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第611話 エイディさんとの模範試合

 エイディさんがじりじりと前に歩を進め始めた。

 俺が高速で間合いに入るのを警戒しつつ、その場で受けるのではなく先に一撃を入れたいということだろう。


 考えてみれば、俺が学院で誰かと剣を合わせるのは滅多にない。

 総合武術部では部員の打ち込み相手を務めているが、それ以外の学院生だと総合戦技大会に向けた特訓で、クラスのバルくんとペルちゃんの打ち込みを受けたぐらいだよな。

 ましてや試合稽古など、入学以来行った経験はない。


 エイディさんたちとの合同夏合宿でも、俺はまったく剣を合わせていないよね。

 そういう意味で、これは俺にとっても学院で初めての経験だ。



 正眼に構えていた木剣を持ち上げ、八相に構え直す。

 そして俺もゆっくりと前進した。


 やがて互いにあと数歩で間合いの内。そこでエイディさんはいったん前進を止め、気息を整える。

 そして闘気を高め、放った。なかなかの圧力だ。

 俺もその場で止まり、八相からかすみへと木剣を動かす。さあ、来てください、エイディさん。


 しかし、エイディさんは慎重だった。俺の全身とその動きに精神を集中させているように感じる。

 彼は腰の横に木剣を据えたまま、こちらを伺い続けていた。


 時が止まる。

 この構えのまま、俺の場合、何時間でも静止し続けることが出来る。

 そういう修練を、前世ではことあるごとに行っていたからだ。


 すべてを停止し、闘気を放たず、世界の中に自分自身を溶け込ませる。

 そして何かのスイッチが入ったときに再起動、いきなり全開で動き、攻撃する。

 前世での生まれながらに強制されていた立場が、そういったことを必要とさせたのかも知れない。


 平素の暮らしや行動のなかで、いつ攻撃されたり、暗殺の手が伸びて来るやも知れなかったからな。

 だから、闘気を放たず静止し続けること、瞬時に再起動し攻撃に移れること、相手の攻撃を見切り、後の先で一撃のもとに打ち勝つこと。そういったぎりぎりでの生命のやりとりのために、鍛錬を重ねた。


 だが、いまは学院での模範試合だ。何十分も何時間もこのままという訳にはいかない。



 ごく小さな闘気を、俺はエイディさんに向けて放った。

 それがガンと身体に当たると彼はビクンと反応し、そして木剣を腰から上段に廻しながら勢い良く前に踏み込んで打ち掛かって来る。


 なかなかの強烈な打ち込みだ。

 必殺を狙う鋭い一撃。真剣であればどこを斬られても、致命傷を負いそうだな。


 俺はそれを見切り、僅かに体を動かしてその斬り下ろされた木剣にガンと横から当てる。

 エイディさんの体勢が崩れ、はっとして木剣を引きながら後ろに下がった。


 ここで続けて俺が二の手を出せば、それで試合は終わるだろう。

 だけどそれじゃつまらないですよね、エイディさん。


 彼も俺の攻撃を予測して下がりながら突きを出して牽制し、そして身体の位置を動かしながら体勢を整えると、また前に踏み出て攻め込んで来る。

 エイディさんならではの連続攻撃だ。


 俺はその怒濤の攻めを見切り、躱し、そして木剣を合わせて払う。


 暫くその攻防が続き、最後に俺が木剣を横から廻して胴を斬りに行くと、彼はその初めて襲って来た攻撃を辛うじて木剣を合わせて防ぎながら、体勢を崩してフィールドに転倒してしまった。



 俺はそれを見て木剣を八相に戻し、その構えのままトンと後方に跳んで敢えて距離を取る。

 あ、跳び過ぎたかな。まあいいか。


 エイディさんは、その俺の動きと同時に素早く立ち上がった。

 そして離れた俺に強い眼光を向け、いったんだらりと片手で木剣を下げて気息を整えている。


 それからエイディさんは、再び闘気を高めると共にキ素力を循環し始めた。

 と言っても、これはフィールドでは俺にしか見えない。

 あと見えるのは観客席にいるシルフェ様たち、うちの人外関係者とかエステルちゃんぐらいだろう。


 つまり強化剣術の予備動作ですな。

 放てば間合いの外からでも、剣が凄い速さで伸びて来る筈だ。


 だがその距離がどのぐらいなのか、もうひとつ俺にも掴めていない。

 アビー姉ちゃんも含めて、強化剣術とまともに相手をしたことがないからな。

 あと、その伸びや速さも、遣い手によって様ざまなのだろう。


 まあ、普通に受けても見切って躱せると思うけど、試合時間も程よく経過しただろうし、そろそろ終了としましょうか。



 俺は木剣を下げ、無造作に、しかし歩法を用いてするすると距離を詰める。

 それを見てエイディさんも真正面から踏み出て来た。

 彼のキ素力が徐々に高まり、木剣の剣先にまで伝わって行く。なかなかに純度が高く力強いキ素力だ。


 彼もアビー姉ちゃんと同じで適性がほとんどなく、魔法自体は苦手なのだが、そのキ素力はとても高い。

 強化剣術の鍛錬で培ったものなのだろう。


 だいぶ互いに接近して来た。本来の間合いまでは、まだ少々遠い。

 しかし、俺の勘があと僅か一歩二歩と告げた。

 その刹那、エイディさんが力強く踏み出しながら上段から強化剣術で斬り込んで来た。


 もの凄い速さの剣が振られ、その剣先がぐぐぐっと伸びて来る。

 しかし俺は、その剣を体勢を低くして掻い潜りながら、すっと縮地もどきを発動させた。


 瞬時にエイディさんの懐間近。停止と同時に少々位置をずらして彼の横から小さく木剣を出し、胴の正面を軽く叩く。しかし俺も僅かにキ素力を込めてみました。


 どーん。

 エイディさんが後方に吹っ飛んだ。あれっ、込めたキ素力はだいぶ加減してごく少量だったんだけどな。


 腹部を背中の方から引っ張られたかのように、身体をくの字の曲げた状態で5、6メートルほど後方に跳ばすと、尻からフィールドに落ちてそのままゴロゴロと後ろに回転し横たわった。



「終わり、終わり、試合終了だ。大丈夫か、エイディ。おーい、クロディーヌ先生。というかザック、おまえが診察しろぉ」


 フィランダー先生の焦った胴間声が響く。

 自分が俺に吹き飛ばされた経験があるので、余計に焦っているんだろうね。

 思いも寄らず、後ろから引っ張られるみたいに後方に吹き飛ばされるって、確かに怖い経験だよな。


 俺はエイディさんの傍らに走って行き、彼の全身を探査で診察した。

 咄嗟にうまく受け身を取ったのだろう、ほとんど怪我はない。

 頑丈でしっかりとした体格のうえに、優れた運動神経を持ったエイディさんらしいな。


 念のために回復魔法を施しながら、「大丈夫ですか?」と声を掛ける。


「おお、ザカリーさん。大丈夫であります。いやあ、私も跳ばされました。あれは……」

「大丈夫そうですね。まずは身体を起こしましょうか」

「あ、はい」


 クロディーヌ先生とジュディス先生、そしてフィランダー先生たちもやって来た。


「ザカリーくんが診たのなら、安心だと思うけど」

「ええ、たいした痛みもありません。と言いますか、もうどこも痛くないのであります」


 エイディさんは誰の手も借りずに、ひとりで立ち上がった。

 戦場ならば自ら立たなければ、そこで終いでありますよ、とか口にしそうだよな。



「模範試合をこれで終了とする。結果は見ての通りだ。ご苦労だったなザック。そしてエイディ、良く闘った」


 フィランダー先生があらためて模範試合の終了を宣し、会場内には長く続く大きな拍手が響き渡った。

 フィールド上の先生たちも選手たちも拍手をしている。

 エイディさんはその拍手に応えるように、四方に向かって頭を下げ挨拶をした。


 そして最後に俺の方を向く。


「ご指導、ありがとうございました」


 彼はそう大きな声で言うと、俺に向かって深々と頭を下げた。

 彼の後ろに集まっていた選手たちも、同じように頭を下げる。フィロメナ先生は下げなくていいから。

 と言うか、みんな頭なんか下げないでくださいな。


「ザカリーくん。去年の総合戦技大会で、もうわかってはいたのだけど、あなたが特待生だってこと以上に、あなたの凄さをあらためて見せて貰ったわ。学院生じゃ誰も敵う訳がない。エイディがまるで、剣術を習い始めの子供のようだったもの。でも、試合をしてくれて、ありがとう。わたしたち4年生は、今日のあなたの剣を目に焼き付けて、あらためて気を引き締めて、残りの学院生活で剣術を訓練していけるわ。ありがとう、ザカリーくん」


 総合剣術部の部長のエルヴィーラさんがエイディさんの隣に並んで、代表するようにそう言葉を口にして、そしてもういちど頭を下げた。

 後ろにいる他の4年生たちも、揃って同じようにしてくれる。


「いえ、僕の方が……。だって、この学院に入って初めて、試合が出来たんですから。本当に、ほんとうに凄く嬉しくて。だから、とても感謝してます」

「ザカリーさん……」


 そう口にして頭を下げると、エイディさんが近寄って来て俺の肩を抱いてくれた。

 なんだか、学院の先輩というより、兄のような温かさが彼の手から伝わって来る。


「ザック部長、これ」と、いつの間にか俺の直ぐ近くに来ていたソフィちゃんが、ハンカチを出して手渡してくれた。

 俺、少し涙が流れていたのかな。




「これで、課外部剣術対抗戦を終了とする。本日は最後までご観戦いただき、ありがとうございました。セルティア王立学院の学院生は、これからも学業に、魔法に、そして剣術に、この3日間で必死に闘った選手たちだけでなく、全員が自らの選んだ何かに真剣に取組んでくれるだろう。学院生のみんなにはそう願っているし、関係者のみなさんはそんな学院生を応援していただければと思う。本当にありがとうございました」


 フィランダー先生の閉会の挨拶が会場内に響き、対抗戦が終了した。


 総合武術部の選手と俺は、言葉少なに歩いて観客席に上がり、皆が応援してくれた観客席へと向かう。

 そこでは、あらためて大きな拍手が俺たちを迎えてくれた。


「みなさん、応援ありがとうございました」

「ありがとうございました」


「ザックさま、ご苦労さまでした。良かったですね」

「うん」


「それから、ソフィちゃんもありがとうございます」

「え、わたし? あ、あの、出過ぎた真似をして。エステルさま、すみません」

「いいえ、側にいればわたしのお役目ですけど、ここからじゃハンカチが渡せないでしょ。だから、ソフィちゃんでいいのよ。ありがとうございますね」

「あ、はい」


 それから恥ずかしそうなソフィちゃんは、エステルちゃんと何か話をしていた。


「ザカリー様、良い試合でやしたな」

「あ、ブルーノさん。大丈夫だったかな」

「大丈夫も何も、ザカリー様が試合をされた、そしてそれを見ることが出来た。それだけで、自分もうちの連中も大満足でやすよ」


 今日は俺が模範試合をするかも知れないというので、ブルーノさんとアデーレさんも屋敷の戸締まりをして観戦に来てくれていた。


「良く相手に働かせて、良く闘いましたぞ」

「最後の強化剣術を躱したのは、凄かったです」

「最初の一撃で決めなかったからー、今日は褒めてあげないとよねー」


 お姉さんたちも声を掛けて来る。

 これまで滅多に褒めて貰ったことがないけど、今日は褒めていただけるのですな。


「(良かったわね、ザックさん。あなたにこういう機会を作ってくれた、あの対戦相手の子に、あらためて感謝ね)」

「(はい)」

「(カァ)」


 少し離れたところでこちらを見ていたシルフェ様から、念話の声が届いた。

 その彼女の方に顔を向けると、シルフェ様と思わず声を出したクロウちゃんを抱くシフォニナさん、そしてアルさんが並んで俺の方を見て微笑んでくれている。


 念話を聞いていたであろうエステルちゃんも、ソフィちゃんと話しながらもちらりと俺を見て微笑みを浮かべていた。


 もしかしたら学院生活で、これが最初で最後の唯一の機会かも知れない学院生との剣術の試合だった。

 本当にエイディさんには感謝であります。



あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


ここまでお付き合いいただいている皆さまには、あらためて深く感謝申し上げます。

どうぞ引き続き、この物語にお付き合いください。

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