第55話 ボドワン先生に双子のことをお願いする
朝食後、家族でたわいもない話をしている領主家族用の食堂に、家政婦長のコーデリアさんに連れられてフォルくんとユディちゃんがやって来た。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
コーデリアさんに促されて、ふたりで声を合わせて元気よく挨拶をする。
「よろしくね。昨晩はゆっくり寝られたかしら」
「はい、村を出てから初めて、ぐっすりです」
「あんなキレイなお部屋、わたしたちのってなんか不思議、です」
フォルくんとユディちゃんが代わる代わる答える。
「ふふ、よかったわね。その部屋があなたたちのお部屋よ。今日からこのお屋敷があなたたちのお家。だから、何か心配なことがあったらすぐに、コーデリアさんやわたしに言うのよ」
「はい」
アン母さんの言葉に、揃って明るく返事をする。
「いつでもこのアビーお姉ちゃんに相談なさい。ザックでもいいけど。そうね、エステルちゃんの方がいいかしら」
「はい」
アビー姉ちゃんがまた余計なこと言ってるけど、ふたりはそれにも元気に返事をしていた。
これからふたりが着る制服の採寸とか、ひと通りのお仕事の手順を教わるとか、やることがたくさんあるらしい。
それから姉さんたちは、騎士団訓練場に剣術の稽古に行った。ヴァニー姉さんは夏休みの間は一緒に稽古をしている。
なにやら品物を手提げ袋に入れているから、騎士見習いの子たちにアプサラ土産を買ってきていたようだ。
俺は騎士団での稽古を今日はお休みして、母さんと一緒にこれからボドワン先生と、フォルくんとユディちゃんの件でお願いと相談だ。
母さんが「ザックも一緒の方がいいでしょ」と言うのでそうなった。
ヴィンス父さんは、騎士団長のクレイグさんたちを呼んであるので、その時にふたりの剣術稽古について相談してくれるそうだ。
きっと北方帝国ノールランドのことなど、何か話し合うのだろうね。
しばらくすると、ボドワン先生がいらしたというので、母さんと2階の領主家族用ラウンジに向かった。
エステルちゃんも従っている。クロウちゃんも一緒だけど。
このラウンジは俺たちが勉強を教わる場所でもある。今日は時間が早いが、いつものようにボドワン先生が椅子に腰掛けて待っていた。
「ほう、竜人の男の子と女の子の双子ですか。それは興味深いですね」
母さんがこれまでの経緯を話すと、ボドワン先生はそう言ってひとり頷いた。
結論から言うと、フォルくんとユディちゃんの勉強の面倒を見るのは、何の問題もなく了解して貰ったが、先生が関心を示したのはふたりがドラゴニュートということだった。
ボドワン先生のそもそもの専門は歴史学で、この世界の神話から各地、各種族の歴史や文化まで、幅広く関心を持ち研究もしている。
しかしドラゴニュートは、本当に滅多に出会うことのない人たちで、先生も実際に会うのは初めてなのだと言う。
そのドラゴニュートの子どもを自分の教え子にすることに、おおいに興味を示したのだ。
「竜人て、そんなに珍しい人たちなんですね」
「少なくともこのセルティア王国には、ひとりもいないのではないかと私は思うよ、ザカリー様。しかし奥様の話を聞くと、もしかしたら逃げて来た竜人が他にもいるのかも知れないがね」
「そうですね。でもなんでそれほど珍しいのですか?」
「この世界には、希少な人種がいくつかある。たとえばそこにいるエステルさん」
「え? わたしですか?」
「そう、エステルさんはファータ人だね」
エステルちゃんは俺の顔をちらりと見て、「は、はい」と答える。
アン母さんはもちろん知っているが、特に否定もせず黙っていた。
「いや、エステルさんがファータ人であることを、詮索するつもりは別にないんだ。だけど精霊族のファータ人というのも、希少な人種であることは知られている」
「そうみたいですね」
「ファータ人は同じ精霊族のエルフやドワーフ、ましてや獣人族とは違って、容姿については人族と見分けがつかないし、人族中心の社会でもそこに交わって、積極的に仕事に就いている」
「もっとも特殊な仕事みたいだがね」とボドワン先生は付け加えた。
「ただファータ人の一族の里がどこにあるのか、これについてはほとんど知られていない。そうだよねエステルさん」
「えと、それは他の種族の人たちには秘密にされています。隠れ里ですから」
精霊族ファータ人の隠れ里かー。なんだかロマンだなぁ。エステルちゃん、連れてってくれないかなぁ。
「まぁファータ人のことはともかく、竜人、ドラゴニュートの村がこの大陸の北にあることはごく一部で知られていた。おそらく、ティアマ海を挟んだ向うのエンキワナ大陸の北方にも、竜人が住んでいるのではと考えられている。その双子の話から、北方帝国ノールランドの北辺に村があるということだよね」
「はい、あの子たちはそこから逃げて来ました」
「しかし竜人は誇り高く、人族の国には決して従わないし、理由がない限り積極的に交わろうともしないと言われている。少なくともこのセルティア王国で行ったことがある人は、誰もいないんじゃないかな」
「なるほど」
俺は、北方帝国の兵と闘う決意をしたというフォルくんとユディちゃんの村が、今どうなったのかあらためて心配になった。
「ドラゴニュートがどういう人たちで、どこから来てどんな歴史を持っているのか、そもそも私にはよく分からないんだ。竜人と言うからには、ドラゴン族と関係があるのだろうがね」
「ドラゴン族って、いるんですか?」
「いる。しかし滅多に人が見ることはないし、私も出会ったことはないよ」
「わたしは、会ったことがあるわよ、あ」
「わたしもありますですぅ、あ」
「いやいや、奥様やエステルさんなら、そうかも知れないですね」
俺は母さんとエステルちゃんの顔をじっと交互に見たが、ふたりともそれ以上は何も言わなかった。
「ともかく、その子たちに会うのがとても楽しみだよ。奥様、明日からということでよろしいのですね」
「ええ、それでお願いしますわね」
「先生、まだふたりとも6歳の子どもですから、お手柔らかにお願いします」
「ははは、そう言うザカリー様は8歳の子どもだったね。今日は剣術の稽古はお休みだそうだし、アビゲイル様はずっと騎士団に行っているだろうから、お昼までザカリーさまとマンツーマンで勉強ができそうだ。3日もお休みしたしね」
おっと、やぶ蛇でした。
母さんは「それではよろしくー」と、エステルちゃんは「あ、お仕事しなくちゃですぅ」と、そそくさとラウンジを出て行ってしまった。
クロウちゃんは? 「カァ」空のお散歩ですか。はい、行ってらっしゃい。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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