第573話 ライナさんとカリちゃんの魔法訓練
翌日は朝から訓練場で木剣を振る。
ジェルさんたちの朝の訓練にフォルくんとユディちゃんが加わり、その他の屋敷の者もアデーレさんを除いて特別に忙しくない場合には参加する。
エディットちゃんも昨年からは木剣を振っていて、何かあったときに自分の身を護れるぐらいにはなって来たようだ。
シモーネちゃんも振ってますよ。なかなか様になっていて、精霊見習いなのに意外と剣術の素養がある。
シルフェ様の妖精の森にも見回り部隊が出来ているし、さすがは武闘派精霊だ。
午前の訓練の後半は、エステルちゃんとライナさんが指導教官になって、魔法の訓練も行う。
ドラゴニュートのフォルくんとユディちゃんは火魔法適性が高く、シモーネちゃんはもちろん風なのだが、エステルちゃんはエディットちゃんから風と回復魔法の適性を引き出していた。
それほど強い魔法力ではないのだが、回復魔法が少しでも出来るようになるのはいいよね。
これで王都屋敷では人外の方たちは別としても、回復魔法を使える者が4人となった。
冬にグリフィニアで行った冒険者の適性判定会を考えると、とても適性者比率が高い。
お昼を挟んで午後からは、屋敷の者は基本的にそれぞれの仕事に従事する。
だが先日に王都に戻ってからは、ライナさんとカリちゃんが魔法特訓を行っている。
訓練の主旨はグリフィニアから引き続いて、人間の姿でのカリちゃんの魔法安定化なのだが、どうやらライナさんがカリちゃんから魔法を教わっているらしい。
それで俺は今日の午後は魔法訓練に参加するということで、その様子を見に行くことにした。
訓練場にいるのはライナさんとカリちゃん、俺の3人だけだ。
「それで、どういう風に訓練してるの?」
「まずはキ素力循環の準備運動でしょ。それから、カリちゃんが人化の状態のまま、初歩的な四元素魔法を撃つ訓練よねー。キ素力をコントロールして威力をセーブしながら、安定して攻撃魔法を発動させる訓練よー」
なるほど、基本訓練としてはそれでいいんじゃないかな。
上位ドラゴンの五色竜は四元素すべての適性を持っているから、カリちゃんもすべて発動出来る。
ちなみに下位の四元素ドラゴンの場合は、ドラゴン種ごとで四元素のどの適性かが分かれている。
「それから?」
「それからって、ザカリーさま。そのあとは自由研究よー」
「自由研究?」
「いまはライナ姉さんと、空間魔法と重力魔法の訓練をしてるんですよ、ザックさま」
「もう、カリちゃんは直ぐ言っちゃう。ちゃんと修得するまで、ザカリーさまには内緒にしようと思ってたのにー」
「えへへへ」
素直な性格の見た目女子高生ドラゴンのカリちゃんは、そういう内緒とかは得意じゃないんですよ、ライナ姉さん。
「なになに、ライナさんは空を飛ぼうとか思ってるの?」
「そこまでは求めてないわよー。怖いし。でも、ザカリーさまやエステルさまみたいに、高い木の上にぴょんて跳び上がるぐらいはしたいのよねー。あと、音も無く素早く移動するとか。それから、土魔法と合わせて、大きくて重たいものをコントロールするとかー」
「音も無くの移動はともかくとして、それって重力可変の手袋で出来るじゃん」
「あれはー、扱いが結構難しいのよ。手袋で高く跳ぶのだって、ザカリーさまは元々の体術があるからうまく出来たんでしょー」
重力可変の手袋という魔導具は、それを装着して発動させ殴れば、岩も粉砕するぐらいの膨大な衝撃力を対象に与える。
同時に重いものを持ち上げたり、蹲踞の姿勢から地面に対して発動させれば高く跳躍出来るなど、その応用の幅は広い。
以前に俺が試させて貰ったときに跳躍も試してみたが、あれは高さへの恐怖の克服や着地時の制御が確かに難しい。
この世界での体術による跳躍はキ素力を活用して、本来ならあり得ない高さや距離を跳ぶことが出来るが、俺やエステルちゃん、それからティモさんなんかも、幼少期から訓練しているからこそなのだ。
また単に重量物を持ち上げるだけでなく、持ち上げたものを保持しながら複数の作業を行うのもかなり難しそうだ。
以前にアルさんが水の精霊屋敷をひとりで建設したり、地下拠点の天井の梁を渡す際に重力魔法と空間魔法を使っていたが、そういう多少複雑な作業をひとりで行う場合には、手袋だけでなく魔法を合わせて使う必要があるのはライナさんの言う通りだ。
「なるほどね。それはそうか。で、どんな訓練をしてるの?」
「まずは、空間魔法と重力魔法の初歩的なところですよ。と偉そうに言っても、わたしもそれほど大したことは出来ないんですけど。だから、ライナ姉さんと一緒に訓練してます」
空間魔法と重力魔法は、その捉え方がとても難しい。
突き詰めて考えれば宇宙の物理法則の問題であり、敢えて言えば次元や存在の問題にもなる。
いくらこの世界の魔法はイメージが重要とは言っても、具体的に自分で捉えることが出来ていないものをただ空想しても、魔法は発動も成立もしないのだ。
その点で空間魔法も重力魔法も、きちんと捉えることは難しいだろう。
例えば呼び寄せの腕輪に仕込まれた魔術は、空間魔法を応用した転移が基本にあると思うけど、具体的にどう離れた場所に瞬間移動するのか。
空間内を移動するのではなく、どうして自分が存在しているいまの空間が別の特定の空間に繋がるのか、はっきり言って皆目不明だ。
とはいえ、魔法の発動は科学による解明ではない。
たとえ科学的な常識から外れたとしても、超常的な現象を実際に引き起こしてしまうのだから、その現象に対する認識やイメージとの兼ね合いが難しいのですよ。
「いまはまず、ライナ姉さんに土魔法で重たいものを作って貰って、それを地面から浮かせたり、動かしたり回転させたりする訓練をしてますよ。それって意外と、重力魔法と空間魔法の細かい操作が必要なんですよね」
念動力的な訓練か。なるほどね、分かります。
「あとは探査ですかね。この系統の空間魔法は、わたしもまだ上手く出来ないので、狙った場所を頭の中で捉える訓練をしてます。それで目を瞑って、そこに何があって何が動いたかとかを感じ取るんですね」
ああ、それは俺の探査・空間検知・空間把握と基本は同じですね。
問題は、魔法で捉えた空間とその状態を、頭の中でどう感知して認識するかだよね。
「カリちゃんが説明してくれたことを、まだやり始めたって感じよー。去年にアルさんが水の精霊屋敷の窓ガラスを作ったとき、いちおうは教えて貰ったこともあるんだけどー。あのときは、空中に何かを浮かせて更に変化させるとかは、とっても出来ないと思ったのよねー。でも、その初歩的なところから、もういちど鍛錬してるの。ザカリーさまはどっちも出来るでしょ。前に見せて貰ったみたいに、わたしもストーンジャベリンとかを空中で作って浮かべたまま停止させて、発射するとか出来るようになりたいの。あと探査もね」
俺のストーンジャベリンは、昨年の夏のファータの里行きで、裏街道に出た盗賊団相手に出したよな。
学院の講義で見せたアイスジャベリンも同じだ。あの場合は光魔法も複合させたけどね。
「えーっ。ザックさまは、ストーンジャベリンを空中で作って、浮かべたままに出来るんですか? わたし、土魔法はほとんど出来ないから、見たいです」
「ほらほら、カリちゃんのリクエストよー。やって見せてあげて」
「ストーンジャベリンじゃないのでも出来るよ。せっかくだから、違うのをやろうか」
「ほんとー? 見せて見せて」
ライナさんとカリちゃんが、ワクワクという目で俺を見ている。
それじゃ少々、複雑なのをやっちゃいましょうかね。
それで訓練場の高い壁の少し前方に、ライナさんに大きめの動物のカタチをした的を作って貰った。
あれは大熊ですな。こちらを伺って姿勢を低くしているものや、両手を高く広げて二本足で立ち上がっているものなど、即座に3体ほどが出現した。
「熊さんかー。いいね。じゃあやるよ」
俺はまずひとつ、空中に飛翔する武器を生成する。
「あ、あれって、魔導手裏剣の凄くおっきいのじゃない」
「魔導具じゃないけどね。これは、風車手裏剣」
「風車手裏剣??」
俺が生成して空中に浮かべているのは、四方に伸びる刃を持った大型の十字手裏剣だ。
1本のブレードの長さがおよそ30センチほど。つまり直径が60センチ以上ある。
前世でこの大型の手裏剣を見たことがあり、風車手裏剣と呼ばれていたのを思い出した。
俺はその風車手裏剣を地面に平行に浮かべて、ゆっくりと、そして徐々に速く回転させて行く。
それを空中停止状態で回転させたまま、もうひとつ、更にもうひとつと、合計3つ出して同じように回転させる。
まさに3つの小型の風車の羽根かプロペラが、横方向の状態でブンブン回転しながら浮いている。
「では行きます」
俺がそう言うと、風車手裏剣はひとつ、ふたつ、みっつと少しずつ時間をずらして発射させた。
それぞれが軌道を変えながら飛んで行くと、立ち上がった姿の熊形的の胸、腹、腰に突き刺さる。
「ほぉー」
「ひゃー」
土魔法で作った風車手裏剣なので、かなり硬化させているとはいえ、ブレードの部分が研いである訳ではない。先端の鋭さももうひとつだ。
それでも回転させて飛ばしているから、それなりの威力はあるでしょ。
「土魔法で空中に変な武器を作って、重力魔法で浮かべたまま空間魔法で操作して回転させて、同じのをあとふたつ作って、それを順番に違う軌道で飛ばせて、全部命中ですか。ザックさまって、いくつ魔法を繋いだんですか」
まあだいたい、いまカリちゃんがなぞってくれた通りです。でも、変な武器じゃないよ。だから風車手裏剣ですよ。
「これだから、ザカリーさまはー。わたし、ますますやる気が出ちゃったわよー」
それからライナさんとカリちゃんは、あーだこーだと話し合いながら空間魔法と重力魔法の訓練を始めた。
えーと、魔法安定化の訓練はいいのかな?
女子ふたりが魔法訓練をしているのを見ながら、俺は自分自身を浮遊させる方法を考えてみる。
先ほど風車手裏剣でやったように物質を浮遊させることは出来る訳で、それを構造の単純な対象物ではなくて、この人間の自分の身体で出来るかどうかということだ。
自分を少しだけ浮かせてみるのを試みたら、なんとか出来た。
でも姿勢の制御が難しいな。一定方向への推進力を持たせるのも出来そうだけど、推進方向を変えたりそれを制御するのも重要で難しそうだ。
砲弾を撃ち出すように、ただ飛ばすだけじゃ仕方がないからね。
実際に飛ぶとしたら、高度、速度、方向のスムーズな変化、安定した姿勢などなど、様々な制御を同時に行わないといけない。
おまけに、跳躍などとは比べものにならない高さへの恐怖心の克服や、不測の事態が起きた場合の対処方法、それから一定以上の高度にまで上昇した際の風圧や温度などへの対処、体内への酸素の供給など、飛行に伴ういろいろな対策が必要になってくる。
人間の身体は、空を飛ぶ仕様には作られていないからね。その点ではドラゴンが羨ましい。
ともかくも求められるのは、自由に空を飛ぶためには同時にいくつもの魔法を発動させ、かつ安定して制御しなければいけないということだよな。
そんなことを考えながら少しだけ試したり訓練したりしていたら、ライナさんとカリちゃんは訓練をひと段落させたようだ。
それで3人で休憩をすることにした。
「ねえ、ザカリーさまー、飲み物とお菓子とか、持ってるでしょー」
「仕方ないですなぁ。出して差し上げましょう」
訓練場のベンチに座って、甘露のチカラ水とストックしているお菓子を出した。
「このお水って、アルさまのところのですよね」
「うん、大量に持って来て貰ってるからね」
この前の世界樹への旅でも、休憩時に出しているからカリちゃんも飲んでるよね。
「ドリュアさまのとこでいただいたあのドリンクを、このお水で作ったら美味しそうですよね」
「そうかもだね」
「ねえねえ、ドリュアさまのところでいただいたドリンクって、なになにー」
「あ、それはですね、ライナ姉さん。世界樹の樹液のドリンクで、すっごく美味しいんですよ。ザカリーさまも原液を樽でいただいてましたよね」
「そうなのぉ? 原液をいただいてるの? それってわたしたちも飲めるのよね。まだいただいてないんだけどー。教えてもくれてないわよねー。ねえねえ、ザカリーさまー」
あー、カリちゃん、バラしちゃいましたか。
薄めたドリンク1杯で、定命の者の寿命が10年は伸びるという世界樹ドリンク。
おいそれとは飲ませられない、言い方を変えれば人間にとっては危険物。
二斗樽ぐらいの大きさの樽に入れられた原液を、確かにドリュア様からお土産にいただいておりますが、あれから無限インベントリに収納したままだ。
「あー、そうでしたかねー。そうだったかもですねー。あれれ、忘れちゃってたかな」
「ぜったい、誤摩化してるわよね。これって事案だわよー。ジェルちゃんとオネルちゃんも呼んで来ないとだわ」
カリちゃんはキョトンとして首を傾げている。
これは1杯ぐらい飲まさんと、いかんですかなぁ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




