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第579話 魔法学と剣術学のゼミの件、そして自然博物学

「まずフィロメナ先生、剣術学ゼミなんですけど、僕の周りだけですけど、それぞれの先生の受講予定者をだいたい取りまとめましたよ」

「えっ、そうなの」


 フィランダー先生のゼミがブルクくんとルアちゃん。ディルク先生がペルちゃんとロルくんに、カロちゃんがいま考え中。そしてフィロメナ先生がいまのところバルくんだけとなっている。


「現状はそんな感じです。尤も他の3年生は分からないけど」

「そうかぁ。わたしのゼミはバルくんだけなのね。ううん、ありがとう。バルくんならテストをしなくても合格だわ。ほかの子たちも合格だと思う」


 フィロメナ先生は自分のゼミがひとりだけだと聞いて、ちょっと残念そうだった。

 バルくん以外に、去年の剣術学中級の受講者から選択したいという希望者が出るかどうか分からないが、やはり確定がひとりだけというのはね。

 ただ一般的には、少人数ゼミまで選択して3年生で剣術をやろうとする者は限られるかな。



「で、です。僕なんですけどね」

「あ、うん、そうよね。ザックくんのことだわ」


「やはり、フィランダー先生のゼミは選ばないと拙いと思うんですよね。これまでの2年間、お世話になってますし」

「部長がお世話してるかどうかは疑問だけど、まあそうなるわよね」


「そうすると、フィランダー先生のゼミが僕を入れて3名。ディルク先生のゼミが、仮にカロちゃんも受講するとしたらやはり3名。それでフィロメナ先生のゼミが1名だけじゃバランスが悪いと思うんですよ。なので」


 なんとなく下を向いていたフィロメナ先生の顔が、ぱあーっと明るくなった。

 そして俺の次の言葉を待っている。


「僕も受講しようと思うんですよ。やっぱり受講生は、せめてふたりはいないとですからね」

「あ、ありがとう、ザックくん……」


 俺を見るフィロメナ先生の表情が輝き、目が潤んでキラキラしていた。


「なに、フィロ。あなた、泣いてるの。珍しいわね」

「ジュディは煩いな。だって、だって」



「さて、次はジュディス先生です」

「あ、はい」


「ジュディス先生も、自分のゼミを受講してほしいという件ですけど」

「はい」


「魔法学の方は、昨年の高等魔法学で僕も入れて9名の受講生がいたので、ゼミへの配分はそれほど心配してないんですよ」

「そうね。その9人が全員ゼミを希望してうまく配分すれば、大丈夫かな」


「ですね。昨年の中等の方からの希望者も出るかも知れませんが、配分は当然ながら先生方のお仕事です。剣術学の方は、ちょっと1年前に約束しちゃったのもありましたので」

「うちの脳筋部長が、すみません」


 自分の上司を脳筋部長とか言わないんですよ、フィロメナ先生。


「それで僕なんですが」

「はい」


「ウィルフレッド先生は自分のゼミに僕が入るものだと、昨年からもう決めちゃっているようだし、この2年間の経緯でもそうなります」

「はい」


「ただ、さっきの剣術学の方で、フィロメナ先生のゼミを取るって言っちゃいましたし、仕方がないのでジュディス先生の方も取りますよ」

「そ、そう。そうしてくれる? やったー」


 まあ、この流れだとそう答えるしかないよな。


「だけど、初めに言ったように、1年生の初等魔法学はダメですよ。そもそも、講義が重なってますからね」

「そうかぁ、やっぱりダメかぁ。そうよね」



「それで、残ったのは2年生の中等魔法学と、フィロメナ先生のトレーニングの件ですよね」

「あ、そうよ。まだ2年生の方があったわ」

「そう、それそれ」


「これは難しいなぁ。ホントはもう、下級生の講義に出るのは止めようと思ってたんですよ。あとあと、あまり良くないような気がしてましたから。でも、確かに昨年にお手伝いしたということもあるし」

「うん」


 同学年の講義だったらまだしも、単に特待生ということだけで下級生の講義で教授のまねごとまでするのは、どうも良くない気がしていた。

 教授というのは学院生の学びに対して大きな責任を有しているが、俺は言ってみれば無責任な立場だからね。

 でも、昨年のジュディス先生の講義を取った1年生に対しては、結果的に俺にも責任が生じている。


「まあ、なので、2年生の中等魔法学は引き続きお手伝いしますよ。これは僕の責任の問題でもありますから」

「ザックくん、あなた、大人なのね。というか、やっぱり将来の領主さまなんだね」


「あはは、そんな大層なことではないですよ。身分や立場とかじゃなくて、僕個人の気持ちです。それで今度はフィロメナ先生の方ですけど」

「ううん、いまの話を聞いていたらなんだかわたし、恥ずかしいわ。わたしのトレーニングなんて、まったく個人的な我侭だから、もういいの」


「フィロメナ先生は、5日目の4時限目は空いてますよね? 僕はそこは空きますよ。だからそこでなら特別に」

「え、いいの。うん、その時間は講義がないわ。はい、お願いします」


 これでこのふたりのお姉さん先生の要望は、なんとなく公平に聞いてあげられた感じかな。

 それにしても、3年生は8科目を受講すればいいのだが、俺は結果的に12科目の講義とフィロメナ先生のパーソナルトレーニングということになるなぁ。

 でも、ふたりとも嬉しそうにしているから、まあこれでいいか。


 ランチの時間にこんな話をしていたら、もう3時限目が目前に迫っていた。

 ふたりとも講義があるんでしょ。教授なのに初日から遅刻したらみっともないから、早く行きなさい。


 俺がそう言うと、お姉さん先生は慌てて店を出て行った。

 剣術訓練場も魔法訓練場もこの店の直ぐ側なので大丈夫だろう。

 って、昼食代を払わないで行っちゃったよ。俺に奢ってくれるんじゃなかったでしたっけ。

 仕方ないから払っておくけどさ。まあ、学院内で使える共通チケットで会計が出来るんだけどさ。




「おお、ザカリー君、時間になっても来ないので、今年は私の講義を選択していただけないのかと思いましたよ」

「あ、すみません遅刻してしまって。いえ、選択するつもりでいます」


 カフェレストランの会計を済ませて、3時限目で出席予定の教室がある講義棟までは少し離れているので、慌てて走って来たが少々遅刻してしまった。

 この時間は、オリヴェル先生の自然博物学だ。

 昨年も途中退席したことなんかもあって、どうもオリヴェル先生にはいつも申し訳ない。


 教室に入ってみると、席に座っている受講生は5人。俺を入れて今年は6人だけということかな。


 内政学や商業学、社会学、あるいは軍事戦術学といった科目は、貴族や騎士爵、大商家の子が多いこの学院では、卒業後に役立つ実学系ということもあって3年生、4年生でも例年受講者が多いという話だ。


 だが、この自然博物学や神話学、歴史学といった純粋に学問の側面の強い科目はどうしても人数が少なくなる。

 だが、俺に前世、前々世で得た知識があっても、この世界特有のことには強い関心があるから、今年も受講するつもりなんだよね。


「大森林の地元のザックくんには、いてほしいわよね」

「僕も近くにいるけど、まだ大森林に入ったことないしな。入ったことがあるのは、あとはブルクぐらい?」

「まあ、僕もザックほど入ったことはないけどね」

「わたしたちは南の方だから、まるで違う世界のことみたいだけど」

「そこが面白いのよね」


 席に着いていた受講生たちがそんなことを言う。

 そう、ブルクくんもこの講義は受講しているんだよね。

 あとは、同じ北辺のデルクセン子爵領で高位の文官を親に持つ、スヴェンくんという男子がひとり。他の3人の女子は王都圏より南出身の子たちだ。


「はっはっは。ザカリー君にも来ていただいたので、今年はこの6人で講義を進めて行きましょうか。さあザカリー君、座ってください」


 このセルティア王国は、北のアラストル大森林、東の北方山脈、西のティアマ海と3つの異なる自然環境に囲まれ、王国内は基本的には平野や丘陵が広がり、そこに森が各地に点在し、耕作地や放牧地などがある。


 ユニコーンから聞いた話によると各地の森は繋がっており、その森の中を辿れば例えばナイアの森からアラストル大森林まで行けるそうだが、それは人外の世界の話だ。

 このような自然環境の条件から、必然的に自然博物学で扱う対象はアラストル大森林に重点が置かれるという訳だね。



「1年生の講義では王国内の自然と動植物の諸相、昨年はアラストル大森林に焦点を当てて、そこの動植物の概要について学んで来た訳ですが、今年はこの少人数ですので、それでは何故、大森林が他の自然環境と異なって動植物が豊かで、かつ魔獣や魔物などの活発な活動の場となっているのか。その辺のテーマを中心に、研究して行きたいと思っています」


 オリヴェル先生は王国でトップのアラストル大森林研究者で、長年に渡って大森林を研究して来た人だ。

 この先生の教え子で在野の優れた研究者といえば、うちのグリフィン子爵領筆頭内政官のオスニエルさんと、アン母さんの兄上のエルネスト伯父さんがいる。


 そういう繋がりも含めて、俺にはこの講義に出ていてほしいというオリヴェル先生の思いも多少はあるのだろうね。

 昨年まで学院にいたアビー姉ちゃんには、その辺は期待出来なかっただろうし。


「あと、大森林に棲息している魔獣や魔物そのものについても、少し考えて行きたいのですがね。その辺のところは、ザカリー君、頼みますよ」


 頼みますよって、何をどう頼まれるんですかね。

 オリヴェル先生はもちろん学者なので飽くなき探究心があると思うけど、言えないことは話せませんからね。


「それで今回は講義の初日で、一応はオリエンテーション講義ということになっていますので、堅苦しい学問的議論ではなくて、何か肩の凝らない話題で話を進めたいのですが。ザカリー君、今年の冬は大森林には?」


 ああ、そう来ましたか。

 はい、2回ほど入りましたよ。1回は熊狩りで、2回目はルーさんや水の精霊さんたちに会いに奥地へ、って2回目の話なんか出来る訳ないじゃないですか。


「ええ、熊狩りに」

「おお、冬の熊狩りですか。それは興味深いですね。是非ともそのお話を聞きたいのですが、披露していただけますか?」


「ザック、先日は聞かなかったけど、冬なのに熊狩りに行ったのか。その話、聞きたい」

「冬の大森林は凄く危険だって聞いてるけど、熊狩りかぁ。凄いな」


 男子ふたりはもちろんのこと、女の子たちも「聞きたい、聞きたい」と目を輝かしている。

 仕方ありませんなぁ。



「それでは少しだけ。スヴェンも言ったように、冬のアラストル大森林はとても危険なんだ。いろいろ理由はあると思うけど、いちばんの理由は獣たちの食料が不足するからだね。そうですよね、先生」

「簡単に言うとそうですね」


「それで、熊なんだけど、みんなも知っていると思うけど、熊というのは冬眠する動物だ。つまり本来、冬場は活動をしない訳だけど、大森林の熊は冬眠をしなかったり、しても非常に短い期間だったりということがある。これが何故かというと、大森林が北部に存在しているのに比較的温暖だということ。それからその理由にもなっていると思うけど、大森林内は他の場所よりもかなりキ素が濃いということなんだ」


「え、そうなの、ザックくん。そのキ素って、あの魔法の基になっているっていうキ素よね」

「そう、そのキ素だね。この辺のことは、今年の講義に大きく関わるみたいだから、いまはどうやらキ素が多いからとだけ、そう説明しておくよ」


「はっはっは。これは初回の講義から、ザカリー君の面白い話が聞けそうです」

「あー、えーと、まあ続けます。それで僕は、うちの狩りが達者な者たちに誘われて、その冬場でも活動する熊を狩りに、大森林に入った訳なんだ」


 それから、話せる範囲で1月の熊狩りの様子を話した。

 オオヤマネコのリンクスを狩ったり、森オオカミを倒した話も含めてね。


 俺の語った話を、受講生たちも先生もハラハラドキドキしながら聞いてくれたみたいだ。

 あ、大熊の脳天を俺がひと突きしたのは言いませんでしたよ。

 実際に大森林に入った経験があるのはオリヴェル先生とブルクくんだけだけど、他のみんなにも何となく大森林内の様子を感じて貰えることが出来たかな。


 座学でも、こういう少人数のゼミ形式は何だか楽しいよね。

 俺はこれからの1年間の講義が、あらためて楽しみになったのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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