはり12メートルぐらいの平面が正方形の躯体だ。

 これに玄関口を造って、中に入るとロビーラウンジ。その奥に利便性を優先して浴室とトイレを造る。


 浴室は男女ひとつずつで中央に置き、その両側に4室ずつ、計8室のトイレの個室と洗面所を設置する予定だ。

 あまりトイレの数を多くするとまた何か言われるので、収容人数が30人に対してまあこのぐらいあればいいでしょ。


 そして、ロビーラウンジと浴室トイレ周りを分ける位置から、左右それぞれの方向に廊下を伸ばした。

 この廊下を挟んで、対面式に先ほどの部屋のユニットを2列配置して行く訳だ。

 片方が7部屋を2列、反対方向が8部屋を2列で、これで30室だね。


「では作業に取り掛かりますよー。こっちの建物はダレルさんとライナさんが担当して、あちらはカリちゃんと僕ね」

「わかりました、坊ちゃん」


「ザカリーさま組には負けないわよー」

「へへへ、勝負ですよ、ライナ姉さん」


 いや、別に競争ではないですから。分かっていると思うけど、硬化の具合と強度には気をつけてくださいよ。

 いきなり崩れるとかはいやですからね。



 こうして作業が始まった。

 中央部分から廊下に沿ってユニットを造りながら配置して行くので、まあ建設速度は速いですな。

 ライナさんなんか、「えいっ」と可愛らしい声を出したら、もうユニットがみるみる出現するので、1部屋を造るのはあっと言う間だ。


 それを見たカリちゃんは、「そうだっ」と言って「はいっ」と声を出すと、ふたつのユニットが既に連結したものが同時に造られている。

 それを重力魔法で配置の微調整をして落ち着かせた。

 やはりドラゴンなので、キ素力量というか魔法の出力が大きいんだよな。


 ライナさんは「ならば、わたしもー」と、同時2ユニットに挑戦してなんとか造り上げたが、少し手間取っているからひとつずつの方が早いんじゃないの。

 配置の微調整については、彼女は重力可変の手袋を装着していて、あとは訓練中の重力魔法を併用しながら行っているようだ。


 一方でダレルさんは、ひとつずつ丁寧確実にユニットを造り、隣のユニットに圧着して行く。

 彼は重力魔法が出来る訳ではないので、微調整がいる場合はライナさんに頼むのだが、正確にひとつのユニットを所定の位置に造り出すので、ほとんどその必要がないみたいだね。

 やはり、土魔法のベテラン達人は違いますなぁ。



 作業は順調に進み、午前中には60室のすべてを造り上げてしまった。

 父さんと母さんやエステルちゃん、クロウちゃんも様子を見に来ている。


「おまえら、やっぱり凄いんだな。午前だけでこんなものを造ってしまうのか」

「母さん、感動よ。あなたたちなら、建設工事だけでも暮らして行けるわ」

「そうですかね、お母さま。そしたら今後の生活が安心です」

「カァ」


 いや母さんとエステルちゃん、建設工事で生計は立てませんから。

 前は俺が学院の教授で暮らして行けるとか、ふたりで盛り上がってましたよね。


 ずっと立ち会って工事の進捗を見学していたウォルターさんやレイヴンメンバーのほか、ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃん、クレイグ騎士団長以下の騎士団員やオスニエルさんたち内政官事務所の人たちも見学に来ていて、酷く驚いていた。


「ザック。わたしの、ここでの最後の夏で、あらためてザックたちに素晴らしいものを見せて貰ったわ。それも、わたしの婚礼のために。ありがとね、ザック。ダレルさんもライナさんもカリちゃんも、本当にありがとうございます」


 ヴァニー姉さんが目を潤ませて頭を深く下げた。


 見学に集まった人たちから拍手が沸き起こる。いやいや、まだ工事は第一段階だけだから。

 でも、グリフィニアの子爵館にいる皆さんとはいえ、まともにこんな大掛かりな土魔法を見たことのない人たちばかりなので、多少は感動してくれたんだろうね。


「そうだ、午前の仕上げに、棟上げをしちゃおうかな」

「棟上げってなーに?」

「ああ、中央部分に柱を少し立てて梁を渡して、それからアマラ様とヨムヘル様に感謝と祈りを捧げることだよ」


「へぇー、そういうことなんだー」

「やっぱり、神さまの御使いさまとしては、そういうのは大切ですよねー」


 神さまの御使いではないんだけどね、カリちゃん。でも、アマラ様とヨムヘル様に感謝と祈りを捧げるのは大切だよね。


 俺は屋根を支えるための柱をいくつか立てて梁を渡し、ついでに天井と切妻風の簡易な形状の屋根を一挙に造り上げた。ロビーラウンジ空間は、他の部屋よりも天井を高くしましたよ。


 これで中央部分が切妻風の屋根で、左右に伸びる居室部分がフラットな屋根のかたちをした建物となった。

 まだ床壁の仕上げはしていないが、平屋の建築物としてはこれで大丈夫だろう。



「そうしたら、みんな集まってくれるかな」

「はーい」

「はい、坊ちゃん」


「見学の皆もここに来て。ほら、父さんと母さんも。ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんとエステルちゃんもだよ。クロウちゃんは? ああ頭の上に来たか」

「おう」

「はーい」

「はい、ザカリー様」


 おお、結構な人数が集まって来たんだね。子爵館で働く人たち以外にも、所用があって内政官事務所を訪問していた領都の住民なんかも見学に来ていた。


「では、この建物が無事に完成することと、完成後には建物が無事にその役目を果たすことを祈願し、アマラ様とヨムヘル様ほか天上の神様、そしてシルフェ様やニュムペ様、ドリュア様たち精霊の皆様に感謝と願いの祈りを捧げます。一同、礼」


 思いつきの上棟式だけど、前世みたいな神主さんもいないので俺が即席で祈願を行う。

 俺の言葉に、集まった全員が頭を低くして礼を行った。

 思わず何となく柏手かしわでを打ってしまったけど、気にしないでください。前世では良くやっていたもので。



「(あら、ザック、お祭は明日でしょ)」

「(なんだなんだ、呼んだかザック)」


 ああーっ、アマラ様とヨムヘル様が出て来ちゃったよ。どうしよう。


「(出て来ちゃったとはなんだ。呼んだのはおまえだろ)」

「(この人、夏は機嫌がいまいちなのよ。それで、どうしたの? ああ、この建物を造ったから、安全の祈願とかね。そういう儀式があるって、昔にサクヤちゃんから聞いたことがあるわ)」

「(おお、そういうことか)」


「(この建物って、あなたのお姉さん、ヴァニーちゃんだったかしら、その子の婚礼の関係で造ったのよね。ヴァニーちゃんは、あ、そこにいる美人さんね。はい、わかりました。この建物は無事に完成して、ちゃんとお役目を果たしますよ。そして、ヴァニーちゃんの結婚は、とても幸せなものとなります)」


「(その婚礼って、いつなんだ、ザック)」

「(あの、7月の15日なんです)」

「(そうか、わかった。その日にまた祈りを捧げれば、祝福に顔を出すぞ)」


「(あら、あなたも行くの? まあいいわ。わたしがちゃんと見護って、祝福して差し上げますからね。さあ帰るわよ、ヨム。みなさんが頭を下げたまま止まってるから)」

「(おう、またな、ザック)」


 なにやら建物全体が光に包まれたような気もするが、まあ気にしないでおきましょう。



「あれ? エステルちゃんとカリちゃんは膝を地に突いてどうした? クロウちゃんはいつのまにか地面に降りてたのか。あ、ライナさんも大丈夫?」


「だって、ザックさま、いきなりでしたから」

「アマラさまとヨムヘルさまでしたよ。ザックさまとお話ししてましたよ。畏れ多いことですよ」

「カァカァ」


 以前にもお会いしているエステルちゃんはもとより、天上から降りたホワイトドラゴンの曾孫であるカリちゃんも、神様おふたりの姿を見て声も聞くことが出来たらしく、もの凄く驚いていた。

 それで、ライナさんは?


「わたし、なんだか厳かな声が聞こえたの。あの声って、神様の声?」

「うん、そうなんだけど、そのことはいまは黙っていて。カリちゃんもね」

「は、はい」


 ライナさんはアルさんとカリちゃんの指導で念話の訓練を始めているから、神様の声がどうやら聞こえてしまったらしい。

 ふーむ、そういうことになるのか。



「おい、どうしたんだ、ザック。何かあったか?」

「いえ、大丈夫です。エステルちゃんとカリちゃんと、ライナさんも神威に打たれたというか何というか」

「神威に打たれた?」


 えーと、他のみんなは何も見たり聞いたりはしていないようだし、アマラ様が「みなさん止まったまま」と言っていたように、どうやら時間も止まっていたらしい。

 ここは話題を逸らしましょう。


「そうだっ、ヴァニー姉さん」

「何かしら?」

「これに、姉さんの名前を書いてくれる?」


 俺は土魔法で小型の薄い板のようなものを作り出し、それを姉さんに手渡した。ペンはどこかにあったかな。ああダレルさん、ありがとうございます。


「ここに名前を書けばいいの? いまの名前?」

「うん、いまの」


 そう、ヴァネッサ・グリフィンだね。姉さんがその板に名前を書き終えると、俺はそのサインをそのまま板に刻み込んで、形が崩れないようにしっかりと硬化させた。

 そしてそれを宙に浮かせ、ロビーラウンジの中央上部に渡した梁の真ん中に貼付けて、遠隔で圧着する。

 つまり、ヴァニー姉さんの名前が刻まれた銘板だ。


「おお、ヴァネッサ様のサインが、この建物に残るのですな」

「これは、無闇にこの建物を壊せなくなりましたよ。もう仮設ではありませんね」

「そうだ、ウォルター。この建物はヴァネッサ様の名前が刻まれた施設ということぞ」


 うちの重鎮のおじさんふたりが、何やら嬉しそうに話している。

 そうだ、もうひとつの建物の方にも銘板を貼らないとだね。もう1枚お願いします、ヴァニー姉さん。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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