第606話 今年も学院生食堂で初日反省会
学院生食堂に9人分の席を確保し、夕食をいただいた。
昨年もこういう風景になっていたが、とても広い食堂内では俺たちから離れて総合剣術部や強化剣術研究部もテーブルを囲み、食事をしながら話している。
そして試合を観戦した学院生たちが時折、声を掛けに来てくれたりするのだ。
もちろん3年A組の連中も、クラスメイトが選手として出場した俺たちのテーブルに来てくれ、それから総合剣術部の方にも廻って行った。
「ねえ、あそこでこちらを見てる子たちって、1年生じゃないかしら。そうよね、ヘルミちゃん」
「あ、そうです、ヴィオ先輩。わたしのクラスの子たちです。わたし、ちょっと行って来ますね」
そろそろ食べ終わる頃合いだったので、ヘルミちゃんは席を立ってびゅーっと走って行った。
食堂の中で走るんじゃありませんよ。おばちゃんに怒られますよ。
ヴィオちゃんが見ている方に俺も顔を向けると、なんだかこちらを見ていた女の子たちが「きゃー」とか言っている。
え、俺が顔を向けたら怖かったですか? それとも珍しいものでも見た感じですか?
「ザック部長、食べ終わったら反省会を始めますから、余所見しないで食べちゃってください」
「はい」
どうも最近は、というか特訓でうちの屋敷に行って以降、エステルちゃんから秘書役に認定されたソフィちゃんの俺に対する言動が、ちょっと厳しくなって来てるよな。
この2年間、なんとなくそんな役どころだったヴィオちゃんが、「これで多少、肩の荷が下ろせたわ」とか言ってたけど、そうなのでありましょうか。
「今日の試合、凄かったって、あの子たち、そう言ってました。わたしが入った部がとても強いって、感心してましたよ」
席に戻って来たヘルミちゃんが、そんな報告をしてくれた。
へぇー、ちゃんと観戦に来てくれてたんだね。1年生が誰も来なかったらどうしようって思っていたけど、ちょっと安心したな。
「ザック部長、1年生に手を振らなくていいですから」
「はい」
「それではヴィオ副部長、お願いします」
「ソフィちゃん、ありがと。じゃ、ちょっと今日の反省会をしましょうか。と言うか、戦績が3勝2分けで、獲得ポイントは4ポイント。これは素晴らしい戦果だと思います。ちなみに他のチームは、総合剣術部Aチームが2分け3敗で1ポイント、Bチームは2勝3敗で2ポイント、強化剣術研究部が3勝2敗で3ポイント。つまり、初日の今日、我が総合武術部が1位ってことね」
「おおーっ」
ふむふむ、なるほど。うちが1位でありますか。昨年は最下位に甘んじた結果から考えると、この上ない滑り出しでありますな。
「それじゃ、個別の結果についてザックくんから」
「え?」
「ザック部長ですよ」
「はい」
「ねえ、ライ先輩。うちの部長って、ヴィオ先輩とソフィちゃんに挟まれてると、なんだかしおらしいっすよね」
「あの先生、ずっとああいう環境で育って来たからさ。屋敷に行ったらわかるだろ」
「あー、なるほどっす」
「まずは、そこでつまらんことを話しているカシュだ」
「あ、聞こえてたっすか」
「そしてあの先生、やたら耳がいい」
「まあ、よろしい。カシュは念願の1勝をあげた。ご苦労。以上」
「ええーっ。もっと何かないんすか。ここは褒めどころじゃないですかぁ」
「ジェルさんとオネルさんが喜んでいた。以上」
「え? そうなんすか、えへへ」
「僕からは、そーだなー、明日も我武者羅に当たって砕けろ、じゃなくて今日の試合のように我武者羅に立ち向かって、そして勝て。君なら出来る」
「はいっす」
現在のカシュくんには、妙な理屈のアドバイスを言う必要はない。闘う経験を積むだけだ。
「次は、ソフィちゃん」
「あ、はい」
「今日はとても良い剣だった、とジェルさんとオネルさんが褒めてたよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「たしかに相手の動きを良く見た、問題のない闘いだった。でも明日は、挑戦する気合いを思いっきり出してください。僕からはそう言っておきます」
「挑戦する気合い……。そうですね。はい、わかりました」
明日の試合の対戦相手は総合剣術部Bチーム。
今日のソフィちゃんの相手は同じ2年生だったけど、明日は3年生のオディくんになる筈だ。
彼は今日、強化剣術研究部のロルくんに勝っている。なかなか手強い相手だと言えるだろう。
「そして、カロちゃん」
「はい、です」
カロちゃんの返事をする声は、ちょっと弱々しかった。
でも今日のうちの部の試合のなかで、俺はカロちゃんの試合をいちばん評価してるんだよ。
「今日は8分間の闘い、ご苦労さまでした。僕はあらためて、カロちゃんを尊敬している」
「尊敬って、ザックさま。わたし、勝てなかった、です」
「いや、勝ち負けじゃなくて、カロちゃんの闘い続ける姿勢を、だよ」
「そんな、ザックさま。わたし、自分から折れるのが、嫌なだけ」
「それにカロちゃんは、今日の試合で、セルティア王立学院3年生剣術7強の一員となったのでありますよ」
「セルティア王立学院3年生剣術7強??」
「なんすかね、セルティア王立学院3年生剣術7強って」
「言葉の通りだとすると、3年生で剣術が強い7人、ということだろ」
「あっ、それって、剣術学上級ゼミの受講者の7人てことじゃない?」
「剣術学上級ゼミの受講者ね。えーと、ここに4人いて、うちのクラスにあとふたり」
「ほかのクラスでふたりだから、ぜんぶで8人だよね」
「そこはほらルアちゃん、自分のことは数えてないのよ、きっと」
「あー、ザック部長は員数外かぁ。特待生だし、自覚があるんだね、あれで」
「すると、カロ先輩は、今日でその一員になったってことすかね」
「あとのメンバーは、どうこう言って剣術バカばかりだからな。カロちゃんも目出たくその一員なのか」
「おい、剣術バカってなんだよ、ライ」
「これは、対抗戦が終わっても特訓だよね」
みんながごちゃごちゃと煩いが、カロちゃんは入学前から家庭教師さんの指導は受けていたとはいえ、商家出身のほぼ剣術初心者だったのが、3年生になって剣術学上級ゼミを受講するまでになったのだ。
それも2年時の剣術学中級受講者からゼミに進んだのは、たったの5人。その中のひとりなのだから。
そして今日の対抗戦の試合でカロちゃんは、ひとりだけ実力が劣っている訳ではないことを証明して見せた。
この2年間の努力、隠れていた才能、そして何よりも本人が口にした、自分から折れてしまいたくないという心の強さ。
俺が尊敬していると言ったのは、カロちゃんのそういうところなのだ。
「えーと、次はルアちゃん」
「はい、はーい」
「なかなかの試合だった。ジェルさんとオネルさんも、それからエステルちゃんも、とても感心していた」
「えへへへ」
「学院生相手なら、あれで充分。対応出来る者は、そうはいないだろうね。でも」
「でも?」
「あっ」
「え、なになに? ヘルミちゃん」
「すみません、思わず声、出しちゃいました」
「ザック部長たち、あたしの試合のときに何か言ってたの?」
「えと、最後にルア先輩が高く跳んで、背中に木剣を当てたとき、エステルさまやティモさんなら、後頭部に蹴りを一発だよなぁ、って」
「それは……。あ、そうか」
「後頭部に蹴りを一発とか、それって反則でしょ」
「ヴィオちゃん、それはそうなんだけどさ」
ルアちゃんは俺たちが何を話していたのかが、どうやら分かったようだ。
高く跳んで落下しながらの背後への攻撃で勝ちを決めたが、その一撃が実戦なら浅過ぎて装備によっては致命傷にはならかった筈だ。
逆に着地時の不安定な体勢に対して、逆襲を受けてしまったかもというのを彼女は理解したのだろう。
「学院での試合なら、あれでいいんだけどさ」
「あたし、わかった。試合だと首から下に蹴りを入れて、体勢を崩して剣を入れるか、それとも空中でもっとしっかりした剣を入れられるようになるか、どっちかだよね」
「うん、まずはその通りだね」
ルアちゃんは、こういうことについては思考が速い。そういう点でも、アビー姉ちゃんにちょっと似て来たよな。
「そして、最後はブルクだけど」
「あ、うん、ごめん」
「謝る必要なんかないさ。総合剣術部の部長相手に、引き分けなんだから」
「でも、去年は僕が勝ったのに」
「いやいや。エルヴィーラさんが、ずいぶんと強くなっていた。僕が今日の対抗戦で感心したもうひとつは、そのことだよ」
「それはたしかに。あの人の絶対に負けられないっていう、強い気持ちを試合中にずっと感じていた」
おそらくは冬休み中とかでも、地元でかなり訓練をしていたんじゃないかな。
ヴァイラント子爵家の中でエルヴィーラさんが、剣術的にどういう環境にいるのかは分からないけど、彼女の努力と気持ちが表れた試合だった。
「明日は副将に下がれ、とかじゃないよな」
「あ、今年も第2戦は、あたしが大将でいいよ。ね、ザック部長」
「おい、ルアちゃん」
「ふうむ、それもありかなぁ」
「おい。頼むよ、ザック」
「明日の対戦相手は総合剣術部Bチームでしたな。大将は? ソフィくん」
「副部長のマトヴェイさんですよ。今日、ザック部長が治療した」
「ああ、そうでありました。あの巨漢ですな。今日の治療で、いつもより多めに回復しておきましたから、明日は今日より数段調子がいい筈ですよ。そしたらブルク、僕が彼の体調を良くしておきましたから、キミが闘いなさい」
「おい」
事実、通常の回復魔法に聖なる光魔法も織り込んでおいたからね。実際に全体的な体調が良くなった筈だ。これは話せないけど。
直ぐ近くで治療を見ていたジュディス先生とクロディーヌ先生には、うやむやにしておいたままだから、どこかでこの話を蒸し返しそうだよな。
「ねえ、ザック部長」
「ん? なに? ルアちゃん」
「あのさ、もしうちの部員でも誰かが全勝したら、やっぱりザック部長と模範試合になるんだよね」
「あ、そうっすね。つもり僕にもまだ権利があるってことか」
「不肖ながら、このわたしにも権利があります」
「そして、あたしね。カロちゃんとブルクくんは残念だけど」
ふむふむ。確かに今回の決まりごととしては、そうなりますな。
でも、たった3勝とはいえ、その3勝がなかなか難しいんだよ。
まあ誰でも良いから、見事に3つ勝ったら掛かって来なさい。
しかしブルクくんよ、そう落ち込むなって。同じ課外部にいるんだから、いつでも剣を合わせられるじゃない。
え? やっぱり大勢の観客が見ている試合とは違うって? それはそうですなぁ。まあ今年は諦めなさいな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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