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第605話 大将戦、そして初戦が終わった

 総合武術部初戦の大将戦。ブルクくんの試合だ。

 相手は総合剣術部Aチームの大将で部長のエルヴィーラ・ヴァイラントさん。ヴァイラント子爵家の次女で4年生。


 昨年の対抗戦では、当時部長のエックさんのチームで副将を務めていたのじゃなかったかな。

 あの時のうちの部の対戦相手は、えーと。


「ブルクくん、今年も同じ相手との対戦になりましたね」

「昨年は彼が見事、勝ったのでしたな」

「あの方、部長さんになったですか、ザカリーさま」


 俺たちの後ろの席にいるジェルさんとオネルさんが、エステルちゃんとそう話している。

 あ、そうでしたそうでした。


「うん、子爵家の娘さんというのもあるんだけど、なかなか人望もあって、剣術の実力もだいぶ伸びたみたいだよ」


 ブルクくんの対戦相手だったのは、いま思い出したのでありますが。


「ヴァイラント子爵家でしたっけ」

「ヴァイラント子爵家というと、北方山脈沿いですな」

「やっぱり、国境が領地にあると、剣術とかも盛んですよね」


 ヴァイラント子爵領はヴィオちゃんのセリュジエ伯爵領の南で、同じく領地内に北方山脈の山岳地帯や国境がある。

 ヴィオちゃんは魔法少女だけど、オネルさんの言うように剣術とかも盛んなのかな。


 まあそれはともかく、思い起こせば昨年の対抗戦では、初戦にローゼマリーさんに危険な斬り落とし勝負を挑まれ、それに真っ向から相対して負けてしまったブルクくんを次戦では副将に落とし、対戦したのがこのエルヴィーラさんだったのだよな。


 あのときは初手からブルクくんが猛攻を仕掛け、そのまま押し勝った。

 あれから1年が経過してブルクくんは成長しているが、エルヴィーラさんも強くなっている筈だ。


 しかも今日の初戦で、チームは1分け3敗と大きく負け越してしまっている。

 大将で部長である自分だけは勝たねばという強い思いが、全身から放たれているように俺には見える。



 ふたりが開始線に立って向かい合った。

 今日の最後の試合に、会場内から歓声や物音が消えた。

 主審を務めるフィランダー先生の「はじめ」の声が響く。


 ふたりは慎重に歩みを進めてゆっくりと近づき、あと数歩踏み出せば間合いというところで木剣を構え直す。

 ブルクくんは14歳になってずいぶんと背が伸びたが、相手のエルヴィーラさんも女子ながらにかなり上背があり、身長ではそれほど遜色がない。互いの間合いは同じぐらいだろう。


「やぁあーっ」という鋭い声を出しながら、エルヴィーラさんが一気に踏み込んで木剣を振るった。


 屋敷の特訓でアルポさんとエルノさんがうちの部員たちに教えてくれた、「殺すぞ」という闘いの気合いを初手から彼女が放つ。

 しかし特訓でそれを喰らっていたブルクくんは、やや踏み出しのタイミングが遅れたものの、それほどひどく動じることなく剣を合わせて行く。


 そこからは、先ほどのカロちゃんとバルくんの試合を上まわるような、激しい攻防が始まった。


「なかなか」

「でも、合わせちゃいましたね」

「初手からな」


 ジェルさんとオネルさんの声が、後ろの席から聞こえる。

 ふたりが漏らした言葉の通り、エルヴィーラさんの気負った初手はまさに後の先で勝つ最大のタイミングだった。


 あのやや大振り気味のひと振りを見切り、そこから決めてしまうか、あるいは自分のペースへと持込むべきだっただろう。

 しかしブルクくんは、エルヴィーラさんが放った殺気に動揺こそしなかったものの、相手のペースに合わせて行ってしまっていた。


 5分間の真っ向勝負の闘いが続く。これは、時間内での決着はつかないなと思いながら見ていたが、やはりその通りだった。


「よし、やめっ。勝負なしだ。3分間の延長戦を行う」


 互いに気息を整えて再開された延長戦の闘いは、しかしそこでも勝負が決まらない。

 ブルクくんは良く受けて躱し、良く動き、良く攻めたが、結局は決定的な勝機を見出すことが出来なかった。

 というより、俺はエルヴィーラさんの闘いに少し感心していた。


 学院生としてはかなりの技術を身に付け、5分間と3分間の計8分間で気力を落とすことなく充分に闘った。

 現在のブルクくんを相手に、学院内では剣術でそう簡単に勝てる者はいないと見ていたが、エルヴィーラさんはその彼を真っ向から苦しめ続けたのだ。



「あの方、結構お強かったですね、ザックさま」

「僕もあらためてだけど、ちょっと感心しちゃったよ」


「ブルク先輩、勝てなかったですね。やっぱり、総合剣術部の部長さんて、強いんですね」

「そうだね。なかなかのものだった」

「ザック部長だったら、勝てますか?」

「え? 僕?」


 ヘルミちゃんがそんなことを聞いてくる。


「いやー、あはは」

「ザカリーさまなら、いちばん最初に相手が剣を出したときに終わっているぞ」

「ええーっ。ジェルお姉さん、そうなんですか」


「まあ、相手にどのぐらいやらせるかは、ザカリーさま次第ですけどね」

「ザック部長ってそんなに違うんですか、オネルお姉さん」


「あのときも、ひと手合わせと言われたら、ひと手でしたよぉ」

「なになにカリちゃん、遠い国の防衛隊長との話ねー」

「それでも少し受けてましたぁ」


「相手に何もさせずに終わらせちゃうと、あとで話を聞いたジェル姉さんから文句言われますからね」

「そうそう、あとから聞いても、そんなの面白くないわよねー」


 試合が終わったので、少し離れた席で観戦していたライナさんやカリちゃんやうちの少年少女たちが近くに集まって来たので、途端に騒がしくなる。

 ヘルミちゃんとかがいるんだから、余計なことを話すんじゃありませんよ。




 試合を終えたうちの部の選手たちが、観客席にやって来た。

 ブルクくんとカロちゃんは表情が少々曇ってはいるが、総じて皆明るい顔だ。

 なにせ、総合剣術部Aチームに対して3勝2分けの勝利ポイントが4ポイントなのだ。

 いやあ、昨年とうって変わって初戦から大勝ですな。


「応援、ありがとうございました」「ありがとうございました」


 選手たちだけでなく、俺も含めて部員全員が並び、うちの部の関係者席の皆さんに頭を下げてお礼の挨拶をする。

 皆さんからは、あらためて選手たちに健闘を讃える拍手が贈られた。


「いやあ、良い闘いでござりました。ソフィーナお嬢様が勝たれたのはもちろん嬉しいが、皆さん方の剣術の腕は、なかなかのものでござりまするな。これもひとえに、ザカリー様のご指導の賜物かと。この爺、久方振りに血が騒ぎ申した」

「爺やったら、もう。珍しく興奮して。すみません」


 ソフィちゃんのところのドミニクさんが、少々興奮した口振りでそんなことを言う。

 見た目は好々爺だが、やっぱり中身は血の気が多そうな爺さんだ。


「明日も試合があるんだから、爺やはもう帰りなさい」「はいはい、明日も来ますぞ、お嬢様」とか、ふたりで何となく噛み合わない会話を交わして、ソフィちゃんがドミニクさんを追い出すように帰していた。


 そのドミニクさんに、ヴィオちゃんのところのハロルドさん、そして何故かうちのアルさんも加わって何か話しながら観客席を後にして行く。

 まあ執事さんグループと言えばそうなのだが、自称執事のアルさんも加わっていて大丈夫だろうか。

 カロちゃんとこのソルディーニ商会のマッティオさんも一緒だから、まあ大丈夫か。なんとなく。


 うちのみんなも、それに続いて賑やかに観客席を後にする。


「明日もこの調子ですよ。カロちゃんとブルクくんは、次は勝ちます。わたしにはそう感じますからね。では、明日も頑張ってね」

「はい、エステルさま」


 選手たちをそう励ますご託宣を、エステルちゃんは残した。

 シルフェ様も無言で微笑みながら、闘いの疲れを癒してくれる優しい風をその場に残して、エステルちゃんと並んで去って行った。



「みんな、お疲れさまでした」

「お疲れさまでしたー」


 応援してくれた皆さんが帰って、関係者席は部員だけになった。


「これからどうする? お夕飯を食べながら反省会? 明日の作戦会議?」

「まあみんな疲れてるだろうから、まずは飯でも食べようぜ」


 相当に力を入れて観戦していたらしいヴィオちゃんとライくんも、選手と同じように疲れた顔ですな。


「まずは食堂で、腰を落ち着けますか」

「はーい」

「おう」


「あ、わたし、先に行って席を確保してきます」

「お願い、ヘルミちゃん。ほら、部長も行きなさい」

「秘書のわたしが行くところですが、ここはヘルミちゃんとザック部長に任せます」

「へーい」


 俺はもちろんだけど、ヘルミちゃんも元気だね。



「ちょっと走るよ」

「はーい」


 ふたりで軽く走りながら、学院生食堂に先行する。


「試合はどうだった?」

「面白かったですぅ。ちょっと興奮しちゃって。わたしも出たくなりました」

「そうかそうか、うんうん」


「ザック部長も出たかったですよね」

「え、僕? そうだねぇ」

「でも、たぶんですけど、強化剣術研究部の部長さん。あの人、3勝しますよ。だから、ザック部長との試合が見られます」


 どういう考えでこの子がそう言ったのか分からないけど、まあエイディさんがいちばん全勝の可能性が高いのは確かだ。


「わたし、ジェルお姉さんたちのお話通りの、強いザック部長、見たいです」

「そうか」

「ふふふ」


 うちの総合武術部に入部して以来、ヘルミちゃんはなんだか今がいちばん楽しそうだ。

 この前にクロウちゃんが言っていた、ミラーニューロンが働いた効果かな。

 自分が所属している課外部の、試合観戦が終わったばかりでの高揚感だろうか。


「それで、来年は、わたしも試合に出させて貰います。えへへ」


 小走りに走りながらも、いつも以上に彼女の言葉数が多い。

 うん、そうだね。では、来年はヘルミちゃんにも試合に出て貰おうかな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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