第616話 身内の出席者
だいぶ遅くなって来たので、今夜は解散することにした。
なにしろエステルちゃんがヴァニー姉さんの結婚式の情景の想像をし過ぎて、ずいぶんと疲れているみたいだしね。
それにしても俺の誕生日会は、この話ですっかり吹っ飛びましたなぁ。
まあアデーレさんにエステルちゃんたちが手伝って用意してくれた、豪華で美味しい料理をたくさんいただいたから、それで良しとしましょう。
皆がそれぞれ引揚げ、ラウンジには俺とエステルちゃんにミルカさん、そしてシルフェ様とシフォニナさん、アルさんが残っている。
夜の弱いシルフェ様はそろそろ眠たそうだったけど、ミルカさんが少しお話をとお願いしたのだ。
「申し訳ございません、シルフェ様。それからシフォニナ様とアル殿も」
「いいのよ。あなたこそ今日到着したのに、ご苦労さまでした」
「いえ、私のお役目ですので」
「あなたはいつも裏方のお役目を黙々と務められて、本当にお偉いわ」
「勿体ないお言葉で。私のことより」
「わたしたちのことよね」
「はい」
「先ほどのご説明で、ヴァニーちゃんのご家族とお身内の人数枠に、ちょうど3人分の空きがあるのよね。うふふ」
「はい、そういうことになりました」
「その空きを、わたしたちで埋めちゃっていいのかしらね」
「子爵様と奥様、それからウォルターさんやクレイグ騎士団長も、畏れながらシルフェ様方にそこに入っていただけるものなのかどうか、それを確かめて来るようにと」
「お食事のときに言ったでしょ。わたしたちは、ヴァニーちゃんの結婚式に出ますって。ねえ、シフォニナさん。アルもそうよね」
「それでよろしければ」
「もちろんじゃとも」
「ははっ。ありがとうございます。そのお言葉、しかと承りました」
「でも、大丈夫かなぁ」
「あら、ダメなの? ザックさん」
「いえ、ダメではないですけど。というか、是非出席していただきたいのですけど」
「何なの? わたしはエステルの姉で、シフォニナさんは従姉妹で、アルは、えーと、親戚のお爺ちゃんよ。それでいいでしょ」
それでいいのかなぁ。エステルちゃんの姉とか従姉妹とかはともかく、親戚のお爺ちゃんとかねぇ。だいたい、アルさんの姿はドラゴニュートだし。
「そこのところはどうなの? 大丈夫かなぁ、ミルカさん」
「はい。子爵様も奥様も、そういう子爵家との繋がりは、家族同様のお身内ということで押し切りたいそうです。それよりも、畏れながらお三方にヴァネッサ様の結婚をご祝福いただけるのなら、そんなことは俗事でしかないと」
まあそれは、精霊様や高位ドラゴンに祝福されるのなら、人間の関係性など俗事でしかないんだけどさ。
「ザックさまは、ごちゃごちゃ心配せんでも良いて。わしらも、人の前では大人しくしておるから。のう、シルフェさん」
「そうよ。この2年余り、伊達にこの王都で暮らしている訳じゃないのよ」
「はあ」
もうシルフェ様の認識としては、ここで暮らしているということなんですね。そもそも、それ自体が危なっかしいんだけどなぁ。
「お式の間中、ずっとわたしたちと一緒にいるんですから、大丈夫ですよ、ザックさま」
「それはそうなんだけどね」
「ほら、エステルもそう言ってるんだから、あなたひとりが心配しなくていいの」
「うーん、わかりました。じゃあそういうことです、ミルカさん」
「はい。ありがとうございます」
「もう、ザックさんは何を心配しているのかしらね」
「それは、おひいさまとアル殿のことですよ」
「あら、そこにあなたは入っていないの? シフォニナさん」
「わたしは、おひいさまほど危なくないですから」
「わたしが何か危ないって言うの? アルは多少そうかもだけど」
「わしがいちばん、まともな気がするがのう」
ほら、シルフェ様が眠たくてぷりぷりしてますから、もう寝てください。
シフォニナさんが付いているから少しは安心だけど、やっぱりどうも心配だよなぁ。
人外の方たちが自室に引揚げ、ラウンジは3人だけになった。
クロウちゃんは俺が座っている横にくっついて、もうほとんど寝ている。
「あとはうちの屋敷の連中だけど、お供はどのぐらいがいいのかな」
「そこはザカリー様のお心のままに」
「でも、先方の宿舎の数とか、ある程度の制約があるんじゃないの?」
「今回の婚儀に合わせて、ご招待客のお供や護衛も多いでしょうからと、辺境伯家側で仮宿舎を新規に建てました。また当日とその前後の日は領都内の宿屋も部屋を空け、騎士団宿舎の方にも空き部屋があるそうですから、かなりの部屋数を確保できるそうですよ」
そうなんだ。こういう大きなイベントだと、受け入れ側は大変だよな。
「私から申し上げられるのは、冬にご訪問されたときのことを参考にされれば良いかと。なお、先行して行かれるヴァネッサ様と奥様には、当然にコーデリア家政婦長のほかにもお供が付かれますし、騎士団から護衛も出ます。もちろん、調査探索部からもですけどね」
「父さんたちの方は?」
「それはザカリー様とエステル様もご一緒でしょうから、ザカリー様がお決めになったお供と護衛の陣容を聞いて、それからお決めになるそうです。尤もこの日の一行は、騎士団長や副騎士団長ほか、ご出席の方々も同行されますから、結構な人数になりますよ」
「ウォルターさんとミルカさんは?」
「ああ、おそらく事前の打合せや準備もありますから、ヴァネッサ様ご一行に同道することになるでしょうね」
「家族と身内以外で、うちの家から誰が披露の宴に出席するのかは、もう決まってるのかな」
「それはこれからですね。でも子爵様と奥様は、だいたい決められているようですよ。それはザカリー様がグリフィニアに帰られて、ご相談のうえ正式に決定されるのではないでしょうか」
「ザックさま、今夜はもうその辺にしたらいかがですか。学院から帰ったばかりですし、それに叔父さんもお疲れですから」
「あ、そうだね。すみません、ミルカさん。聞きたいことがたくさん出て来ちゃうもので」
「いえいえ、そうでしょうとも。でも、エステルの言う通り、あとは明日にしましょうか。午後にはベンヤミンさんがいらっしゃいますから、午前中に」
「はい、そうしましょう」
いつもなら、学院から帰った夜はこの10日間に学院で起きたこと、俺が関わったことをエステルちゃんに報告しなければいけないのだが、それはまたあとにしましょうねとお許しが出た。
前半の3日間は剣術対抗戦があったので、エステルちゃんたちも学院に来ていたしね。
あー、何か言わないといけないことがあった筈なんだけど……。でも、エステルちゃんも俺もさすがに疲れたので、もう寝ましょう。クロウちゃんは既にぐっすりだし。
翌朝の朝食の席でも、ヴァニー姉さんの結婚式の話題一色だった。
特に良いお年頃のお姉さん方3人はね。それにエディットちゃんやユディちゃんも、ずいぶんとお姉さんになって来たので、今回のことはいつも以上に興味津々だ。
えーと、カリちゃんとシモーネちゃんは、話は理解しているようだけど、なんとなくピンと来ていませんか。
ドラゴン娘と精霊っ子ですからなぁ。見た目は片や女子高生ぐらいで、もう片方は小学校低学年といったところですけど。
「これから一緒に暮らすだけなのに、大変なんですねぇ」
「ドラゴン族に結婚式とか、そういう儀式って無いの?」
「あー、えと、あるかもですけど、そういうのって滅多に無いと思いますよぉ。100年にいちどぐらい、とか? わたしは出た経験、無いですけどぉ」
「ははは。カリちゃんに聞いたのが失敗だった」
「わしは、クバウナさんの婚姻の儀式に出たぞ」
「あら、あのときアルは居たかしら。拗ねて穴ぐらに引き篭ってなかった?」
「遠くから見ておったのじゃ」
カリちゃんの曾お婆ちゃんのクバウナさんは一族を成したから、それでカリちゃんが存在するんだよね。
そうですか。アルさんは拗ねてたですか。
「それって、いつ頃のこと?」
「そんなに昔でもないのよ。千年は経ってないわよね」
だいたい、ドラゴンの結婚式について聞いたのが間違いでした。
朝食が済んで、また屋敷の全員でラウンジに移動して貰った。
「昨晩の続きで、ヴァニー姉さんの結婚式への参加問題なんだけど」
「問題とかじゃないですよ、ザックさま」
「だってさ、いろいろ難しいし、心配だし」
「まだ心配してるですか? そこは納得したじゃないですか。寝るまで話しましたよね」
「でもさ」
「あの、おふたりさん。そこで言い合いしていてもよろしいのですが、皆が集まっておりますので」
「あ、ごめんなさい、ジェルさん。この人、なんだかだんだん心配性になって来てるみたいで」
「やっぱり、子爵様の息子よねー」
「ライナ姉さんったら。そういうのは口に出さないんですよ」
そうなのかなぁ。魂脈と血脈の兼ね合いって、難しいよな。
「ごほん。えーと、まず、昨晩にあのあと話し合いまして、シルフェ様とシフォニナさんとアルさんは、うちの家族と身内の枠で、ヴァニー姉さんの結婚式に出席していただくことになりました」
これについては誰にも異論がない。というか、異論を持てる訳がない。
精霊様と高位ドラゴンが人間の結婚式に出席するなど、そもそもがあり得ないことなのだ。
そういう本来の感覚からはだいぶ外れてしまったうちの連中だとはいえ、これはもう納得するほかない。
「この人だけ、昨晩からなんだか煮え切らないというか、心配し過ぎというか」
「それは、エステルさま。心配なのはこちらの問題というより、他領や王家から来る招待客の方では」
「それはそうなんですけど、わたしのお姉ちゃんですし、グリフィン家の身内で押し通せばいいんですよ」
俺の横でエステルちゃんとジェルさんが、そんな話をしている。
まあそうなんだけどさ。ともかく話を続けますよ。
「で、僕とエステルちゃんは、たぶん父さんと姉ちゃんと一緒に、前日の14日にエールデシュタットに行くことになると思うんだけど、お供と護衛については、僕に一任していただけるそうです」
皆が口を噤んで俺に注目し、ラウンジが静かになった。
みんなの関心の中心はここでしょうからな。
「その前に、まずアデーレさん」
「あ、はい。わたしでしょうか」
「アデーレさんはこの夏休みも、また娘さんご夫婦のところの予定でしたよね」
「はい、そのつもりでおりますよ。まだ孫も小さいですから、夏ぐらいはわたしが世話をしようかと」
「そうですか。アデーレさんにもいちど、グリフィニアに来ていただきたいのですけど」
「そうですねぇ。わたしもお邪魔して、料理長やトビーさんともお会いしたいですけど。でも今回は遠慮しておきます。ヴァネッサ様の大切なご婚姻でもありますし、もう少し落ち着いたときに行かせて貰いますよ」
なんとなくアデーレさんは、そう言うだろうと思っていた。
ほんとは今年辺りと考えていたのだが、ざわざわしているこの夏はやめておいた方がいい気が俺もする。
まだお孫さんも幼いしね。
「わかりました。では、また次の機会にしましょうか。ね、エステルちゃん」
「そうですね。お孫さんもまだ赤ちゃんですし、せっかくの側にいられる機会を奪っちゃいけませんものね。でも次は一緒にグリフィニアですよ、アデーレさん」
「はい。そうさせていただきますよ、ザカリーさま、エステルさま」
「次に、エディットちゃん」
「あ、はい」
「エディットちゃんはこの春から、王都屋敷の侍女長を一生懸命に務めてくれています」
「いえ、あの、まだまだぜんぜんです」
いやいや、とても頑張っているってエステルちゃんから聞いています。俺から見ても、そう思うよ。
「なので、そのご褒美に」
「はい?」
「その頑張ってるご褒美に、エディットちゃんが望むのなら、今回は一緒にグリフィニアに行きましょうか。もちろん、お父さんとお母さんにはちゃんと断りを入れてね。どうかな」
「え? あ、はい。ぜひ、ご一緒させてください。あの、すごく嬉しい……」
「それでは、こんどわたしと一緒に、お父さんとお母さんにご挨拶に行きましょうね」
「はい、エステルさま。ありがとうございます、ザックさま」
よしよし。これでよしと。
エディットちゃんはユディちゃんと手を握り合って、きゃーきゃー話している。
昨年にグリフィニアへ一緒に行きたいと願った彼女だけど、12歳になるまでと我慢して貰ったんだよね。
そして今年はうちの少年少女組も12歳。大人の第一歩を踏み出す時期だ。
俺とエステルちゃんはお互いを見て、うんと頷き合う。それからさて次は、と皆の顔を見た。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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