第61話 父さんたちが王都に行くことになった
子爵家姉弟の剣術試合稽古から何日か経ち、8月も半ば近くになった頃、ヴィンス父さんとアン母さんがヴァニー姉さんと一緒に王都に行くことが急遽決まった。
ヴァニー姉さんは、9月から始まる秋学期のために王立学院の寮に戻るのだが、父さんは王室からの招集があったためだ。
これは父さんだけではなく、セルティア王国のすべての領主貴族に向けたもので、貴族会議が行われるのだそうだ。
貴族会議は定期的に開催されるものではなく、議題が生じたときに招集があり開催されるものだという。
また、この貴族会議に合わせて王家主催の晩餐会と舞踏会が行われるそうだ。
舞踏会には12歳以上の貴族の子弟子女も参加ができ、ヴァニー姉さんも招かれている。つまりデビュタントだね。
ということで、アン母さんの「もちろん、わたしも行きます」のひと言があり、3人の王都行きが決まった。
アビー姉ちゃんも行きたがったが、「アビーはもう少し我慢なさいね」と言われ、俺とお留守番だ。
セルティア王国には、王家フォルサイス家のもとに現在68家ほどの貴族家がある。
このうち23家が男爵以上の領主貴族で、うちもそのひとつだ。
残りの45家は準男爵家で、王家が直接爵位を与えた数家の準男爵のほかは、すべて子爵以上の領主貴族に所属するかたちになっている。
グリフィン子爵領だと、港町アプサラの代官をしているモーリス・オルティス準男爵と、騎士団長のクレイグ・ベネット準男爵のふたつの準男爵家がそうだよね。
ちなみに俺の前世だと、在国衆と呼ばれる領土持ちの大名が50家ほどとされていたが、実際には100人以上もいたらしい。なにせ戦国時代だからね。
800年以上続くフォルサイス王家の、現在の王はアリスター・フォルサイス。36代目だそうだ。
なんでもフォルサイスという家名は、「妖精の森から来て、平和をもたらした人びと」という意味があるらしい。
ただし、フォルサイス王家は精霊族とかじゃなくて人族の王だ。
またその妖精の森というのがアラストル大森林では、という説もあるそうだが、アラストル大森林は妖精の森ではなく魔物の森だし、王家自体にも明確な伝承がないらしい。
らしい、というのもそれが王家から外へ伝わって来なかったからだ。
この辺は家庭教師のボドワン先生からの受け売りだけどね。
父さんたちの王都行きだが、今回は子爵夫妻の公式の旅でもあり、また準男爵であるクレイグ騎士団長も同行するので、大仰なことが嫌いな父さんにしてはそれなりの人数になった。
まずお世話係の侍女さんは、アン母さん付き侍女のリーザさんほか4名の計5名。それにグリフィン子爵家の王都邸に1週間ほど滞在するので、料理長のレジナルドさんも一緒に行く。
また、筆頭内政官のオスニエルさんほか、外交官兼子爵秘書役として内政官が4名同行する。
騎士団からはクレイグ騎士団長以下、騎士小隊1個小隊の騎士4名、従騎士2名、従士12名に、騎士団長付き従騎士1名が加わり20名だ。
これで総勢34名。あとおそらく、家令のウォルターさん直属の探索者チームから、探索兼陰護衛メンバーが何人かが行く筈だ。
そのウォルターさんだが、王都行きは同行しない。
「領都から主要な方々が行かれますから、私は残りませんと」ということだそうだ。
家政婦長のコーデリアさんと今回も留守番だ。
アプサラからは、ウォルターさんのお兄さんのモーリス・オルティス準男爵夫妻一行が王都に行くことになっている。
さて8月の20日、子爵夫妻の王都行き出発の日となった。
王都までは2泊3日。6日間ほど滞在予定なので、父さんたちは少なくとも12日間不在となる。
予定では25日から2日間貴族会議が開かれるそうだが、これは会議の流れにより延長もあるらしい。
25日の夕方からは公式の晩餐会と舞踏会が開かれ、ヴァニー姉さんのデビュタントだね。
そして姉さんが学ぶ王立学院は、9月1日から秋学期が始まる。
「心配なのはザックだけなのよねぇ」
王都行きの主要メンバーが集まったその朝の玄関ホール、アン母さんがそう言う。
「えー、僕は何も心配ないよ」
「ザックが家族から離れてひとりで行動すると、いつも何か起こるわよね」
ヴァニー姉さんもそんなことを言う。
「そんな大ごとは起こらないと思うけど、エステルさん、くれぐれもお願いしますね。クロウちゃんもね」
「はい大丈夫です。まかせてください」「カァ」
「わたしがいるから大丈夫よ」
アビー姉ちゃんまで加わって、女性陣がそんな話をしている。
「ウォルターさん、コーデリアさん、屋敷とアビーとザックのこと、よろしくお願いしますね」
「はい、安心してお出かけください」
そういえば10日間以上も父さん母さんと離れるのは、この世界に生まれて初めてだ。
前世では父上も母上も、たとえ近くにいても離れた存在だったような気がする。
だけどこの世界に転生してからは、いつも両親や姉さんたちを身近に感じながら育ってきた。
それに、俺たちの周りにはとてもたくさんの人たちがいて、自由にさせて貰いながらも、ちゃんと見護られている。
こうして父さん母さんの出発を見送るときに、そんな思いが浮かぶんだな。
とは言え、暫く家族はアビー姉ちゃんとふたりだけか。
姉ちゃんはたぶん毎日、騎士団に入り浸りだろうし、クレイグ騎士団長が不在の間の剣術指導をメルヴィン騎士が引き継いでいた。
さてさて、それで俺は何しようかな。
午前中の騎士団での剣術稽古とボドワン先生とのお勉強はしっかりやるとして、母さんとの魔法の稽古はお休みだし、午後はまるまる空くのだよね。
まぁ魔法稽古以外は、普段と基本的に変わりはないのだけど。
街とかに行かせて貰えないかな。久しぶりに冒険者ギルドに行くとかはどうだろう。
まだ行ったことのない所に行ってみるのもいいな。
そんなことを頭の中で思い描いているうちに、父さんたち一行は馬車4台と騎馬を連ねて出発して行った。
「ザックさま、お見送りの途中からなんだか上の空で、お顔がニタニタしてましたよね」
「カァ、カァ」
「そ、そんなことないと思うよ」
「奥様がああおっしゃってたそばから、何か普段とは違うことしようって、考えてたんじゃないんですか? クロウちゃんもそう思いますよね」
「カァカァ」
「クロウちゃんもそうだって言ってます」
最近クロウちゃんは、俺よりエステルちゃんの味方をする方が多い気がする。
「えーと、少なくともひとりで勝手なことするのは、ないと思う、かな」
「それはそうです。わたしが付いているか、そうでないときは他のどなたかと一緒にいて貰います」
「それについては、私にひとつプランがありますよ」
エステルちゃんと話している俺の後ろから声がした。
ウォルターさん、まだいらしたんですね。聞いてたんですか? 気配がなかったです。
「え? プランってなに?」
「今日は騎士団での剣術稽古はお休みと聞いていますから、このあとお話します。少しお待ちください」
ウォルターさんは、俺の行動プランを用意してくれたのか。楽しみでもあり、不安はないがちょっと怖いな。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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