第575話 ブルーノさんと世界樹ドリンク
結局、お姉さん方3人は、そのあともう1杯ずつ世界樹ドリンクを飲んで満足した。
しかし、何か忘れてはいませんかね、お姉さんたち。
「あ、ブルーノさんとティモさんは、どうするんだ」
「あらー、すっかり忘れてたわー」
「寿命が延びる話のインパクトが強くて、うっかりしてました」
もともと寿命が長いファータ族のティモさんはともかくとして、長年レイヴンメンバーとして何ごとも常に共有しているブルーノさんに、この件を話さない訳にはいかないでしょ。
それにブルーノさんは、レイヴンの最年長者なんだから。
「黙っている訳にはいかんな。これは、わたしが話そう」
「いや、ジェルさん。この件は僕の責任で、ブルーノさんとティモさんに話しておくよ」
「そうですよ、ジェルさん。ザックさまからでないと」
「そうか、そうですな」
騎士爵でレイヴンのリーダーで責任感の強いジェルさんがそう言ってくれたが、これは僕が話さないとだよね。
自分も男性陣のことを忘れて飲んでしまった後ろめたさが、彼女にはあったのだろうけど。
その日の夜、屋敷での夕食を終えたあと騎士団分隊施設に戻るブルーノさんとティモさんに声を掛けて、3人で敷地内の夜道を歩く。
「どうしやした、ザカリー様。何かお話がありやすか?」
「うん、ちょっとね」
俺とブルーノさんが並んで歩き、ティモさんは静かにその後ろに従っている。
騎士団分隊施設は屋敷の裏手の直ぐ近くなので、男3人で黙って歩いて分隊本部内の小さな応接室に腰を落ち着けた。
ジェルさんたちお姉さん3人は、まだ屋敷のラウンジでエステルちゃんたちと女子会をしてるかな。
「それで、自分とティモさんに話というのは?」
「何か起きましたか?」
「いや、それほどご大層なことでもないんだけど」
「言いにくいことでやすか?」
言いにくいというか、少々俺も後ろめたかったというか。
それから、ドリュア様のところでいただいてきた世界樹の樹液の原液と世界樹ドリンクのこと。
飲めば寿命が10年延びるという話と、今日この件についてジェルさんたちと話したこと。
そして、その場で試飲会をしたことをふたりに話した。
「ほう、世界樹の樹液から作る、1杯飲めば寿命が10年伸びるドリンクでやすか。なんとも、この世にそんなものがあるのでやすな」
「それって、人族にとっては結構重大なものですね」
「そうなんだよ、ティモさん。ファータ族なら、10年とかはどれほどでもないと思うけど、人族だとね」
「それでザカリー様は、隠しておこうとされたのでやすな」
「うん、まあそうなんだけど。ライナさんにバレちゃって、結局はジェルさんとオネルさんにも話すことになって、それで勢いで試飲会までしちゃったんだ」
ブルーノさんとティモさんは、世界樹ドリンクの危険性について直ぐに理解したようだ。
「しかし、ライナさんにバレたら、もうダメでやすな。なあ、ティモさん」
「あ、はあ」
「あと、年齢とか若さに関しては、女性にとって重大な関心ごとでしょ。エステルちゃんも少し思うところがあったみたいだし」
「エステルさまとジェルさんとライナさんは、同い歳でやしたな」
「ああ、そういうことですね」
ブルーノさんはレイヴンのお父さんだから、直ぐに察したようだ。
ティモさんも分かったみたいだね。
「ということなんだけど」
「その世界樹ドリンクとやらは、取りあえずレイヴンの中だけに留めておきやしょう。ジェルさんも危惧したみたいでやすが、例えザカリー様から奪うのは至難の業だとしやしても、余所に話が漏れると、いらぬちょっかいが増えそうでやすからね」
「私もそう思います。アルポさんとエルノさんにも黙っていていいですよ。ファータにはあまり必要の無いものですし」
「うん、そうだね、わかった。ふたりに話して良かったよ」
自分でもそう考えていたから、男性陣ふたりが同じ考えでほっとした。
「それで、ブルーノさんとティモさんは、飲んでみる?」
「ははは、自分がでやすか? 自分はいいでやすよ。寿命は神様に任せやす」
「私も結構です。先ほど言いましたように、ファータにはあまり必要のないものですので」
ブルーノさんは今年何歳になったのだろう。
正確な年齢は俺も知らないのだが、確か北方15年戦争の終結の頃に10代半ばで従軍している筈だから、50歳になるかならないかぐらいじゃないかな。
普段の彼の動きを見ていると、まったくそんな歳を感じさせないけどね。
とは言っても本人は決して口に出さないが、もう良い年齢なのは確かだ。
でも俺は、いつまでもブルーノさんに若さを保って貰って、まだまだ一緒にいろんな経験をしたい。
俺の勝手な思いなんだけどさ。
「ブルーノさん、試飲だけしてみようよ」
「そうですよ、ブルーノさん。どうこう言って、なかなかにいい歳なんですから」
「ティモは煩いでやす。歳の心配がいらない奴には、言われたくないでやすよ」
軽い冗談口調でティモさんに文句を言いながらも、ブルーノさんは少し目線を落としていたのに俺は気が付いた。
記憶で把握している魂年齢が70歳を越えていても、肉体年齢は14歳とつまりズルをしている俺にも何も言えないけれど、ブルーノさんの気持ちは分かるし、いまのままでまだ暫く留まっていて欲しいんだ。
3人の男が口を噤んで静かになった応接室のテーブルに、俺は世界樹の樹液の原液が入った樽と、甘露のチカラ水のボトルと、カップを3つ出した。
昼間と同じことしてるよね、俺って。
そして何も言わないまま、3つのカップに世界樹ドリンクを作る。
「これが世界樹ドリンクだよ。さあ、いまは試飲会です。飲んで飲んで」
「ザカリー様……」
カップの中を覗き込みながら、なかなか手を伸ばそうとしないブルーノさんを見て、ティモさんがカップを手に取って口をつけた。
「おお、甘いんですね。それから、凄く爽やかです。ほら、ブルーノさんも。試飲会なんですから、試してみましょうよ」
「ティモ……。ザカリー様には敵いやせんな」
ブルーノさんはそうぽつりと言ってカップを手に取り、ひと口飲んでニコっと微笑んだ。
そして、ぐぐっとカップの中の世界樹ドリンクを一気に飲み干す。
「ふぅー」
「こっちのも飲んでよ。まだ口をつけてないからさ」
「酒じゃないんでやすよ、ザカリー様」
それでも結局、俺のカップのものもブルーノさんに飲ませてしまった。
2杯飲んだから20年。でもこの際、そんなことは良いだろう。
俺が煩く言って、なんとか2杯の世界樹ドリンクを飲み終えたブルーノさんが、何も言わずに優しく微笑んでいるのを見られただけで、俺はとても幸せな気持ちになったのだった。
「ザックさま、なんだか嬉しそうですね」
「うん、そうかな」
屋敷の自分の部屋に帰ったら、エステルちゃんが俺を見てそんなことを言う。
「ブルーノさんとティモさんに、お話しされたんですよね」
それで、騎士団分隊本部の応接室でのさっきの会話と出来事を、エステルちゃんに話した。
「それでね、ブルーノさんに2杯飲ませちゃったんだよ。2杯目は僕が半ば無理矢理だけどね」
「それはまあ。だからそんなに嬉しそうなんですか。良かったですね」
「うん。僕が大人になるのを、ブルーノさんはいまのままで待っていてくれるといいな」
「自分勝手で欲張りですね、ザックさまは」
「ブルーノさんにはそのうち、あと5杯ぐらい飲ませちゃおうかな」
「そんなことしたら、ライナさんたちも同じぐらい飲みますよ」
「あー、そうかもなぁ」
世界樹ドリンクの効果なんて、もっと年月が経たないと結局は分からない。
ライナさんが期待したみたいに、いまの状態のままの年月が増えるのか、それともお爺ちゃんお婆ちゃんになってから寿命が延びるのか。
どちらがいいと聞かれたら、前者の方がいいよね。
「でも、あのドリンクを飲むだけで、ザックさまだけ大人になって、レイヴンのみんなはいまのままだったらいいわね」
「うん、そうだね」
「あっ、そしたら、ザックさまは世界樹ドリンクを飲むのは厳禁ですよ。わたしが追い越されないままになっちゃいますよ」
「えー」
俺も今年で14歳だ。昔にエステルちゃんが予言した通り、最近ようやく、俺の見た目年齢がエステルちゃんの見た目年齢とほぼ同じくらいになって来たと思う。
エステルちゃんの予言というか、ファータの女性の場合、もう暫くいまの状態が続くらしいから、見た目で俺が追い越すんだよね。
それが世界樹ドリンクを飲むと、俺の年齢が止まっちゃうってエステルちゃんは言うのですな。
でも今日の午後で、既に5杯目も飲んじゃったからなぁ。
「僕はあのドリンクには、あまり影響されない気がなんとなくするんだよな。ドリュア様も、僕とエステルちゃんにはあまり関係ないみたいなこと言っていたし」
「そうですかぁ。でも、あまり飲み過ぎると、成長が止まったり逆にちっちゃく戻ったりしたら困りますよ」
いやいや、それは無いでしょ。
さすがに4回目の子供時代を繰り返すのもなんだし。
そのあとも世界樹ドリンクについてエステルちゃんと話をして、封印とまではしないものの基本的には無限インベントリの中に秘蔵することにした。
でも、レイヴンの人族4人の若さを保つ効果があるのかを試してみたい気持ちも、抑えられないよな。
シルフェ様がその辺のところを知っているかどうか分からないけど、こっちに来たら聞いてみようと思う。
「3日したら学院に行くんですよ。覚えてますよね。入学式の日の朝に行くとか、ダメですよ」
「ああ、そうだった」
「ほら、もう危ない」
世界樹ドリンク騒動ですっかり頭から消えていたけど、昨日にヴィオちゃんとそう打合せしたんだよな。
いよいよ学院の新学期が始まりますか。俺ももう3年生だ。
「だから明日と明後日は、お屋敷にいていいですから、午前は剣術、午後はカリちゃんとライナさんの魔法訓練をしっかりお手伝いするんですよ」
「へーい」
「ザックさまはもう、お返事」
「はいです」
見た目は同じくらいになって来たけど、どうも立場は俺が5歳ぐらいのときからあまり変わってないですなぁ。
ここでクロウちゃんがカァって同意してくれる筈だけど、彼はもうとっくに丸くなって寝ておりました。
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