第60話 アビー姉ちゃんと対戦する
回復魔法後の処置を終えた姉さんたちが戻って来た。
さて、アビー姉ちゃんと俺の試合稽古ですかね。
「アビー、次はザックとだ。大丈夫か?」
ヴィンス父さんが声を掛ける。
「ええ大丈夫よ。姉さん見ててね」
「アビー、わたしの分までガッンバってね。ザック、わたしの分までコテンパンにやっていいわよ」
「それでは始めましょうかな。アビゲイル様、ザカリー様、こちらに」
審判役のクレイグ騎士団長が俺たちにそう声を掛ける。
アビー姉ちゃんは、先ほどのヴァニー姉さんとの対戦よりも更に距離を取った。
「ザック、あなたと剣を合わせるのは久しぶりだけど、手加減しないわよ」
「そうだね。思いっきり来ていいよ」
「ふん、生意気ね、ザック」
アビーは徐々に闘気を高めて行く。
気をつけなければいけないのは、あいつの動物的カンと瞬発力、それから予測できない動きだ。
本能と直感で生きてる脳筋娘め。
俺も出力の調整に気を使いながら、ほど良く闘気を高める。
「よろしいですかな。それでは、始め」
クレイグさんの合図と同時に、アビーが真っ直ぐ俺に向かって走ってくる。速いな。
では俺も走ろう。
何分の1秒か遅れて俺も走る。
真っ直ぐアビーに向かって、ではなく右に大きく円弧を描いて。
それを見て彼女は足を止めずに、走る俺の横から迫ろうとした。
たぶん今の俺でも、易々とアビーの後ろに回り込めてしまう速度は出せるが、敢えてそれはしない。
少し速度を緩め、間合いを近づけさせてアビーに剣を振らせる。
案の定、アビーは走って来た勢いを止めないまま上段から木剣を振り下ろして来た。
ここは突きじゃないの、と思いながらその剣を見切り、躱しざまに彼女の木剣を叩く。
アビーは少し体勢を崩しながらも、ぴょんと後ろに跳ねて距離を取った。
俺も跳び過ぎないように、ほど良く後ろに跳んで距離を離す。
「ふん、舐めてくれるわね、ザックのくせに」
アビー姉ちゃんは、先ほどよりも大量のキ素を身体に循環させ、あらためて闘気を身に纏う。
そうそう、その調子だよ。俺は姉ちゃんの本気が見たいんだよ。
俺はアビーの高まる闘気を確認すると、再びそのままの体勢で後ろに跳んで更に距離を取る。
あ、いけね、自重をちょっと忘れて跳び過ぎた。
それを凝視したアビー姉ちゃんは、闘気を爆発させるように地を蹴ると、あっと言う間に俺との距離を詰める。
こいつ、頑張れば縮歩ができるようになるよ、きっと。
「逃げるんじゃないわよ」
「逃げないよ」
間合いの少し前で一瞬止まったアビーは、そう言うとキ素力を高め直す。
来るな。
そのキ素力が、高く掲げた木剣の剣先まで一挙に流れた。
そして間合いの僅か外から一歩踏み出し、袈裟気味に振り下ろす。
キ素力を込めているからか、剣先が伸び速度も格段に疾い。
おそらく真剣なら、肩口から大きく斬り下げるような剣筋だろう。
なかなか危険な剣だ。木剣でも肩が砕けるよ。
俺は五分(1.5センチ)の見切りとまではいかないが、一寸(3センチ)の見切りで剣筋を見切ると、超短距離なんちゃって縮歩で瞬時に横移動する。
アビーには、定めた筈の的が横にぶれたように見えたかもね。
同時に彼女の脇腹を、多少思いっきり木剣で斬り叩いた。
「あつーっ」
アビー姉ちゃんが呻き声を思わず上げる。
「ザカリー様の勝ち」
クレイグ騎士団長の声が響く。
「あらあら、ヴァニーと同じになっちゃったわね」
父さんと母さんが駆け寄って来た。
そして直ぐさま母さんが回復魔法をかけ、おそらく骨折しただろう身体を回復させる。
それから、患部に包帯を巻いて固定させるために、母さんとエステルちゃんが訓練場に附設する建物内に連れて行く。
ヴァニー姉さんとユディちゃんも付き添って行った。
訓練場はおっさん3人と俺とフォルくん、クロウちゃんだけになる。
「フォルくん、水が一杯欲しいな。それから汗を拭く手拭を持って来て」
「はい」
フォルくんが駈けて行った。
「ザカリー様は、拭うほどの汗はかいてませんな」
「えー、そんなことないよ」
クレイグさんが話しかけてきた。
父さんとウォルターさんは、離れたところで何か話してる。
「アビゲイル様の最後の剣はどうでしたかな」
「あれって昔、夏至祭のときに、クレイグさんが魔人の人を斬ったのと同じ技だよね」
「あぁ、あのときザカリー様は見てましたな。よく憶えておいでだ。そうですな」
「なかなか怖い剣だね。あの速さと威力なら、木剣でも肩の骨が砕けるよね」
「そう、斬れれば、ですな。しかし斬れなかった」
事実、審判であるクレイグさんのすぐ間近で、俺は斬られなかった。
何か話を突っ込んで来る感じ?
「アビゲイル様の剣が正確に的を捉えられなかったのか、それとも相手の位置が瞬時にぶれて移動したのか。はて、どちらだったのでしょう」
「どっちだったんですかねー」
「あの場合、私でさえもし捉えられないとしたら、二撃、いや三撃まで瞬時に想定せざるを得ないでしょうな」
「でしょうねー」
あの剣筋は、込めたキ素力のせいで伸びる。おそらくアビー姉ちゃんは、その伸びやスピードがまだまだなんだろうな。
たとえ見切りができたとして、それ以上に伸びて速い二撃、三撃が来たら、俺はそれでも躱せるだろうか。
万が一躱せたたとしても、大きく距離を取らざるを得ず、仕切り直しになっているだろうね。
そんな話をしていると、処置を終えたアビー姉ちゃんたちが戻って来た。
姉ちゃんはトコトコ俺たちのところに来る。
「わたしもまだまだだったわ。クレイグ騎士団長、わたしをもっと鍛えていただけるでしょうか」
「ええ、勿論ですよアビゲイル様。速さや伸びを増し、そして更に連続して技を出す。まだまだ先は長いですからな」
「よろしくお願いします。……あとザック、逃げないで待ってなさいよ」
クレイグさん、そうでしょうねー。
それからアビー姉ちゃん、同じ屋敷で暮らしてるんだから逃げません。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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