第58話 ちょっとエステルちゃんに聞いてみる
フォルくんとユディちゃんの騎士団での剣術初稽古の日の午後、俺はエステルちゃんと式神カラスのクロウちゃんと一緒に、領主館果樹園の奥にある子爵家専用の魔法訓練場にいた。
アン母さん指導の魔法稽古は今日はお休みなので、ふたりと1羽だけだ。というか、エステルちゃんが一緒じゃないと、この訓練場は使っちゃいけないのだけどね。
それで今日の午後は剣術の独自稽古をするつもりだが、その前にエステルちゃんに聞くことがあった。
「ねえエステルちゃん、アプサラの代官屋敷でフォルくんとユディちゃんから話を聞いたとき、途中から同席していた人はエステルちゃんの叔父さんだよね」
「えと、聞こえてました? はい、そうなんです」
「たしか、ミルカ叔父さんとか」
「ザックさまは、ホント耳がいいですぅ」
「ミルカ叔父さんて、親戚の叔父さんだから、同郷でエステルちゃんと同じ精霊族のファータの人だよね」
「は、はいです。わたしのお父さんの弟なんです」
「つまり、エステルちゃんの元のお仕事と同じお仕事だと」
「はいですぅ」
「ところでエステルちゃんは、僕のなんだっけ?」
「え、え? わたしがザックさまのナニ、ですか?」
「そうそう」
「あの、えと、ザックさま担当の侍女で、お世話係で、剣術のお稽古相手で、監視役?」
自分で監視役って言ってるよ。
「それからほかには?」
「カァカァ」
「えと、…………将来の愛人、とか? きゃっ」
なに自分で言って、顔を赤くしながらクネクネしてるんでしょう。
「それは置いといて……」
「あ、なんで置いとくんですかぁ。思い切って言ってみたのにぃ。どこに置いとくんですか? 手の上にも乗せず、掴みもせずに置いとくんですかぁ」
これダメなパターンに入った。どうどうどう。
「そうじゃなくて、エステルちゃんは僕の秘密の協力者だよね」
「ぷぅー……。はい、たしかそんな話もありました。それがどうしたんですか」
エステルちゃんの機嫌が直らないので、とりあえずお菓子タイムにしました。
彼女がしぶしぶ紅茶を入れて来たので、その間にトビーくんが試作したのをこっそり取っておいたアプサラの夏の名物、冷たいソルベートを無限インベントリから出す。
桃のシャーベットだね。
俺の無限インベントリ内は時間が止まっているので、溶けることはないよ。
「これは、ひゃーっ、ソルベートですぅ。これどうしたんですかー?」
「トビーくんがレシピを教わって来て、試作したんだ」
「なかなか美味しいですぅ」
「ほかの侍女さんたちには当分ナイショだよ。そうしないとトビーくんが大変なことになりそうだから」
クロウちゃんは嘴で食べにくいので、エステルちゃんがスプーンで食べさせてあげてる。ソルベート、とても良くできてるよね。コクンコクン。
エステルちゃんの機嫌が直ったので、話を戻します。
「ミルカ叔父さんて、あの後、フォルくんとユディちゃんが乗って来た北方帝国の船を調べてるんだよね」
「あ、はい。そう聞いています」
「何か分かったのかなぁ?」
「えと、あの翌日、わたしたちが領都に帰った日に船は出港したそうです」
「そうなんだ」
「わたしも気になったので、ミルカ叔父さんにつなぎを取ってみました。船は帝国から運んだ毛皮や鉱石なんかを荷下ろしして、食料や水の補給をしたぐらいで、特に変わった様子はなかったそうです」
「普通の貨物船という訳か」
「はい、それでミルカ叔父さんは、あのクラースとかいう人を知る者がいないか、荷下ろし先とかあの船が取引している商人なんかを、引き続き調査しているそうです」
なるほどね。たまたまフォルくんとユディちゃんがこっそり乗った貨物船、ということなのかな。
でも、クラースという男はなんだか気になる。まぁミルカ叔父さんの調査を待とう。
「それからウォルターさんが、フォルくんとユディちゃんの村がどうなったのか、その情報を手に入れられないか探ってるようです」
「そうだね。それが知りたいよね。でも、情報を入手する方法はあるのかなぁ」
「とても難しいと思います。うちの一族でノールランドで仕事に就いている者は、今は誰もいない筈ですし」
「そうなんだ。どうしてなの?」
「あの国は、わたしたちファータ人の、というか人族以外に対してはそうなんでしょうけど、扱いがとても悪いらしいんです」
人種差別でもあるのかな? 竜人の村に兵士が来たときの話を聞くと、どうもそんな気がするけど。
「だから、このグリフィン子爵領みたいに、長期契約でお仕事に就くということはないそうです。もちろん取引ですから、単発で受けることはあるみたいですけど」
「なるほどね」
「なので、一族の情報ネットワークに乗る情報が、とても少ないみたいです」
ファータ人探索者の情報ネットワークがあるんだね。
「あと北方帝国は、うちの一族とかを使わないで、探索活動をする独自の組織を持っていると聞いたことがあります」
「それはファータ人ではないってこと?」
「はい、そうらしいです。わたしもそれ以上は知らないんですが、お父さんなら知ってるかもだけど」
まだ情報がほとんどないということで、話はそのくらいにして、俺は無限インベントリから愛用の本赤樫の木刀を出し素振りを始めた。
夏の午後の太陽がじりじりとして、すぐに汗が噴き出してくる。
エステルちゃんは休憩用テラステーブルの上のお片付けをすると、戻って来てまた椅子に座り、テーブルの上にいるクロウちゃんと何やらお話をしているみたいだ。
何話してるのかな?
「いきなり、わたしがザックさまのなんなんだって聞いてくるものだから、すっごく思い切って真面目に答えたんです。それが、即座に置いとかれたんですよ」
「カァ」
「それはたしかに、わたしは侍女ですし、10歳もお姉さんですし。でも、今は15歳から止まってます」
「カァ、カァ」
「え、見た目が止まっても、年の差は同じですって? そんなことありません。もうすぐザックさまが追いつきます」
「カァ」
「それはそうですけど。だから一歩引いて、お嫁さんじゃなくて、すごく恥ずかしかったけど愛人て答えたのにぃ」
「カァカァ」
聞かなかったことにします。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
それぞれのリンクはこの下段にあります。
 




