第627話 この世界の俺の進路はという問題と、ナイアの森とユニコーン
学院の夏休みに入り、王都屋敷に戻った。
これで3回目の夏休み。今年と、そして来年のあと2回。来年の年末には卒業だから、冬休みはあと1回だけなんだな。
そう考えると俺の学院生生活も、後半から終盤へと向かって行っている訳か。
これが前々世の高校生だと、3年生ならもう大学受験か社会に出るかを決めて準備に邁進している時期だし、大学生なら来年には就活だ。
今世の俺にはそのどちらもないし、学生と社会人の境目も既にないけど、それでもこれからどう生きてどう活動して行くかを考えないといけないよな。
ねえ、クロウちゃんはどう思う? カァカァ。
これまで通りでいいんじゃないって、キミは真面目に考えくれてないでしょ。カァカァ。
少なくとも普通に考えたら、王都での生活が終わりになる、か。まあ、それはそうなんだよな。カァカァ。
でも、俺がそのあとずっとグリフィニアに篭って暮らせるのかどうか、か。それは俺自身がそれで大丈夫かってこと? カァ。
グリフィニアは街も人も大好きだけどさ。でも、学院を卒業したら、もう大っぴらに余所で生活したりすることは出来ないんだよな。
何ごともなく、このまま時が過ぎて行ったら、俺は次期子爵としてグリフィニアで何らかの仕事をし、そしていつかは父さんから爵位を受け継いでグリフィン子爵になる。
そういうことだし、そういう責任がある。だけど。
前々世では、大学を出たらどこで暮らしてどこで働こうが、基本は自由だった。もちろんいろいろな人間関係やら、しがらみやら、条件やらはあるとしてもね。
逆に前世ではまったくの無理。動乱の中でやむを得ず、強制的に居場所を移動させられたりはしたけど、自分の意思や望みからは外れたものばかりだった。
それじゃ、今世は?
カートお爺ちゃんが、父さんと盛大に親子喧嘩をしたせいだとしても、エリお婆ちゃんとふたりで家出して放浪の旅に出たのも、なんとなくその心情が分かる気がする。
それこそカートお爺ちゃんは、15年間も戦争の最前線で闘っても来た訳だし。
「あなたたちは、夏休みに入ったらすぐこれですよね。暑くはないんですか? ああ、ご自分で魔法で冷やしているですか」
夏休みに入った翌日、王都屋敷の前庭にあるテラスの椅子に座って、クロウちゃんとぼーっと初夏の陽射しを楽しみながらそんなことを考えていたら、エステルちゃんがシモーネちゃんを連れてやって来た。
「ザックさまとクロウちゃんはいいんですけど、お屋敷の皆は朝からお片づけとお掃除で忙しいのですよ。それに明日は、全員でナイアの森に行くんでしょ」
えー、のんびりしてるのは俺とクロウちゃんだけじゃないと思うけどな。
シルフェ様とかアルさんとかさ。
「精霊様のお姉ちゃんやドラゴンのお爺ちゃんを、数に入れてどうするですか」
「だってさ、カリちゃんは数に入ってるし、シモーネちゃんだって」
「シモーネは、お屋敷のお仕事が大好きですよ、ザックさま。だから、一生懸命働きます」
「シフォニナさんもカリちゃんも、お片づけとかお掃除とか、してくれていますよ」
「はい、ごめんなさい、でした」
「そうそう、夏休み中の分の氷を作っておいてくださいね。誰もいないときに、保存しているお肉とかが腐るといけませんからね。あと、他は手を出さなくていいですけど、ご自分の部屋はお片付けとかして。それから、ご自分の馬ぐらいは、たまにはお世話をして乗ってあげてはどうですか。黒影が寂しがってましたよ」
「へーい」
「お返事」
「はいっ」
巨大な冷蔵庫である、屋敷の敷地内にある氷室の氷を作るのは基本的には俺の仕事だ。
エステルちゃんやライナさんは氷魔法があまり得意ではないので、いちどに大量の氷を製造するのは俺が定期的に行っている。
まあ、アルさんやカリちゃんがいるいまとなっては、あのドラゴンたちなら簡単な仕事だし、おそらくシルフェ様やシフォニナさんも出来るんだろうけどね。
あと、黒影は俺の馬だけど、他の馬と同様にその世話はほとんどレイヴンの誰かか、最近ではフォルくんとユディちゃんの仕事になっている。
でも、俺が黒影に跨がる機会はあまり多くないから、今日はエステルちゃんの青影も一緒に、ブラッシングをしたり屋敷の敷地の中で走らせたりしようかな。
その翌日は、屋敷の戸締まりをして全員でナイアの森に行った。
目的は地下拠点の点検と片付けや掃除。そして、ニュムペ様の水の精霊の妖精の森を訪問することだ。
エディットちゃんやアデーレさんも含めての全員のお出掛けで、まあ初夏のピクニックということでもありますな。
馬車には、エステルちゃんとシルフェ様とシフォニナさん、アデーレさんとエディットちゃんにシモーネちゃんの女性たちを乗せる。
俺は黒影に騎乗し、青影にはエステルちゃんの代りにユディちゃんが跨がっていた。
フォルくんはひとりで馬車の御者役だ。その横にはクロウちゃんがちょこんと座っていて、何かフォルくんに話し掛けている。会話は成立してるのかな。
しかし双子のふたりも、ずいぶんと馬の扱いが上手くなっていて、そろそろ彼らの馬も買わないといけないよな。
ちなみに昨年まで王都屋敷にいたアビー姉ちゃんの栗影は、現在はグリフィニアだね。
それからレイヴンメンバーとアルポさん、エルノさんの7人も当然に騎乗で、これでうちの王都屋敷にいる人間、人外の方々、クロウちゃん、そして馬の総員すべてが出掛けることになる。
あ、アルさんとカリちゃんのドラゴンふたりは、訓練場から白い雲に姿を隠して飛んで行きました。
最近のカリちゃんは、人化魔法や人間の姿での魔法発動の安定化、ライナさんと取組んでいる重力魔法の訓練のほかに、アルさんからドラゴンの姿での小型化の訓練を受けている。
これは、アルさんほどではないが本来の姿のままだと巨大な白いドラゴンなので、万が一ドラゴン姿で森の中や人間の街の近くで行動する必要が生じた場合、小さな姿に変わることも覚えておいた方が良いだろうとの、師匠であるアルさんの方針によるものだ。
それで今日のナイアの森行きは、小型化して更に白い雲でカモフラージュし、そして空を飛ぶという、多重的な魔法を安定的にこなす訓練を兼ねているのだとか。
ところで、この小型化の魔法の訓練をカリちゃんが始める際に、何故だかライナさんが「わたしもー」と言って、珍しくアルさんから窘められたそうだ。
だいたい、人間の人族のライナさんが小型化してどうするんですか。小さくなって何がしたいのでしょうかね。
ナイアの森の地下拠点に到着すると、既にアルさんとカリちゃんは着いていた。
ただ直線的にここまで来たのではなく、俺たちが来る間にナイアの森の上空から周辺の地域の空と、訓練と監視を兼ねて飛んで来たそうだ。
いくら小型化しているとはいえ、ふたりのドラゴンが上空をぐるぐる監視飛行しているとか、ナイアの森に暮らす生き物たちも気が気ではなかっただろうね。
それで彼らと合流し、暫し地下拠点の施設や内部設備の点検整備と片付けや掃除などを分担して行う。
もちろん施設関係は俺とアルさんとライナさんに、カリちゃんの担当だね。
「ねえ、あらためて思うんですけど、ライナ姉さん」
「ん? なぁにー」
「ここの壁って、なんだか古代遺跡みたいですよね。トンネルとかもそうですけど」
「ああ、良くその話が出るわよねー。わたしはその古代遺跡って、行ったことも見たこともないんだけどー。でもこれって、ザカリーさまが初めに造って、その造り方を教わって仕上げたものなのよー」
「ああ、なるほどですぅ。やっぱりザックさまって、神さまの御使いだからでしょうかね」
ほら、カリちゃんはまだそんなことを言っている。
「ふふふ。ザカリーさまはいまのところ人間だけど、もしかしたらそうなのかもねー」
ライナさんもそういうことを。この壁の仕上げについては、前世の世界の古代遺跡とか前々世の現代建築とかのイメージなんだけどね。
「でも、わたしもその古代遺跡って、見てみたいわー。ねえねえザカリーさま。こんど行きましょうよー。アルさん、どこがいい?」
「古代遺跡かのう。どこも、ちと遠いが」
「遠いのかー」
「ライナ姉さんたちは、わたしの背中に乗って行けばいいですよぉ」
「えーと、背中かー、空を飛ぶのよねー」
「それはお空ですよ、姉さん。あたりまえじゃないですか。地上を走って行くなら、馬でも一緒ですよぉ。わたしの方が速いと思うけど」
しかしこの春には、青い海と白い砂浜のあるところに行きたいという話で盛り上がってたよね。今度は古代遺跡か。
海にもまだ行ってないから、そういうことは決して忘れないお姉さんたちは、口には出さないけど不満に思っているんだろうなぁ。
でも学院に俺が行っているときは2日休みしかないし、何かと俺関係の予定が優先されちゃうし、今回の夏休みもヴァニー姉さんの結婚式があるし。
「それじゃあ、海に行くその次は古代遺跡ねー、ザカリーさま。ねえ、聞いてる? ザカリーさま」
「あ、聞いておるであります」
「海も、わたしの背中に乗ってお空を行けば、ひょいって」
「だからカリちゃん、わたしたちは途中の旅もゆっくり楽しみたいのよー」
「そういうもんですかねぇ。もしかしてライナ姉さんは、高いとこが怖いとか?」
「こ、怖くなんかないわよー。だからー、地上の旅を楽しみたいのっ」
「そうですかぁ? ふふふ」
ふうむ。どこかで海に行く日程がひねり出せるかなぁ。
でも、春に盛り上がったときの海って、子爵領内の港町アプサラの海とかじゃなくて、白い砂浜と透き通った青い海だよな。
どうもセルティア王国の南隣のミラジェス王国ならそんな海があるらしいけど、馬車や馬で行くと凄く遠い筈だ。
ミラジェス王国方面に何回か飛んでいるクロウちゃんなら、どのぐらいかかるか知っているかな。
クロウちゃんはどこにいるんだろうと通信を繋げる。これは念話とはまた別の、俺とクロウちゃんだけが同期してコミュニケーションの出来る通信だね。
ああ、エステルちゃんと一緒に居住区画のお掃除か。
ねえ、クロウちゃん、前に話に出た白い砂浜のあるミラジェス王国の海まで行くとしたら、どのぐらいかかるの? カァ。
何を突然って、ちょっと思い出したからさ。カァカァ。
どうせライナさん辺りから言われたんじゃって、まあそうなんだけど。えっ? 王都から2時間ぐらいって、それはキミとかアルさんとかの場合でしょ。地上を馬車や馬で行ったらですよ。カァカァ。
ふーん、王都からで片道3泊4日ぐらいかぁ。結構遠いよね。わかった、ありがと。カァ。
ということはグリフィニアからだと、片道で6泊7日ぐらいは必要ということか。
向うで3泊ぐらいにしておいても、往復だと15泊16日。これはファータの里に行くよりも大変だ。
例えば今年の夏休みだと、ヴァニー姉さんの結婚式とそのあとのブルクくんたちがグリフィニアに来る間は無理だから、7月の21、22日ぐらいまでは難しい。
そこから8月18日の合同夏合宿までは20日以上はあるけど、王都に戻るとかもあるし、日程的にタイト過ぎてやはり無理だよな。
前々世で国外のビーチに行く海外旅行だって、飛行機じゃないと無理だしさ。
「やっぱり、空を行くしか無いなぁ」
「なになに、突然に、ザカリーさまはー」
「ですよですよ、やっぱりお空ですよ」
地下拠点の点検や片付け、掃除は早めに終わらせて、妖精の森のエリアへと行く。
もちろん、昨晩から準備していた大量の料理は俺の無限インベントリの中に収納されていて、ニュムペ様たちとランチを食べる予定だ。
シルフェ様とシフォニナさんにアルさんとカリちゃんは先行して行った。
シモーネちゃんはどうするの? ああ、エステルちゃんと手を繋いで行くですか。
エディットちゃんやアデーレさんも一緒なので走ったりはしないが、それでもこのふたりも結構な速度で移動出来るようになっているんだよね。
特にエディットちゃんは、毎日ではないけど屋敷で身体を鍛えていて、じつは走るのが相当に速い。
一方でアデーレさんは、アルポさんやエルノさんと楽しそうに話しながら、苦もなく足元の悪い森の道を歩いていた。
迷い霧の壁を越え、妖精の森を進む。少し湿度が上がった気がするが、まあ水の精霊の本拠地だからね。
「カァカァ」
「なになに、クロウちゃん。ユニコーンたちがたくさんいるって?」
「みなさんで来てるんですかねぇ。お料理が足りるかしら」
「アルケタスくんとアッタロスさんだけじゃないんだ」
水の精霊屋敷が見えて来ると、屋敷の前の広場に10数人というか10数頭のユニコーンが前足の膝を地に突いて畏まっている様子が見えた。
何をしてるのかな。
先行していた4人のほかに、ニュムペ様やネオラさんたちもそこにいる。
「あ、来たわよ」
「いらっしゃい。お久し振りです、ザックさん、エステルさん。皆さん方もようこそ」
うん? なんだか初めて見るユニコーンがずいぶんいる気がするな。
ユニコーンの顔をすべて識別出来てる訳ではないけど。
「(御無沙汰じゃないっすかぁ、ザカリーさまはぁ)」
「(御無沙汰でござりまする)」
「(お久しうござります)」
アルケタスくんとアッタロスさん、それからアッタロスさんの弟のアリュバスさんもいた。
えーと、残りの畏まっているユニコーンたちは?
「ほら、あなたたちはもういいから、普通にしなさい」
「ザックさんとエステルさんに、ちゃんとご挨拶を」
「(ははっ。初めてお目に掛かり申す。それがし、先頃よりこのナイアの森に居を移しましたる、バシレイオスと申しまする者。これは娘のキュテリア。そして後ろに控えておりまするは、我が一族の者どもでござりまする。このたびは、その名も高きザカリー様と麗しきエステル様のご尊顔を拝し、恐悦至極。どうぞ、これよりはよしなにお付き合いくださりますよう、何卒お願い申し上げまする)」
「もう、挨拶が長いわ」
「(ははっ、これは大変に面目もなく)」
「いいから」
「まあまあ、シルフェ様、落ち着いて」
「だって、ザックさん。面倒くさいでしょ」
「お姉ちゃんたら、せっかくご挨拶いただいているんですから」
「(なんとも、勿体ないお言葉で)」
えーと、シルフェ様が面倒くさいと言うのは、俺も少々そうなんですけど。
「あの、こんにちは。ザカリー・グリフィンです。隣はエステルで、いま降りて来たのはクロウちゃん。後ろにいるのはうちの者たちですが、紹介はまたあとで。それで、このナイアの森に居を移したとおっしゃいましたが、もしかしたらアラストル大森林からですか?」
「(ははっ、然様でござりまする。ルーノラス閣下からのご指示により、こちらの妖精の森の防衛強化の一助になればと。我が一族が手を挙げた次第でして)」
「(バシレイオスの一族は、うちの親戚なのでござるよ、ザカリー様)」
「ルーノラス閣下? あー、ルーさんか」
「あやつも、ちゃんと約束を守って、この者どもをあちらから寄越したということじゃの」
そういうことか。この冬にルーさんが、アラストル大森林からユニコーンを寄越すって言っていたけど、ようやく来てくれたという訳だね。
「そうですか。それはご苦労さまでした。この森の護りを、どうぞよろしくお願いいたします」
「(ははっ。これは勿体なきお言葉。我ら、全身全霊をもって働く所存でござりまする)」
俺がそう声を掛けると、ユニコーンたちは再び前足の膝を折り、地に突いて畏まった。
あ、やっぱりちょっと面倒くさいです。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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