第625話 王宮訪問の結果報告
ようやく屋敷に戻りました。
屋敷に帰った途端に、何だか疲れがどっと出ましたなぁ。
門のところでアルポさんとエルノさんに出迎えられ、そして玄関前の馬車寄せに着くと留守番をしていた全員が出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ザックさま。どうしたの? お顔がもの凄く疲れてますよ」
「カァカァ」
「はいです。ただいまです」
「どうやら、ずっと気を張っていたみたいなんだよ、エステル様」
「ベンヤミンさんも、お疲れのご様子ですけど」
「ええ、少々。いえ、ご心配はなさらなくて大丈夫です。すべて、上手く行きましたので」
「ベンヤミンさんは、長い時間、ザカリー様と一緒だったので」
「ああ、慣れてないと……。さあさ、早く中にお入りくださいな」
馬車と馬はブルーノさんとティモさん、それからフォルくんとユディちゃんも加わって、馬車庫と馬小屋へと引いて行った。
「ずいぶんと時間が掛かりましたねぇ。ベンヤミンさんとマイラさんも、うちで夕飯を食べて行かれては?」
「ありがとうございます、エステル様。しかし、本日の結果の整理と明日からの準備もありますし、辺境伯屋敷の方に行かねばならないのですよ。向うでも食事が用意されていると思いますので、お言葉だけいただいておきます」
ベンヤミンさんは、昨晩は自分の王都屋敷でブルクくんと一緒の時間を過ごしたようだが、今日はこれから辺境伯屋敷か。
そちらで待機している辺境伯家の人たちへの報告や、今後の協議なんかもあるんだろうな。ご苦労さまです。
「まずは皆様に、本日の結果や出来事をご報告いたしまして」
「出来事、ですか?」
「はい……」
ベンヤミンさんは再び疲れた表情を浮かべながらも、ラウンジに集まったシルフェ様たちも前にして、王宮に到着してからの出来事をざっと話し始めた。
「と言うことがありまして……。結果としては、この上なく上々ということなのですが」
「まあ、そんなことが」
「(その、第2王子やら魔導士やらは、生きて帰したのかしら)」
「(ザックさまに魔法を撃つとは、なんとも勇気があるがの)」
「(魔法がお水で良かったですね。火だったら、火の粉でお衣装が焦げて大変でした)」
「(やっぱり人族の王宮って、敵がいるんですか。こっちから攻めなくていいんですか?)」
「(カァカァ)」
人外4名とクロウちゃんが第2王子とラリサ・カバエフから受けた不意打ちの話を聞いて、わぁわぁ言っている。
まあ、ベンヤミンさんとかに聞かれないように念話にしているところは良いのだけど、同時に話すものだから頭の中で響いて煩いです。
エステルちゃんもそう思ったらしくジロっとそちらの方を見たので、ようやく静かになりました。
「最後に王宮騎士団長と会ったのは予定外と言いますか、思いのほかだったのですが、ザカリー様のお陰で、その騎士団長が率先して後押しをしてくれそうです。いやあ、私としては一瞬、ドキッとしましたけどね。ザカリー様は剣や魔法だけでなく、言葉でも怖い御方だ」
俺はただ、思ったことを言っているだけだけどね。いちおう、相手は見ているつもりだし。
「そうですか。でも、結果的に上手く行ったのであれば、良かったです。この人がいきなり話をぶち壊していないかだけ、心配だったものですので」
「ははは。その点は、私としてはとても感心いたしました。いえ、ザカリー様がうちの息子と同じ歳の学院生だなんて、つい先ほどまで忘れていたぐらいですからね」
だいぶ肉体年齢に同化して来ているとはいえ、俺は魂年齢72歳ですよ。
おまけに前世では権謀術策が渦巻く世界で、なんとかやっていたんだから。
ベンヤミンさんとマイラさんは、そうして辺境伯家の王都屋敷へと帰って行った。
馬車を出しましょうと申し出たが、気分転換に歩いて行くと言う。
まあ辺境伯屋敷はヴィオちゃんちのお隣だし、それほどの距離はないからね。
「あ、そうそう。昨日にブルクから聞きましたよ。結婚の儀が終わったあと、あの子をグリフィニアにお招きいただいているんですってね。なんでもエイデン伯爵領からも部員の方が来る可能性があると、そう言っていました。せっかくのお話なので、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、はいです」
ベンヤミンさんが帰りがけに、そう言葉を残して屋敷を後にした。
そうそう、何か忘れてたよなと思っていたのだけれど、その件でした。
「ザックさま」
「あ、はいです。なんでしょうか、エステルちゃん」
「本日のことでは、いろいろと詳しくお聞きしたいところですが、その前にベンヤミンさんのいまのお話です」
「あ、はいです」
「そういう大切なお約束をしたって、どうして黙っているですかね。先方のお父様から初めて聞くなんて、恥ずかしいです」
「そうだぞ、ザカリーさま。いくら同じ部員で親しいご友人とは言っても、他領の貴族の子息、それもベンヤミン殿の息子さんだ。それにエイデン伯爵領からもと言ったら、ルアちゃんとカシュくんではないか。そちらだって貴族と騎士のお子さんだ。きちんと受入れねばならんし。王都でふらっと遊びに来るのとは違うのですぞ」
「はいです。えーと、つい忘れておりまして」
「ええっ、忘れてたんですかぁ? 大切な部員でご友人とのお約束じゃないですかぁ。どうしてそういうこと、忘れるですかね」
「はい、すみませんです」
「あらー、今日の件とは別のことで、エステルさまとジェルちゃんから叱られちゃったわよー」
「でも、叱られて当然ですよね。こういうことは真っ先に、エステルさまに報告しておかないと」
だってさ、屋敷に戻った晩は俺のお誕生日会からのヴァニー姉さんの結婚式話で、昨日は出席問題やらベンヤミンさんが来るやらで、それで今日の王宮訪問でしょ。
そんなこんだで、すっかり頭の中から抜け落ちたですよ。
カァカァ。魂年齢的なものによる物忘れとかじゃないからね、クロウちゃん。脳細胞年齢はまだ14歳ですから。カァ。
夕食の席での話題はもちろん、王宮での出来事だった。
御者や付き人の待機小屋でさえ立派で豪華だった王宮の様子の話から始まって、王宮内務部長官のブランドンさんとの会談。
もの凄く大きな宮殿の大ホールの風景や、だだっ広くて長くて立派な装飾で飾られた廊下や各所にあった中庭、そして王太子とお茶を囲んだ王太子居室エリアにある美しい中庭のテラスとそこでの会話。
話がそのあとの廊下での出来事に移ると、食事を楽しんでいた食堂内は非難轟々の嵐となった。
「何ですの、その第2王子とやらと魔導士は。ええ、思い出しましたわよ。おととしの学院祭を邪魔しに来た、あの失礼な者たちよね。あのときにわたしが、きっちり懲らしめておけば良かったわ」
ベンヤミンさんから話を聞いたときは、わぁわぁ念話で煩かったが、いまは料理を頬張りながらシルフェ様が怒っている。
一昨年の学院祭での様子を思い出して、重ね合わせたのだろう。
「お姉ちゃん、そのお話はお夕食を食べてからにしましょうね。お料理を口に入れたまま怒るとか、ダメですよ」
「でも」
「でもじゃありませんよ、おひいさま。エステルさまがおっしゃることには素直に、はいと」
「だって……。はい」
一緒にテーブルを囲んでいるミルカさんは少々目を丸くしているが、最近はシルフェ様も日常的なことではエステルちゃんの言うことにあまり逆らえない。
シフォニナさんもシルフェ様を窘めるしね。
食事が済んで、いつものように皆でラウンジに場所を移した。
当然に先ほどの話題の続きだ。
「ジェルちゃんはどうして、その魔導士を斬り捨てなかったのかしら。ザックさんに魔法なんか撃ったら、そうされても当然よね」
「あ、いえ、シルフェさま。さすがに王宮の中で、われらが剣を抜いて血を流すのは。それにあの女は、ただぼーっと、ザカリーさまを見ておりましたので」
いやあ、ジェルさんが常識と分別をまだ保っている騎士で良かったですなぁ。
あそこでジェルさんがそのままいきなりラリサさんを斬り捨てていたら、もちろんジェルさんの腕前なら即死だろうし、セオさんの言ではないけど、理由はどうあれ大きな争いに発展しかねなかった。
「ふーん、そうなのね。でも天罰というのは、そんな人族の王家とか貴族とかを超えたものなのよ」
「シルフェさんも過激じゃのう。ジェル嬢ちゃんが困っておるわ。そこはザックさまの指示がないと、ジェル嬢ちゃんが斬る訳にはいかんて」
いやいや、天罰とかは大袈裟だし、それに俺が斬り捨てろとかの指示は出しませんから。
「ジェルさんが腕を取って取り押さえたのは、良い判断だったと思うぞ。そこで密かに、腕の骨ぐらいは折っても良かったがな」
「魔法が暫く使えないように、肩を砕いておくというのもありだの」
いやいや、アルポさんとエルノさんも、それは拙いでしょ。
どちらにも怪我人を出さずに終わらせる必要があると、俺は咄嗟に思ったんだよ。
それに俺なら、両方の肩を砕かれても魔法は撃てるしね。一般の魔導士がどうなのかは分からないけど。
「ザックさんの判断で、誰も怪我人を出さずに済ませたということなのは理解しました。つまり、そんなつまらない連中とのしょうもないことで、ヴァニーちゃんの結婚式を穢したくないって、そうお考えになったのよね」
まあ、そういうことですよ。シルフェ様もようやく怒りを抑えてくれていた。
「しかし、あの場に現れたサディアス副騎士団長は、何としてもザカリー様の取り調べをしようとし、反対にランドルフ騎士団長は、直ぐにザカリー様をお呼びになってお詫びをされたということでしたな」
「それぞれのザカリー様への対応で、なんとなくはっきりして来やしたよ、ミルカさん」
「それにしても、サディアスとかさぁ、うまいことあの場に来たわよねー」
「第2王子に近い誰かしらが、呼びに行ったんじゃないですかねぇ。本人は腰を抜かしてましたけど」
「腰抜かして、ちびってなかったー? オネルちゃん」「そんなの、確認してませんよ、汚いし」とか、奇麗なお姉さんがつまらない話をするのは止しましょうね。
おそらくだけど、第2王子とラリサさんのふたりだけだったということはない気がするし、侍女なり取り巻きなりに、サディアスさんをあらかじめ呼びに行かせていたんじゃないかな。
「しかし、ザックさまのあの結界で、そのキ素力の放出を離れた場所から感知したとか、それはそれで人間にしては大したものではないかの」
「まあそうなんだろうけどさ、アルさん。でもあとから考えると、感知してから来たというより、あらかじめあの廊下の辺りに来ていて、それから感知したのじゃないかと思うんだよね」
つまり、俺たちが王太子を訪ねて来たというのを騎士団員経由で第2王子が耳にして、様子を窺いに来ていたのではないかと、そう後から考えた訳だ。
騎士団員に取り次ぎを頼んだマイラさんは俺の名前を出さなかったようだけど、別の誰かが俺の顔を知っていたんじゃないかな。
そう思ったのは、ランドルフ騎士団長が俺のことばかりか、お姉さん方やブルーノさんのことまで把握していたからというのもある。
それだけ、俺たちが考えている以上に王宮や王宮騎士団は、うちのことを調べたり把握している気がするんだよな。
「ミルカさんはどう思います?」
「ふうむ、ジェルさんたちばかりでなく、ブルーノさんのこともご存知でしたか。まあ、ブルーノさんは有名人ではありますが」
「逆にわたしらは有名人ではないぞ。ブルーノさんだけ知られているのなら、それはわかるが」
「そうでやすかねぇ」
「それはそうよねー」
「いや、ほら、うちのお姉さんたちは目立つからさ。それに王宮騎士団とは、おととしの一件もあるし」
「むう。それを出されると、なんとも面目ない」
「それはそうよ。だってジェルちゃんたちは美人だもの。エステルが隣にいて、美人の護衛を3人も連れているのって、ザックさんぐらいのものでしょ。それは目立つわよ。ねえ、シフォニナさん。カリちゃんもそう思うわよね」
「そうですよぉ。姉さんたちが凄い美人さんなのは、人間の街に来てあらためて思いましたぁ」
「またまたー、カリちゃんもお世辞が上手になったわよねー。あなたも人間の暮らしに馴染んで、すっかり美人さんよー」
「そうですかぁ? えへへへ。姉さんたちと一緒に暮らして、日々、人化の魔法に修正を加えてますから」
そうなの? 人化の魔法で美人度の修正が出来るんだ。
そう言われてみると、カリちゃんは当初よりもだいぶ垢抜けたような。って、話の方向がだいぶ違って来ていますよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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