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第604話 総合武術部の初戦

 総合武術部の選手たちがフィールドに並ぶ。

 出場順は、オーソドックスにカシュくん、ソフィちゃん、カロちゃん、ルアちゃん、ブルクくんの順にした。


 一方で初戦の対戦相手、総合剣術部Aチームは2年生の男子と女子、そしてうちのクラスのバルくん、副将の4年生の男子と続いて大将が部長のエルヴィーラさんだ。

 3年生がひとりだけで、そのバルくんがクラスメイトのカロちゃんと対戦することになってしまったが、俺的にはカロちゃんの剣術の力を測る点でも楽しみだ。


 そして試合開始。

 先鋒のカシュくんは同じ2年生の男子ということで、臆することなく向かって行った。

 剣術を専門に練習している総合剣術部員が相手とはいえ、技術的に負けることはないだろう。まずは、闘志を剥き出しにして闘えるかだ。


 カシュくんは相手を圧倒するように木剣を繰り出し、有効な反撃の機会を与えなかった。

 我武者羅な剣といえばそうなのだが、今回はそれで良いだろう。

 終には相手が合わせ切れなかった木剣が腕を捉え、そこで試合は止められた。


「勝ったぞ」

「やりましたね」


 ジェルさんとオネルさんの声が聞こえる。

 カシュくんは肩で大きく息をしながら呆然と立ち、そして勝ちが宣せられると大きく跳び上がって喜びを爆発させた。



 続くソフィちゃんは逆に、出だしは慎重に見えた。

 昨年の1年生のときには、とにかく対戦相手と会話をするように木剣を合わせる、それがこれまで人と触れ合うことの少なかった彼女がすべきことだった。


 だがこの1年で、彼女はだいぶ歩みを進めた。

 ヴィオちゃんに言わせると、少々心配な方向に進んでいるのではないかということだが、少なくとも剣術や魔法に関しては、彼女の天性が徐々に活かされて来ている。


 ソフィちゃんは同じ2年生女子が繰り出す木剣を受け、躱し、流しながら、じっと相手の動きを見ている。

 そしてここ、というところで大きく振られて来た相手の木剣を下段から撥ね上げ、そのまま素早く木剣を廻すと、高速だが良く制御された剣で横から胴を軽く打った。


「よしっ」

「良い剣です」


 ジェルさんとオネルさんから声が出る。

 オネルさんが言葉にしたように、良い剣だ。崩しどころを過たず、確実に相手を捉える。

 ソフィちゃんの相手の動きを見る目、躊躇ない判断と決断力、鍛錬を重ねて来ている技が良く活かされていた。



 続いてはカロちゃん。

 しかしここからの相手は、うちの部員にとってはなかなかの強敵となる。


 バルくんとは、総合戦技大会に向けたクラスチームの特訓でも俺は彼の木剣を受けている。

 そして今年から始まった上級剣術学ゼミでは、フィロメナ先生のゼミでルアちゃんとオディくんと共に一緒になり、そこでも打ち込み相手をするようになった。


 俺の見立てでは、学院の3年生の中で、ブルクくんルアちゃんに続く剣術の力をつけて来ているんじゃないかな。

 少なくとも、この3人に先ほど出場したオディくんとペルちゃん、そしてロルくんを加えた上級剣術学ゼミ受講者の6人が、抜きん出た力を持っている。


 そして、もうひとりの上級剣術学ゼミ受講者であるカロちゃんが、その6人に追いつこうとしている訳だ。

 あともうひとり、残った上級剣術学ゼミ受講者はこの俺ですけど、俺は残り物のお味噌であります。


 ともかくも試合が始まった。

 カロちゃんの最大の強みは、決して折れることのない胆力の強さだ。そして、日常的にブルクくんやルアちゃんと木剣を合わせることで培って来た、力強さや速さへの対応力。

 そこから緩急をうまくコントロールする攻めも身に付けて来た。


 一方でバルくんの剣術は、きわめて正統派だ。オーソドックスでトリッキーな動きはほとんどないが、その分、確実に相手を追いつめて行く。

 暫くお互いが探るように木剣を打ち合い、やがてカロちゃんがヒットアンドアウェイの戦法へと変化して行った。


 一気に間合いに飛び込み、先を取って打ち込んだあと素早く間合いを外し、ときには距離も取り直す。

 その分、動きが多くなり体力も消耗するが、彼女は体力づくり練習のおかげで1年生当時よりも遥かに持久力をつけている。


「これは、いい勝負ですよ、ザックさま」

「そうだね。でも、決着のつけどころが難しいかな」

「何でしたっけ? 先のあとの、もうひとつその先、ですかね」

「先の後の先、ね。これは難しい。でもそれが狙えれば」


 常に動きながら、カロちゃんが先手を取ろうとしている。

 しかしバルくんの対応力も、なかなかのものだ。

 カロちゃんのヒットアンドアウェイ戦法が続いているが、崩しどころが出て来ない。


 エステルちゃんが言った、先の後の先。

 つまり、何らかのアクションを先に出して誘導し、相手がそれによって出した剣に対して後の先で勝ちを収める。

 ジャブからのクロスカウンター、みたいな? これは実戦ならば生死の境を見極める必要があり、強い胆力が求められる戦法だ。



 しかし、その刹那が訪れる前に5分間の試合時間が終了してしまった。


「判定は、勝負なし。3分間の延長を行う」


 この試合の主審を務めるディレク先生の声が聞こえた。

 どちらにも、勝ち負けにつながる明確な一撃はなかった。だが、ここまでの闘いを見ると、カロちゃんの成長が充分に伺える。


「双方、気息を整えろ」


 あれだけ動いたら、以前のカロちゃんならもうグロッキーだっただろう。

 しかし彼女は気息を整え、まだまだ闘えるですとアピールするように木剣を構え、前方のバルくんを眼光で捉えているようだ。


 対するバルくんの方が少々疲労気味に見えるが、彼も気息を整え迎え撃つ準備に入る。


「よし、延長戦だ。思う存分闘え。いいか、始めっ」


 ディルク先生の声に、カロちゃんが猛然と動き出した。

 今度は初手から激しく木剣を繰り出す。バルくんもそれに良く合わせ、なんとか逆に崩そうとしていた。

 だがお互いに決め手が見つからない。このままだとカロちゃんのスタミナが持つのか。



 それから結局、激しい攻防が続き延長戦の3分間が終了してしまった。


「判定。副審」

「勝敗なし。引き分け」

「主審の判定も勝敗なし、引き分けだ」


 副審を務めているフィロメナ先生、そして主審のディルク先生も引き分けを宣告した。

 その判定を聞いて、カロちゃんもバルくんもフィールドにへたり込む。

 場内からは8分間を闘い抜いたふたりに、盛大な拍手が贈られた。


 これで総合武術部はいまのところ2勝1引き分け。

 今回から導入されたポイント制では、引き分けは双方に0.5ポイントなので2.5ポイントを獲得したことになる。


 次の試合のルアちゃんが勢い良くフィールドに出て来て、カロちゃんの側に駆け寄り、彼女の手を取って声を掛けながら立たせた。

 バルくんも立ち上がってふたりの側に近づいて何か話し掛け、カロちゃんも笑顔で応えている。


 ふたりがフィールド外に引き上げ、入れ替わりにルアちゃんの対戦相手である4年生の男子が現れていた。

 カロちゃんを見送っていたルアちゃんが振り返り、その4年生の方を向く。

 観客席からはその横顔しか見えないが、眼光が強く光っているように思えた。さあ、ここからは上級生との対戦だ。



 この試合の主審を務めるフィロメナ先生の「はじめ」の声が響いた。


 総合剣術部Aチームの副将は、Bチームの大将で副部長のマトヴェイさんほど身体は大きくないが、確かこちらは鋭い剣捌きを得意としていた筈だ。

 動きも的確で、バルくんと同様に正統派の剣術。まあ、総合剣術部の伝統というところだろう。


 片や変幻自在の塊と言っていいルアちゃんは、どう闘うのか。


 その彼女は直ぐに接近をせず、時計と反対方向にゆっくりと円を描きながら廻り始めた。

 こういう場合、バルくんもそうだったが、総合剣術部員はだいたいにおいて自分から突っ込んで来ることはせず、待って受ける体勢を見せる。

 彼もおそらくは、ルアちゃんの動きが人一倍速いことは知っているだろう。


 その彼を軸として、ルアちゃんは距離を保ったままじりじりと移動して行く。

 そして突如、ギアを切り換えて円運動のまま猛烈に走り出した。

 4年生男子もルアちゃんを正面で捉えようと、自らを回転させる。

 そのとき、ルアちゃんは一気にその彼に向かって高速に距離を詰めた。


 まだまだ縮地もどきにはなっていないが、今年からフィロメナ先生のパーソナルトレーニングに参加して訓練をしている歩法をうまく使った突進だ。

 そしてあっという間に間合いに入ると、同時に担いでいた木剣を素早く振り出す。


 しかしさすがに4年生男子は、この初手は予測していたのか、なんとか木剣を合わせて防いだ。

 想像以上に接近が速かったので、かなり慌てた受けではあったが。



 ルアちゃんは受けられたあと二の手を出さずに、トンと真後ろに跳んで間合いを外し、着地と同時に今度は大きく跳び上がった。

 これも今年から俺が彼女に教え始めている、キ素力を使ったパワータンブリング。跳ぶときにキ素力を用いるが、魔法ではなく体術なのでオッケーでしょう。


「ザックさま、あれって」

「跳べたね」


 これが得意なのはエステルちゃんだよね。彼女の場合は、幼い頃からの修練でナチュラルに会得している。


 驚愕した表情の男子は、高く跳び上がったルアちゃんを見上げて目で追う。

 しかしルアちゃんは上空で半回転しながら頭から相手の背後に落下し、同時にその彼の背中に木剣を打ち込んだ。


「し、勝負、あり」


 フィロメナ先生の声が掛かる。


「あの子ったら」と、俺の隣でエステルちゃんが呟いた。

 あんな攻撃のやり方は、俺の前世での忍び、この世界ではエステルちゃんやティモさんといったファータのものだ。


 あれをやられたら、普通の学院生レベルではどうしようもない。

 Aチームの副将に選抜された相手の4年生男子も、さすがに対応が出来なかった。

 ただし実戦で、あれで勝負がつくかと言ったら、おそらくは無理だろう。

 落下しながら剣を当てただけだから、装備で守られた肉体に致命傷を与えることは難しかった。


「エステルちゃんやティモさんなら、後頭部に蹴りを一発、だよなぁ」

「まあ、本当の戦闘ならそうですけどね」

「えっ、そうなんですかぁ?」


 うちの部の試合が始まってから、エステルちゃんの隣に衒いもなくちょこんと座っていたヘルミちゃんが、俺たちの会話が聞こえたのか思わずそう口にした。


「あはは、聞こえちゃいましたか、ヘルミちゃん」

「あの落下体勢からだと、剣で致命傷を与えることは難しいからね。なので、身体を回転させながら蹴りを入れて、着地と同時に斬撃か突き」

「そんな感じですかねぇ。でもこの試合で、後頭部に蹴りは反則ですよね」


 この対抗戦では、首から上の部分への攻撃は反則だ。

 背中に蹴りを入れてもいいけど、いずれにしても落下しながら更に身体を回転させて蹴りを入れるのは、かなり難しい。

 失敗して頭や背中からフィールドに落ちたら、逆にそれで反撃を喰らって負けてしまう。



「ザック部長も、そういうのって出来るんですか?」

「この人ならもっと高く跳んで、相手の頭に剣を突き刺しちゃいますよ」

「ええーっ」

「エステルちゃん」


「あ、つい熊の話を思い出して」

「ヘルミちゃんが怖がるからさ」

「ごめんなさいね、ヘルミちゃん」

「いえ。もっと高く跳んで、頭に剣を突き刺すですかぁ。へぇー」


 相変わらず何を考えているのか良く分からないヘルミちゃんだけど、特に怖がってはいないようだった。

 逆に、こんどその熊狩りの話を聞かせてくださいとせがまれた。ふーむ。



 ともかくもフィールドでは、ルアちゃんが奇抜な体技で勝利を収め、驚いた会場からの大歓声を受けていた。

 さてさて、これで総合剣術部Aチームを相手に3勝1分けですな。


 残るは大将戦だ。だが対戦相手は、総合剣術部部長のエルヴィーラさん。今年の部長を務めているだけあって、そう簡単な相手ではありませんぞ。

 さてブルクくんは、どう闘うだろうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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