第630話 なにやら落ち着かない雰囲気のグリフィニアへの帰着
いつものように警備兵のみなさんや、そこにいた多くの人びとに迎えられてグリフィニアの都市城壁門を潜り、目敏く俺たち一行を見つけた街の人たちから声を掛けられ、子爵館へと帰り着いた。
屋敷の玄関前の馬車寄せでは、父さんと母さんとヴァニー姉さん、ウォルターさんやコーデリアさんたちが出迎えてくれる。
アビー姉ちゃんは騎士団で仕事だよな。あの娘もすっかり社会人ですなぁなどと、なんだか前々世的な感覚が頭に浮かんだりもする。
馬車を降りると、母さんと姉さんはにこやかになのだが、父さんはむすっとして難しい顔だ。
ああこれは男爵お爺ちゃんと同じで、あれですな。
「お帰りなさい。いろいろご苦労さまでした」
「ザック、エステルちゃん、クロウちゃん、お帰り。ベンヤミンさんとミルカさんから話を聞いたわ。わたしたちのために、ザック、ありがとうございます」
「姉さん、お礼なんかいいよ。王都にいる弟として、出来ることをしただけなんだからさ」
「この人も王宮では、珍しく我慢して頑張ったみたいなんですよ」
「カァ」
「ふふふ、ザックも我慢出来るようになったのね。父親も見習わせないとだわ」
「でもお母さま、近ごろはどうも心配性なとこが、ちょっとずつ増えて来て」
「ああ、それは親子だから仕方がないわ。ね、あなた」
父さんは「ザック、今回はご苦労だった」とぼそりと言ったが、まだ難しい顔をしている。
これは取りあえず話題を変えましょう。
「今回はエディットちゃんを連れて来ました。エディットちゃん」
「あ、はい」
「あら、久し振りね、エディットちゃん。やっとグリフィニアに来られたわね。もう2年ぶり近くかしら。あなたもずいぶんと背が伸びて、すっかり奇麗なお嬢さんになって。王都屋敷のこと、いつもありがとうございます」
母さんはそう言って、軽く頭を下げた。
「あ、いえ、奥さま。わたしは、エステルさまに従っているだけで」
「ええ、それでいいのよ。でもあなたは王都屋敷の侍女長として、しっかりお役目を果たしているって、わたしもそう思っているわよ」
エディットちゃんと初めて会う侍女さんたちもいたので、母さんは彼女を皆に紹介するようにそう話した。
本人は顔を紅潮させて緊張しているけど、アデーレさんが出掛けに言っていたように、王都屋敷の侍女長として堂々としていればいいんだよ。
「あと、今回来たのはカリちゃんと」
「はーい」
手を挙げなくていいからね、カリちゃん。
「シモーネちゃんは?」
「シモーネは、お姉ちゃんとシフォニナさんと、いったん帰ってるんです。夏至の儀式があるので」
「あ、そうか。そうだわね。あとフォルとユディは?」
「ふたりなら、あそこですよ」
フォルくんとユディちゃんは馬車の御者台から降りて、レイヴンメンバーたちに手伝って貰いながら馬車から荷物を降ろしていた。
と言っても、ほとんどの荷物は俺の無限インベントリやマジックバッグに入っているから、大した量ではないけどね。
それで、その双子の兄妹は、新調したお揃いの制服を着ている。
うちの騎士団の従騎士が着用する平時制服に準じていて、俺が従騎士見習いとした彼らのためにエステルちゃんが王都で誂えさせたものだ。
「フォルくん、ユディちゃん、こっちにちょっと来て」
「はい、ザックさま」
ふたりが小走りにやって来て、俺の後ろに控えると背筋を伸ばした。
「父さん、母さん、それからウォルターさん。フォルタとユディタの両名には先日、僕から従騎士見習いとすることを伝えました。既に従騎士見習いとしての仕事は、この春よりジェルさんたちの指導のもとに行っていますが、本人たちには先頃に伝え、任命したものです」
「おっ、そうか、従騎士見習いか。相分かった」
「従騎士見習いですか。考えましたな、ザカリー様。承知いたしました」
「よし、フォルタとユディタ、こちらに」
「はいっ」
父さんが兄妹を目の前に呼ぶ。ふたりはおずおずと進み出た。
「俸給その他については追って正式に申し渡すが、ザックの任命に従い、フォルタとユディタの両名を、グリフィン子爵の名において、ザカリー・グリフィン直属の従騎士見習いとする。これからもしっかりと働き、ザカリーとエステルを助けてやってくれ」
「はいっ」
玄関前での急遽のことだが、父さんが子爵の名において追認したことから、ふたりは従騎士見習いとして正式に任命された。
このあと彼らは馬車から降ろした荷物を玄関ホールに運び入れ、馬車と馬を収納後、ジェルさんに引率されてレイヴンメンバー、プラス準構成員の皆と騎士団本部に向かい、クレイグ騎士団長やアビー姉ちゃんらに挨拶に行く予定だ。
準構成員とは、アルポさんとエルノさんのことです。
この爺さんふたりは、15年戦争でクレイグ騎士団長やウォルターさんのずっと上の先輩だったので、クレイグさんとかはいつもやりにくそうだけどね。
爺さんたちがグリフィニアにいる間は、ブルーノさんやティモさんを連れて気侭にアラストル大森林へ狩りとかで入れるのも、そんな理由が少なからず影響している。
それはともかく、荷物を玄関ホールへ運び入れた彼らは騎士団本部へと行った。
「フォルくんとユディちゃんのお部屋はどうしますか? お母さま」
「そうね、これまでのままでいいんじゃない。あなたたちの直属で、身近に置いておいた方が良いし。どうかしら、ウォルターさん」
「それでよろしいかと」
「あと、エディットちゃんのお部屋はどうしようかしら。シモーネちゃんも追って来るのよね。ユディちゃんとシモーネちゃんが相部屋だったかしら」
「わたしのお部屋が、ベッド空いてますよ、奥さま」
「あ、そうね、カリちゃん。そうしたら、カリちゃんとエディットちゃんでお願いね」
「奥さま、カリオペさんが使っていたのは客室で、今回お客様が増えますので」
「あ、そうか、そうよねコーデリアさん。そしたら、どうしようかしら」
「1階の使用人室はもう一杯ですので、2階のお部屋をふたりで使っていただいたら」
「それがいいわ。エステルの隣のお部屋が空いてるわよね」
カリちゃんがこの冬にグリフィニアに来たとき、アルさんの親戚、つまりドラゴン娘だということで、姿かたちは侍女さんだが部屋は客室で、食事などもアルさんたちと一緒という変則的な扱いで落ち着いた経緯がある。
だけど今回のヴァニー姉さんの結婚式に向けて、うちでも客室を空けておく必要が出ているよね。
屋敷の2階の家族用の棟にはまだ空室があるので、カリちゃんはそこに移って貰って、エディットちゃんも同室にしようというコーデリアさんの案だ。
「ええー、エステルさまのお部屋のお隣とか、わたし、ダメです」
「エディットちゃん、わたしと相部屋だから、いいんじゃない?」
「だってカリ姉さん。ご家族用のフロアですよね」
「あら、エディットちゃんはエステルのお世話をしないとだから、隣にいたら便利でしょ」
「ですが」
「ここは、お母さまとコーデリアさんのお言葉に従いなさい。これから訪れるお客さまも増えるのですしね」
「はい、エステルさま」
エディットちゃんはようやく納得した。
一方でカリちゃんは、相変わらず人間の世俗的なこととかには無頓着というか、関係ないものね。
「カリ姉さん、ひとりでそんなに荷物を運ばないで。わたしも運びますから」
「えーだって軽いし。というかわたし、手で持ってないんだけどね、えへへ」
カリちゃん、ほかの侍女さんが驚くから、屋敷の中で重力魔法はほどほどにするように。まあ便利ではあるけれど。
荷物を俺とエステルちゃんの部屋に運び入れたり、マジックバッグから出したりとかを終えてようやくひと段落した。
ちなみに、エステルちゃんの部屋に行ったら、なんだか前より広くなっている。
「あ、そうそう。ほら、隣はザックが赤ちゃんのときに使っていた小部屋だったでしょ。そことの仕切りを取ったのよ」
「ほぇー」
ああ、そう言えばそうだったなぁ。
俺が乳児のときに寝かされていた赤ちゃん部屋の隣が、現在のエステルちゃんの部屋になったんだ。
今回、カリちゃんとエディットちゃんが使う部屋は、それと反対隣だね。
あの赤ちゃん部屋の壁は隣室と仮の間仕切りで、それを取り払ったという訳か。
「ここをふたりで使って貰ってもいいんだけど、まだちょっと狭いかしら」
「まだいいよ、母さん。それに、僕の部屋から置いてあるものを移すのも面倒だし」
「そうね。それに、もう少し改築して行かないとだし……」
もう少ししたら、ヴァニー姉さんがこの屋敷からいなくなって、必然的に姉さんの部屋も必要なくなってしまう。
結婚後にヴィクティムさんと姉さん夫婦がこの屋敷を訪れたら、使って貰うのは客室になるんだよね。
それなりに大きな屋敷とはいえ、建物自体はそのままでも、こうして屋敷の中は変化して行く。
ようやく俺とエステルちゃんは家族用のラウンジに落ち着いた。
エディットちゃんとカリちゃんが、コーデリアさんと母さん付きの侍女のリーザさん、フラヴィさんと一緒に、紅茶を淹れて来てくれた。
王都から持って来たアデーレさん特製のグリフィンマカロンとグリフィンプディングも、テーブルに広げられている。
大量に作ったので、ブライアント男爵家にもかなりの数を置いて来たのだが、それでもまだ相当にあり、残りはトビーくんのところに届けて侍女さんたちに振舞って貰う。
さっき俺も彼と料理長のいる厨房に顔を出したのだが、トビーくんは直ぐに取り出して味見をしていた。
「どこか違うとことかあるの?」
「うーん、マカロンはほぼ同じっすけど、やっぱりプディングの方は、アデーレさんが作った方が少し洗練されているっていうか。これは、まだまだ研究しないとっすよ。というかザカリー様は、どうしてアデーレさんを連れてこなかったんすかね」
「いや、あの人も、お孫さんがまだ小さくて、夏休みに世話をするのが楽しみだったからさ。お、そうだ。トビー選手が結婚して子供が出来たら、直ぐに来てくれるよ、きっと」
「グリフィニアに帰った早々、なんでそんなこと言ってるすかね、ザカリー様は」
顔を赤くしてるけど、どうしたのかなトビーくんは。
「いろいろ、最後の大詰めなんだよ、こいつも」と、レジナルド料理長が俺に囁いた。
そうですか、大詰めですか。いよいよですな。
「ザカリーさまは、どうしてわたしの顔をじっと見てるんですか」
「え、あ、見てたかな、リーザさん。いや、さっきちょっと厨房に顔を出したものだからさ」
「もう、煩いです、ザカリーさまは」
リーザさんは顔を真っ赤にして、ラウンジを出て行った。
「そういうことですか? お母さま、ヴァニー姉さま」
「やっとそういうことね」
「わたしの次は、リーザちゃんってこと」
「なるほどですぅ」
グリフィニアの屋敷でもみんな良いお歳頃になって、というかこの世界ではヴァニー姉さん以外は遅いぐらいなんだけどね。
それでも、ちゃんと納まるところに納まるのなら、それに越したことはない。
しかしそうなると心配なのは、うちのお姉さん方3人なんだよな。
という訳で、ヴァニー姉さんの結婚式を控えて、なにやら落ち着かない雰囲気が漂う初夏のグリフィニアの屋敷ですな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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