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第609話 心の強さと強化剣術

 カロちゃんは得意のヒットアンドアウェイ戦法で挑んでいた。

 隙を見出そうと間合いに入っては打ち、直ぐさま距離を取る。

 先ほどの片手持ち戦法でのソフィちゃんの動きにも多少似ているが、こちらの方が動きは激しい。もちろんその分、体力も消耗する。


 一方でジョジーさんは自分から踏み込むタイミングをなかなか掴めず、いつもの平常心もなんだか失っているようにも見えた。

 やはり3戦全勝のプレッシャーがあるのだろうか。


「これはカロ先輩が、ザック部長との模範試合を阻止しちゃいますよ」

「カァカァ」

「カロ先輩の向うに、ザック部長が見えちゃうんですかね」

「カァ」


 いつの間にかクロウちゃんが俺の隣に座っているヘルミちゃんに抱かれていて、一緒に試合を見ていた。


 まるでふたりで会話をしているかのようだが、ヘルミちゃんは理解出来ているのだろうか。

 クロウちゃんの言うことを聞いていると、なぜか会話が成立しているようにも思える。

 キミは、うちの部員に抱かれてるの珍しいよね。せいぜいソフィちゃんぐらいだと思ったけどさ。カァ。


 でも、カロちゃんの向うに俺が見えるとか、面白いことを言う。

 それって、俺がジョジーさんに見えないプレッシャーをかけてるってこと?

 しかしヘルミちゃんも、なんだか不思議な子だよな。



「おぉーっ」という歓声が耳に飛び込んだ。

 ヘルミちゃんとクロウちゃんに気を取られている間に決まったのかと思ったら、カロちゃんがフィールドをゴロゴロ転がりながら間合いを外して逃れているところだった。


 ジョジーさんの追撃が僅かに遅れた隙に彼女は機敏に立ち上がり、そしてあらためて距離を取った。

 まだまだ動けそうだな、カロちゃん。


 そうしてカロちゃんは5分間を闘い切る。またもや延長戦だ。

 昨日のうちの部は、延長戦の末の引き分けが4試合。そして今日もソフィちゃんに続き2試合目だ。


「うちの部って、体力だけは自信がありますよね」

「カァカァ」

「それは、体力訓練大好きザカリーさまの部だからでしょー。わたしたちも体力だけは自信があるわよー」

「カァカァ」


 体力だけじゃないでしょ、ヘルミちゃん。柔軟性とか身体術とかいろいろあるでしょ。

 それから、ライナさんは余計なことを言わない。


 それでもカロちゃんは気息を整えるインターバルで、はぁはぁと肩で息をしている。

 かなり消耗してしまっているのは明らかだ。

 しかし、ちらりとこちらの応援席に向けた眼の輝きは、まだ落ちていないと俺は見た。


「カロちゃん、あなた、なんて強い子なの」


 エステルちゃんの呟きが隣から聞こえる。彼女もそう見ているのだ。



 延長戦が始まり、結局はその3分間もカロちゃんは強敵のジョジーさんを相手に闘い切った。

 会場で沸き上がる拍手のなかで、「ふぅー」とエステルちゃんが深い息を吐き出す。


「カロ先輩、今日も負けませんでしたぁ。それも4年生相手にぃ」

「ただの4年生ではないぞ、ヘルミちゃん。アビゲイルさまが鍛えた4年生のひとりだ」

「アビゲイルさまって、ザック部長のお姉さまですよね」


「そうですよ。昨年まで学院で剣術最強。それで彼らにはこれまで、ザカリーさまの部ではまともに誰も勝っていないんですよ」

「去年にルアちゃんの剣が、ほんの僅かに入って勝ったけど、それだけよねー」


 そう言えば、そのときのルアちゃんの対戦相手もジョジーさんだったな。

 確かにこれまで、合同夏合宿恒例の試合稽古も含めて、うちの部員が3人に勝ったのはあのときの1回だけだ。

 しかも勝敗を決めたあの剣は、ほとんど掠ったに等しい程度だった。


 そのルアちゃんがフィールドに出て来る。今回の対戦相手は、3戦続けて副将を務めているハンスさんだ。

 いつものように、身体のバネを確かめるようにピョンピョンと垂直に跳んでいる。


 対戦相手のハンスさんはその様子をじっと見ていた。

 4年生になった彼をあらためてこうして眺めてみると、ずいぶんと横幅が大きくなったよな。

 身長はジョジーさんより少し大きくエイディさんと同じぐらいだが、上半身下半身ともにがっしりとしている。しかし、動きは決して鈍くはない。



 試合が始まった。


 主審のフィロメナ先生の「はじめ」の声と同時に、ルアちゃんが素晴らしい反応速度でするすると向かって行く。

 高速の歩法。進みながら打ち出す木剣を構え、間合いに入った刹那、鋭く斬り掛かる。

 その直線的な奇襲を、ハンスさんは僅かに身体を動かしながら、ガンと合わせ払った。


 ルアちゃんは直ぐに後退し、そしてハンスさんを軸に回転するように横に動く。


「ひとつ、入り切れていない」

「速かったですけどね」


 つまり、間合いに踏み込みながら先を取って斬り入れたのだが、その踏み込みがひとつ足りないとジェルさんは言っているのだ。

 真正面から先を取る場合、いくら速いとは言え相手の力量との兼ね合いで、その見極めは難しい。


 ルアちゃんはカロちゃんよりも小柄なので、特にこのハンスさんみたいにどっしりと構え、かつ速く重い剣の相手と打ち合いをするのを好まない。

 昨日は総合剣術部Bチームの4年生の女子と、不本意ながら打ち合いに引込まれて延長戦までもつれ、引き分けとなってしまったことへの反省もあるのだろう。


 なのでいったん離れ、二の手を狙いながらすすすっと円を描くように移動している。

 対するハンスさんは移動せず、その円運動の軸となって動き続けるルアちゃんを身体の正面に向け暫く回転していたが、やがて軸を外して足を踏み出し、じわりと彼女を追い始めていた。


 もちろんその動きに、ルアちゃんが気づかない筈もない。

 円運動を崩すと、いきなりギアをトップに入れ、走り出し様にタンと高く跳躍した。


 しかしそれと同時に、ハンスさんも猛然と動き出していたのだ。

 重戦車のような逆突撃。

 これでは着地時に反対に背後を取られてしまうと、ルアちゃんは高く跳躍した後に身体を捻り、上空からの一撃を狙う。


「むん」という、ハンスさんの重い声が聞こえた気がした。

 彼の木剣が、空中から斬り下ろそうと落下してくるルアちゃんに振られる。


「あ、強化剣術?」


 エステルちゃんが思わず声を出す。

 そう。それほど強力なものではないけれど、纏わりつくように木剣をキ素力が包み、そしてそのキ素力にブーストされた木剣が超高速に振られた。



 ハンスさんの強化剣術による一撃は、上から落ちて来たルアちゃんの足を捉えて確実にヒットした。

 その一撃でルアちゃんは空中で足を掬われるように回転し、ドスンと背中からフィールドに落下する。


「し、勝負あり。ジュディ、クロディーヌ先生っ。ザックくーん」


 フィロメナ先生の大声が、シーンとなっている会場に響く。


「背中から落ちました。頭を打ってないかしら。ザックさま、呼んでますっ」

「うん、行くっ」


 受け身を取る間もなくフィールドに落下したので、後頭部を打ってなければいいが。

 俺はこの際、急を要すると判断し、今いる観客席からそのままトンと跳んでフィールドに大きく跳躍した。


 観客の皆さんは、倒れているルアちゃんと飛び出て来て治療を始めているクロディーヌ先生たちを注視しているので、俺の動きは誰も見ていないだろう。

 と思ったけど、俺が跳んだ後方の観客席から「うぉっ」といういくつもの声がする。まあ仕方がない。


「あ、ザカリーくん、診て。打たれた足は回復を施したけど」

「はい」


 目を閉じているルアちゃんの目蓋を開いて瞳孔を診ながら、同時に全身を探査する。

 脳の様子まではさすがに分からないが、頭を打ってしまったか、強い衝撃があったのかぐらいは分かる。


 どうやらルアちゃんは、空中で足を打たれて回転しながら落下した際に、咄嗟に猫のように身体を丸くしたようだ。

 なので、丸めた背中の少し横から落下し、背骨から肋骨にかけての部分を強打している。

 しかし、これなら大丈夫だ。


 ハンスさんに打たれた足の方は問題ない。打たれたというより高速に掬われたという感じだろう。


 そこで俺は、かなり強い回復魔法を主に上体に施した。まずは骨と、体内で細かく切れているだろう筋肉が治るように。

 そして続けて、痛みを癒す柔らかい回復魔法を全身に施す。今回は聖なる光魔法は混ぜていないが、どうも俺が回復魔法を発動すると、淡い光が出てしまう。



「うーん。あれっ?」

「気が付いたか、ルアちゃん」


「あ、ザック部長。あたし、負けちゃったよ。ごめんなさい」

「それは、いまはいい。立てる?」

「うん、ぜんぜん平気そう。って、ザック部長が治してくれたんだね。ありがとう」


 ルアちゃんはそう言って、ぴょんと立ち上がった。


「だ、大丈夫か?」

「大丈夫でありますか?」


 気が付いてみると、次の試合のブルクくんとエイディさんもフィールドに出て来ていて、ハンスさんと3人で心配そうに近寄って来た。


「大丈夫だよ。ほら」と言って、ルアちゃんはぴょーんと大きく垂直に跳躍する。

 普通の女の子が跳べない高さに、いきなり跳ぶんじゃありません。つい今まで、あなたはフィールドに倒れて失神していたんですよ。

 会場からはその様子を見て「うわーっ」という声があがり、やがて静かに拍手が向けられた。



「最後のあれって、強化剣術だよね、ハンスさん」

「ああ、そうなのでありますよ。初撃は辛うじてはね返したでありますが、二の手は待っているとやられると直感して、つい剣の振りを速く長くするために。僅かであったのでありますが」


 強化剣術はキ素力を用いることによって、剣にブーストをかけ、高速かつまるで剣先が伸びるような作用を生みだす。

 強く用いた場合は斬撃力も数倍増し、相手の骨まで断つ剣となる筈だ。


「そうなんだ。わたしは、初めのを払われて、もう跳ぶしかないって思ったけど。やっぱり強いね、ハンスさん」

「いやいや。ぎりぎりでありましたよ」


 そうルアちゃんとハンスさんが言葉を交わし、その様子を次に闘うブルクくんとエイディさんが無言で見守っていた。


「どうやら大丈夫そうだな。ありがとう、ザック。そうしたら続けて試合を行うが、エイディとブルクはいいか?」

「はい」


 フィランダー先生の言葉に、ふたりは声を合わせるように同時に返事をした。


「それからザックよ。悪いが帰りは、普通に歩いて観客席に戻ってくれないか」

「へいへい」


「もう、ザック部長はぁ。気が抜ける返事をしないでよ」

「はいであります」

「試合の邪魔だから、行くよ」

「はいであります」


 選手たちは、それぞれの控室がある方のフィールド出入り口で試合を見ているので、そこまでルアちゃんと一緒に歩く。

 カロちゃんやソフィちゃん、カシュくんが心配顔でルアちゃんを迎えたが、俺を従えて姿勢良く近づいて来た彼女を見て、ほっとした顔をしていた。



「ご苦労さまでした、ザック部長。最後の試合、部長もここから観戦したらどうですか? もう始まっちゃいますし」

「そうだね、ソフィくん。そうさせて貰おうかな」

「エステルさまには?」

「ああ、それは大丈夫。わかるから」


 エステルちゃんには念話で伝え、いちおうクロウちゃんにも通信を飛ばしておいたから、観客席のエステルちゃんがこちらを見て両手で丸を作っていた。


「あ、もう分かっちゃったんですね。さすがです」

「ザックさまとエステルさまとクロウちゃんは、無言で通じる、です」

「へぇー、そうなんですねカロ先輩。わたしも、えと、無言で通じるとかなれるかな。あ、秘書として」


「ほら静かに。試合が始まるよ」


 ソフィちゃんがまた変なことを言い出してるけど、ルアちゃんの声で静かになった。

 さあ、対抗戦の最後の最後。ブルクくんとエイディさんの試合が始まる。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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