第620話 ザック、王宮に行く
ベンヤミンさんとマイラさんが帰ったあと、レイヴンメンバーを招集した。
シルフェ様とシフォニナさんも顔を出し、魔法の訓練をしていたアルさんとカリちゃんも来ている。
「なんと、明日にザカリーさまが王宮へ」
「また急な話ですよ、これは」
「ねえねえ、どういうことなのー?」
はい、いまからご説明しますよ。
それで王家に対するご招待問題から王太子に直接会ってご意向を伺う話、そして余計な者が王家から来ないようにするということで第2王子の名前が出た途端、集まったみんな、特に女性陣から轟々たる非難の声が上がった。
これまでの経緯を知らないカリちゃんだけは、きょとんとしているけどね。
「それでザックさんは、あの第2王子とやらを成敗しに行かれるのかしら」
「いえ違いますよ、おひいさま。太い釘を刺しに行かれるのです」
シルフェ様とシフォニナさん、どちらも違いますから。
王太子に会いに行くって、いま話しましたよね。そもそも、第2王子なんぞとは顔を会わせたくないですぞ。
ほぼ内密の面会ということで、エステルちゃんは行かずにお供と護衛も少人数とすることから、王太子のところまで行くのはベンヤミンさんにミルカさんとマイラさん、そして俺とお姉さん方3人だと伝えた。
ブルーノさんとティモさんは御者を装い、王宮の敷地内で待機する。
「それで、装備はどうする? ジェルちゃん。魔導武器は持って行った方がいいかなー」
「やっぱりフル装備ですかね」
「ライナもオネルも、ザカリーさまの話を聞いておらんかったのか。あくまで内密の面会のお供だぞ。王宮へ討ち入りではないぞ」
「でもさー、王宮騎士とかがうろうろしてたりするでしょー。ほらあの副騎士団長とかさー」
「むう、それでも討伐はせんのだ。仮に出会ってしまっても、ぐっと我慢だ」
「ねえ、ライナ姉さん。人族の王宮って、敵だらけなんですかぁ? そしたらわたしも加勢しないとですよ」
いやいや、みんな違うから。
あの王宮騎士団のサディアス・オールストン副騎士団長と出会おうが、万が一に第2王子とでも出会おうが、すべて無視ですよ無視。
それからカリちゃん。敵だらけとかではないし、カリちゃんが加勢したら王宮は壊滅しますからね。
「どうもうちの嬢ちゃんたちは、物騒じゃのう。だいたい、ザックさまに何かがあったら、わしがブレスを一発」
だから、そこのドラゴン爺さんがいちばん物騒ですから。
翌日の午後、ベンヤミンさんとマイラさんが屋敷に来たので早速、王宮に向けて出発する。
馬車が1台。御者台には今回ブルーノさんとティモさんのふたりが座り、御者兼護衛という体だ。
お姉さん方3人はそれぞれ騎乗で従う。
5人とも騎士または従騎士の平時制服を着用し、帯剣している。
新たに従騎士になった3人の制服は、エステルちゃんが用意していたんだね。
あと、ライナさんが帯剣するのは珍しい。
「ライナさん、それって重力可変の手袋だよね」
「ふふふ。闘いのときはこれ着けてないと、なんだか気持ち悪いのよー」
だから、闘いに行くんじゃないですから。
「それとオネルさん、マジックバッグも持って行くんだ」
「ええ、いちおう通常の帯剣はしてますけど、万が一外せと言われてもいいように、ジェル姉さんとわたしの魔導剣を入れてあります。ブルーノさんの弓とティモさんの剣は、ティモさんが持ってるマジックバッグの中ですね。あと、魔導手裏剣もそれぞれ」
「もちろん、ザカリーさまの許可がないと出しませんぞ。ティモさんの方は状況次第ですが」
「あ、エステルさまから持たされたグリフィンマカロンとグリフィンプディングも、ここに入ってますよ」
「さいですか」
もういまさら、何を言っても仕方ないです。
くれぐれも、そこから何か出すところを誰にも見られないようにしてくださいよ。お願いしますよ。
馬車には俺とミルカさん、ベンヤミンさんとマイラさんの4人が乗り込んだ。
エステルちゃんやシルフェ様たちが揃って玄関前で見送ってくれる。
「何があっても、誰と会っても、カッとしちゃダメですからね、ザックさま」
「やっぱり、わたしとシフォニナさんが、風になって潜入しようかしら」
「わしとカリ嬢ちゃんが、雲に隠れて上空待機した方がよいかのう」
だから昨晩もその話が出て、そういうのではないって説明しましたよね。
王太子に面会して、お茶をいただいて話をして来るぐらいのものなんですから。
あと、ベンヤミンさんたちに聞こえますからね。
馬車が動き出した。
とは言っても、貴族屋敷の街区を出て商業街のフォルス大通りを走るだけのほんの僅かの距離だ。
「みなさん、とても心配しておられたようですが」
「いえ、僕が王宮に行くのが初めてですから。みんなとても心配性なもので」
昨日のみんなとのやりとりを聞いていたミルカさんは、吹き出すのを堪えている。
「なにやら、第2王子辺りと以前に因縁があったと聞いておりますが」
「あ、いや、一昨年に学院祭に来たのですけど。うちの皆も印象が悪くて」
「まあ、王家の中での立場も微妙ですが、態度や発言に少々、難があるという評判ですしね」
「ベンヤミンさんは会ったことは?」
「王宮の中でお見かけしたぐらいです。直接に言葉を交わしたことはありませんが、うちでも評判の収集はしておりますので」
そう言う彼の隣でマイラさんがコクコク頷いた。
どうせ良くない評判ばかりだろうな。
ジェルさんが馬を寄せて来て、「直ぐに到着しますぞ」と告げてくれた。
これからまず行くのは王宮の内務部だ。
この内務部は、王宮に隣接した官庁関係の建物にある内政部と異なり、王宮の敷地の中にある。
主に王家や王宮内のことを扱う部署だね。加えて、各領主貴族とのコミュニケーション窓口となる機関でもある。
王宮前大広場をぐるりと廻って王宮の正門に到着した。
初めてここに見学にエステルちゃんと来たときは、王宮衛兵から不審がられたよな。
そういえば偶然にも、王宮内から出て来たフェリさんとばったり会ったんだっけ。そしてあの王宮騎士団の副騎士団長とも。
因縁というのは、そのときには気が付かなくても偶然起きる予兆がよくあるって言うけど、ジェルさんのお見合い話の相手というのがそのサディアス副騎士団長だったり、その後に学院祭に第2王子と来たり。
そもそも学院の地下洞窟に関心を持っていたのが、その彼だったよな。
あと、当時は4年生で学院生会の会長だったフェリさんは、卒業後にこれからまさに会う王太子のお嫁さん候補になって、どうやら最有力らしい。
美人で才媛のあの人も、本来の性格はちょっと変だからなぁ。セオさんのお嫁さんになって王太子妃とか、大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えているうちに王宮内に入る手続きが終わり、正門が開いた。
「これからまずは内務部ですが、ザカリー様はどうされますか? 馬車でお待ちいただいていても良いのですが」
「いえ、初めての王宮ですから、見学がてら僕も一緒に行きますよ」
「そうですか。いや、そうですね」
何か拙いことでもあるのかな。でも同意してくれたから、大したことではないのだろう。
内務部がある建物は、王家の人たちなんかが居る宮殿に連結した別棟となっていて、その建物の前にはかなり広いスペースがあり、馬車や馬を停めておけるようになっている。
「それでは、ブルーノさんたちはこちらで待機していただくことになります。あちらに休憩出来る小屋もありますので」
建物内に入らず待機する御者やお供、護衛などの人のために、休憩小屋も備えているんだね。
そちらを見ると、小屋というにはそぐわない立派な平屋建ての建物だ。
「ねえミルカさん。どの建物も立派というか華美というか」
「王宮とは、そういうものなんですよ。貴族とその関係者に見せるためにも出来てますし」
そんなものですかね。
うちの屋敷は、グリフィニアと王都のどちらも素朴かつ質実剛健だ。
前世に俺がいた環境は比較にならないけど、戦火の最中とはいえ、こちらと比べると侘び寂びの簡素な美の世界だったからなぁ。
ヴィオちゃんの伯爵家の屋敷に行ってもいつも思うのだが、どうも俺には必要以上に豪華な場所は居心地が悪い。
役所とはいえ、王宮内のその豪華な内務部の建物に入った。
立派なロビーがあり、訪問者を応対する受付のようなものがある。
そこに待機している職員にマイラさんが訪問の旨を伝えると、直ぐに奥の部屋に行き、ひとりの年配の男性を伴って出て来た。
「ベンヤミン・オーレンドルフ準男爵殿、ようこそお出でくださいました」
「ブランドンさん、御無沙汰しておりました。お忙しいところ、お時間をいただきまして」
「いえいえ、ベンヤミン殿のご来訪とあれば。して、そちらの方々は?」
「ああ、ご紹介をしないとですね。こちらは、グリフィン子爵家の調査外交部の副部長をされているミルカ殿です。あと、わたしの部下のマイラです」
「ねえジェルさん、調査外交部なんてうちにあったっけ」
「調査探索部だと、名称的に拙いからではないですかな」
調査探索部は秘匿部署だからなぁ。探索専門とか物騒だし。なので取りあえずそんな名称にしたのかと、ジェルさんとコソコソ話す。
「それからあちらにいらっしゃるのは、グリフィン子爵家ご長男のザカリー・グリフィン様です。後ろにいる女性方はお付きの方々で」
「これは……」
ベンヤミンさんと話しているブランドンさんという人が、俺の名前を聞いて酷く驚いたような表情をした。そんなに驚くことですか。
そして、すすすっと俺の前まで進み出て来る。
「初めてお目に掛かります。私は王宮内務部の長官を拝命しております、ブランドン・アーチボルド準男爵でございます。ザカリー様のお噂はかねがね。いちどお会いしたいと思っていたところでございますよ」
「ザカリー・グリフィンです。こちらこそ王都に2年以上もいながら、王宮に来るのが初めての田舎者でして。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
ああ、内務部の長官さんでしたか。
王家に属する準男爵は確か5人ほどだと記憶しているけど、アーチボルド準男爵と名乗ったのでそのうちのひとりだよね。
王宮内のことと領主貴族に対する対外的なことの両方を統括している人だと思うから、結構重要な人物なのだろうか。
「ここでは何ですから、ささあちらへ。それからきみ、第1応接室の方に直ぐにお茶をお持ちするように」
職員さんにそう指示すると、自らその第1応接室へと俺たちを案内した。
「いえ、ザカリー様がセルティア王立学院に在学されて王都にいらっしゃることは、もちろん承知しております。尤も全寮制ですから、そうそう王宮なぞに来られる機会がなかったのも宜なるかなですよ。学院では、創立以来初めての剣術と魔法の両方の特待生だとか。なんでも昨年の学院祭で、教授たちに混ざって模範試合をされたそうですなぁ。私も見たかった。いやいや、まさに王国随一の貴重な逸材。そんなザカリー様が、わざわざ内務部にご訪問いただけるとは。なんとも光栄の至りでございます」
ああ、このおじさん、良く喋る系のおじさんだ。放っておけば、いつまでもひとりで話し続けそうだよな。
「僕は、今回の訪問のおまけみたいなものです。ですから、僕のことより、ベンヤミンさん」
「ははは。はい、ザカリー様」
「おお、これはベンヤミン殿、大変失礼をいたしました。ザカリー様にお目に掛かって、ついつい興奮してしまいました」
別におじさんに興奮して貰っても、こっちは少しも嬉しくないけどさ。
「まずは、これを」とベンヤミンさんは、それまで笑い顔だった表情を引き締めてマイラさんがバッグから出した封書を受取り、ブランドンさんへと手渡した。
「これは」
「このたび、キースリング辺境伯家長男のヴィクティム・キースリング様とグリフィン子爵家ご長女のヴァネッサ・グリフィン様のご婚姻が目出たく整い、そのご報告と、それから結婚の儀につきまして、フォルサイス王家へのご招待状でございますよ」
「封を開けてもよろしいのですか?」
「はい、フォルサイス王家へのご招待状でありますから、内務部長官殿がご検分いただければ」
「ふうむ」
ブランドンさんは、ついさっきまでとは打って変わったやや厳しい表情になり、暫くその蝋印で封がされている封書を手に持って見つめていたのだった。
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