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第628話 ナイアの森と大森林を繋ぐ道、そして念話のこと

 新しくナイアの森に移り住んで来たユニコーンのバシレイオスさんの一族は、挨拶が終わると帰って行った。

 シルフェ様や俺たちが今日来るということで、まずはご挨拶をとやって来たのだそうだ。


 アラストル大森林から来たのは、ぜんぶで20名というか20頭ぐらいらしい。

 先ほど水の精霊屋敷まで来ていたのは、そのうちの戦士として働ける者たちで、そのほかにお年寄りや子供もいるのだとか。

 アッタロスさんの一族がたしか30名弱ぐらいだと思ったので、これでナイアの森のユニコーンは50名ほどになった訳だ。


 そのアッタロスさんと弟のアリュバスさんも一緒に帰って行った。

 なお、ユニコーンの戦士が増えたことで、アリュバスさんは両方の一族の戦士を束ねる戦士長になったのだとか。


 あとバシレイオスさんの一族は、アッタロスさんの一族の村の直ぐ近くに新たに村というか居住地を構えたそうだ。



「それで、アルケタスくんは帰らずに残ったのね。何も仕事もせずに、無料ただでお昼ご飯の相伴に預かろうとして」

「(えー、それは酷い言い方っすよ、ザカリーさまは。僕は引き続き、こちらとの連絡係のお役目を命じられてるし、それに、この子が新しく連絡係に任命されたから)」


 先ほど、バシレイオスさんの娘さんだと紹介された女の子のユニコーンが、アルケタスくんの横にいて頭を下げた。

 比率的に女性の少ないユニコーンとしては、なんだか珍しいよね。


「(この子とかじゃないです、アルケタスくん。ちゃんとキュテリアって、名前で呼んでちょうだい)」

「(あ、キュテリアっす)」


「あらあら、キュテリアちゃんて言うのね。可愛いわね。あらためまして、わたしはエステルよ。ほらこっちにいらっしゃい。これからみんなでランチだから、一緒に食べましょうね」

「(はい、エステルさま)」


 お姉さん方やエディットちゃんたちうちの女性陣が集まって来て、きゃーきゃー言っている。

 念話の通訳はエステルちゃんとシフォニナさんがしているようだ。カリちゃんやシモーネちゃんも出来るしね。


「(あの、ザカリーさま)」

「うん? なにかな? アルケタスくん」

「(エステルさまやお姉さんたちの態度が、僕に対する扱いとなんだか違うっすよね)」

「え? そう?」


「カァカァ」

「(これからは言動に気をつけろって、これでも人一倍気を遣ってるんすよ、クロウちゃん)」

「カァ、カァカァ」

「(人一倍じゃなくて、ユニコーン5人分ぐらいは気を遣えって、なんすかそれ)」


 クロウちゃんを背中に乗せて、なんだかつまらない言い合いをしているけど、さあ一緒にランチをいただくから、屋敷に入りますよ。



「ねえねえ、キュテリアちゃんてさー、あそこにいるアルケタスくんと許嫁いいなづけとかなのー?」

「え、そうなんですか? でも一族の頭の息子と娘さんですものね」


「(え、え、え。ち、違いますぅ。前に会ったの、すいぶん昔で、わたしが小さい頃だったし)」

「でも、これからよねー。これから」

「(そんなの……。わかりませんっ)」


「ライナさんは直ぐそういうことを言う。キュテリアちゃんが困ってますよ」

「そうだぞ、ライナ。エステルさまだって、正式に決まるまで7年ぐらい掛かったのだからな」

「(え、そうなんですか? エステルさま)」

「うふふ。長く一緒にいますからね。でも、あっという間だったわよ」



「ねえ、キュテリアちゃんは小さい頃に会ったって言ってるけどさ、アルケタスくんてアラストル大森林に行ったことがあるの?」

「(あー、ほんとにずいぶんと昔っすよ。親父さまに連れられてっすけどね)」


「それって、ここから行ったのでやすよね。大森林の何処まで行ったのでやしょうか」

「この話、ブルーノさんが凄く食い付いてるよ」


「(ああ、このナイアの森からだと北北東方向に森を伝わって行くと、大森林まで行けるそうなんすけどね、途中、森が途切れるとことか、人間の通り道を横切るとか、結構大変らしいんすよね)」


 まあそうなんだろうな。いくら各所に森があって繋がっているとはいえ、人間が造った街道とかもあるしね。

 そんなところを、人間に見られたり危害を加えられたりしないように、辿って行く訳か。


「(で、僕もまだ小さかったものっすから、その最短距離のルートは危険ていうことで、いったん東の方向に進んで、山伝いに北上して、そこから大森林に入ったんすよ。今回、バシレイオスの頭たちも一族を率いてだから、そのルートで来たそうっす。だから、だいぶ日数も掛かったそうすけど)」


 このナイアの森は王都圏の東端で、セリュジエ伯爵領内にまで続いている。

 そしてセリュジエ伯爵領の東は北方山脈だから、北北東方向に平地の森を伝わって行くよりも危険度は少ないということか。

 セリュジエ伯爵領の北はエイデン伯爵領、そしてその北がアラストル大森林だ。


「(ユニコーンのいろんな一族が点在して暮らしているのは、その山から大森林に入って、かなり奥地に行った辺りっすかね。ブルーノさんも詳しいと思うっすけど、なにせ大森林はやたら広いので)」


 俺が通訳してそれを話すと、ブルーノさんは頭の中で大森林や周辺の貴族領などの位置関係を思い浮かべているようだった。


 おそらくは、このナイアの森から最短距離で平地の森を伝わって行くと、デルクセン子爵領が大森林に接する辺りに辿り着くのだろう。

 アルケタスくんが話した場所は、その隣のエイデン伯爵領が接するところから相当に奥地に入ったエリアだろうね。


 グリフィニアからエイデン伯爵領内の北方山脈の山岳地帯までは、300キロメートル以上は離れているので、例えばルーさんや水の精霊がいるあの奥地からも、東の端までは相当な距離があると想像が出来る。


 グリフィニアから冒険者が到達した最奥地点は、せいぜいが20キロメートル。

 ルーさんたちと会うあの水源地で、30キロ程度の奥地だからね。


 ところでブルーノさんは、この話を聞きながら遠くを見るような目をしているけど、まさかアラストル大森林の中を300キロも踏破するとか、考えてないでしょうね。



 ニュムペ様に夏休みで王都を離れることをお話しして、暫く賑やかに歓談したあと、水の精霊屋敷を後にした。

 現在のところニュムペ様と、ネオラさんを筆頭とした水の精霊さんたちが9名。

 その眷属として、ユニコーンが50名ほどになった。


 水の精霊の数はまだまだ少ないけど、これからゆっくりと時間を掛けて増えて行くことだろう。

 まずはひと安心というところかな。


 地下拠点に戻って戸締まりをしっかりとする。

 この地下拠点の地上部分も、建設から1年近くが経過して草が地表をだいぶ覆い、樹木の若木もところどころに伸びて来ている。

 あとどのぐらい日数が掛かるか分からないけど、ここも周囲の森にやがて溶け込む筈だ。




 屋敷に帰り着き、皆はそれぞれの仕事に散らばった。みんな働き者だね。

 シルフェ様とシフォニナさんは自分の部屋で少し休むそうなので、仕事の無い俺とクロウちゃんだけがラウンジでのんびり過ごす。

 エステルちゃんに言われた大量の氷作りは、昨日ちゃんと済ませましたよ。


 同じく仕事が無い筈のドラゴン爺さんは何処に行っているのだろうと思っていたら、そのアルさんとライナさん、カリちゃんの3人がやって来た。

 魔法の師匠と弟子ふたりというか、うちの魔法部隊というか、天然で危険な3名というか。


「あ、いたいたー、ザカリーさまー」


 来た側からもう騒がしい。


「なあに? ライナさん」

「ザカリーさまに相談があるのよー」

「相談?」


 また、どこかに行くって話かな。さっきナイアの森から帰って来たばかりですよ。


「あのさー、わたしもね、念話が出来るようになりたいのよねー」


 ああ、念話ですか。俺とエステルちゃんや人外のひとたちが念話で会話が出来るのは、もはやうちの屋敷の中では公然の秘密といったところだが、カリちゃんやアルさんから詳しく聞き出したのだろうね。

 そもそもがエステルちゃんも俺も、アルさんに教えて貰ったものだし。


「それでさー、アルさんから教えて貰おうと思うんだけど、やっぱりザカリーさまの許可をいただかないとダメだって、アルさんが言うものだから」

「ライナ嬢ちゃんなら、少し訓練すれば出来るようになると思うのじゃが、そこはほれ、わしらの世界に多少なりとも足を踏み入れることになるのでな」


 まあそうだよな。


 念話で会話が可能なのは、精霊様やドラゴン、フェンリルといった高位の人外のひとたち。あとはユニコーンなどの神獣に近い存在や、一部の高位の魔物。あとアンデッドのマルカルサスさんたちも出来るが、彼らも高位の魔物と言えばそうだろう。


 一方で、人間で出来るのは俺の知る限りエステルちゃんと俺だけだ。あ、クロウちゃんは俺の式神なので、自然に出来てるけどね。

 この世界で俺たちふたりのほかに、人間で念話が出来る者はいるのだろうか。


 まったくいないというのも考えられない気がするけど、なんともその辺は分からない。

 しかしアルさんの言うように、わしらの世界、つまり人外の世界にもう一歩足を踏み入れることになってしまうよね。

 人間が聞いてはいけないことが聞こえ、関わってはいけないことにいま以上に関与してしまうかも知れないのだ。



「ライナさんは、どうして?」

「だってー、さっきのユニコーンたちとの会話だってそうだけどー、なんだかもどかしいじゃない。それにさー、魔法の幅がもっと広がると思って」


 ライナさんほど、好奇心と探究心の塊みたいな人はいないからなぁ。ましてや魔法に関わることでは。

 伊達にエンシェント・ドラゴンに師事している訳ではない。


「そうか。うーん、アルさんがいいなら、教えて貰うのは構わないけど。でももし、念話が出来るようになったら……」


 アルさんや俺が懸念していることを、俺は彼女に話した。

 特に念話は、耳を塞いでも頭の中に直接に作用をして来るものだ。肉体や心や魂のどこを塞げば作用しないように出来るのか、俺もまだ良く分かっていないし、その点では後戻りが出来ない。


「アルさんやシルフェさまたちの世界に、足を踏み入れるってことでしょ。ザカリーさまが言うように、後戻り出来ないというのもわかったわ。でも、わたしはそれでいいの。後戻りなんか、しないタイプだから」


 ああこのひとは、12歳になる前の年齢で土魔法を活かして冒険者になるために、遠いアルタヴィラ侯爵領からひとりグリフィニアまでやって来た女性だ。

 そうやって自分で決めて納得したら、周囲が無茶と思うことでもやり遂げようとする。

 決して逃げたり、後戻りをしたりはしない。


「カァカァ」

「え、クロウちゃんは賛成してくれるのねー」


 そう言えば、クロウちゃんとの会話が出来るようになったのも、エステルちゃんの次だからな。



「わかった。僕が許可というのも何だか変だけど、許可します。エステルちゃんにも言っておくよ」

「ほんと? やったー」

「良かったですね、ライナ姉さん。そしたら早速練習ですよ」

「うんうん」


「いいのですな、ザックさま。そうしたらシルフェさんにも、わしから話しておくでな。ただしライナ嬢ちゃん」

「はい」


「あらためて言うておくが、言葉というのは、ときには真実を暴き、ときには真実を創り出す。念話はその言葉が、頭の中、心や魂に直接響くものじゃ。じゃから、ときには危険なものにもなり、またもし仮に、念話で嘘を吹き込もうとしたり、誰かを騙そうとしたならば、その報いが必ず自分に返って来る。声で話す言葉よりも、天の上の方たちに届きやすいものでもあるからの。尤もライナ嬢ちゃんは、そんなことはせんとわしは信じておる」


「わかりました。肝に銘じます」


 俺もあらためて、アルさんの話してくれたことを肝に銘じた。


 人間には善と悪が混在し、人外になればなるほど善と悪は袂を分かつ。もちろん、単純な善と悪との対立とか二元論ではないとは思うけどね。

 そして善の定義は難しいし、悪もまた然りだ。そもそも人外の世界に、人間の考える善悪をそのまま当て嵌めることは出来ないのだろう。


 ただ、シルフェ様たちが人を騙すような嘘を決してつかないのはそういうことだし、一方で徹底的に悪を為す存在もいるのだと思う。


 だから念話を使えるようになった人間は、それを悪用してはいけないし、そういった悪を為す存在からの念話が頭の中や心や魂に直接に入って来ても、それを跳ね返すだけの強い意志や心や魂が必要になって来るということか。


 念話というものが、単に音を出さずに会話するだけのものではないと、アルさんはあらためて話してくれた。なかなかに深いものなんだね。

 それから、天の上の方たちに届きやすいというのも、何となく分かる気がする。



「そしたら、やってみましょうよ。まずわたしが、かなり強めの念話で話し掛けてみます」

「うん、カリちゃん。わかったわ」

「いきますよ。(き、こ、え、ま、す、かぁー)」


 ドラゴン娘のかなり大きな出力の念話だ。


「姉さん、聞こえました?」

「え? もういちど」

「うーん、もっと大きくしますよぉ。(き、こ、え、ま、す、かぁー)」


「あのぉ、煩いんで、向うでやってください。訓練場とかで」

「カァカァ」


「どうしたんですか。カリちゃん、何か起きましたかぁ」

「なあに、煩いわよ。せっかく気持ちよく、うとうとしてたのに」

「カリちゃん、お屋敷では静かにしましょうね」


 ほら、エステルちゃんとシモーネちゃんが驚いて走って来たし、シルフェ様とシフォニナさんも2階から降りて来たからさ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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