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第622話 王太子の快諾

「婚約が決まったという報せはヴィックから貰っていたから、もうそろそろ式だろうとは思っていたが。そうか、7月の15日か。あまり日にちがないな」

「申し訳ありません。いろいろと段取りに時間が掛かってしまって」


「まあそれは仕方がないが、それで今日は、招待状を届けにでも来たのだろ」

「ええ、いましがたブランドン準男爵に渡して来たところです」

「そうか」



 午後の陽光に照らされた中庭のテラス。テーブルには侍女さんが淹れてくれた紅茶とともに、グリフィンマカロンとグリフィンプディングが広げられた。

 この中庭に入るところで、案内の侍女さんには見られないように、オネルさんがこっそりとマジックバッグから出しておいたものだ。


 王太子は昨年の学院祭で味わっているが、侍女さんふたりはどちらのお菓子も初めてなので、「きゃぁ」と声を出してもの凄く喜んでくれた。

 エステルちゃんがたくさん持たせてくれていて、美しい化粧箱にはいまここにいる人数分の倍はあり、半数は冷やして早めに食べて貰うようにお願いしておきました。


「いやあ、この王宮でザック君のうちの名物お菓子が食べられるとは、思ってもみなかった。エステルさんに感謝だな」

「マカロンの方は、既に王都でも売っていますけどね。まあこれは、うちの自家製ですが」

「つまり、本家本元というやつだな」


 甘い物で和やかに心をほぐして、さて本題の結婚式の話となった訳だ。


「ブランドンに渡したということは、王家宛の招待状ということだな。それで、王宮に持った来た招待状は、それだけか?」

「はい。それだけでございます」

「ふむ。なるほどな」


 セオドリック王太子は、紅茶を口にしてにこやかにベンヤミンさんの言うことを聞きながらも、頭の中では何か考えているようだった。

 招待状が王宮内務部長官のブランドン準男爵に渡されたものだけだと確認したことで、だいたいは了解したのだろう。



「それで、ザック君がわざわざ王宮まで来てくれたのは」

「それは僕の姉の結婚式ですから」


「まあそれはそうだが、王宮内務部に届けるだけなら、そもそも君は来ないだろう。ベンヤミンさんと、そちらのミルカさんだけで良い筈だ。だいたい君は、王宮なんかには来たくもないのだろ?」


 王太子は俺の顔を見てそう言い、悪戯っぽくニヤリとした。

 俺とは昨年の学院祭でいちどだけしか会っていないが、俺のことはいろいろと情報収集をしているのかもな。

 それと、頭の回転もなかなかに早く、洞察力も鋭そうだ。


「まあ、それはそうなんですけど」

「ザカリー様」


「ははは。いいんだよ、ベンヤミンさん。彼は、うちの王家なんかにへつらうタイプじゃないだろうからさ。で、ザック君が来た目的は……」


「そのお話の前に、声が周囲に漏れないようにしていいですか? この中庭のテラスだと、盗み聞きはし辛いとは思いますが」

「おお、さすがは魔法学特待生だ。そんなことが出来るのか。まあ念のためだ。よろしい、そうして貰おうかな」


 魔法じゃないんだけどね。

 それで俺は軽く結界を張った。視覚的にはほとんど作用は無いが、聴覚的に音が外部に漏れにくい、その程度の結界だ。

 余裕を持って屋根付きテラスの全体を囲ったので、多少はキ素力を使いますけどね。


 王太子は「ふーん、これで多少は大きな声を出しても大丈夫ということか」と、周囲を見回していた。

 注意深く見れば、ごく薄いベールでこのテラスが包まれている感じです。



「セオさんに、ヴィックさんとうちの姉との結婚を、一緒に祝っていただきたいと思いまして」

「それはもちろんだが」

「一緒にと、僕はお願いしました」


「ははは、一緒にか。そうか、一緒にだな。他ならぬヴィックとヴァニーさんの結婚式だ。俺も是非ともそうしたい。いや、そうしよう。ザック君に一緒にとお願いされたら、そうするしかないだろ。はっはっは」


「王太子様」

「いや、ベンヤミンさんは何も言わなくていいぞ。これは、ヴィックと俺と、それからザック君の3人の間の話だ。キースリング辺境伯家とグリフィン子爵家は、その長男と長女の結婚式に、フォルサイス王家を招待した。それとは別に俺は、ザック君にヴィックとヴァニーさんの結婚を一緒に祝ってくれとお願いされ、承諾した。そういうことだ」


「ですが、ご即断とはまた」

「答えは他に無いし、それにここからは俺の仕事だよ、ベンヤミンさん。それがうまく行くかどうかは、いまは何とも言えないがな。まあ、いまここで約束出来ることは、俺が一緒にその場で祝うことが出来なさそうだったら、王家からは替わりにブランドンでも行かせるよ。俺が行くというのを差し置いて、代理を出席させるとしたら、王宮内務部の長官あたりが妥当だろ?」


 ベンヤミンさんと、それからミルカさんは、この王太子の言葉に何も言わずに頭を深く下げた。



「しかし、エールデシュタットまで行くとなると、大変ではないですか? 行き帰りで10日ほどは必要ですし、それなりの警護やお供も必要になるでしょうし」

「まあ普通はそうだな。だいたいこの何年も、俺は王都を出て余所の貴族領に行ったことがない。それ以前でも、せいぜいが周囲の公爵領ぐらいのものだ」


 そうだよね。王太子ともなると、俺以上にそう簡単に遠出なんか出来ないよな。

 旅程や途中の宿泊先を選ぶのも大変だろうし、受入れる側も大変だ。


「去年の総合戦技大会のときみたいに、またザック君の家の人たちの中に紛れさせて貰おうかな」

「それは……」

「ははは、冗談だよ、冗談。俺はそれでもいいんだけど、さすがにな」


 だいたい俺たちは夏至祭前の6月20日には王都を出発しちゃうんだから、あと15日後ほどしかない。

 それに、帰りをどうするのかも考えなくちゃいけないし。

 王太子は冗談と言ったが、その表情は目を輝かせて満更でもなさそうだった。でも、そもそもが無理でしょ。


「そうだな。同行させる供はブランドンでいいだろ。それ以外はいらないな。問題は警護の部隊か。王宮騎士団から出すとしてもなあ」


 彼はそう独り言のように言葉を繋いだ。

 やはり王宮騎士団は問題なのだろうか。王宮騎士の多数派は、ろくに剣術の訓練もしないで王宮政治ばかりに関心を向けている、メタボ騎士ばかりらしい。

 あ、エステルちゃんが解釈するところの目多忙騎士ね。周囲を伺うばかりのやからだ。


 あとは、あのサディアス副騎士団長をリーダーとする若手グループ。

 だがこの若手騎士連中は改革急進派らしく、何を考えているのか良く分からない。

 それから残りは、所謂、真面目な脳筋騎士の人たちだな。



「王宮騎士団は、警護部隊として信頼が置けるんですか?」

「ザカリー様」


「ああ、いいんだよベンヤミンさん。外に音が漏れないようにしてくれているのだから、これなら何でも話せるよ。ザック君は、王宮騎士団が現状、3種類ぐらいに色分け出来るのを知っているかな」

「ええ、おおよそは」


「グリフィン子爵家ならそうだろうな。辺境伯家も承知だろう。つまり大多数の王宮騎士は、家柄にしがみつくばかりの使えん者たちで、王宮内で無駄に暗躍するのだけが得意な連中だ」

「はあ」


 なかなか辛辣な評価でありますな。でも王太子のセオさんが言うのだから、そうなのだろう。


「それが多数派。つまりこんな連中など、エールデシュタットにとっても連れては行けない。そして、若手のグループだが、ザック君はサディアスを識っているんだよね」

「はい、何度か顔を合わせましたから」


「あいつは、何を考えているのか良く分からん奴だ。だが、あいつの下にいる若手騎士どもは、いたって単純。直情径行な者たちと言ってもいい」


 若手の武官にありがちと言えるのかも知れないが、おそらくは自分の頭で考えず、サディアスさんの指示に何も疑問を持たずに従う便利な連中なんだろうね。


「ただし、リーダーのサディアスが、副騎士団長という重職に就いているからな。今回のように王族が遠出をするとなると、通常その警護責任者は副騎士団長になる場合が多い」


 一昨年に学院祭へ第2王子が訪れたときにも、あのサディアスさんが供をしていたよな。

 王族は滅多に王都の外に出ないとはいえ、王以外の王族が外出する場合には、副騎士団長が責任者になる訳だ。



「ザック君は、あのサディアスをどう評価する? いや、会った印象だけでもいいんだが」

「そうですねぇ」


 俺の背後から殺気が飛んで来る気がしますよ。ジェルさんだよね。少し抑えましょうね。


「正直言って、良くわからないという印象です。ただ」

「ただ?」

「フォルサイス王家の権威を自分の利益に利用するというより、自分でその権威を何故だか無理に背負おうとしているように、何となく思えますよね。これはあくまで、直感ですけど」


「ふうむ。王族でもない、いち騎士爵が、フォルサイス王家の権威を自分で背負おうとしている、か」


 セオさんは、俺が言ったことを暫し黙って考えていた。


「俺もあいつのことは良くわからんのだが、でも、ザック君のその直感は、何となく理解出来るよ。本来ならあいつは準男爵に叙爵される予定もあったんだが、それを辞退した。準男爵になれば騎士団長と同格で、将来はあいつが騎士団長になるやも知れない。しかしサディアスの関心は、そういう王宮騎士団内や王宮での普通の地位ではないのかもな」


「まあ、僕の直感ですから、あまり気にしないでください。ただし、うちでは少々、あの人と因縁がありまして、互いにかなり警戒していると思いますので。だからという訳ではありませんけど、あまり北辺の地には来てほしくはないですね。あ、これはあくまで僕の意見ですよ」


「いやいや、その警戒心は俺にも理解出来るさ。ザック君とどんな因縁があったのかはわからんが」


 主に、後ろで殺気を漏らし続けているお姉さんとの因縁なんですけどね。



「あとは、ランドルフ騎士団長だな」


 ランドルフ・ウォーロック準男爵。王宮騎士団の騎士団長だ。

 俺は会ったことがないが、以前にティモさんの調べでだいたいのことは聞いているし、元王宮騎士だったフィランダー先生が話題に乗せたことがある。

 つまり、脳筋騎士じゃなかった、真面目に訓練と仕事に取組んでいる連中の親玉だ。


 フィランダー先生の話では、本人もかなり剣術を遣えるらしい。

 そして騎士団長であり準男爵であり、王宮内で重きを置かれている立場だということだ。

 しかし年齢的には、かなりいっているのではないかな。


「ランドルフ騎士団長が、俺みたいな王太子ごとき若造が10日ばかり遠出をするというだけで、王都を離れるとは思えない」


 王太子ごとき若造って言っても、王族のナンバー2なんじゃないの?


「あのおやじは、父上が外出するときのみ、護衛の指揮を執るんだよ」

「そうなんですね」


 うちのクレイグ騎士団長なんか、姉さんの婚約騒ぎでヴィンス父さんがなかなかうんと言わずに家族内で揉めていた昨年秋に、家令のウォルターさんと重鎮ふたり、平気で王都の俺のところまで来てたよな。

 それで、ナイアの森での魔物退治に参加するはで、いささか自由過ぎる。


「しかし、ザック君の言う信頼ということなら、あのランドルフ騎士団長になるよなぁ」


 そこら辺がどうも、今回の結婚式出席の肝になりそうに俺には思えた。

 つまり、内務部長官やら誰やら王宮の文官の重役たちをなんとか説き伏せたとしても、その王宮騎士団長が安全を理由に反対でもしたら、この話はボツになりそうな気がしたのだ。

 そうならないためには、その人自身を巻き込んでしまうのがいいんじゃないかな。


 そう俺が思ったことを話してみると、セオさんもどうやら同じ考えだったようだ。


「だがな。どうやって巻き込むかだ。仮に俺が行くことを父上や重役たちが了承したとして、そうしたら護衛は副騎士団長指揮ということになる。それは、あまりよろしくないだろ。だから、騎士団長が俺のエールデシュタット行きに賛成し、かつ慣例を破ってあのおやじ本人が指揮を執って、自らも行くと仕向けねばならない。これはちょっと大変だな」


 なかなかの難しい御方なんですかね。どうやら、ただの脳筋騎士の親玉というだけではなさそうだ。



「まあ、早速に動いてみるよ。今日、ブランドンに招待状を渡したのなら、明日にでも父上に上申して、協議ということになるだろう。当然に俺のところにも話が来るし、その協議に加わることになる」


 今日はもう6月4日。結婚式は7月15日だが、仮に前日にエールデシュタットに到着するとなれば、11日には王都を発たなければならない。

 この世界の1ヶ月は27日間なので、あと30日余り。その間に夏至祭もある。


「ベンヤミンさんとミルカさんは、直ぐに地元に戻られるのかな?」

「いえ、明日から各領主貴族の王都屋敷を訪問して、招待状をふたりで届けますから、4日ほどは王都に滞在する予定です」


 ああ、そういう予定なんですね。19家あるから、1日5家ぐらいの勘定か。まあ、留守番がいる屋敷ばかりだろうから、届けるだけなんだろうけどね。


「さすがにあと4日ばかりでは、結論は出そうもないな。ザックくんはいつ出立するんだ? 学院は15日までだよな」

「ええ、通常ですと20日に出発ですかね」


「20日か。そこまでで決着が着くといいんだが。俺も20日に一緒に王都を出て、夏至祭はグリフィニアかエールデシュタットというのは、ダメかなぁ」


 まだ言ってるよ、この王太子。それは無理ですからね。


「ともかく、20日までに何かが決まりそうだったら、ザック君に連絡を入れるとしよう」

「了解しました」


 王太子との会談はそんな感じで終了し、俺は結界を解いた。

 それと同時に、中庭の木々のざわめきや、どこかの樹木の枝に止まっているらしい鳥の鳴き声などが耳に飛び込んで来る。


 さて、ブルーノさんとティモさんも長いこと待たせているし、帰りましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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