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第623話 宮殿の廊下で、不意打ちを食らう

 その中庭のテラスでセオドリック王太子と別れ、来たときと同じように侍女さんの案内で、王宮内の広々とした廊下を宮殿の大ホールへと向かった。


 おや!?

 廊下の角を曲がり、おやっと思ったとき、なかなか速い水弾の魔法が一発、前方からいきなり飛んで来た。

 咄嗟に俺はその水弾を、キ素力を纏った手刀で空中に霧散させる。

 剣や刀じゃなくて手刀だと、水が飛び散って服に掛かるんだよなぁ。まあ火球とかじゃなくて良かったけどさ。


 そんなことを頭に浮かべていると同時に、ライナさんが重力可変の手袋をした両手を構えながら俺を庇うように直ぐ前に出て、水弾の魔法が飛んで来た方向から防御の体勢をとり、同時にジェルさんとオネルさんがその前方に走って行った。


 ミルカさんは素早く数歩前に出て、案内してくれている侍女さんを護りながら辺りを伺い、マイラさんはベンヤミンさんを護っている。



「ここです。捕らえました」と、ジェルさんの声がした。

 いったい誰なんだろうね。俺たちを王宮の中で襲うなんて。


 長く伸びた直線の廊下の向う、その曲がり角の方向だ。

 俺たちは小走りに、そのジェルさんの声がしたところへと向かった。

 そこには、ジェルさんに腕を取られて廊下の床に蹲る、黒いローブ姿の小柄な人物の姿。


 それから、その向うにオネルさんが立っていて、廊下に尻餅を突いているひとりの男性を見下ろしている。

 あーっと、あれは、第2王子ではありませんか。

 すると、ジェルさんに押さえ込まれているのは。


「僕に向けて水弾の魔法を撃ったのは、このラリサ・カバエフか」

「のようですな。魔法を発動した気配が感じられましたし、わたしが飛び込んだときには、様子を伺っていましたので。まあ、ザカリーさまに魔法を撃つとか、無茶をしたものですが」


「わかった。もう手を離していいよ、ジェルさん。その人の腕が折れると、あまりよろしくないし」

「はい」


「それでオネルさん、そちらは?」

「ええ、ジェル姉さんとわたしが現れたのを見て、尻餅を突いただけですよ」


「ぶ、ぶ、ぶ、無礼だぞ、貴様ぁ」


 腰を抜かしながら、何をぶうぶう言っているんですかね。


 後ろから遅れて追いついて来たベンヤミンさんが、その第2王子の姿を見て「これはっ」と驚いている。

 一方でジェルさんに抑えられていたラリサさんは、取られていた腕を解かれたあと、知らんぷりをしてあらぬ方向を見ていた。


 いったい何なのだろうね。

 もう帰ろうとしていたときに、最も会いたくない第2王子の顔を見てしまうは、それ以上に王宮内で魔法を撃たれるとかさ。


 さて、この場をどうしようかと思っていると、騒ぎを聞き付けたのか数人の警備の王宮騎士団員がやって来た。

 その騎士団員たちの後ろから、おやおや、先ほどまで話題に上がっていたサディアス・オールストン副騎士団長が近寄って来るではないですか。

 いやあ、会いたくない人たちが勢揃いですなぁ。



 別の方角からも、他の王宮騎士団員やそれ以外の人間もやって来て、案の定というかかなりの騒ぎになりそうだった。


「これは。どうしたのですか? あなたはベンヤミン・オーレンドルフ準男爵殿ですね。それから……ザカリー・グリフィン殿、ですか。この騒ぎのご説明をいただけますかな?」


「こ、こいつらが、いきなり襲って来たのだ。それで、ラリサに危害を加えた。サディアス、こいつらを直ぐに捕らえろ。王宮の中で、こ、この僕を襲うなんて、極刑だ。極刑に処せ。早くしろ」


 第2王子は、人が集まって来たときには既に立ち上がっていた。

 サディアスさんは俺の方に鋭い眼光を向けて、説明しろと口を開いたのだが、俺が何か言うのを遮るように第2王子が声を荒げた。

 その声はまだ、ぶるぶる震えているけどね。


「なにをっ。ザカリーさまにいきなり魔法を撃ったのは、この女だぞ」

「ジェルさん、控えて」

「はっ」


「あなたは、ジェルメール従騎士、いや、もう騎士になられたのか。しかし、それは本当ですか? ラリサ」


 それまでそっぽを向いていたラリサさんが、サディアスさんの問いかけに彼の方を向いた。


「王太子さまの居室の方角で、魔法の発動を感じた。キ素力が膨れ上がった、それを探知したから。だから、クライヴさまにそう言って、確認しに来た」


「王宮内で、王族の以外の者が許可無く魔法を発動するのは、厳禁だぞ。ましてや、それが外部の者なら、厳罰に値するんだぞ。魔法を発動したのは、きっと、こ、こいつだ。おまけに、それを確認に来た僕らを襲い、ラリサに危害を加えた。直ぐに処刑しろ、サディアス」


 なーにを言っとるのですかね。

 でもラリサさんがいきなり、水弾の魔法を俺に向けて撃ち込んで来た事実を黙っている以外は、その通りなんでしょうかね。

 ふーん、王宮の中では王族以外が許可無く魔法を発動してはいけないのですな。


 ラリサさんが魔法の発動を感じたと言ったのは、ああ、先ほどの結界のことか。魔法じゃないんだけどね。

 ラリサ・カバエフには魔法を探知する能力があると、以前に聞いたことがあるが、かなり離れた距離からキ素力を感知する力があるんだな。これは要注意だ。



「それが事実なら、あなたを取り調べる必要がありますが、どうなのでしょうか、ザカリー・グリフィン殿」

「廊下を歩いていたら、僕に向けていきなり水弾の魔法が撃ち込まれたんですけどね。そこのところは、どうなんですか?」


「仮にもしそうだとしても、王宮内の規則を破った者に対して、王族が許可を出せば魔法攻撃は出来ます。いまザカリー殿が言われたことは事実ですか? ラリサ」

「クライヴさまが、許可した。それに、ただの軽い牽制」


「兄上の居室の方から来たのは、こいつらだけだ。それにこいつは、魔法が出来る。もし兄上に危害を加えたのなら、これは一大事だぞ。ラリサは、もっと強力な魔法を撃ち込んでも良かったのだ」


 集まって来ていた王宮騎士団員やその他の人たちに緊張感が走る。

 既に腰の剣に手を掛けている者もいますな。


 しかし、なーにを言っとるのですかね。

 としてもラリサさんは王宮魔導士で、少なくとも王宮内での魔法に関しては、彼女の言うことが信じられてしまうのかも知れないな。

 それに、第2王子が許可を出したということなら、いきなりの攻撃も許されてしまうのだろうか。


「しかし、誰も王太子様に危害など加えてはおりませんですぞ、サディアス副騎士団長」


「ほう、それはそうでしょう、ベンヤミン準男爵殿。そんなことが起きたなら、本当に一大事ですからな。しかし、ラリサが魔法を探知したと言うのなら、調べる必要はあります」

「それは……」


 俺たちが王太子と会っていたのをあまり公に広めたくないベンヤミンさんは、そこで口を噤んだ。

 他人に会話が聞かれないように魔法を発動したと、彼はその場にいて承知しているが、それもあまり知られたくないだろう。魔法じゃないんだけどね。


 どうもこれは、この場を収めるためには副騎士団長の取り調べとやらを受けないといけないのかなぁ。

 ちらりと第2王子の方を見ると、ようやく震えが収まったのか、以前にも見たことのある傲慢で人を見下すような表情を俺に向けている。

 本当にやれやれだ。



「そこで何を騒いでいるのだ」


 この場を一喝する大きな声が廊下に響いた。

 現れたのは、セオドリック王太子だった。先ほどまで俺たちを案内してくれていた侍女さんと、それからミルカさんが従っている。

 ああ、ミルカさんの姿が見えないと思っていたら、侍女さんを護りながら王太子を呼びに行っていたのですね。さすがに行動が早い。


「どうしたのだ、サディアス。そこにいるのはクライヴか。何をした」


 第2王子は兄である王太子が登場し、名前を呼ばれてビクっと硬直している。

 それにしても、いきなり第2王子に向かって「何をした」と聞くのもなんですなぁ。


「これは王太子様」

「いいから、説明しろ」


 それでサディアスさんは、これまでに双方から聞いたことを王太子に説明した。

 作り話や曲解はしていないようだ。他に同じく話を聞いていた人たちがいるからね。


「そうか、話はわかった。まず、ザック君をはじめこちらの方々は、先ほどまで俺のところにいた。いや、昨年に面識を得て、今日は王宮に用事があって来たついでに、俺を訪ねてくれたのだ。それでお茶をいただきながら話をしていて、ザック君の魔法の話題になり、俺が許可して魔法を発動して見せて貰ったんだよ。そうだよな、ザック君」

「はい」


「それが何か拙かったかな? どうなんだ、クライヴ」

「あ、あの、えーと」


「そこの魔導士が、離れた場所からザック君の魔法を感知したというのは、なかなか大したものだ。しかし、騒ぎ過ぎだ。まずは状況を確認するなり、王宮魔法部か王宮騎士団に報告するなりするべきではないか。そんなことでは、俺が試しに魔法をやってくれと許可ことしたが罪に問われてしまう。そうだろ、サディアス」

「ははっ。王太子様のご許可であれば、何の問題もありません」


「あと、ザック君に、この魔導士がいきなり魔法を撃ったとか。それで、撃ち返されたのか? サディアス」

「いえ、そうではないようです」

「誰か怪我でもしたのか?」

「いえ、誰もいないようです」


「そうだろうな。仮にザック君が撃ち返したのなら、その魔導士やクライヴ、おまえも既に死ぬか大怪我をしていたやも知れぬ。もしもそんなことが起きたら、どうなる。グリフィン子爵家と、いや北辺の貴族たちと王家が内戦か? ごく些細なことから、そんなきっかけを作ろうとしたのか?」


 ラリサさんは何か別のことを考えているのだろうか、またあらぬ方向を見ていた。

 一方で第2王子は、王太子の言葉に再びぶるぶると小刻みに震え出しているようだ。

 怖れなのか怒りなのか、それが王太子に向けられたものなのか俺に向けられたものなのか、そのすべてなのかも知れない。



「もう充分だな、サディアス」

「はっ、王太子様」


「よし、騒ぎは何も無かった。我が弟が俺を心配するあまり、少々、誤解が生じただけだ。そうだな、クライヴ」

「……はい、兄上」


「そういうことだ。皆もそれぞれ持ち場に戻れ。それとザック君、迷惑を掛けたな」

「いえ、王太子様の言われる通り、騒ぎは何も無かったということです」

「そうだな、ありがとう。では気をつけて帰ってくれ。ベンヤミンさんもな」


 そう言うと、王太子は踵を返し自分の居室のある方へと戻って行った。

 第2王子もラリサさんを従えて、逃げるように遠ざかって行く。

 集まっていた人たちもそれぞれに引揚げ、サディアス副騎士団長だけがその場にまだ残っていた。


「ベンヤミン殿、ザカリー殿、私がご案内いたしましょうか」

「いえ、サディアス副騎士団長殿。王太子様のお言い付けで、わたしがご案内いたしますので」


 王太子の侍女さんがちゃんと残っていてくれて、サディアスさんの申し出を代わりに断ってくれた。


「そうですか。では、私もこれで。ザカリー殿、くれぐれも王都では、大人しくなされておりますように。ここは北辺ではございませぬので」

「ご忠告、痛み入ります。なるべく、そうしていることにしましょう」


 サディアスさんは「ふむ」と声を漏らすと、何人かの騎士団員を連れて去って行った。

 ほんと、やれやれですな。



「いろいろ、ご迷惑をおかけしましたが、ちょっと面白かったです、うふふ。でも魔法って、手刀で消せるものなんですね。初めて拝見して、ちょっと驚きました。それでは、わたくしはこれで失礼いたします」


 ようやく俺たちは大ホールまで戻り、案内してくれた王太子付きの侍女さんはそんなことを最後に言って戻って行った。


「ねえねえ、あの侍女さんて、ただの侍女さんじゃないわよねー」

「ああ、魔法が飛んで来たときも、まったく動じていなかったようだな」

「王太子さまの陰護衛とかなんですかねぇ。でもファータの人ではありませんよね」


「ええ、違いますね。あのとき、私が咄嗟に彼女を護ろうとしたのですが、その必要などありませんでした。直ぐに、王太子さまのもとに走りますよと囁かれて。それから足音も立てずに、凄く速かったですよ」


 ふーん。ファータでなければ人族の女性なのだろうけど、特別の訓練とかを受けているのかな。

 まあ王太子の側で仕えているのなら、そういう人が必要なんだろうね。


「いやあ、しかし参りましたな。私は荒事が苦手なので、とても驚いてハラハラしてしまいました」


 そんなことを言いながらも、ベンヤミンさんも何だか面白がっていたじゃないですか。

 特に王太子が現れて、俺が反撃したら云々の話から北辺の貴族と王家の内戦とか、いきなり飛躍し過ぎの無茶なことを言ったときには、吹き出しそうにしてましたよ。


 それにしても面食らったので、ちょっとここで休憩して、それからブルーノさんとティモさんの待つ馬車のところに戻りましょうか。

 そう思って大ホールの一角にあるベンチに腰掛けたら、何やら向うから王宮騎士団員が俺たちの方に向かってやって来る。

 まだ何かありますかね。


「失礼いたします。ザカリー・グリフィン様でございますね」

「そうだが、何か」


 直ぐにジェルさんが立ち上がって、その王宮騎士団員に向かって応えた。


「これは騎士殿、失礼いたしました。ご休憩のところ誠に申し訳ありませんが、ザカリー・グリフィン様にご足労願えないかと、我が王宮騎士団ランドルフ・ウォーロック騎士団長よりのお願いでございます」

「いまからか?」

「はい、出来ましたら」


 やれやれ、今度は王宮騎士団長ですか。

 しかし、王太子の結婚式出席の件があるから、先ほどの話からするとこれは会わない訳にはいかないよな。ホント、やれやれだけど。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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