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第613話 剣術談義

「おい、ザック、飲みに行くぞ。エイディとエルヴィーラも来い」


 3つの課外部で合同して行った打ち上げも、大人数で賑やかに食事をして終了し、さて寮に戻ろうかと思ったらフィランダー先生がそう声を掛けて来た。

 先生方はアルコールを少しだけ口にしていたようだが、ちゃんと飲みたくなったのだろう。

 それ以上にこのおっさん、なんだか上機嫌だ。


 それで結局、「わたしはいいから、行ってらっしゃい」というクロディーヌ先生と別れ、フィランダー先生にディルク先生、フィロメナ先生とジュディス先生の教授方4人に、俺とエイディさん、エルヴィーラさんの部長3人が引っ張られるように付き合わされた。

 あと、ソフィちゃんが付いて来てます。ヴィオちゃんから、一緒に付いて行けと指示されたらしい。要するに監視役?


 それで向かった先は、教授棟近くのあのおやっさんの店ですな。



「いらっしゃい、フィランダー先生。みなさんも、ほら入って入って。おや、学院生を連れて来たんですね。って、ザカリーさまじゃないですかね。あんた、ザカリーさまがいらしたわよ」


 おばちゃんの声が響いて、厨房からおやっさんが顔を出した。


「おお、今年初だな、ザカリー様よ。もっと来てくれよな。ああそうか、対抗戦帰りだな。試合をしたんだって? 俺もザカリー様の試合が見たかったぜ。料理はお任せでいいか、フィランダー先生」


「おうよ。だが、いままで学院生食堂で打ち上げで、食って来たから少しでいいぞ。それよりも、まずはワインと蜂蜜酒ミードだ」

「そうかよ。それじゃ少し、つまみでも出すぜ」

「頼む」


 このおやっさんとフィランダー先生は、きっと気が合うんだろうな。どっちも声がデカくて見た目は強面のおっさんだし。


「ザック部長はこのお店、初めてじゃないんですか? ここって教授や職員専用ですよね」

「あらあら、なんとも美人のお嬢さんだわね。この店は、先生方が一緒なら学院生もいいのよ。でもザカリー様は、特別に学院長から許可を貰ってるのさ」


「へぇー、やっぱりザック部長って、違うんですね」

「そちらのおふたりは、以前にも来たことがある気がするけど、このお嬢さんは初めてですよね」

「はい。初めまして。ザック部長の秘書を拝命しています、ソフィーナ・グスマンです」


「グスマン伯爵家のお嬢様だよ、おばちゃん」と、おばちゃんに耳打ちした。


「あらま、たまげた。伯爵さまのお姫さまが、ザカリーさまの秘書をしてるんですかい」

「いやいや、あまりそこを突っ込まないように」

「はあ。まあとにかくソフィーナさま、楽しんでくださいな」

「はい、ありがとうございます」


 ああこれでまた、学院内で妙な噂が流れるよな。

 ソフィちゃん本人は、まったく気に留めてないみたいだけど。



「学院長から許可って、ザックくんは学院長ともこのお店に来たことがあるの?」

「わたしたちとだけかと思ったら、ホント隅に置けないわよね」

「いやあ、ランチでですよ。ちょっと学院長に話があったときに」


「こいつは知っての通り、いろんな顔があるんだ。あまりその辺をつつくと、やぶ蛇になるぜ」

「それは何となくわかるけどね」

「え? ザック部長って、いろんな顔があるんですか?」


「そりゃソフィ、おまえさんもこいつの屋敷には何回か行ってるだろうから、わかるだろ」

「えと、それとなくは」


「まあまあ、僕の話はいいですから、あらためて乾杯しましょ。3日間、お疲れさまでした」

「おお、お疲れ」

「お疲れさまぁ」


 ソフィちゃんもワインを飲むんだね。お酒、強いの? ああ、子供のときから飲んでるんですね。やっぱり伯爵家は違いますな。



「僕の話はいいからって、ザックよ、おまえの話のために引っ張ってきたんじゃねえか」


「ほら、早速絡もうとしてるよ、このおっさん先生は」

「ザック部長、心の声が口から漏れてますよ」


「いいんだよ、ソフィ。こいつはいつも、こうなんだから」

「教授たちだけの場に混ざると、こんな感じなのよ」

「いつも叱られるのは、こっちの方よね」

「そうなんですか? ザカリーくんて……」


 ほら、エルヴィーラさんが驚いてるから、あまり話を盛らないようにしてくださいよ。


「まあ、それはいいんだがよ」

「それはいいんですか? フィランダー先生」


「いいんだ、エルヴィーラ。こいつは特別だしよ。それよりも聞きたいのは、さっきの模範試合だ。初めのうちは、ずいぶんと剣を受けて貰ってエイディは良かったよな」

「ええ、充分に指導をしていただいたでありますよ。本来なら、初っぱなに一撃で負けていたでありましょうから」


「えっ、そうなのエイディくん」

「そりゃおまえ、いくらエイディだからと言って、そこの澄まし顔のこいつはよ、学院生、いや俺らが相手でも、どう勝つかなんていくらでもコントロール出来るんだ。つまりよ、初撃で勝つのも、充分に働かせて勝つのも、自由自在ってことよ。そんだけ隔絶しているんだ」


 まあ、それほどでもありませんぜ。買被り過ぎですよ、おっさん先生は。



「それで、暫くはエイディを働かせた。確かめるようにな。これまでエイディが、アビーにどれだけ鍛えられて来たのか、それを受けながら確かめてたんじゃないかと、俺は見ていて思ったぜ」


 それは穿ち過ぎな感想だと思うけど、もしかしたらそういう気持ちも働いていたのかも知れないな。


「アビーさまにどれだけ鍛えられて来たのか、かぁ。それはわたしにも、何となくわかるような気がする。わたしも、アビーさまが同じ部にいてくれたらとか、何回も思ったこともあるから」


「いや、まあ、そこまではっきりとした理由じゃないんだけど。対抗戦の少し前に、エステルちゃんに姉ちゃんから手紙が届きましてね。エイディさんと僕とで試合をさせてあげたいって、そう書いてあったんですよ。だからそれが実現して、姉ちゃんも喜ぶんじゃないかな」

「そうでありますか。アビー部長が……」


 エイディさんの遠くを見るような目が、少し濡れている気がした。

 姉ちゃんに話してあげられるような試合が出来て、そういう点では良かったよな。


「私は、ひとつの対戦で幾度も負けたのは、初めての経験でありました」

「そうだよな。決定的なやつでも、3回か」

「ええ、それ以外に剣を合わせているときにも何回か」


「3回って、エイディくんの初撃を躱されて木剣を打たれたときと、あなたが転がされたときと、それから最後よね」

「そうだなエル。その最初と2番目の間にも、何度か殺されているのでありますがな。はっはっは」

「そうなんだ」



「それで、俺がザックに聞きたいのはよ、最後にエイディが強化剣術を出しただろ。だけどおまえは、ほんの僅かに先に動いて、そのなんだ、縮地もどきか。あれでエイディの強化剣術を避けながら懐に入って、それから位置を変えながら剣を入れた。あのときおまえは、エイディの強化剣術が出る一瞬を予測したんだよな。いや、出すだろうとは俺も思ったが、その瞬間とか速さとか伸びとか、普通わかんねえだろ。だいたい避けられるものなのか、あれって」


 おお、フィランダー先生はさすがに間近で良く見ておりましたな。

 まあ経過はその通りでありますが。


「わたし、なんとなく理由がわかる」

「えっ、そうなの? ジュディ」

「強化剣術って、つまり、魔法じゃなくて、キ素力を剣術に応用したものよね」

「ええ、そうだけどさ」


「だったらフィロにもわかるでしょ。ザックくんはほら、見えてるから」

「あっ。ああー、そうかぁー」


 お姉さん先生は、あまり種明かしをするんじゃありませんよ。

 でも、この場にひとりだけいる魔法学教授ならではの着眼点だよな。


「そうです。ザック部長は、いろんなもの見えちゃってるんです」

「ソフィくん、人聞きの悪いことは言わないのでありますよ」

「あ、ごめんなさい」


「つまり、どういうことなんですか?」

「言っていいのかしら。ザックくんって、ぶっちゃけるとキ素力が見えるから、どこで強化剣術をどのぐらいのキ素力で出すのか、ぜんぶわかっちゃうんじゃないかなって、そう思ったのよ。そうよね、ザックくん。だってこの人、魔法適性とかもぜんぶ判定出来ちゃうし」


「もう、仕方がありませんな。すべてをお話しする訳には行きませんが。強化剣術の場合、その遣い手のキ素力が手から剣に伝わって、纏わりつくように剣先まで伸びて行くと、そう言って置きましょう」


「ほぉー」

「そうなのでありますか」

「そうなんだ」


 これは、強化剣術を長い間訓練して来ているエイディさんでも、知らないことだろうね。


「つまりザックは、強化剣術を出す前に、もうわかっているということか」

「そこはご想像にお任せします」

「あとは、どの瞬間で出すのかだが、それもわかるのか?」

「まあ、もういいでしょう」


 実際には、今日の試合で初めて相対したと言ってもいいし、エイディさんが出す瞬間を見極めたのは、正直言って一瞬の直感だしね。

 ただ、キ素力が木剣の剣先まで到達した刹那が、そのタイミングだった気がする。

 そこら辺は、何でもかんでも種明かしはしませんぜ。



「あともうひとつ聞きたいのは、最後にエイディが吹っ飛んだやつ。あれは木剣で当てたよな。でも、吹っ飛び方から察すると、俺が昨年の総合戦技大会で喰らったやつと同じものなのか? 確か、掌底撃ちとか言ってたよな」


「それは、あのあと先生たちには明かしましたから、言ってもいいでしょう。ええ、基本は同じですよ。掌で撃つのと剣で撃つのとの違いぐらいですね。だから、正しいかはわかりませんが、強化剣術とも基本は同じだと思います。それから縮地とか、高く跳躍するような体術とかも、基本は同じです」


「ほぉー」

「そうなのでありますか」

「そうなんだ」


 さっきと同じ反応ですなぁ、みなさん。


「つまり、つまりだ。以前にもおまえは言っていたよな。そういうものは誰にでも出来ると」

「ええ。エイディさんだって、縮地もどきに近い動きを自分だけで工夫してましたからね」


「おお、ブルクとの試合でのあれだな。そうか、なるほどな」

「わたしもあのときは、内心けっこう驚いたのよ。だって、わたしだってザックくんにもの凄く扱かれて。それでもちょっとずつしか進歩しなくて」


 ルアちゃんも驚いていたけど、フィロメナ先生もそうだよね。先生はもう2年も俺に扱かれてるしね。


「そういうわざというか術は、以前にお話ししたように誰にでも出来る可能性がありますけど、それはあくまで可能性であって、じっさいに修得するには、その基となる技術や身体の能力やらを自分のものにして、ようやくそれからなんですよ」


「つまり、剣術でも格闘術でも体術でも、そういうのがある程度の力量になって初めて、その後に出来るかどうかってことか」


「そうです。そしてそれに加えて、キ素力を使える状態で効率的に循環させ、それを的確に応用して技や術として、いざというときに発動させる訓練。これは魔法の訓練と同じですし、強化剣術でもたぶん一緒ですよね、エイディさん」


「そうでありますな。あの私の工夫も、ザカリーさんの真似ではありますが、何となく強化剣術の鍛錬を応用出来るのではないかと、そう愚考したのであります。しかし、ザカリーさんには、あの最後に打たれた剣で、見事に強化剣術を応用されてしまいました」


「そうか。なんとなくいろいろ理解出来た。ザックは苦もなくやって見せるが、こいつの場合、基礎から高度な技術までをとてつもなく積み重ねて来てるから、それが出来るんだな。つまりその積み重ねが、結局はものを言うってことか。まさに、剣術と魔法の両方の特待生のザックならではの技だがよ」


 ほうほう、おっさん先生も良く理解しているではないですか。

 俺は何しろ、前世と合わせたら、40年近くは鍛錬を積み重ねておるのですよ。これは話せないけどね。




 そのあとも剣術談義に花を咲かせて、二次会はお開きとなった。

 だいぶ時間も遅くなったので、ソフィちゃんを送りがてらエイディさんとエルヴィーラさんの4人で寮のある方向へと帰る。


 エルヴィーラさんはエイディさんと肩を並べて歩きながら、まだいろいろ剣術の話をしているみたいだ。


「ザック部長、わたし、さっきのお話で、総合武術部の神髄がなんとなく理解出来ちゃいました」

「え、そうなの?」


「はい。総合武術部がやっている、剣術と魔法とそれから体力づくりの練習。その積み重ねの先に、ザック部長がいるんですね。ずっとずっと遠い先ですけど。わたし、そのザック部長が歩いている、遠い遠い先を追いかけていいですか? いえ、追いかけますよ。ザック部長には追いつけないかもですけど、でも追いかけます。そう決めました」


 学院内の夜道を、俺と並んで歩くソフィちゃんがそんなことを口にした。

 お酒には強いと言っていたけど、まだ少女だ。顔がほんのり赤くなって、目が潤んでいる。


 伯爵家のお姫様として、彼女の学院生時代がそれでいいのだろうか。

 でも、どんな身分や家柄や環境に置かれていても、自分の歩きたい道は自分で選ぶべきだ。

 その点については、俺自身が前世で死ぬまで悩んだことだった。そして今世でそれが出来ているのかどうか、まったく自信がない。


 だけど、例えどんな世界で生きていても、悩み苦しみ、泣き、笑い、楽しみ、そうやって何とか自分で選んで決めて、努力して進んで行くべきだよな。

 おそらくそれが、自分という存在を創って行く筈だ。自分自身は探すものじゃなく、進みながら創って行くものだよね。


「そうか、わかった。じゃあ、僕はソフィちゃんからなるべく見える前を歩いて行くよ。ちゃんと追いかけて来られるようにね」

「はい、ちゃんと追いかけますよ。だってわたし、ザック部長の秘書ですから。うふふ」


 そろそろ、女子寮に向かう方と男子寮方向との分かれ道だな。


「エルヴィーラさん、早く早く。女子寮はこっちですよ。それじゃ、ザック部長、おやすみなさい、また明日。ふふふ」


 ソフィちゃんはエルヴィーラさんを引っ張るようにして、女子寮のある方へと消えて行く。そしてその後ろ姿は、とても楽しそうだった。



「じゃあ僕らも行きましょうか。エイディさん、今日は本当にありがとうございました」

「ザカリーさん、お礼はお互い様でありますよ。ご自分でおっしゃっていたでしょ。お互いに相手に感謝、そして自分を少し褒めて、それから悔しさを燃料にして明日を頑張る。そうでありますな」


「はい、そうでしたね」

「今日は私もとても楽しくて、とても悔しかった。だけど今夜は、まずは自分を少しだけ褒めるのであります。はっはっは」


 俺も自分を少しぐらい褒めていいのかな。

 でも俺の悔しさ、というか寂しさは、今日みたいな学院生同士の試合が出来るのが、もしかしたらこれっきりかも知れないということだ。


「(まだまだ、あるかもでしょ。だから、顔を上げて前を向きましょうね)」


 エステルちゃん? シルフェ様? アマラ様? それともサクヤ?

 その4人のどの声音とも思える声が、頭の中で響いた気がした。

 そうだよな。エイディさんと同じように、俺も今夜はまずは自分を少しだけ褒めて、ぐっすり寝よう。そうしたらちゃんと明日が来るのだから。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今話は少々長くなってしまいましたが、これで第十五章は終了です。

次回からは第十六章になります。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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