第578話 新入生勧誘が始まり、今年も連行される
昨晩は第7男子寮の新入生歓迎会で、遅くまで寮生のみんなでダベった。
1年生の入寮者7名を迎えての恒例行事だね。
今年の寮長は4年生のヤーヒムさんという人で、これまで寮長には騎士爵家の子息さんがなっていたが、このヤーヒムさんはある貴族領の高位の文官の息子さんだ。
なのでかどうかは分からないが彼自身も知性派という感じで、剣術や魔法などではなく文系の課外部の部長も務めている。確か神話や歴史系の研究会だったかな。
歓迎会が始まり寮長の挨拶のあとは、新入生が上級生のところに行って挨拶をするのが慣らいだ。
昨年は俺の前に怖がりながらひとりずつ来て、いささか閉口した記憶がある。
今年は事前に相談していたのか、3名と4名のふた組に分かれてまとめて来てくれた。
「ザカリー様でいらっしゃいますね。どうかお手柔らかにお願いします」
「いや、様はいらないから、さんでいいよ」
「はい。ザカリーさん、何卒お手柔らかにお願いします」
何をお手柔らかになのか、意味が良く分からない。
入学式でフィランダー先生が、含みのある挨拶をしたせいもあるんじゃないの。
昨年は怪物だとか変人だとかの噂が流れて、初めはずいぶんと怖がられたものだが、今年はどんな噂が流れているのだろうか。
あと、このぐらいの年齢では2学年も違うと、だいぶ歳上に感じるということもあるのだろうな。
明けて翌日は、朝早くから新入生勧誘の出店の準備を行った。
男子部員4人で学院生会の管理する倉庫に行って、キャノピーテント風のテントや椅子、テーブルなどの備品を借出し、指定された場所に設営する。
エィディさんたちの強化剣術研究部の隣だね。
「ザカリーさん、皆さん、今年もよろしくお願いするでありますよ」
隣の出店は既に準備が終わっているようで、部員たちが揃っていた。
それで設営を始めた俺たちに、エィディさんが声を掛けてくれる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、そうだ、皆さんには言っておかないとですよね。ご存知かどうか分かりませんが、姉のアビゲイルが今年から、無事にうちの騎士団に入りました。いちおう騎士ということになっています」
「おお、部長が騎士団に入ったのでありますか。さすがは部長であります。昨年のパーティーで新しい道に進むとおっしゃっておったので、我らも何となく予想はしていましたが。騎士ですか、そうでありますか」
この部の部員は現在のところ、全員がどこかの貴族領の騎士爵家の子息子女なので、アビー姉ちゃんが騎士になって騎士団に入団したという話には、とりわけ感ずるところがあるんだろうね。
エィディさんは俺とそんな会話を交わして、そのことを部員の皆に伝えるためにテント内へと戻って行った。
「さあ、準備を終わらせちゃうわよ」
うちの女子部員たちがやって来ました。
彼女らは細々とした備品や装飾の担当なのだが、ああ、全員が魔法侍女服をもう着てるんですね。
まだ寒くないですか、大丈夫ですか、そうですか。
ソフィちゃんも着てるですね。なかなか良く似合っていますよ。
彼女は背が高くすらっとしているので、スタイルの良さが際立っている。うちのオネルさんにちょっと似てるかな。
尤も年齢がまだ13歳なので、お胸は、ゴホンゴホン。しかし、いくら身長があると言っても、スカート丈が少し短めじゃありませんかね。前々世のミニというほどではないけどさ。
「あの、ザック部長、あんまりじろじろ見ないでください。ちょっと恥ずかしくて」
「恥ずかしくない、ですよ、ソフィちゃん。足がとても奇麗、だからみんなに見て貰う、です」
「もう、カロ先輩は」
カロちゃんにこっそりスカートの丈について聞いてみたら、「型紙のせい、です」とか言ってたけど、そうなのだろうか。
しかし伯爵家のお姫様が、新学期早々の朝からこんな格好をしていて良いのだろうか。
あ、ヴィオちゃんもそうでした。
1時限目から始まる1年生の各概論講義に出席するために、課外部の出店の準備が行われている横を1年生たちが、各クラスの専用教室のある講義棟へと入って行く。
講義開始がもう直ぐなので皆がそれぞれ足早だが、ちらちらとうちの女子部員たちを横目で見ながら通り過ぎて行った。
多少なりとも驚きますよな。朝からいきなり、こんな格好のお姉さんたちを見るのだから。
これはまた、お昼前には人だかりが出来ますなぁ。
集客効果は大きいが、勧誘効果にはいささか疑問が残りますが。
今日から5日間は例年通り選択科目はオリエンテーション講義となるが、3年生は午前中の1時限目は講義がわりと少ない。
履修する必要科目数が2年時の10科目から8科目へと減るので、3年生と4年生は自由に出来る時間が格段に増えるからね。
1日4時限で5日間が1サイクルだから、20時限枠あるうちの8科目だけなのでかなり余裕だ。
俺の場合だと、父さんから必須にされている内政学と軍事戦術学を含めた座学系は、昨年は7科目を取ったのだが、あと何かひとつを加えれば8科目になる。
当然にそれは剣術学と魔法学のゼミとなり、合計すれば9科目。尤もその両方は特待生なので、選択した時点で俺は既に単位を取得したことになるんだけどね。
2年生のソフィちゃんとカシュくんは、2時限目からオリエンテーション講義に出るそうだ。
ということは、ソフィちゃんは学院の制服に着替えて、2時限目が終わったらまた魔法侍女服を着るのですかね。
そう言えばそこで賑やかに準備をしている3年生女子も、昨年はそんな風にしていたよな。
それで初日の午前中は3年生だけでのんびり過ごし、やがて2時限目が終わって1年生が講義棟から出て来るのを待つ。
お、出て来ましたな。
各課外部の出店では賑やかに勧誘が始まった。
うちの部も女子たちを中心に、総合武術部の説明が書かれたチラシを1年生に手渡す。
慌てて駆けつけたソフィちゃんを加えた魔法侍女服姿の4人に、早速に1年生女子たちの人だかりが出来た。
男子も遠巻きに見ているので、彼らには男子部員がチラシを渡して回る。
まあうちの部の場合、剣術と魔法という2種類を扱うのと、武術というこの世界では耳慣れない言葉の名称が付いている課外部なので、まずは注目されてチラシを読んで貰えればいいのだ。
入部希望者が出るかどうかは、皆目予測が付かないけどね。
「あ、いたいた」
「さあ行くわよ、ザックくん」
出たな、お姉さん先生のふたり。
昨年までは突然現れるのはアビー姉ちゃんだったけど、彼女がいなくなったいま、学院内で俺の前にこうして来るのはこのふたりだ。
「ザック、行ってきていいぞ。こっちも交替で昼食を摂るから」
「ヴィオ副部長たちには言っておくからさ」
「すまん、頼む」
そうして俺は、初日にしてジュディス先生とフィロメナ先生に案の定、連行されたのだった。
「お昼はあそこでいいわよね」
「この3人であの店に行くのって、1年振りだったかしら」
「はあ」
連れられて行くのは、剣術訓練場と魔法訓練場にほど近いカフェレストランですな。
ランチセットが美味しいから、まあいいか。
「今日のランチはパスタね。わたしはトマトソース」
「わたしはクリームソースにしようかな。ザックくんは?」
「あ、じゃ、トマトソースで」
トマトの収穫時期は初夏からだが、魔法で氷が作れるこの世界では昨年に収穫したトマトをソースに加工して瓶詰で密閉され、わりと長期冷蔵保存が可能のようだ。
前世の世界でも13、4世紀頃からイタリアの家庭で一般に普及したパスタは、今日のランチでは平たいタリアテッレ風。
ランチセットはそれをメインに春の野菜サラダ、それから牛挽肉と刻んだ野菜を炒めて味付けした具を中に包んだ、パンツェロッティ風の揚げパンが付いているので、かなりお得になっている。
「ザックくん、顔色も良くてお元気そうね」
「元気じゃないザックくんを、見たことがないわよね」
「病気知らずのザックくん。さすが、鍛えているだけのことはあるわ」
「文武両道でいつも健康なんて、あなたは学院生の鑑ね」
歯の浮くようなことを言ってるけど、目的は分かってるんですよ。
「美味しいランチもいただいたし、いいから本題をどうぞ」
「あ、はい」
ふたりで並んで座っているお姉さん先生は目配せで会話し、ジュディス先生がまず口を開いた。
「まずはわたしね。ザックくんもいよいよ3年生になりました」
それはそうですな。あなたたち教授に、あらためて言われるほどのことでもありません。
「それで、魔法学はゼミになるのだけど、ザックくんて、ウィルフレッド部長のゼミになっちゃうんでしょ?」
まあそうなるでしょうな。そうしないとあの爺さん、煩いだろうからね。
「でね、わたしのゼミもどうかなって。えへへ」
えへへじゃないですよ。
「それっていいんですか? 仮に規則的にオッケーでも、クリスティアン先生はどうするんですか」
「ああ、規則的には大丈夫よ。同じ科目のゼミを重複して履修してはいけないという規則はないの。今回はちゃんと調べました」
「ジュディはうっかりさんだから、ふたりで調べたのよね」
さいですか。それでクリスティアン先生の方は?
「クリスはどうせ部長のゼミにも参加しに来るから、それでいいんじゃない?」
あなたもでしょうが。それに加えて自分のゼミも取れと言ってるんでしょ。
「はあ。話は伺いましたが、答えは置いておいて」
「あの、えーと、もうひとつ」
「もうひとつあるんですか?」
「去年は1年生の初等魔法学にも出て貰ったでしょ。それでね、今年はその1年生のと、2年生の中等魔法学を」
「ダメです」
「えー、ダメなのぉー」
「ジュディス先生ね。僕は学院生であって、教授ではないのです。つまりタダ働きなのです。逆に学費を払っているのです」
「ザックくんも少しセコくなったよね」
「やっぱり、年齢が上がって来るとそうなるのかも」
ほら、そこでコソコソ聞こえるように話さない。
「だいたいですね、初等魔法学は今日の3時限目でしょ。僕はその時間は自然博物学が入っているのです」
「えー、だったら2年生の中等魔法学だけ。ね、ね、ほら、あなたの教え子もいるしね」
あれは3日目の4時限目か。そこは確かに空いているけどさ。
「あー、それって明後日の4時限目よね。その時間はわたしのゼミのあとなんだけどー。いま気がついたわ」
そこでフィロメナ先生がまた自分勝手なことを言い出す。もう何が言いたいかは分かりますけどね。
「どうせフィロメナ先生は、自分のゼミを僕に取らせて、そのあとの4時限目をパーソナルトレーニングの時間にしたいとか言うんでしょ」
「あ、えへへ、ザックくんて賢いなー」
そんなの直ぐに分かりますよ。
さてどうするかなぁ。俺は取りあえず即答を避けて、暫し黙る。
お姉さん先生のふたりは、恥ずかしそうでかつ不安そうな、それでも期待するような、そんな表情をして俺を見ている。
ある程度予想はしていたけど、ふたりからの困った申し出に俺はちょっと悩むのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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