第577話 剣術学ゼミ受講者の事前根回し
翌3月1日は新入生の入学式の日だ。
うちの学院は長話のスピーチをするような人がいないので、入学式は淡々とシンプルに進行する。
特に教授代表の挨拶は、剣術学部長教授のフィランダー先生と魔法学部長教授のウィルフレッド先生が年毎に交替で行うようだが、今年のフィランダー先生は相変わらず短いスピーチだったな。
「諸君らはこれから、日々学業に専念し、身体を鍛え、楽しく学院生生活を送ってほしい。だが、学院は同時に、王国中からいろいろな者たちが集まるひとつの社会でもある。これまで身近で見たこともないような変わった先輩に出会っても、決して驚かないように。この世の中、想像を超えた人や出来事に出会うこともある。だがそれは、諸君らがこれから社会経験を積み重ねていく礎になる筈だ。俺からは以上だ。入学おめでとう」
なんだか良いことを話しているような、でも何を言おうとしているのか良く分からないような内容だったが、どうも引っ掛かる。
要するに、子供時代の小さな生活圏から社会に出ると、思いも寄らぬ人間や出来事と出会う可能性がありますよ。
学院て、そんなこともあるんですよ。でもそれも社会経験だから、驚かないでね。って言っているのかな。まあいいか。
入学式のあとは新学年で最初のホームルーム。これも昨年通りだ。
担任のクリスティアン先生から講義の履修についての注意事項の話があり、基本的には以上なのだが、残りの時間はまあ、俺を話の肴に終わるんだろうな。
「先生、ありがとうございました。それでは、今年も充実した学院生活を送りましょう。ホームルームは以上で」
「はいっ!」
「はい、ペルちゃん。何でしょうか?」
「いやー、今年もクジ引きで負けちゃって」
「ああ、そうですか。はいどうぞ」
「えーと、質問の方は……」
「ああ、わかってますよ。冬休み中の出来事とか、発表ごととかですよね。僕自身には特にないです。以上であります」
「えー」
クラスの女子10人全員が一斉に不満の声を上げた。
だって、この冬休みの出来事で、普通に話せるようなことなんてひとつも無いじゃないですか。
「ザックさま。お姉さま方のことなら、です」
「あ、そうか。そうだね、カロちゃん。僕のふたりの姉についてはありますよ。もう知っている人もいると思うけど、昨年卒業したアビゲイルは、騎士待遇で今年からうちの騎士団に入りました」
「アビーさまが騎士。素敵ね。格好いいわ」
「王国一強い女性騎士ね」
「王国一は、ザックくんとこのジェルメールさんじゃない?」
「オネルヴァさんも凄く強いらしいわよ」
「グリフィン子爵家って、強い女性騎士ばっかりよね」
言われてみればそうかも知れないよな。でも、能筋揃いの男性騎士も強いですよ。
「あと、上の姉のヴァネッサの婚約が決まりました」
「きゃー。ヴァニーさまのことよね」
「お相手はどなたなのー」
「ご結婚はいつ? 直ぐなのかしら」
「ザックくんより先になるのよね」
「誰と誰と? いついつ? どこでどこで?」
はい、煩いですよ。
「もう公式に発表されているのでお話しますが、お相手はモーリッツ・キースリング辺境伯家ご長男のヴィクティム様です。結婚式の日取りはまだ正式には決まっていませんが、年内には。おそらく辺境伯領の領都エールデシュタットで、ということになると思います」
それからひとしきり女子たちが騒いで、ホームルームというよりただの雑談会になってしまった。
ほんと、お歳頃の女子たちはこの手の話が好きですなぁ。
一向に静かにならないので、俺はクリスティアン先生に申し訳ありませんと頭を下げて、なし崩し的にホームルームを終わらせることにした。
「あー、お静かにー。これでホームルームは終了ですよー」
「はーい」
「それから申し訳ないけど、ヴィオちゃんとカロちゃんとライ、あとペルちゃんとバル。ちょっと残ってくれないかな」
「えー、なになに。まさかもう、総合戦技大会の相談?」
「なんです?」
「まだ、3年生の新学期が始まったばかりよ」
「ザックからって、ちょっと怖いな」
「僕も?」
そう、君たち5人と相談があるんだよ。
それで俺は、この5人を引き連れて学院生食堂へと行った。
「それで、なんなの?」
「いやあ、少々あなた方にご相談がありましてですな。まだお昼には少し早いですが、ゆっくりとランチを食べてくれたまえ」
「だから、どんな相談なのかわからないと、気になってゆっくりとなんか食べられないわよ」
ふと見ると、それぞれホームルームを終えた学院生たちが食堂に入って来る。
お、ちょうどいい人たちも来ましたな。
「おーい、ブルク、ルアちゃんもこっちこっち」
「なんだ。もう秋の総合戦技大会の相談か」
「A組はもう準備するの?」
「なんだか、違うみたいよ。相談があるんだって」
「君たちふたりもここにお座りください。あ、ソフィちゃんとカシュも来たか。悪いけど、ちょっと3年生の相談なんで、そこら辺で食べててね」
「あ、はい」
「いいですけど、なんですか。新学期早々、なにか企んでるですか」
はいはい、その隣のテーブルでふたりで仲良く食べてなさい。
「それで、なんなの、ザック」
「そろそろ教えろよ」
「僕にも関係あるのかなぁ」
バルくん、そんなに警戒しなくてもいいんですよ。
「あのですな、今年の剣術学の講義のことなのですよ」
「ああ、3年生からは少人数のゼミ形式よね。たしか受講生は選抜だったわよね」
「そうそう、そうでありますな。さすがはヴィオちゃん、良くご存知で」
「剣術学と魔法学がそうなのは、みんな知ってるわよ。普通は2年生で剣術学上級を取った人が、上級ゼミに進むんでしょ。魔法学も同じよね。だから、わたしの場合、学院の講義として剣術学はもう無しだけど……」
頭の回転の速いヴィオちゃんなら、もう気が付きましたかな。
「2年生で剣術学上級を受講したのは、僕とルアちゃんとザックの3人。だけどザックは特待生で員数外だから、実質はふたり。ということは」
「ブルクくん、どういうこと?」
「つまりだよ、ルアちゃん。教授は3人で、ゼミも3つだ。しかし例年通りに倣えば、普通に受講して来た学院生はふたりだけだからさ」
「あ、そうか」
いやいやブルクくん。俺も普通に受講して来た筈なんだよ。
「そこんとこ、どう思いますかね、ペルちゃん、バル」
「え? わたしたち?」
「どういうこと?」
「つまり、あなた方は3年生、4年生での剣術学の講義をどうするつもりか、ということですよ」
「ああー」
ふたりは顔を見合わせた。
「えーとね。わたしは去年までカロちゃんと一緒に、ディルク先生の講義だったでしょ。それで、いちおうディルク先生のゼミの受講申し込みをしようかと思って。ディルク先生から、去年の最終講義でそんな話もあったし。カロちゃんとはまだ相談してないんだけど」
おお、それは良い心がけです。
そう言えば、フィロメナ先生も最終講義でそんな話をしておりましたな。
「よしよし、これでディルク先生のゼミはひとり決まりと」
「え、なに?」
「いえ、こっちの話で。それで、バルはどうするんだ」
「あー、僕か。ちょっと悩んでるんだけど、やっぱりフィロメナ先生のゼミに申し込むべきかなぁ」
「べきです」
「へっ? あ、うん」
「ふむふむ、フィロメナ先生の方もひとり確保と」
「ねえ、ザックくん。さっきからなに数えてるの?」
「君たちはちょっと待ちなさい」
「なによ」
「それで、ブルクとルアちゃんは?」
「あー、それはやっぱりフィランダー先生のゼミを申し込むよ。それが普通だし」
「あたしも。それにどうせ、だいたいは他のふたりの先生も来るでしょ」
「ああ、ですな。そうすると、あのおっさん教授のゼミはふたりで決まりか。ふーむ」
「もうおおよそ、ザックくんが何をしたいかわかっちゃったんだけど」
少し黙っておきなさい。
「おっ。おーい、ロルくんではありませんか。ちょっとこっちに来なさい」
学院生食堂にロルくんがいるのを見つけた。F組のクラスメイトと昼食を食べてたんだね。
彼はなんだかヤバいのに見つかったみたいな表情で、渋々こちらにやって来る。
そんな表情はしなさんな。カロちゃんがいるよ。
「あ、カロちゃん、あの、えーと、久し振りだね。元気?」
「お久し振り、です。元気、です。ロルくんも、お元気、ですか?」
そこで顔を赤くして立っていないで、いいからここに座りなさい。
「で、初日早々、なんの集まりなんですか? 総合武術部のじゃなさそうですけど」
「ねえ、ロルくん。ロルくんは、剣術学のゼミは、どうするのかな?」
「え、僕ですか。僕は引き続きディルク先生で、ゼミも申し込もうかなって。えーと、あの、カロちゃんは?
「わたしは、考え中」
「わたしには聞いてくれないのね。まあいいけど」
「あ、ペルちゃんも同じだった」
「そうですかそうですか。これでディルク先生のゼミは、ふたり確定と。カロちゃんは考え中ね。でも申し込んだ方がいいと思うよ。僕が推薦しておきます。それに、その方がロルくんもいいよね」
「あ、はい、あの。で、ザックくんは何してるんですか」
「どうやら、剣術学のゼミの数合わせをしてるみたいなのよ。ほら、去年の上級受講者がふたりしかいないもんだから」
「あー」
いちおう俺も受講者なんですけど。
でもこれでカロちゃんが入れば、ディルク先生のゼミは受講者3名で大丈夫そうだな。
問題はフィロメナ先生のゼミか。
「そこの魔法が得意で、剣術はそれほどでもないふたり。君たちはどうするのかな?」
「わたしたちは、魔法が得意で剣術は下手くそだから、剣術学のゼミは取りませーん」
「剣術は課外部の方で頑張るから、もういいでしょ。それにゼミ受講者として選抜はされないだろうしさ」
そうですかそうですか。君たちはそうだよね。
そうするとバルくんだけか。せめて受講生がふたりはいないと、ゼミとしては厳しいよな。
「そうやって僕の顔を見てるけどさ、ザックはフィロメナ先生の方にも来るんだろ。去年も確か受講生って扱いだった気がするし」
あ、俺がいるのか。俺って今年はどうするんだろ。
なんとなく明日あたり、あのお姉さん先生ふたりがお昼時を狙って、俺のところにやって来る気がしてきました。
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