第57話 フォルくんとユディちゃん、勉強と剣術を始める
翌日の午前、アン母さんがフォルくんとユディちゃんを連れて、屋敷2階の領主家族用ラウンジに行く。
ふたりをボドワン先生に会わせるためだ。
「フォルくん、ユディちゃん、こちらが今日からあなたたちに勉強を教えてくださるボドワン先生よ。さあご挨拶なさい」
「おはようございます。フォルタです。よろしくお願いします」
「おはようございます。はじめまして。ユディタです」
「はい、おはようございます。フォルタくんとユディタさんだね。君たちの勉強の手助けをすることになったボドワンです。今日から楽しく学ぼうね」
「はい、頑張ります」
ボドワン先生が、なんだか俺たちに対するより遥かに優しい声音で話しているよ。
「そうかそうか。でも無理に頑張るのではなく、楽しく頑張ろう。私も君たちと勉強して行くのがとても楽しみだからね」
「はい」
「それで君たちは、読み書きとか計算とかはできるのかな?」
「はい、文字を読むのと書くのは、父と母に教わりましたから大丈夫だと思います」
「数を数えたり、足したり引いたりも教わりました」
「そうかそうか、それはいい。とってもいい。良いお父さんとお母さんだね」
ふたりはご両親を想いだしたのか、少し寂しげな表情になったが、それでも「はいっ」と元気よく返事をした。
こうして午前のお勉強の時間に、フォルくんとユディちゃんが加わった。
アビー姉ちゃんは、1年半後にセルティア王立学院の入学試験を控えているので、少し早いが受験勉強だ。
ヴァニー姉さんは何の心配もなかったが、アビーは剣術はともかく勉強は心配だからね。
そのヴァニー姉さんは夏休み期間ということで、学院で学ぶ科目の復習予習と、宿題を片付けるためにボドワン先生に教わっている。
前々世の世界で言えば、夏期講習といったところかな。
それで俺はというと、はっきり言ってこの世界固有のこと以外は教わるものは何もないのだけれど、全般的に先生が出す課題をこなしつつ、主に歴史や社会などを勉強している。
フォルくんとユディちゃんは、学力を測るために先生が出す問題に、ふたりで楽しそうに答えていた。
そうそう、お勉強の時間は楽しく学ばないとね。
さて剣術の方だが、騎士団長のクレイグさんにヴィンス父さんが了解を取ってくれた。
それでこちらは明日から、俺たち姉弟と一緒に騎士見習いの子たちに混ざって稽古ができるようになった。
クレイグさんも竜人、ドラゴニュートの双子ということに大変興味を持ったようだ。
「ザカリー様は良い家来を得ましたな」と言っていたそうだが、子爵家の侍女、小姓見習いであって俺の家来じゃないからね。
翌日の朝、朝食を済ますと、食堂の前でフォルくんとユディちゃんが待っていた。
ふたりとも動きやすい服装を着せて貰っている。
「ザック、おまえが騎士団まで案内してあげなさい」
父さんがそう言うので、俺はヴァニー姉さん、アビー姉ちゃんと一緒に双子を騎士団訓練場まで連れて行く。
ヴァニー姉さんも夏休み中は、以前と同じように騎士団で剣術の稽古を欠かさない。
訓練場に行くと騎士見習いの子たちはもちろん、今日の指導騎士のメルヴィンさん、そしてクレイグ騎士団長が俺たちを待っていた。
メルヴィン騎士もアプサラから双子と一緒だったから、初日の指導騎士を買って出てくれたようだ。
俺はフォルくんとユディちゃんを前に出して挨拶させる。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「やあ元気そうだな、今日から一緒に汗を流そう」
メルヴィンさんが、ふたりの緊張をほぐすようにそう声を掛けた。
「君たちがフォルタくんとユディタさんか。うむ、なかなかしっかりした子たちのようだな。私はこのグリフィン子爵領騎士団の団長をしている、クレイグ・ベネット準男爵だ。と言っても、将来のザカリー様の部下だから、君たちと立場は同じようなものだぞ。私はいつもは見てやれないが、グリフィン子爵領の一員として皆で精進してくれ」
「はいっ、精進します」
このおっさん、子どもに立場は同じとか何を言ってるんだか。フォルくん、ユディちゃん、精進て意味わかる?
「それではいつものように素振りからだ。ザカリー様とそうだな、ロズリーヌ、君たちがふたりに素振りの仕方を教えてやれ」
メルヴィン指導騎士のその声で、皆は間隔を空けて広がり素振りを始める。
俺とロズリーヌさんは、フォルくんとユディちゃんにショートソードの短い木剣を持たせて、柄の握り方、剣の振り方をお手本を見せながら教える。
騎士見習いは、オネルヴァさんが去年卒業し、イェルゲンくんが今年の夏が終わると卒業するので、当初の8人から6人に減る。
ヴァニー姉さんが王立学院に入学したので、剣術の稽古はアビー姉ちゃんと俺を加えて8人になる訳だ。
そこで今年の春から、ロズリーヌさんという人族の8歳の女の子が加わることになった。
彼女はオネルヴァさんと同じく騎士爵の娘さんで、まだお父さんは30歳代と若いのだが、本人がどうしても騎士見習いになりたいと頼み込んで、家を離れ騎士団の寮に入ることになったそうだ。
これで現在の騎士見習いは、魔法適正の高いユリアナさんとふたりの男子13歳を筆頭に、ヴァニー姉さんと同い年の犬狼人のカティーさん12歳など、女子3名男子4名の計7人となった。
今日は卒業目前のイェルゲンくんもいるし、ヴァニー姉さんも参加しているので、新たにフォルくんとユディちゃんが加わり、総勢13名とだいぶ賑やかな稽古だ。
相変わらず男子の情報が女子に比べて少ないって? そんなことないよ。
それにしても、フォルくんとユディちゃんは思った通り、なかなか筋が良さそうだ。
なにしろ6歳の子どもにしては、種族特性か体幹がしっかりしている。
木剣とはいえ剣を握るのはまったくの初めてだそうだが、すぐに適切な握りを覚え躊躇することなく思い切って素振りを行う。
誰でも初めはそれで身体がぶれるのだが、ふたりはそんな様子もない。
それを見て、騎士の家で生まれ幼いときから剣術を身近に育ったロズリーヌさんも、かなり驚いていた。
騎士団長も遠くからこのふたりを見て、納得するように頷いているね。
これは、この朝の騎士団での稽古だけでは勿体ないな。
この稽古とは別に、俺がふたりを鍛えようかな。
でも、まだうちの屋敷に来たばかりだし、侍女と小姓見習いとしてのお仕事もこれからだし。
さてどうしましょ。エステルちゃんと相談してみようかな。
俺はそんなことを考えながら、ふたりの横で木剣を振るのだった。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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