第607話 剣術対抗戦第2日
剣術対抗戦の2日目。この日も剣術訓練場の観客席は満員で、立ち見が出るほどだった。
試合が行われているこの時間は、通常は課外部の活動が行われているのだが、それを休みにして来てくれた学院生もずいぶんいたようだ。
今日の試合は、結果だけ簡単に紹介しておくことにしよう。
第1戦はうちの部と総合剣術部Bチームとの試合。総合剣術部は昨日、AチームBチームとも団体戦としては負けてしまった。
伝統ある剣術の課外部としては、かなりのショックだっただろう。昨日の試合後にはうちの部と同様に反省会を行っていたが、部長のエルヴィーラさんが活を入れたようだ。
なので、今日の総合剣術部Bチーム全員の形相はかなり厳しい。
そして試合結果。一番手のカシュくんは昨日と同じく猛烈かつ我武者羅の攻めで、同じ2年生の男子を相手に攻め勝った。
しかし、二番手のソフィちゃんの対戦相手は3年生のオディくん。彼は昨日にはロルくんに勝っている。かなりの実力者と言えるだろう。
そう簡単には勝たせて貰えない相手に、俺のアドバイスの通り挑戦する気合いでソフィちゃんは向かって行き、結果は延長の3分間も闘って引き分けとなった。いや、良く引き分けにまで持込んだのだ。
そして三番手のカロちゃんの相手は、同じ3年A組女子のペルちゃんだ。そして、ディルク先生の上級剣術ゼミでも一緒。
クラスでもヴィオちゃんと3人でとても仲が良い。そしてペルちゃんは、魔法侍女ならぬひとりだけ剣術侍女とも称されている。
だからこれまでは、剣術においてはペルちゃんの方が一枚も二枚も上手だった。
しかしカロちゃんの実力は追いついて来ている。
総合剣術部員として剣術では負けられないペルちゃんと、生来の負けん気が強いカロちゃんの一戦は、こちらも結果的に引き分けとなった。
続いての副将戦。今日も絶好調のルアちゃんの対戦相手は4年生の女子。
副将として絶対に負けられない4年生の彼女は、昨日のルアちゃんのトリッキーな闘い方をしっかりと見ていたのだろう。
それで、離れて跳ぶといった体技をルアちゃんに使われないよう、果敢にも常に接近して間合いの内に身を置き、休まずに木剣を打ち込んで来た。
これにはルアちゃんも合わせざるを得なかった。それだけ、相手の打ち込みは激烈だったのだ。
そしてこの試合も、3分間の延長戦を経て引き分けとなった。
引き分けが宣せられたあと、ルアちゃんはまだまだ闘えそうだったが、相手の4年生は疲労困憊してフィールドにばったりと倒れてしまった。
最後の大将戦はブルクくんと、昨日の試合でエイディさんにしたたかにやられたマトヴェイさん。
彼も総合剣術部の副部長として、絶対に負けられない意気込みでフィールドに出て来た。
俺が施した聖なる光魔法を織り込んだ回復魔法のおかげもあってか、体調もなかなか良さそうですな。
そして、大柄な体格を活かした迫力ある攻めを初手からガンガン仕掛けて来る。
それでも無駄な大振りにならないところは、さすがに副部長だ。
一方でブルクくんはその剣を見切り、躱し、ときには合わせながらもなんとか勝機を見出そうとする。
しかしこの試合も無常にも試合時間の5分間が過ぎ、そして延長の3分間も互いに決め手を欠いたまま終了してしまった。
「引き分けが続いてしまいましたな。相手の必死さに合わせてしまったか」
「こういう試合って、なんだか難しいですよね」
「実戦じゃあまりないけど、引き分けっていう結果のある試合だとねー」
俺とエステルちゃんの後ろには、今日はライナさんも加わってお姉さん方3人がいる。
まあ実際の戦闘では、純粋に刃物だけの接近戦だとしても互いに傷を負わせ合って、疲労以外にも血液が流れたり痛みがあったりで、勝負がつく要因が増えて行くしね。
それに制限時間というものもない。
「本当の闘いだと、どうなっちゃいますか?」
「ああ、それはヘルミちゃん。最後の最後に立っていた方が勝ちなのよー」
「というと?」
「また、ライナの説明は当たり前過ぎて、わかりにくい。つまりだ、いまの対戦でも、もし実戦だったらほとんどはうちの勝ちだな」
「えー、ジェルお姉さん、そうなんですかぁ?」
「例えばね、ルアちゃんとあの相手の女の子。ずっと接近戦で、ルアちゃんもそれに付き合っちゃったけど、相手の子がそれを続けるのはもう限界でしたよね。反対にルアちゃんは、まだまだぜんぜん動けそう。だから、あのあとも戦闘が続いていたら、ルアちゃんはいったん間合いから離れて、そのあと一撃で勝ったでしょうね」
俺もオネルさんの見立てと一緒だな。
だが実際には、8分間の闘いの中でも勝機を見出すことは何度か出来ただろう。
それはブルクくんの試合も同じだ。
その辺の勝機は、生きるか死ぬかの瀬戸際で戦闘を行った経験が無いと、なかなかに見極めが難しいよな。
結果として1勝4引き分け。4人が引き分けというのも珍しいと言えば珍しいが、これは決して勝敗を決する意志や力が足りなかったとか、意図してそうなったとかの結果ではない。
皆が精一杯闘った末での今回の結果なのだ。
その選手5人が、俺たちが観戦している関係者席に戻って来た。
ひとり勝利を収めたカシュくんは別として、あとの4人は言葉数も少なく、観客席の皆に黙って並んで頭を下げた。
「試合であるからには、良く闘ったわい。意気消沈する必要なんぞないぞ。頭を上げいや」
「生き残った兵士は、明日の闘いに向けて前を見なければいかん」
「それぞれへは、あとでザックさまが何か話してくれるじゃろうて。まずは明日の相手の試合をしっかり見るのじゃよ」
「いやいや、負けなかったということは、また闘えるということですな。今日はそれで良しとしましょうぞ」
アルポさんとエルノさんに、アルさんとそれからソフィちゃんのところの執事のドミニクさんも加わって、爺様4人が選手たちに声を掛けていた。
しかし、うちの選手たちは兵士ではないですからね。そこのところは間違わないように。
続いて行われた第2試合は、強化剣術研究部と総合剣術部Aチームとの対戦。こちらも試合結果を紹介しておきましょう。
まずは強化剣術研究部の2年生のヴィヴィアちゃんと、総合剣術部Aチームの同じく2年生の男子との試合。
どちらも昨日の試合で負けを喫していたが、この闘いで打ち勝ったのはヴィヴィアちゃんだった。彼女もこのまま鍛錬を続ければ、うちのソフィちゃんの良いライバルになりそうだよね。
二番手のロルくんの相手は2年生の女子だ。
ちらっと席に座っているカロちゃんを見てみると、強い眼光で彼女はフィールドを見つめている。
まあ2年生相手に負けちゃったら、カロちゃんに愛想をつかされそうだが、ロルくんは素早い動きで相手の手を封じつつ、あっという間に決めてしまった。
カロちゃんは、ふーっと小さく息を漏らして、そしてニッコリと微笑んだようだ。
続く三番手の総合剣術部Aチームは、うちのクラスのバルくん。しかし相手は強化剣術研究部4年生のジョジーさん。かなりの強敵だ。
部長で大将のエルヴィーラさんが相当に発破をかけたのだろう、バルくんは初手から猛然と攻める。
しかしジョジーさんは落ち着いてそれを捌き続け、5分間の試合終了の直前に胴を叩かれて崩れ落ちた。
そして副将戦。強化剣術研究部はハンスさんで、対戦相手も4年生の男子。昨日はルアちゃんに負けてしまった彼ですな。
その彼は、今日は負けられないという気迫を前面に出しハンスさんと闘い続けた。
剣術の技術的には、学院生としては結構な実力がある。同じ4年生だし、ハンスさんのことも良く知っているのだろう。
有効打や決定打をハンスさんから出させずに5分間の試合を終え、そして延長戦でも引くことはなく、結果的に引き分けとなった。
今日の最後の試合の大将戦。エイディさんとエルヴィーラさんが向かい合う。
エイディさんはいつものように古武士然とした落ち着いた雰囲気だが、片やエルヴィーラさんは試合前から既に熱く燃えているかのようだ。
その彼女が、主審のフィランダー先生の「はじめ」の声と同時に、爆発したかのように間合いを詰めて激烈な突きを放つ。
エイディさんはカッと目を大きく見開いて、体を躱しながらその突き出された木剣を上から強烈に叩いた。
普通の学院生だったら、それで木剣を落として試合が終わってしまっただろう。
しかしエルヴィーラさんは、そこで咄嗟に木剣を僅かにずらして叩かれた力を逃がすと、続けざまに下段から斬り上げた。
それをエイディさんは見切り、間合いを離れる。
「やはり、強いな、あのお嬢さん」
後ろからジェルさんが漏らした声が聞こえる。
昨日も感じたけど、エルヴィーラさんは確実に強くなっている。
現在の学院生で実力ナンバーワンのエイディさんと、初手のあのやりとりで負けてしまわないのはさすがと言うべきだ。
それからは、ギリギリの攻防をしては間合いを外し、また再び攻防という闘いが続き、結局5分間が終了してしまった。
もちろんこれで勝敗の判定はなく、この試合も延長戦となる。
果たして引き分けとなってしまうのだろうか。いや、エイディさんなら、彼の頭の中に引き分けという文字はない筈だ。
いったん開始線まで離れ、互いに気息を整える。
そのとき、エイディさんの顔が俺のいる観客席の方を向いた。そして俺を見つけたのだろう、目線が合うとニコリと微笑んだ気がする。
「延長戦、はじめ」の声が掛かる。
するとその声と同時に、するするするとエイディさんが前に進み、あっという間にエルヴィーラさんとの間合いに入ると、その瞬間に激烈な上段からの一撃を放った。
キ素力を纏った強化剣術ではない。しかし先の先の有無を言わさない一撃。その一撃が、木剣を正面に構えていたエルヴィーラさんに何もさせないままその肩口を捉え、そして捉えた刹那、力を弱めた。寸止めではないが、それに近い絶妙な技術だ。
あっという間のことに、エルヴィーラさんのそれまでの研ぎすまされた緊張感が一瞬で解かれて、彼女は腰からフィールドに崩れ落ちた。
昨日と同じように、治療担当のクロディーヌ先生とジュディス先生がフィールドに飛び出て、座り込んでいるエルヴィーラさんの具合を見る。
しかし今日は問題ないだろう。先生ふたりが揃って観客席の俺の方を向いて、両手で丸を作るのはやめなさい。
直ぐに立ち上がったエルヴィーラさんとエイディさんが何か言葉を交わし、そしてフィールドを去って行った。
「いやあ、エイディさんはやっぱり強いけど、エルヴィーラさんも良く闘ったなぁ」
「あのふたりなら、実際の戦闘も出来そうですよね」
「エステルちゃんもそう思う? うちの騎士団とかでも、直ぐに入れそうだ。ねえ、ジェルさん」
「そうですな。わたしの見るところ、いまのふたりと、あとアビゲイルさまの部の4年生ふたりは大丈夫ですな」
ジェルさんが言うアビー姉ちゃんの部とは、もちろん現在のエイディさんのところだが、そのハンスさんとジョジーさんの実力も確かなものだ。
入学した当初、初めてあの3人に会ったときは、その変にバカ丁寧な物腰からホストクラブの店員かと思ってしまったのは、いまでは笑える想い出だよな。
それはともかくとして、明日はいよいよ強化剣術研究部と我が総合武術部との対戦だ。
昨年の夏合宿以来だけど、うちの部員たちがどこまで成長したのかを確かめる良い相手と言えるだろう。
「これで2戦勝ったのは、エイディさんとジョジーさん、それになんと、うちのカシュくんの3人だけになりましたよ、ザック部長」
「え、そうなのでありますか、ソフィくん」
「うふふ。これは面白くなって来ましたね、ソフィちゃん」
「はい、エステルさま。わたしが残れなかったのは残念ですけど」
「あたしもだよ。引き分けで悔しい」
ハンスさんが引き分けになって、うちの部員たちもカシュくん以外は全員引き分けだからなぁ。つまり、昨日は勝っているオディくんも同様に引き分けだし。
「そしたら、カシュくんには明日も勝って貰って、この人のお相手をして貰わないとですねぇ」
「あ、あ、あの、えーと、僕がっすか、エステルさま」
そこであわあわしているカシュくんはともかく、エイディさんは確実に勝ち抜けようとするだろう。
それを阻めるのかブルクくん。4年生たちに混ざって3年生で大将の重責を担うキミにとって、今回の対抗戦は大きな経験になりますなぁ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




