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第570話 グリフィニアへの帰路、そして新たな旅への想い

 直ぐに出発だということでエールデシュタット城に戻る。

 正面入口を入ったホールではウォルターさんとミルカさんが待っていた。

 どうして遅れたかをジェルさんが話していたが、ウォルターさんは「ほう」とひと言、顔は嬉しそうだ。


 やがて、辺境伯ご夫妻もフリードリヒさんやエルメルさんたちを引き連れて来て、見送ってくれた。

 ヴィクティムさんとヴェンデル騎士団長は先ほどの騎士団訓練場での一件で、「なぜ俺を呼ばない」とモーリッツ辺境伯から文句を言われていたけどね。


「次は7月だな。夏は長めに滞在してくれよ」

「いつでも歓迎ですからね。お待ちしておりますよ」


 辺境伯一家にそうして見送られ、俺たち一行は辺境伯騎士団の先導でエールデシュタットの都市城壁門を出た。



「いやあ、1泊2日だけだと、やっぱり慌ただしいよな」

「ですねぇ。日課の早駈けも出来ませんし。でも、ひと振り木剣を振った人もいましたけどね。ふふふ」


 俺とエステルちゃんは、いつ如何なるときも、どんな場所でも、朝起きたら顔を洗って歯を磨き、着替えたら走る。

 今朝はさすがに初めて来たお城に泊まったので、それが出来なかったんだよね。

 あとさっきのあれは、仕方ないよね。1回しておかないと、いつも言われそうだしさ。カァ。


「カリちゃんはどうだった?」

「わたしですか? 知らない人間のひとがたくさんいて、結構緊張しましたよ。絶対に魔法が解けちゃいけないって」


 今回は近くで会った人の中で、魔法に優れた人はエルメルさんぐらいだと思うけど、彼もカリちゃんのことは、グリフィニアから来たただの侍女さんと思っていたみたいだしね。

 ただし、魔法感度が凄く高い人がいると、カリちゃんが自分に掛け続けている人化の魔法に、何かを感じてしまう可能性がある。


 もしその魔法が解けちゃったら、いきなり白いドラゴンが現れるから、そうなったらこれは問題外だ。

 その点では、魔法を安定化させて維持する訓練としては良かったのかな。



 来るときに辿った街道を今度は逆方向に進み、2時間半ほど走って昼食休憩になる。

 帰路はまだうちの領内のオウルフォード村には辿り着かないので、辺境伯領の街道沿いの休憩所を借りて昼食にした。


 領都間など大きな都市を結ぶ主要街道では、乗り合い馬車の往来などもあり、こういった休憩所がいくつかあるんだよね。

 尤もトイレや休憩施設などがある訳ではなく、近くに水場のある場所の街道沿いの空間を広げて、馬車を停めたり場合によっては野営も出来るようにしてある。


 ただし、野営をする場合には注意が必要だ。

 こういった休憩場所で野営する旅の馬車を狙って、襲撃して来る強盗が出る可能性があるからだ。

 だが、うちの子爵領内や南隣の男爵お爺ちゃんのブライアント男爵領、そしていま辿っている辺境伯領都エールデシュタットとグリフィニアの間は、まず心配は無い。


 ミルカさんやブルーノさんによると、エールデシュタットから北、つまり北方帝国ノールランドとの国境に至る道はその限りではないという。


 国境地点はもとより、街道途中には辺境伯家騎士団が常駐する村が複数あるそうだが、15年戦争終結後はいちおう平和が続いているため、それほど大きな部隊を置いている訳ではない。

 あとは盗賊や武装強盗などに対して抑止力となる、冒険者の活動範囲外となるためだ。


 なので、陸路で商取引などのために国境を越える商人や荷馬車は、主にエールデシュタットの冒険者ギルドで冒険者に護衛依頼を掛けることが多いらしい。

 尤も、国外貿易での輸送には船を使うのが一般的なので、大量の国境往来がある訳ではないという話だ。



「ザックさまは、何を黙って考えてるですか?」

「よからぬことは、無しでお願いしますぞ。今日は大人しく帰りますからな」


「よからぬこととは心外な。僕だって、たまには黙って考えごとぐらいするんです」

「そういうのがいつも、よからぬことなのよねー」

「特に、新しい場所に行ったときとかが多いですよね」


 お姉さんたちは煩いですよ。そうかも知れないけどさ。


「いや、エールデシュタットの北はどんなところかなぁ、と思って」

「寒くて冷たい場所です、ザックさま」

「怖い場所ですよ、ザックさま」


「ほら、ザックさまが変なこと言うから。フォルくんとユディちゃんに謝ってください」


 俺がエールデシュタットの北と言ったら、かつて幼い身で遠い北方から逃げて来た兄妹が直ぐに反応した。

 ふたりの表情が少し暗くなっている。


「あ、国境の向こうとかじゃなくて。でもごめん、僕が悪かった」

「いえ、ザックさまが謝らなくていいんです。ただ僕らには、そういう記憶ばかりなものですから」


「わしらが探索に入れれば良いんだがな」

「ミルカさんは確か、以前にいちど入ったのだな」

「ええ、5年前ですか。でも帝都に入るのも、そこでの探索もとても苦労しましたよ」


 ファータの元と現役の探索者がそんな言葉を交わす。


 ミルカさんはリガニア紛争が勃発した当時に北方帝国に入り、帝都カイザーヘルツからボドツ公国、リガニア地方と、長い日数を費やして探索の旅をしたことがあったんだよな。

 その際にも、兄妹の故郷である北方帝国の更に北にあるドラゴニュートの村や、村人の消息は掴めなかった。



「ねえ、カリお姉ちゃんは、こっちの北の方とか飛んで来たことないの?」

「それが、まだないんですね、ユディちゃん。わたしの故郷は、ずっと東から南へ行った方なの」


「そうなんだ。でもわたし、寒い方に行くより、暖かい方のがいいな」

「おお、そうだな、ユディ。暖かいところの方が良さそうだ」

「いつか、そういうところに旅をしたいですよね」


「前にほらー、ザカリーさまが作った白い砂浜だっけ? それがあるところみたいなの」

「あ、ライナ姉さん。そんなところにこの前、行きましたよ。暖かくて、白い砂浜があって、海が青く透き通っていて。あそこ、とっても良かったですよね、ザックさま」


「なになに、それなに、カリちゃん。まだその話、ぜんぜん聞いてないんだけどー、ザカリーさまぁ」


 カリちゃん、言っちゃいましたね。

 あー、皆には話してませんでしたっけ。エステルちゃんも話してないの?

 エステルちゃんを見ると、顔をぶんぶん左右に振っている。


「さあさあ、話してしまった方が身のためですよ、ザカリーさま」

「ライナが土に穴を開けそうな雰囲気ですぞ」


 いやいや、こんな街道沿いの休憩所で穴に埋められてもさ。

 ユディちゃんは俺の顔をじっと見てるし、男性陣も興味津々だ。

 でも、昼食後の話題を変えるにはちょうどいいかな。



「えーとですな。ドリュア様のところから帰るときに、ちょっと海を見に行こうという話になりまして」

「ふーん、それで?」


「ドリュア様のところというのが、ここよりもずっと暖かい地方で、その直ぐ東には大ワタツ海がある訳ですよ」


「なんと。ちょっと待ってくださいザカリー様。大ワタツ海ですか? ティアマの海ではなくて?」

「遠い東の方向と伺っていましたが、ということは、ニンフル大陸の東の端でしょうか」


 あー、しまった。余計なことを言ってしまいました。

 一緒に話を聞いていたミルカさんとウォルターさんが、食いついて来ちゃいました。


「そろそろ出発とかじゃないかなぁ??」

「まだ多少は大丈夫です」


 さいですか。仕方ないなぁ。


「じつはそうなんですよ。ニンフル大陸の東側、この国の者はたぶん誰も見たことの無い、大ワタツ海に行って来ました。周囲に人の姿がまったくない入江の海岸をクロウちゃんとカリちゃんが探して来て、そこで少しだけ海に入ったり。あ、足だけですよ。さすがにまだ暖かいぐらいで、暑いというほどではなかったからね。それから、白い砂浜で寝転がったり」


「ザックさまに、あれビーチベッドでしたっけ? そういうのを作っていただいて、日除けも作って、皆さんでそのビーチベッドに寝転がって。気持ちよかったですよね、エステルさま」

「ええ、そうでしたね。はい、そうでした」


「あー、なんだかその情景が浮かんだわー。ザカリーさまなら、そういうの作りそうよねー」

「でしょうかねぇ」



「それでー、わたしたちはそこに、いつ行けるのかしらー」

「えーとですね。アルさんの背中に10時間以上乗って、中央山脈の頂上より何倍も高い空を飛んで行けば、でありましょうか」

「…………」


 あ、全員が黙っちゃいました。

 特に、アルさんの背中にほんの短時間乗った経験のあるレイヴンの5人は、目を白黒させている。


「ザカリーさまとエステルさまは、そんな旅をして来たのか。ふーむ。われらにはどうも無理そうな気がする」

「むー、わたし、頑張れるかなー」

「わたしは無理そうです」


 ライナさんなら、頑張れるかな。なんとなくそういう気もするけど。

 ブルーノさんだと、「今回は遠慮しておきやす」とか言いそうだよね。


「えーとね。ちょっとと言うか、かなり厳しい旅ではあるんだ。途中で雨雲の中に突っ込んだりもしたしね」

「あのときは、怖かったですぅ」

「カァカァ」

「…………」


「それでね、そこまで行かなくても、どうやらミラジェス王国の南の地方あたりには、そんな海岸があるらしいんだよね。そこだったらなんとか、みんなで行けるんじゃないかな」


「ミルカ叔父さんは、そういうところ知ってます?」

「ああ、私は行ったことがないが、ユリアナ義姉ねえさんから、昔にそんなことを聞いた気がするな」

「母さんから?」


 そうか。ユリアナさんとセリヤさんの姉妹は、ミラジェス王国内にあるらしいファータの分家の里の出身だよね。



「それ、それ、そこに行きましょうよー。いつ行く? ザカリーさま」

「もう、ライナは直ぐにその気になる。ミラジェス王国ですか。先代さまがお暮らしになられているのですよね。まあ、行けないことはないですかな」

「ソフィちゃんのグスマン伯爵領のその先ですよね。だったら、行けますよ」


「あちら方面なら、わしらが多少は案内出来るな。なあ、エルノ」

「そうよな。土地勘も少しぐらいならあるでな」

「えー、そうなのー。じゃあじゃあ、アルポさんとエルノさんに案内して貰って行きましょうよー」


 そんな俺たちの会話を、ウォルターさんはニコニコしながら聞いていた。

 もしもそんな旅をする気になったら、行ってもいいのかな、ウォルターさん。

 ウォルターさんには念話は通じないけど、ウォルターさんの顔を見てそんな問いかけを心の中でしてみる。


 すると、俺の視線に気が付いた彼が、少し首を傾げ、それからちょっとだけ考えている表情のあと小さく頷いたようだった。

 行くのならば、しっかりと計画を立ててからですよ。ウォルターさんの表情が、なんだかそう言った気がする。



「よーし、では、まずはその旅が可能かどうか、計画を立ててみたいとだな。すべてはそこからだよ」


「そうでやすよ、ライナさん。しっかりと計画を立てて、行けるのかどうなのか判断しないとでやす」

「そうね、ブルーノさん。まずは計画が大切よねー。計画を立てましょうよー、エステルさま」

「計画、立ててみましょうか」


「よーし、ではそろそろ出発するぞ。まずはグリフィニアに帰り、それから王都に戻ってからだ。出発してよろしいですか、ザカリーさま」

「うん、ジェルさん。さあ、まずはグリフィニアに帰りますよ」

「はーい」


 ミラジェス王国か。カート爺ちゃんとエリ婆ちゃんの暮らす村があって、ファータの分家の里もどこかにあるという。

 みんなを連れて行ってみたいよな。よし、ライナさんがやる気満々だけど、俺も計画を立てるのに加わりますよ。


 なんだか一段と明るく賑やかになった俺たち一行は、グリフィニアへの帰路を出発するのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今回で第十四章は終了です。次回から第十五章になります。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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