第576話 今年も新入生勧誘ミーティング
入学式があり新学年が始まる前日のお昼前、久し振りに学院に行った。
まず自分が暮らす第7男子寮に行くと、管理人でお世話係のブランカさんと玄関口でばったり顔を合わせた。
「あら、ザックくん。今年は早いのね。てっきり明日の朝に来るものだと思ってたわ」
「ブランカさん、今年もよろしくお願いします。えーと、今日これから、新入部員勧誘の打合せをするのでありますよ」
「そうなのね。ライくんは昨日からもう来てるわよ」
「そうでありますか。ありがとうございますなのであります」
「ちょっと話し方が変だけど、大丈夫? 何かあった?」
「いや、何も無いのであります。通常運転であります」
「おい、ザック。ちゃんと来たな。いや、ブランカさん。この先生はときどきこうなるんで、いたって普通ですよ」
奥の集会室から俺とブランカさんが話している声を聞き付けたのか、ライくんが出て来た。
どうやら俺がちゃんと来るか、待っていてくれたようだ。
俺の口調、変だったかな。久し振りの学院だから、ちょっと畏まってしまったのかも知れない。
「おお、ライ。久し振りであります。元気そうでありますな」
「いいから普通に話せ。それより、もう昼だから学院生食堂に行くぞ。荷物を部屋に置いて来いよ。って、先生、荷物それだけか。相変わらずだなぁ」
見せかけバッグはいちおう持っているけど、ほぼカラで、寮に持って来る荷物は無限インベントリの中だ。
ああ、もうお昼ですな。総合武術部のミーティングで学院生食堂に集合だ。
「へーい」
「ザックくん、大丈夫なの?」「心配するだけ損しますから。ブランカさんも知ってるでしょ」「そうだけど」と、そんな会話が後ろから聞こえる。
ブランカさんは、学院での俺たち第7寮生のお母さんだからね。
ライくんと一緒に学院生食堂に行くと、既に部員が全員揃っていた。
まずはお昼をいただいちゃいましょうかね。
「遅いから先に食べてたわよ」
「ザック部長、ライ先輩、お久し振りです」
「ザック、この前振り」
「おお、ブルク、この前はお世話になりました」
「いやいや、僕は何も出来なくて」
「え、この前振りって、ザックくんとブルクくん、冬休み中に会ったの?」
「ザックさま、辺境伯さまのところに行かれた、ですよね」
「あれ、カロちゃん。良く知ってるね」
「グリフィニアの住人は、ザックさまの動向、チェックしてます」
今更だけど、さすがにカロちゃんは商業ギルド長の娘さんだ。いろいろと良く知っている。
「ふーん、お隣さんだもんね。あ、そうか。お姉さまの件ね」
「お姉さまって、アビーさま?」
「ヴァニーさまよ。ルアちゃん、知らないの? もう発表されてるからいいのよね。ザックくんの上のお姉さまのヴァニーさまが、キースリング辺境伯家ご長男のヴィクティムさまとご婚約されたのよ。その件なんでしょ」
「わたしも知ってますよ。おめでとうございます、ザック部長」
「さすがに僕もそれは知っている」
「そうなんだー」
「そうなんですか」
領主貴族の子女であるソフィちゃんとライくんは知っていて、ルアちゃんとカシュくんは知らなかったようだ。
まあこのふたりの場合、家の身分とかの問題じゃなくて、単にそういうのに疎いというところだろうな。
「ねえねえ、ザック部長が行ったんでしょ。何か起きた? 何かやらかした?」
「あー」
だからルアちゃん。俺が行くと何か変事が起きるとか、そういうことありませんから。やらかしもしませんよ。
「ザックの滞在が1泊だけだったからね」
「やらかすヒマがなかったかぁ」
「うちの騎士と、ひと手合わせしたぐらいかな。これは言ってもいいよね」
「結果は聞かなくても分かるわ。ひと手合わせだから、ホントにひと手合わせで終わったんでしょ」
「まあね。あとは、うちの騎士が一発で転がされたぐらいかな」
「ああー」
「それよりも、ミーティングを始めるでありますよ。議題は新入部員勧誘の件であります。それではヴィオ副部長、どうぞ」
「もう、直ぐにわたしに振るんだから。えーと、学院生会に出店の手続きはもうしておきました。学院生会でエイディさんと会ったから、場所は去年と同じで強化剣術研究部の隣にしました。テントや備品も同じく、明後日の朝に倉庫に取りに行って設営よ。男子でお願いします。あとの細かいものは、女子の方で準備するから。以上です」
「おお、さすがはヴィオ副部長なのであります。ありがとうございます」
「それはいいのよ。あと、出店に誰がいるか、担当予定を決めるから、10日間の受講予定を考えて、わたしに提出してね。ソフィちゃんとカシュくんはいいかしら。あとザック部長もよ」
「はい」
「へーい」
ヴィオちゃんの中では、俺はソフィちゃんとカシュくんと同列か、それ以下なのでしょうかね。
尤も、3年生になるとほとんどは昨年受講した選択科目を引き継ぐのと、特に剣術学と魔法学は少人数のゼミになる。
他の座学系の科目も、受講者が少ないものはゼミ形式だよね。
なので、特に敢えて新規の科目を履修しない限り、既にどの日にどの講義に出るのかは分かっている訳だ。
えーと、何か俺、忘れている気がするな。
あ、そうだ。剣術学の3人の教授の3つのゼミに受講生を配分出来るよう、頼まれてましたなぁ。
通常、3年生の剣術学のゼミは、2年生時の剣術学上級の受講者が進む。
しかし、1年生のときの剣術学中級のオリエンテーション講義で、教授たちがいきなり受講者を打ち込みで扱いちゃったものだから、結局みんな受講を諦めて、あとからブルクくんとルアちゃんに受講して貰った経緯がある。
受講選択を止めた子たちは、中級諦め組とか言われてたんだよな。
それで1年の剣術学中級、2年の剣術学上級と2年間、フィランダー先生の講義の受講生は特待生の俺を含めて3人だけだった。ほかの教授もなぜか来てたけど。
ところが3年4年のゼミは、3人の教授がひとつずつ持つから、ひとりずつ配分してもそれぞれ1対1のゼミになっちゃうんだよね。
それに俺は特待生だから、そもそも員数外とも言えるし。
なので、昨年の学期初めにそれぞれのゼミの受講生を見つけるよう、頼まれていた訳だ。
でもこれって、そもそも俺の仕事じゃないよね。
ぜんぶフィランダー先生が悪いんだよね。
「ザック、なにブツブツ言ってるの?」
「何かあったか? 心配ごとなら僕が相談に乗るぞ」
「ザックくん、大丈夫?」
「あ、いや、なんでもないのであります。それより、今年の新入生の勧誘方針でありますな」
「そうだけど、なんだか新学期早々、不穏な様子よね」
「いやいや、そんなことはありませんぞ」
「それならいいけど……。で、ザック部長の新入生勧誘方針は?」
「特にありません」
「あの」
「特にないのであります」
「そんなの、この先生に聞いても無駄だって、わかってるじゃん」
「まあそうなんだけど、自分から勧誘方針とか言い出すから、もしかしたら何かあるのかと思って」
「ヴィオちゃんも、まだまだ、です」
「あたしは、ある訳ないってわかってたよ」
「わたしも、なんとなく」
いやいや、新入生をうちの部に入れる条件ならある。
剣術と魔法に意欲のある少数精鋭で、練習に付いて来られる者だ。どれだけ厳しいんだって話だけどさ。
「まあいいわ。みんなからは、勧誘方針に関しての意見はある? はい、ソフィちゃん」
「あの、女子は入れたいです。あ、男子も入っていいけど、女子の後輩が欲しい、とか」
「それは、もちろん、ですよ、ソフィちゃん。女子部員が途切れたら、うちの部は解散の事態、になります」
え、カロちゃん、そうなの? 理由が良く分からないんだけど。
「なぜなら、です。男子部員だけになったら、わたしたちが卒業したあと、女子はソフィちゃんだけ、になります。それは、いけません。だから、早めに解散、です」
みんなが少し上を向いて、女子がソフィちゃんだけのうちの部の未来を想像する。
俺が想い描いたその姿は、困った表情をしながらも木剣を手に女王様のように君臨するソフィちゃんと、その横で首輪をリードで繋がれ番犬のように控えるカシュくん、そしてその前にひれ伏す有象無象の男子部員どもだ。
「あ、これはいまのうちに解散だな。はい、かいさーん」
「です」
「ザック部長は、なにを想像したんですかぁ?」
「なんだか僕には、嫌な想像の予感だけがする」
「もう、女子も男子もちゃんと入部して貰うわよ。ほかに意見はありますか?」
「やっぱりさ、うちの部は魔法と剣術の両方が条件だろ。つまり、条件が厳しい訳だ。だから必然的に入部希望者は少なくなるよな」
「去年もそうだったよね。だからザックが1本釣りに動いた」
「そうそう。ということはだ、出店はテキトウでいいんじゃ……」
暴言を吐いたライくんは、女子部員の4人から一斉に睨まれた。
「ライ先輩、そんな発言をすると、殺されますから控えた方がいいですよ」
「お、おう。すまん、失言だ。ただ僕が言いたかったのは、今年もやっぱり1本釣りを考えた方が良くはないかっていう」
「ライ先輩、わたしはカロ先輩に頼んで、魔法侍女服もあつらえてあるんですからね。出店をちゃんとやらないと、あれが着れないじゃないですか。そうなったら、どうしてくれるんですか」
「あ、はい。だから、出店での勧誘もちゃんとやるとして」
「ソフィちゃんに謝りなさい、ライくん。ほんとにあなたはもう、発言がいい加減だから」
「すみませんでした、ソフィちゃん」
なんだ、この茶番は。というか、今年も出店で魔法侍女服を着るのですな。
ソフィちゃんも自分用を作ったんですね。そうですか、なるほど。
あれを着たいがために、出店での勧誘を頑張る訳ですね。
「まあ、ライが言いたいのは要するに、今年も出店での勧誘活動と平行して、人材探しもするべきだということだよね」
「おお、さすがはザック部長だ。そういうことですよ」
「そうならちゃんと、そう発言しなさいよね」
まあ、しっかり部員を入れるのなら、昨年の状況から考えて結局はそうなるだろうな。
ソフィちゃんは自分から来てくれたけどね。
「わかりました。人材探しは僕が考えて動きましょう」
「そうね。その辺のところは、ザックくんしか出来なさそうだし」
「女子をお願いしますね」
「カシュくんに、後輩が出来ないと、可哀想。だから、可能なら男子も、です」
「あたしは、女子でも男子でもどっちでもいいな。強いのね」
はいはい、分かりました。でも、良い人材がいなかったらゼロもあり得ますよ。
とにかく今年の新入生を見てからだな。どんな子たちが学院に入って来るのか、楽しみだよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




